あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 宿舎に戻ったあなたは宿舎外の調理場に陣取った。

 そこでさっそく夕食の支度のため、複数の鍋をかまどにかけていく。

 

「おかえりなさい、お母様。夕飯の支度ですか? お手伝いしますよ」

 

 あなたの義娘であるカル=ロスが声をかけてきた。

 これはありがたいと、あなたは申し出に頷いて豚肉の処理を頼んだ。

 脂のよく乗ったロース。そして柔らかなフィレ肉。

 この2種類の豚肉をカツレツにする予定であると伝える。

 

「ほほう、トンカツですか。これはたまりませんね。そしてこちらはカレー……」

 

 まだ火にかけていない鍋には作り置きのカレーがたっぷり。

 『四次元ポケット』に入れてあったので、アツアツの湯気を立てている。

 

「なるほど、カツカレーですか。鬼に金棒、虎に翼、カレーにカツですからね」

 

 意図は理解してもらえたようだ。では、よろしく頼む。

 あなたがそのように言うと、カル=ロスが豚肉の処理を始めた。

 筋を切り、叩き、塩と胡椒で軽く下味をつける。

 

 そう大した作業ではないが、やるとやらないでは出来が段違いになる。

 ちゃんと筋を切ることで豚肉の縮みを防ぎ、なおかつ噛み切りやすくなる。

 そして叩くことで肉が柔らかくなり、同時に歯切れ良い食感になる。

 そして下味をつけることで、ハッキリとした味になって美味になる。

 

 料理と言うのは細かい作業の積み重ねなのだ。

 1つ1つの手間を惜しむと、最後の仕上がりがガクンと落ちる。

 大したことではないように見えて、馬鹿にしてはいけない手間なのだ。

 

 

 カル=ロスがそうして下処理をしてくれている間、あなたも作業に取り掛かる。

 なんせ30人前のカレーだ。主食となるライスも大量に必要になる。

 どでかい鍋に大量にライスを入れ、これを水で洗い流していく。

 

 あなたの馬鹿力でライスを掻き回し、濁る水を適宜取り換える。

 そうしてある程度きれいになったら、たっぷりと水を入れて沸かし、ライスを茹でる。

 沸騰したらお湯を茹でこぼし、ライスを炒めることで炊く……。

 カル=ロスら『アルバトロス』チームが言うところの湯取り法と言う炊き方だ。

 

「糖質カットになるので、カロリーベースで考えるとナシな調理法ではあるんですけどね。でも、安定感が違うんですよね」

 

 そう、この炊き方は失敗の可能性が非常に低い。

 よっぽど変なことをしない限りはちゃんと炊けるのだ。

 

 『アルバトロス』チーム言うところの炊き干し法。

 必要十分な量の水を入れ、それを蒸発させて炊き上げる方法。

 潤沢な燃料、安定した調理設備があれば採用したい方法だ。

 あの方法ではもちもちしたライスが炊けるが、火加減が難しい。

 

 火加減の適切な調節ができればいいのだが……。

 火加減の調節にはそれなりの品質の燃料と、適切な設備が必須。

 不純物の多いピートとか、生木の混じった薪などでは火加減の調節が難しい。

 そして、即席のかまどでは火加減がうまく出来ても熱が逃げることがある。

 

 要するに定住地できちんとしたものを使う分には適切な方法ではあるのだが。

 即席、あるいは長期使用を考慮していない粗雑な設備では非常に困難な方法になる。

 宿舎前に設営したかまどでやるには、ちょっと難しいわけだ。

 

 特にあなたはライスの炊飯にはあまり慣れ親しんでいない。

 エルグランドにも米はあるが、それよりはソバや小麦の方が一般的だし。

 なので安定感のある湯取り法を使うわけだ。

 

「まぁ、もちもちしていない米も米で、向いた料理と言うのがあるわけですよ。適材適所ですね。カレーにはこっちの方が向いていると言えます」

 

 ほほう、その辺りはあんまり考えたことがなかった。

 たしかに炊き方で食感が変わるのだから、向いた料理も変わりはするだろう。

 

