あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 サシャとギール、そしてあなた。

 イロイの可愛さに魅了された者たちで酒を酌み交わしていた。

 ギールが酒を飲みながら語りましょうと提案して来たからだ。

 

 ギールはそこそこ飲む方だったらしい。

 女になってからは酒場に繰り出せずにいた。

 ふつう、年頃の少女は酒場に繰り出したりはしないのだ。

 レインはそう言うひとつの生命体なので……。

 

 買って来て飲めばいいだけではあるのだが。

 そうすると1人飲むことになり寂しい……。

 以前はレインがいたが、なんせレインは貴種の生まれ。

 一緒に飲もうぜと誘えるほどギールは猛者ではない。

 

 

 イロイの耳……。

 いいよね……。

 いい……。

 

 イロイの手……。

 いいよね……。

 いい……。

 

 イロイの尾……。

 いいよね……。

 いい……。

 

 そんな会話を静かに交わしていた。

 イロイ……とにかくいいよね……。

 話題は大体ループしていた。

 酒飲み話などそんなものだが。

 

「そう言えば気になっていたのですが……」

 

 延々とイロイの可愛さについて語っていると。

 ギールが、ふと思い出したように話題を上げた。

 

「カル=ロスさんは、オーナーの御息女なのですよね、義理とのことですが」

 

 その通りだとあなたは頷く。

 

「しかし、未来から来た……とのことで」

 

 それもその通りだ。

 そしてほぼ間違いなく事実だ。

 

「未来から来た、と言うことは……未来の自分のことなどを聞けたりするのでしょうか?」

 

「あー、それね、お父さん」

 

「うん?」

 

「なんかね、カル=ロスさんとかが言うには、この世界は結構あやふやだから、過去って変えれちゃうんだって」

 

「へぇ? 過去を変えれる?」

 

「うん。だから、未来の自分のことを聞いても、その通りにはならないかもって」

 

「へぇ……それでも興味あるなぁ。未来の私はどうしてるのだろう?」

 

 そう言いながら、手にしたグラスのウイスキーを揺らすギール。

 濃い蒸留酒をストレートで舐めるように飲むのが好みらしい。

 

「ふふふう……未来の私はね、冒険記を3冊出版してヒット作になってるんだって! 処女作の『ソーラス冒険記』はカル=ロスさんも読んだって言ってたの!」

 

「おお! サシャが作家先生に! すごいなぁ!」

 

「あとの2冊も、迷宮探索の冒険記だって言ってた! いろんな大冒険、するんだろうなぁ~!」

 

 きらきらと目を輝かせるサシャ。

 冒険も楽しみだが、出版した著作がヒットするのも楽しみなのだろう。

 まぁ、『ソーラス冒険記』はそれなりに売れそうな予感はする。

 

 なんせ、ソーラスはあなたたちが踏破するまでは未踏破だったのだ。

 ソーラスのことを知りたい人間はそれなり以上の数がいるだろう。

 そして、あなたはもちろん、レインもフィリアもレウナもイミテルも。

 旅行記など書いていないし、これから書くつもりもないのだ。

 

 強いて言えば、あなたがこまめに書いている備忘録。

 これを使って、丁寧に編纂し直せば冒険記として出せるだろうが……。

 備忘録はあくまで備忘録、忘れてはいけないことを書いているのだ。

 所感なども書いているが、エルグランド特有の表現や事物で比較したりしているし。

 そもそも、エルグランドの公用語で書いているので、書き直しが必要だ。

 そうまでして冒険記にするなんて、そんなめんどくさいことをするつもりはない。

 

「すごいなぁ、楽しみだ。本が出来たら買うよ。ぜひともサインをして欲しいな」

 

「うん! もちろんしてあげる! お父さんへ、って書いてあげるね!」

 

「ギールちゃんへ、って書いて欲しいな」

 

「あっうん……そ、そう書くね」

 

 なんとも言えない要望に、サシャがちょっと戸惑う。

 文書として残る分においては、自分が男だったという情報を残したくないのだろうか……?

 

「いやぁ、サシャが作家先生に……凄腕冒険者になったのも驚きなのに、作家にまでなるなんて……いやぁ、未来ってわからないものだね……」

 

「うん。私も、冒険者になるなんて思っても無かった」

 

 まぁ、貴族相手に使えるレベルの読み書きを体得しているのだ。

 それほどの技能を得ておいて、冒険者になるなんてまずなかろう。

 この大陸の冒険者の地位はそれなりに高いらしいが、それでも荒事だ。

 

 高度なデスクワーク技能があれば、そう言った生業に就くことはまずない。

 自身の命を賭け金にしなくていい仕事の方が安全なのだから。

 まぁ、中には大学まで出ておいて冒険者になる変人も居たりするが。カイラとか。

 『アルバトロス』チームも大学出ているらしいが、荒事を生業にしているらしいし……。

 

「いったい、どれくらい後なのだろうね……もしかしたら、その頃にはイロイも一緒に冒険をしているのかもしれないね」

 

