あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 冒険の知識は多々あり、その範囲は広大だ。

 単なる歩き方ひとつとっても色々な知恵がある。

 

 歩く時、地面をこするように歩くと少し楽に歩ける。

 少しであるが、何日も歩き続けるような時には大きな違いになる。

 そして、靴の摩耗(まもう)と言う点でも大きな違いとなって現れる。

 予備の靴を持っていないのであれば、やらない方がいい歩き方だ。

 

 そんな知識を長い冒険の中で身に着けていくのが冒険者。

 この地での冒険はあなたにとっても初の経験である。

 この地に適した冒険のやり方はあなたにも分からない。

 

 いつだってどこだって、冒険と言うのは学びの時なのだ。

 謙虚(けんきょ)に学ぶ姿勢が無ければ知識不足はやがて冒険者を殺す。

 傲慢(ごうまん)であってはならないし、無謀(むぼう)であってもならない。

 冒険者とは常に自身を律して生きなくてはならないのだ。

 

 下半身的な意味で奔放(ほんぽう)きわまるあなたでも冒険中はそう言った行為を控える。

 それはひとえに、冒険と言うものに対する警戒と敬意なのである。

 

 でも、溜まるものは溜まる。

 

 あなたの性別は少なくとも女だ。

 物理的に溜まるものがあるわけではない。

 だが、心理的なものは溜まる。

 冒険中の禁欲は慣れているが、平気なわけではない。

 

 そもそも、あなたは知っての通りの色狂いだ。

 自宅を私設娼館とか酷評されるほどである。

 そして、実際に反論のしようがないくらい女だらけで、全員お手付きだ。

 そんなあなたがサシャ1人で我慢している。

 あなたのフラストレーションは溜まる一方なのだ。

 冒険前の時点で溜まっているのだから、冒険中に溜まるのは当然だ。

 

 冒険前にサシャが足腰立たなくなるまで楽しんだが、それでもまるで足りていない。

 今ならオークだろうがメスであるなら喜んで襲うだろう。

 オスなら物理的に襲うし、メスなら性的に襲う。

 最終的な到達点が相手の死であるなら問題あるまい。

 

 この旅が終わった後、自分がどうなってしまうかあなたにもわからない。

 少なくとも娼館があったら喜んで行くだろう。

 そして、金をばら撒いて借り切るだろう。

 すべての娼婦が足腰立たなくなるまで楽しむに違いない。

 

 もしも娼館が無かったら……。

 悲しいことだがサシャは残念なことになるかもしれない。

 たかが娼館の有無ひとつで人の生死が左右される。

 いろんな意味ですごい話だが、それがあなたなので仕方ない。

 

 そんな飢えた獣となりかけているあなただが、周囲の警戒はキッチリと行っている。

 そのあなたが感じ取ったのは、馬車を伺うようにする人間の気配。

 少なくとも、好意的なものではない類の視線である。

 

 盗賊の類だろうか。

 エルグランドでもよく遭遇した。

 エルグランドの盗賊たちは実に根性がある連中だ。

 荷をたっぷり積んだ荷馬車などを見かけると喜んで襲って来る。

 それは盗賊なら当然なのだが、たとえあなたがいてもそうする。

 あなたの顔は知れ渡っているし、その強さも知れているはずなのに。

 

 あるいは、荷馬車しか眼に入っていないのかもしれない。

 そんな連中がいくら殺してもキリが無いくらいに来るのだ。

 荷馬車に荷物を積むのはやめたくらいに襲って来る。

 それほどの凄まじいバイタリティの持ち主はいないと思いたいが……。

 もしもこちらが容易しと見れば襲って来るだろう。

 

 それに対し、あなたは特にリアクションを取らなかった。

 

 襲って来るなら返り討ちにするだけだ。

 それにサシャに人を殺させる経験を積ませたい。

 人間と言うのは無駄に知恵が発達しているせいか、自分と同族をやたらと神聖視する傾向がある。

 自分と同じ形をした存在を殺すという精神的ショックも大きい、らしい。

 エルグランドの民であるあなたには理解不能だが、そう言うものであるらしい。

 

 殺人による精神的ショックの対処法はひとつ。

 慣れることだ。たくさん殺せば慣れる。

 人を殺す覚悟とか、命を奪う罪の自覚とか、そう言うのは要らない。

 

 慣れればそれでOK。

 よってたくさん殺す。

 それで万事解決。

 

 そう、殺しに大事なのは3つのKなのだ。

 すなわちKILL、KILL、KILL。それでオールライト。

 

 そんなことを考えながら歩いていると、茂みから人が飛び出してくる。

 薄汚れた男が3人ほどだ。

 

「へっへっへ、おい、ここを通りたいなら通行料を払いな」

 

「有り金ぜんぶでいいぜ」

 

別嬪(べっぴん)ばっかりじゃねえか。女は全員置いていきな」

 

 あなたは(かたわ)らのサシャに、代金を支払って差し上げろと伝えた。

 

「えっ、払うんですか?」

 

 手本を見せてやろうではないか。

 あなたは財布から金貨を取り出し、それを投げつけた。

 

 男の頭は爆散した。

 

 傍らの仲間の頭が突如として爆散したことに残りの2人の動きが固まる。

 突然の事態が、彼らの脳の許容量を超えたのだろう。

 

 サシャ、やれ。

 

 そう声をかけると、サシャは条件反射的に剣を抜いて駆けだした。

 今まで使っていた掛け声だったためか、こう呼びかけるだけでサシャは即座に臨戦態勢に入るのだ。

 

 サシャが剣を振るうと、男の右肩から左腰にかけて剣が一閃された。

 ハーブでさんざん強化されたサシャの腕力は凄まじい

 鎧ですらない粗末な衣服なんぞ、薄紙同然。男を丸ごと叩き切った。

 血と臓物の臭いが立ち込める。あなたにとっては慣れ親しんだ香りだ。

 

 いいぞ! ブラボー!

