あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 あなたはるんるん気分で湖を散歩していた。

 涼しい風が吹き抜けるので、この秘境はじつに快適だ。

 そして、あなたは丘になっている部分から離れるほどに深みの増す箇所があることに気付いた。

 

 全方位にうっすらと水が張っているように見えたのだが。

 極めて透明度が高く、凪いだ水面の反射率が高いのでそう見えただけのようだ。

 実際には、大変な深みのある場所があるらしい。

 

「この『大瀑布』の秘境はですね~。海なんですよ~」

 

 いつの間にやら近くに来ていたカイラがそんなことを教えてくれた。

 海、とは? 下の湖にも海の魚はいたが……。

 

「本物の海なんですよ~。限定的な魚類しかいない湖と違って、なんでも獲れますよ~。ケントさんが出してるマグロも、ここで獲れます~」

 

 なるほど、そう言うことだったのかとあなたは頷く。

 

「そして、ケントさんが討伐しようと躍起になっている『モビー・ディック』がいる海です」

 

 モビー・ディック?

 

「白いマッコウクジラなんですけどね。ケントさんが陸上よりも水中に適応したカッパの類であっても、やはりエラ呼吸はできませんからね~。なかなか苦戦しているようですよ~」

 

 なるほど、この海のヌシみたいなものだろうか?

 いずれ討伐できた暁には何が得られたかを知りたいものだ。

 クジラと言うだけで一財産ではあるが、やはり秘境にいるクジラなのだからすごい宝物を期待したいところだ。

 

「ところで、私のあなた」

 

 なんだろうか?

 

「私も訓練したいんですけど、訓練相手になってくれる人がいないんですよ~。やはり、強い人が必要なので~」

 

 なるほど、それで訓練相手をして欲しいと。

 そんなことならお安い御用だとあなたは頷いた。

 そして、その直後、あなたはぶん殴られて水平にカッ飛んだ。

 水面をバウンドし、あなたは飛行能力を用いて体勢を立て直す。

 そして、あなたはカイラがいつか見た金属の鎧武者を侍らせているのを確認した。

 

 かなりのパワーだ。常人なら一撃で粉々である。

 サシャでもかなりきつい……即死はしないと思うが、瀕死になりかねない威力だ。

 なるほど、やはり相当な強さがあるらしいと、あなたは笑った。

 

 腰の剣を抜き放ち、あなたは水面を駆けてカイラへと肉薄する。

 カイラの従える鎧武者が、右の手甲に備え付けられた剣を抜き放つ。

 人間どころかドラゴンすら一刀両断できそうな巨大な片刃の剣だ。

 

 凄まじい速度で振り下ろされる剣戟。

 あなたは手にした愛剣で以てそれを迎え撃った。

 

 たとえるなら、教会の鐘が、もう1つあって。

 そして、それが激突し合ったとしたなら。

 そんな、鈍く壮絶な轟音が響き渡った。

 

 次なる剣戟が振るわれ、あなたはそれを迎撃する。

 2度、3度、4度。振るわれる都度に響き渡る轟音。

 剣戟ではらちが明かないと見たか、カイラが距離を取る。

 そして、鎧武者の手甲の隙間から覗いていた円筒が火を噴いた。

 

 超高速でカッ飛んで来た金属の弾丸をあなたは愛剣で跳ねのける。

 それと同時、その弾丸が爆発した。どうやら内部に火薬の仕込まれた榴弾だったようだ。

 あなたは剣を振るって風を巻き起こすと硝煙を払った。

 

「あらあら~……とっておきのタングステン合金製の徹甲榴弾なんですけどね~。いい剣ですね~」

 

 あなたは自慢の愛剣だと答えつつ、剣を構え直す。

 愛剣からは今のはちょっと痛かったよと涙目な感じのニュアンスを感じる。

 頑丈ではあるが、あんまり無理な負担を与えると可哀想なので気をつけよう。

 

「うふふ……まだまだ、これからですよ~?」

 

 言いながら、カイラが奇妙な円筒の物体を取り出した。

 その先端についていたキャップを外すと、きらりと光る針が見える。

 カイラがそれを自分の首筋に突き刺すと、ぎゅっと握り込んだ。

 

「あ゛ぁ゛――――……ご、ぐぉれ、効゛ぎ、ます、ね゛ぇ゛……! はぁ゛ー……!」

 

 なんかヤバい薬使ってる――――!?