「あはは、そうだといいな~! あ、でも、イロイが私の書いた本の校閲とかしてくれてたりするのかも!」

 

「おお、文筆業のサポートと言うわけか。うん、その方がイロイは安全だから、まだしも安心できるね。それがいい!」

 

 たしかに、可愛い妹には冒険者稼業などして欲しくないものだ。

 どうしても荒事であるから、命の危険はあるし、不愉快なことも多い。

 実際、あなたも妹が冒険者になろうとしたときは必死で止めた。

 しかし、それでもなお、なんとしてでもなりたいと、妹は叫んだ。

 

 憧れは止められない。人の心に枷は付けられない。

 結局、あなたは妹を断固として、と言うほどには止めなかった。

 どうしてもなりたいのだと叫ばれたら、止められない。

 いや……止めても意味がないのだと、あなたは知っていた。

 

 あなた自身が、燃え滾るような冒険心に突き動かされていたから。

 沸き上がる冒険心が止められないなんて、分かり切っていた。

 そうして妹は冒険者になった。楽しく冒険をしていることだけはわかっていた。

 

「イロイは将来、どんな子になるのだろうね……サシャのように賢く勤勉な子になるのかな……」

 

「もしかしたら、私よりずっとおてんばで、冒険者になりたいなんて言い出すかも!」

 

「はははは! その時にはサシャとオーナーがみっちり仕込んでくれるから安心だね!」

 

「そうそう! ご主人様のおかげで私もこうして冒険者をやれてるんだし、イロイにもきっちり仕込んでくれると思う!」

 

 なんて笑いながら酒を酌み交わすサシャとギール。

 酒の力もあってか、ギールが女になってからやや開いていた距離も埋まっているように思える。

 酒は人の心の本音を引き出す力があり、同時に寛容にもしてくれる。

 サシャとギール、その親子の絆が近づいたのならば、きっと酒も本望だろう。

 

「冒険者になったら、イロイは戦士かな、魔法使いかな?」

 

「魔法使いの獣人と言うのはあんまり聞かないね。どうしてだろう?」

 

「う~ん。魔法の教育を受けられる人が少ないからじゃない? 魔法使い自体、そんなにたくさんいるわけでもないし」

 

「そうなのかな。獣人が魔法使いに向いていないとか、そう言うことでないなら……どちらになるのかはまだ分からないのかな」

 

 あなたが見る限り、獣人だから魔法に不向きと言うことはない。

 基礎的な魔力量がやや少なめな傾向こそあるが。

 それほど劇的な差というわけではない。

 普通に鍛えて身になる程度には素質がある。

 

 イロイも魔法使いとして大成できる程度の素質はある。

 体格も、なかなか大きく成長しそうな雰囲気がある。

 冒険者としてやっていける程度にはなれるだろう。

 

「ご主人様はどう思います? イロイはどんな冒険者になると思います?」

 

 やはり、めちゃくちゃ可愛いので仲間を引き連れる立場になるかも。

 可愛いとは正義であり、同時にそれはカリスマたりうる。

 仲間たちを指揮する戦いのアーティストになれるかもしれない。

 

「おお……! なんかカッコいい……!」

 

 通称ヒモ戦法。

 

「ひ、ヒモ……!」

 

「ヒモ……」

 

 あなたの父が得意とした戦法だ。

 あなたの父は純魔法使いで、前衛戦士が必須。

 やむを得ない戦法ではあるのだが……。

 なんせ女好きなので仲間はみんな女。

 女たちに周囲を守られて魔法を唱える姿が人からどう見えるか……。

 ヒモ呼ばわりも致し方なしと言ったところか。

 

「ええ~……あれ、でも、エルグランドって大体は魔法戦士になるって言ってませんでしたっけ?」

 

 だいたいそうなる。あなたの父もそうだ。

 だが、最初はどちらかに偏っているのが普通だ。

 あなたは純戦士ではじまり、やがて魔法剣士に。

 あなたの父は純魔法使いで始まり、やがて魔法戦士に。

 

「ああ、なるほど……にしても、ヒモ……ヒモかぁ……」

 

「…………ヒモかぁ」

 

 ギールがしみじみと零す。

 地味にギールは立ち位置がヒモに近い。

 一応大工として雇ってはいるが……。

 大工を屋敷内に常駐させるなんて普通はない。

 それでも常駐させているのは、ギールが可愛いからだ。

 ヒモと言うより愛人を囲っていると言うべきかもだが。

 まぁ、元が男なのでヒモでいいだろう。たぶん。

 

「どう成長しても祝福するけど、ヒモは……ちょっと……」

 

「そうだね……」

 

「特に、ご主人様の女癖だけは伝染(うつ)らないで欲しい……」

 

「はは……そうだね……」

 

 当人を前にして酷い言われようである。

 でも、あなたもその意見には同意する。

 娘はこんな異常者になって欲しくない。

 