「カレーライスは古風な言い方をすると、辛味入り汁かけ飯です。つまり、汁かけ飯に適した米がよいわけですが」

 

 偏見ではあるが、辛味入り汁かけ飯と言われると……。

 なんか、すごく不味そうというか……。

 あんまり気分のいい呼び方ではない気がする。

 

「汁かけ飯の典型と言えば、茶漬け。これには炊飯した米を洗うことでぬめりを取り、さらさらと食べられるようにするのが好適とされます」

 

 炊き干し法はもちもちとした食感のライスが炊ける。

 湯取り法はねばりのないさらっとした食感のライスが炊ける。

 すると、なるほど、たしかに湯取り法の方が向いていると言える。

 

「ちなみに炊き干し法で汁かけ飯向けの米を炊く場合は、水分量が50%になるように調節するといいそうですよ」

 

 ずいぶんと具体的な数値だ。

 わざわざ実験したのだろうか?

 

「いえ、これもイントゥアーヌェッツの力です。汁かけ飯は標準的な米飯の10%少ない水分量が好適とのことなので」

 

 標準的な米飯……?

 

「一般的な炊飯方法で、一般的な保存方を取った場合、米の水分量は五訂日本食品標準成分表においては60%らしいですよ。文部科学省の報告なので、国家のお墨付きと言ってもいいでしょう」

 

 ……そんな研究成果があるということは、実験したのだろう。

 国家の隷下にある機関が。わざわざそんなことを。ニッポンなる国はヒマなのだろうか。

 それとも食べることに対するモチベーションが圧倒的に高いのか。

 

「食べることに対するモチベーションが高いんだと思います」

 

 美食の国なのだろうか?

 以前は観光できなかったので、今度は観光してみたいものだ。

 そうでなければ、料理のレシピ本とかを入手したい。

 

 食べることに対するモチベーションが高いならば。

 国民の食べ物を作ることに対するモチベーションも高かろう。

 きっと、色とりどりの豊かな食卓が家ごとに築かれているのだ。

 そして、それを支える文物。レシピ本も隆盛を極めているのだろう。

 

 いつかまた行ってみたいものだ。

 

 

 

 

 

 カル=ロスの手を借りて夕飯の支度を進める。

 大量の米を炊き、カツレツを揚げ、『アルバトロス』チームの意見を聞いてトッピングを用意する。

 目玉焼きとゆで卵、バリッとした食感の美味しいソーセージ、濃厚な旨味のあるチーズ。

 そして、なんとも予想していなかったことに、茹でただけのスピナッチが欲しいと言われた。

 

「不思議そうにされると私も不思議に思いますが、カレーにほうれん草は強い……」

 

「ご家庭のカレーではあんまり見かけませんが、店でトッピングすると美味しいんですよね」

 

「家系ラーメンのスープに浸かったほうれん草もおいしいですし」

 

「なんて言うか、トッピングとして強いんですよね……ほうれん草……」

 

 まぁ、欲しいと言うなら用意するまでのこと。難しいことではない。

 あなたは言われるがままにスピナッチを用意して湯がいた。

 『アルバトロス』チームはスピナッチをほうれん草と呼ぶ。

 

「あとはそうですね、ナスもおいしいですね」

 

「たしかに。最初から入ってる煮込んだナスもいいですが、焼いたナスをトッピングするのも……」

 

「ムニエルみたいに小麦粉をつけて油で両面焼きにするとおいしいんですよね」

 

「なんやかんやいっても美味しいですよね」

 

 なんか野菜ばっかりだ。

 まぁ、旨いというなら試してみるのも一興か。

 あなたは言われるがままにオーバジーンを用意して、油で焼いた。

 ニッポンでは野菜を独特の呼び方をするのが面白い。

 

「たしかに独特の呼び方しますね。キャベツとかレタスは普通に英名ですけど」

 

「言われてみると……キャベツって日本語でなんて言うんでしょう?」

 

甘藍(かんらん)ですね。レタスは萵苣(ちしゃ)

 

「聞いたことねぇ~……!」

 

「海外の親切な人が、料理のレシピを和訳してくれるとたまに見かけますね」

 

「翻訳通して甘藍だの萵苣が出るって聞いたこと無いですよ」

 