 あなたはカイラが自分の未来を燃やしていることに気付いて戦慄した。

 なんで訓練で自分の未来を擲ってしまうのか、それが分からない。

 

 カイラの顔にビキビキと血管の筋が浮いていく。

 血流の異常加速が起きているようだ。

 そして、カイラが胃の中身を勢いよくぶちまけた。

 

「げぼっ! ごっほ……! うぶっ……加速薬、まだまだ改良の余地゛あり゛ですかねぇ゛……致死量のアドレナ゛リン゛を入れでま゛ずがら、嘔吐はやむを得ないでずが……」

 

 カイラを止めるべきだとは思う。思うのだが。

 たぶん止めたら怒られるな。あなたはそう思った。

 しょうがないので、カイラが死んだら蘇生するということで、ここは見守ろう。

 

「ふふ……うっぷ……ま、待っで、くれて……あ、あ゛り゛がと、ござい、ます……じゃあ゛……行きますよぉ゛~」

 

 カイラが腕を振るう。繰り糸がまるで生命のごとく蠢き、鎧武者を従える。

 先ほどに倍するかと言うほどの凄まじい速度で剣戟が振るわれる。

 あなたはそれを受け止めるが、速度が上がった分だけ威力が劇的に向上している。

 これはたまらんと、あなたは飛翔を止めて地面にしっかり足をつけて剣を受け止める。

 

「『迅速』! そごぉ゛!」

 

 瞬間、倍の速度になっていた剣戟が、さらに倍の速度であなたへと襲い掛かって来た。

 まるで脈絡のない加速。剣先の速度は既に音速を突破し、衝撃波を伴う剣戟があなたを襲う。

 辛うじて剣とあなたの間に愛剣を割り込ませたが、壮絶な打撃があなたを突き抜けた。

 あなたの体がゴムまりのように勢いよく跳ねて吹っ飛ぶ。

 

「全砲門開けぇ゛! 撃てぇぇぇ――――!」

 

 手甲の隙間、そして鎧武者の肩に鎮座していたより巨大な砲門。

 それらが一斉に火を噴き、あなたを砲弾の猛打が襲った。

 咄嗟にあなたは『剣群(スウォーム)』を放ち、叶う限り砲弾を切り払う。

 だが、通常速度のままでは都合30発を超える砲弾すべてを切り払うことはできない。

 あなたは砲弾の爆炎に飲み込まれた。結構……いや、かなり痛いというか、熱い。

 砲弾に使われている火薬の性能がかなり高いような気がする。

 

「まだまだぁ゛!」

 

 カイラが追撃のため肉薄し、剣が勢いよく振り下ろされる。

 あなたは地面に倒れたままそれを受け止めた。

 背中が地面にめり込む。かなり痛い。

 

「リミット回路カット! 機関過負荷出力ゥ゛! いっけぇぇ゛ぇ゛――――!」

 

 剣があなたから離れる、立ち上がろうとするも、背中が埋まっていて立てない。

 おっとこれはいかんやつ。あなたは高々と振り上げられた剣が襲ってくるのを見るしかできなかった。

 あなたは覚悟を決めると、歯を食いしばってその剣戟を受け止める。

 

 が、あなたの体は無事でも、地面が保たない。

 あなたの体が地中へと押し込まれていく……。

 装備品と所持品重量が莫大なこともあり、飛翔状態を維持できないとあなたは沈降しがちである。

 

「はぁ゛っ! はぁ゛っ! ど、どう、ですか……?」

 

 地上からカイラの声が聞こえる。

 あなたは辛うじて地上に露出している両の手でしか意思を示せない。

 あなたは『ポケット』から白いハンカチを取り出すと、それを振った。

 負けました、降伏しますの合図だった。

 

 

 

 

「はぁー……加速薬はまだまだですね~……副作用が強過ぎて~」

 

 地面から引っ張り出されたあなたに、カイラはそんなことをぼやいた。

 あの状態に持ち込まれたのでは、まぁ負けたと言っていいだろう。

 魔法で自分諸共地表を吹き飛ばすという手もあるが。

 さすがに訓練やら試合でやるのはやり過ぎだ。

 訓練や試合だから負けてもいいというわけではないが。

 訓練や試合だからこそ負ける流れを覚えることができる。

 

 あなたの肉体強度が高く、ダメージがないにしても。

 地面に埋め込まれたら数秒は行動不能になってしまう。

 定速で行動しているなら、それは大きな隙と言えるだろう。

 

「まぁ、でも、私のあなたに勝ち筋を見つけられはしましたね~。たぶん本気で来たらそうはいかないんでしょうけど~」

 

 あなたは笑って、カイラにいいものを上げると言ってスクロールを取り出した。

 勝利のご褒美にしてはややしょっぱいかもだが、この大陸では手に入らない貴重品だろう。

 

「これは?」

 

 エルグランドの『加速』の魔法である。時の針そのものを加速させる魔法。

 先ほど、おそらくカイラは自分の脳を加速させることで素早く行動した。

 厳密に言うとカイラ自身はそう早く行動してはいなかった。

 だが、肉体動作に連動して動く人形はカイラの動作を何倍も大きく表現する。

 その差異を利用することで人形を高速で駆動させたのだろう。

 

 この『加速』の魔法なら、その辺りをノーリスクでもっと早くできる。

 カイラならたぶん使いこなせるだろう。うまく使って欲しい。

 

「わーお……こんなすごい魔法あったんですね……ははぁ、なるほど……『迅速』に近く、それでいて同時に『時間停止』の要素が……時間流の加速でありつつも、通常時間流に迎合する形で……なるほど……」

 

 なにかしら納得がいったようで、カイラがスクロールをしゅるしゅると巻いて閉じる。

 

「加速薬がゴミになりましたが、それより凄いものを手に入れちゃいました~。なにかお礼がしたいんですけど……何か欲しいものとかってありますか~?」

 