 あなたたちはそれからも延々と話し込んだ。

 イロイが将来、どんな子になるのか。

 期待を込めて、希望を込めて。

 健やかに育ってくれることを祈り。

 将来の展望よ明るく在れと、そう願った。

 

 

 

 

 ブレウは落ち着いてきて、イロイも健やかに成長し。

 産後の肥立ちは良好とカイラが太鼓判を押し。

 1か月検診とやらも、所見なしで無事に終わった。

 

「私はこれでおさらばですね~。ただ、ひとつ提案があります~」

 

 イロイが無事に成長しているので、カイラの仕事はなくなった。

 いてくれればありがたいが、なんせソーラスの凄腕冒険者だ。

 さすがにカイラを延々と引き留めるのは無理がある。

 

「まだ臨床段階ですが、BCGワクチンの開発に成功しました~」

 

 びーしーじーワクチン……?

 あなたはそれはいったいなにかと尋ねた。

 

「打つと結核にかからなくなります」

 

 結核。いわゆる不治の病であり、肺病だ。

 魔法を用いた治療でなければ根治不能。

 すなわち、貧民が罹れば助からない。

 富裕層であれば恐れずともよい病だが……。

 

 それを治すのではなく、罹らなくする。

 そんな奇跡の妙薬どうやって作ったんだろう……。

 あなたはカイラの仕出かした驚天動地の真似に目を剥いた。

 

「カル=ロスさんに頂いた医学書のお蔭ですけどね~。ウシ型結核菌をウシ胆汁を加えたバレイショ培地で継代培養なんてわかるわけないじゃないですか~」

 

 よく分からないが、それを使えば結核にならなくなる。

 ならば、それを使わない理由はないように思う。

 もしや、そのBCGワクチンなるものを使ってくれるのだろうか?

 

「はい~。イロイちゃんに打つのは半年後ですね~。その頃には臨床試験も済んでると思います~」

 

 なんともまた凄いことをしてくれたものだ。

 魔法で治るとはいえ、結核は恐ろしい病だ。

 それに結核と分かるまでは苦しむことになる。

 ならば、根本的に罹らなくなるのがどれだけありがたいことか。

 

「では、打つということでよろしいですね~?」

 

 もちろんだ。こちらからお願いしたい。

 

「あと、天然痘ワクチンもありますよ~。こちらもいかがですか~?」

 

 そちらもお願いしたい……しかし、この流れだと……。

 もしや、実はペストワクチンもあったりなんかしたり……?

 

「ああ~……ご期待に沿えず申し訳ないです~……ペストワクチンはないんです~……」

 

 それもあればほぼパーフェクトだったのだが。

 まぁ、無いならしょうがないとあなたは頷いた。

 結核と天然痘。それにならなくなるだけで凄いことだ。

 イロイのためにも、ぜひそのワクチンを打って欲しい。

 

「すみませんね~。要件はそれだけです~。では、半年後と言うことで~」

 

 あなたは本当にありがとうとカイラに礼を述べた。

 そして、次はイミテルのお産もよろしくと頼んだ。

 

「……もしかして、この後も続々出産が控えてたりします~?」

 

 イミテルだけだ。

 

「なら、いいんですけど~。時期はどれくらいです~?」

 

 昨年の秋ごろに妊娠した。

 なので、そろそろお腹が目立ってくる頃か。

 医者にかかるなら今くらいだろうか。

 

「なるほど~。では、タイミングを見て往診に……いえ、あなたが帰る時、そのまま見に行くとします~」

 

 それなら帰る予定は明日だ。

 元々、カイラの引き上げと同時に帰る予定でいた。

 出来るならブレウといっしょに居たいし、イロイの面倒も見たいが……。

 

 しかし、悲しいことにあなたには仕事がある。

 アノール子爵領もちゃんと面倒を見ないといけない。

 そもそも、身重のイミテルをほっぽっておけないし。

 なので、ブレウの無事を見届けたら帰る予定だったのだ。

 

「では、明日ですね~」

 

 そう頷くカイラ。

 あなたはそんなカイラの手にそっと指を絡める。

 明日、往診したらそのままソーラスに帰っちゃうの? と。

 

「は、はい、そうですね~。さすがに1月も留守にしてますし~……私たちもソーラスの迷宮を踏破したい気持ちはやまやまですので~……」

 

 少し挙動不審なカイラ。

 そんなカイラに、あなたはそっと囁く。

 今夜、カイラの部屋に行ってもいいかな……? と。

 それはもう、蕩けるほどに甘く、優しい声で。

 

「ひうっ……は、はぃい……ま、待ってましゅ……」

 

 一撃でとろとろに蕩けてしまったカイラ。

 そんな可愛らしい反応に、あなたは優しくキスをする。

 触れ合うばかりの柔らかな口づけは心地よい。

 そして、いい子で待ってるんだよ、と柔らかに囁いた。

 

「はい……はいぃ……」

 

 顔が真っ赤になっていて可愛い。

 カイラは反応が初心くてついつい弄ってしまいたくなる。

 まったく、今夜が楽しみだ。

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