「和英辞書引いたりすると稀によくあります」

 

「親切なだけに文句言いにくいですねそれ」

 

 そんな感じで話が盛り上がっていると、クラリッサら4姉妹が姿を現した。

 どうやらタイトのところで報告書を書き、その足で来たらしい。

 銃は背負ったままだし、やや煤けてるのもそのままだ。

 

「カレーの芳しい匂い……! ご招待に与って来たわ!」

 

「カレーのために外套を持ってきたよ」

 

「はわわ、忘れてたのです! カレーで服を汚したらまずいのです!」

 

「自信ないわねー! そんなんじゃダメよ! 私はカレー、ミートソース、習字、すべてをノーミスで乗り越える自信があるわよ!」

 

 あなたはそんな4人組を歓迎し、今日の探索の労をねぎらった。

 まぁ、あなたも同行したので、あなたが労をねぎらうのもなんか違う気がするが。

 いずれにせよ、このあとクラリッサがイイコトさせてくれるらしいので。

 その歓迎のためにもお腹いっぱい食べてもらおうという気持ちで一杯だ。

 

「……カレー食べ放題だけじゃ割に合わない気がして来たんだけど!」

 

「大変なのです……私たちは逃げさせてもらうのです」

 

「クラリッサが逃さないとか言っても、所詮はクラリッサ……『号令』があっても、多少なら離れられるし……」

 

「クラリッサが女になる瞬間を見守ってあげるから……!」

 

「うぎぃぃぃ――――! お姉ちゃんのことをもうちょっと気遣ってもバチ当たらないわよあなたたちぃ!」

 

 クラリッサがキレている。かわいいかわいい。

 まぁ、そのあたりはさておいても、カレーは遠慮なく食べて欲しい。

 それからお土産もたくさん用意したので、持って帰って欲しい。

 

「え? お土産?」

 

 まだ夕飯まで時間があるので、お土産について説明しよう。

 あなたはそのように提案し、話しやすい場所……食卓へと移動した。

 

 

 

 あなたは食卓の上に種々の道具をざらりと並べる。

 なんかに使うかも思って、この大陸に来てから造った種々の品だ。

 サシャに与えたもの、適当に処分したものもあるが。

 もしかしたら? と思って作ったものはそれなりの数がある。

 それらの魔法道具を一挙に処分してしまおうという魂胆だ。

 

「ワンドに、スクロールに、ポーションね……」

 

「実用本位なお土産はありがたいんだけど、私たちはワンドやスクロールは使えないんだ」

 

「なのです。ワンドもスクロールも、その系統の呪文行使能力が必須なのです」

 

「秘術系なら秘術の、信仰系なら信仰系のね。ポーションだけいただくわ」

 

 と、この大陸の常識でやんわりとお断りされる。

 が、このワンドもスクロールもエルグランドのものだ。

 呪文行使能力がなくとも使用可能である。

 

「へぇ! そうなの!」

 

「それはすごいのです!」

 

 驚く面々に、あなたはワンドについて説明していく。

 『魔法の矢』のワンド、『アイスボルト』『ファイアボルト』『ライトニングボルト』のワンド。

 どれも純粋な攻撃用の魔法で、『魔法の矢』は雑に連射するだけで十分使える。

 ボルト系魔法は味方を巻き込む危険こそあるが、投射型で貫通力があって便利だ。

 純粋物理攻撃しかできない4人の攻撃能力を大きく補ってくれるだろう。

 

「私たちでも使えるワンドと言うのはすごくありがたいわね! それも攻撃系なんて!」

 

「これがあるだけで、随分取れる戦術が変わってくるね。とてもありがたいよ」

 

 そしてスクロールは補助系で固めた。

 『解呪』のスクロール、『加速』のスクロール。

 『解呪』はそのまんま呪いを解く。人間にも器物にも効く。

 そして『加速』は倍の速さで行動できるようになる。

 

『倍の速さでー!』

 

 クラリッサらが異口同音に驚いている。まぁ、驚くだろう。

 この大陸には『迅速』と言う魔法があり、ほんの数秒だけ倍の速度で動ける。

 精々5秒程度しか保たないので、魔法を2回打てるとかそのくらいしかできない。

 しかも使ったらアフターリスクで、数秒ほど朦朧となってしまう。

 