 あなたはちょっと考えたものの、特に欲しいものが思いつかなかった。

 そのため、カイラの気持ちで構わないよ、と答えた。

 

「私の気持ち……わ、わかりました! 私のあなたのために、最高のおもてなしを考えておきます! その……勝負下着の色って、黒と白……どっちが好き……ですか……?」

 

 あなたはどっちも大好きだよと食い気味で応えた。

 最高のおもてなしと言うのは、やはりそういうことだろう。

 まったく、カイラはエッチだなぁ! あなたは大喜びだ。

 

「ところで私のあなた? 私の目の前で他の子たちにうつつを抜かしてる埋め合わせは、してくれるんですよね?」

 

 あなたの耳元でカイラが囁く。物凄く冷たい声だった。

 あなたは喜びの感情が瞬く間に鎮火し、震える声で精一杯可愛がるよ……と答えた。

 そうだった、埋め合わせをちゃんとしてあげないと、この最恐ヤンデレ少女は自殺する――――!

 

「御託はいいんですよ。埋め合わせになにをしてくれるんですか……? 精一杯可愛がる……だけでは良心がありません」

 

 良心がない? 不思議な表現だなと思いつつも、あなたは必死に考える。

 後日こっそり2人で地上まで出て、ソーラスの町でお忍びデートしてから『妖精のいるホテル』でしっぽりと言うのは……?

 

「こっそりデート……ふふ、いいですね! うんうん……ちゃんと2人きりでお姫様扱いしてくれないと……」

 

 どうやら満足いく回答だったらしい。それはそれで拍子抜けだ。

 もっといい埋め合わせを、と要求されると思ったのに。

 2人きり、というのがカイラ的にポイントが高いのだろうか……?

 よく分からないが、まぁ、カイラがいいというならそれで……。

 

 

 

 リーゼが言っていたように、星の瞬く夜が訪れた。

 空に星が舞い、澄んだ湖面に星が映し出されている。

 まるで、宇宙の只中に立っているかのようで、酷く幻想的だ。

 実際に宇宙空間に放り出されたあなたが保証する。まるで宇宙だ。

 星舞う夜空と、鏡映しの湖面の狭間。日が落ちたせいか、やや寒い。

 

 この下にある湖では日が落ちることはなかったのに。

 この空間では日没が訪れる。そこになにか秘密がありそうだ。

 実は夜にしか手に入らない特別な何かがあったりするのではないだろうか?

 訓練もいいが、いずれここを本格的に探索もしてみたいところだ。

 

 まぁ、それはEBTGのメンバーと共にやるべきだろう。

 今は『せかいじゅのおう』の面々とバカンスに来ているのだ。

 と言っても彼女らはバカンスと言うより訓練が主題なのだろうが。

 

 しかし、たったひとつの迷宮でここまで楽しめるのはエルグランドではなかった楽しみだ。

 この大陸の冒険は長くなりそうだ。現時点でもそれなりに長く過ごしているが。

 

 この調子では、10年やそこらでは済みそうにない。

 エルグランドの仲間たちを呼び寄せることもいずれ考えるべきかもしれない。

 あなたはそんなことを考えながら、満足ゆくまで夜空と絶景を堪能した。

 

 

 建屋に戻ると、トキとチーが酒を飲んでいた。

 リーゼとリゼラ、そしてカイラは既に寝たようだ。

 

「おう、おかえり。まぁ、飲め」

 

 言ってトキがグラスに酒を注いで渡して来た。

 あなたが買いこんで来た大量の酒のタルを開けたようだ。

 見慣れない蒸留酒で、塩とサラミを肴に飲んでいたらしい。

 チーがあなたの前に薄切りのサラミと塩を寄越して来た。

 

「このサラミにさぁ、塩をべったりつけて……食べると……しょっぱ! んで、飲む!」

 

 なんともまた厳つい飲み方だ。

 質の悪い蒸留酒の飲み方に起源がありそうだが……。

 

 そう思いつつ、あなたもサラミを塩まみれにして、それを齧る。

 死ぬほどしょっぱいサラミに唾液が湧いてきて、それを洗い流すように酒を干す。

 すると、蒸留酒の甘味が引き立って存外に悪くない味わいが抜けていく。

 

「これやるとキツイのがグイグイ進むんだよね……うへへ、私けっこう酔って来ちゃったな~?」

 

 そう言いながら胸元をパタパタとするチー。

 貫頭衣を纏っているチーがそうすると、その下の素肌がすべて見える。

 そして、あなたはその下がほとんど裸身であることに目を剥いた。

 

 細身の裸体に、なにか呪術的な意味のありそうな刺青が刻まれている。

 そして、それ以外にチーの裸身を飾るものは何もないのだ。

 まさか、履いてないし、付けてもいない族に会えるとは……!

 あなたはドキドキしつつもチーに部屋まで送って行こうと提案した。

 

「うへ……じゃあ、お願いしちゃおうかな?」

 

 あなたは最後に蒸留酒を一気に干すと、チーと共に部屋へと向かう。

 見送るトキが、やや呆れたような顔をしていたのが印象的だった。

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