 

 あなたは拍手喝采(はくしゅかっさい)だ。

 記念すべきサシャの初殺人だ。なんて喜ばしくも美しいのだろう。

 写真機があれば喜んで写真撮影していたのだが、生憎と持ち歩いていなかった。

 さぁ、次だ。もう1人の男もこの世から消し去ってしまえ! とあなたはサシャに命ずる。

 

「はい!」

 

 サシャは勢いよく返事をし、容赦なく剣を振るう。

 惚けていた男の首が飛び、血が噴水の如く噴き出す。

 完璧だ。あなたは拍手をすると、返り血を浴びないように飛び退ったサシャの頭を撫でた。

 

「ひゃんっ。ご主人様?」

 

 よく頑張った、えらい。あなたはサシャを惜しみなく褒めた。

 躊躇しないことは大事だ。それを言わずとも実践できるとはすばらしい。

 

「は、はいっ。で、で、でも、あの、こ、殺してしまって、よかったんでしょうか?」

 

 あなたは少し考えて、答えた。

 

 この国のゴミが3匹減った。すばらしい。

 

 本心だった。なにせエルグランドでは減らない。

 そう、殺したところで蘇って来るので減らないのだ。

 殺せば盗賊がいなくなる。なんてすばらしいのだろう。

 エルグランドではいくら殺しても無限に湧いてくる。

 無限にと言うと比喩表現のようだが、違う。

 冗談抜きで無限に湧いてくるのだ。どうしようもない。

 

「ご、ゴミが3匹減った……」

 

 盗賊なんてゴミだろう。

 あなたにとって盗賊と言うのはそう言う位置づけだ。

 邪魔な盗賊の死体を蹴飛ばして横に退ける。

 すると、なぜかオウロが肩を掴んできた。

 

「……たとえ盗賊でも、その死体を冒涜していいとは俺は思わない」

 

 あなたは特に問題ないと思っている。

 そう簡単に返事を返すと、邪魔な頭を蹴飛ばして転がした。

 オウロは変な顔をしていたが、あなたが横に退けた死体の傍にひざまずいて何かをし始めた。

 

「あの、何をなさってるんですか?」

 

 サシャがオウロに尋ねかけ、あなたは死体漁りだろう、と答えた。

 死体から一切合切(いっさいがっさい)奪い取るのは冒険者の嗜みだ。基本である。

 

「いや違うよ! せめて(とむら)ってやろうとしてるんだよ!」

 

 なぜそんなことを……?

 理解が及ばず、あなたは尋ねる。

 

「なぜって、死んでしまったなら彼らはあくまでも死者だ。弔ってやるべきだろう」

 

 そう、死者だ。

 つまり、モノになったということ。

 ならばなにをしてもいい。

 

 手持ちの品は全て奪い取る。

 肉はペットのエサ。

 骨は畑の肥料に。

 脳髄は皮なめしに。

 心臓や眼球は呪術に。

 自分で使ってもいいし。

 使いたいやつに売ってもいい。

 

 今はもう不要だし、金にするのも面倒だ。

 なのでやらないが、かつてはそうしていたこともあった。

 

「ご、ご主人様が……ご主人様が、遠いっ……!」

 

 すぐ傍にいるのだが、なぜかサシャは遠いと言い出した。

 ならばもっと近づこうと、あなたはサシャを抱きしめた。

 昨日は風呂に入っていないので、むせそうなほど濃厚なサシャの香りがした。

 あなたは興奮した。あなたは性欲を持て余した。

 

「せめて埋めてやりたいんだけど……」

 

 オウロが雇い主の男に目を向けると、男は首を振った。

 埋葬している時間などない、ということだろう。

 人間3人を埋められるほどの穴となると大仕事なので当然だ。

 あなたがスコップを振るえば瞬く間の出来事になるが、普通は何時間もかかる。

 そして、弔うことを望んでいるのがオウロなので、あなたは気乗りしなかった。

 これがセアラかレインが望んでいたなら喜んで穴を掘ったのだが。

 

「……ねぇ、埋めてあげたら?」

 

 と、そんなことをレインが唐突に言い出して来た。

 あなたは喜んで頷き、スコップを取り出すと嬉々として穴を掘り始めた。

 そんな時間はないと止めようとした商人の男だが、それを言い終える前に穴は掘り終わっていた。

 

 スコップひと掻きで人間1人分は在ろうかという大きさの穴を掘り、それを3度繰り返すだけ。

 腕にかかる荷重は、優に馬1頭分にも匹敵しようかという重さだが、その程度ならあなたにとっては羽根のような軽さである。

 そうして出来た穴に、ゴミの残骸3人分を放り込んで土を被せ、上からスコップでバンバン叩く。

 並みの人間がスコップを刺そうとしても歯が立たないほどに叩き締められた土は野獣の食害も防ぐことだろう。

 いい仕事をしたとあなたは掻いてもいない汗を拭う仕草をし、スコップを『ポケット』へと放り込んだ。

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