 その一方で『加速』のスクロールは効果時間はおよそ1分。

 その間、倍の速さで活動できるので体感的には2分になるか。

 つまり、この大陸の『迅速』の10倍くらいの効果だ。

 アフターリスクは特になく、連続使用も問題ない。

 

 無法なことこの上ない代物と言えるだろう。

 ちなみに普通の魔法バージョンも存在するが、やや効能が低い。

 エルグランドの魔法の例に漏れず、術者が強いと強力になるので、魔法使いとして熟達すれば話は別だが。

 

「それだけで……」

 

「切り札じゃない、完璧に……」

 

「頼り切ったらまずいくらい強いねこれ……」

 

「私たちだけ倍の速さで活動できる最強モード突入なのです……!?」

 

 実際、メチャクチャ強い。

 あなたは素でそれ以上の速さで動けるが。

 かつて生命の時の針を早められなかった頃は。

 こうした加速のスクロールやワンド、魔法によく頼ったものだ。

 

 

 さて、最後にポーションだが。

 こちらは回復系はクラリッサらには不要だろう。

 なので『英雄』と『要塞』のポーションを用意した。

 

 『英雄』のポーションは一時的に身体能力が向上する。

 『要塞』のポーションは一時的に肉体が頑強になり、体表に反発力場を形成する。

 両方とも飲めば、今よりずっと打たれ強くなり、粘り強く戦えるだろう。

 4人とも力量の割には体が脆すぎる印象があるのでそれを補える。

 

「こ、こんなに豪勢なお土産もらっちゃっていいの?」

 

 クラリッサがものすごく申し訳なさそうな顔をする。

 実際のところ、不用品の在庫処分と言う性格が強いのだが……。

 

 そんなことはおくびにも出さず、あなたは笑顔で頷く。

 4人のためになるなら、この程度の出費は苦でもないよ、と。

 実際のところ全部あなたが作ったものなので費用はかかってないが。

 

「ううん、でも……」

 

 遠慮がちな様子のクラリッサ。

 まぁまぁ、と言ってあなたは無理やり押し付ける。

 4人の冒険が楽になればあなたも嬉しい。

 そのように言って、あなたは固辞を許さなかった。

 

「物凄くありがたいんだけど、こんないいもの貰っちゃ申し訳ないわ……」

 

「こ、ここはひとつ、クラリッサにスク水とマイクロビキニを着せて、夜を豊かにして恩返しするのです」

 

「それを2つ同時に着るのは無理があるんじゃないかしら……」

 

「そ、そうだよ。クラリッサの持ち味を活かさないと」

 

「クラリッサの持ち味は……タイツを履いた足……そうだわ! ニーソで絶対領域を演出すれば!」

 

「タイツ履いてるのに……?」

 

「と言うか、クラリッサの処女ごときで全部返し切れるかな……無理な気がする」

 

「こ、今回の調査報酬で、ジューンからお高いお土産買いましょう……」

 

「お返しの品に困るのです……!」

 

 あーでもないこーでもないと恩返しについて話し込むクラリッサ姉妹。

 そんな姿を眺め、あなたは内心でほくそ笑む。

 

 クラリッサらは礼には礼を、仇には仇を返すタイプだ。

 そう言った人物は手厚くもてなした方が良好な関係を築ける。

 相手も遠慮をし、こちらが不愉快にならないように応じてくれる。

 

 こちらが無遠慮にならないように気を付ける必要こそあるが。

 相手方も無遠慮にならないように配慮してくれる。

 そう言う意味では非常に付き合い易い相手と言える。

 

 そして、こちらが恩恵をもたらすほどに。

 クラリッサらは返礼に四苦八苦することだろう。

 積み重なる恩義に応えきれなくなった時。

 

 きっとベッドでたくさんおもてなししてくれる。

 あなたはそう考えてクラリッサらにプレゼント攻撃をすることにしたのだ。

 彼女たちがあなたへのお礼にイイコトさせてくれる日が楽しみだ。

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