あなたはクロモリを連れて浴室へとやって来た。
この屋敷には現在のところ2つの浴室が存在する。
屋敷内部に存在する、元からあった浴室。
貴族趣味的と言うか、大理石製の立派なやつだ。
そして、あなたが庭に増設させた使用人用の浴室。
メイドらの衛生環境を整えるために設立した。
これ専用の燃料費の枠も作ったくらい真面目に稼働させている。
今回使うのは元からあった方の浴室だ。
そちらにクロモリを連れ込んで、共に入浴する。
生粋のエルグランド人たるあなたに入浴の習慣はかつてなかったが。
この大陸に来てからはすっかりと入浴の習慣が染み付いた。
まぁ、真夏にはちょっと勘弁してほしいと思うこともあるが。
暖かなお湯で身を綺麗に清めるのは、やはり心地よい。
「おお……さすがに立派な浴室ですね。実は私は風呂が大好物でして」
では、存分に楽しむとしよう。
あなたは浴槽に近付いて、まずはお湯を浴びようとし……。
「お待ちください」
クロモリに止められた。
「お湯を浴びる……かけ湯は、胴体ではなくまず足からです!」
あなたはいつにないクロモリの勢いに圧される。
なんだか分からないが、べつに拒む理由もない。
あなたは言われるがままに足にだけお湯をかけた。
「よろしいですか、あなた様。風呂とは正しい入浴方法をすれば心身の健康を保ち、身を清めることが叶います。しかし、誤った入浴法を実践すれば身を損ねる危険もあるのです!」
なるほど? まぁ、衛生的に体を保てば健康にはなる。
そして気持ちよい入浴をすれば気分も爽快になる。
心身の健康を保つという話には頷けるが、身を損ねる?
「お湯と人体ではお湯の方が暖かい。その温度差は僅かですが、特に今は冬場。体の冷えることも多い時期です。冬場の今は温度差がより顕著となり、より身を損ねやすい! そのために足です! 血の巡る順序においてもっとも遠い手や足から温める! これによって身を損ねる危険性を下げることができるのです!」
な、なるほど。よく勉強になった。
あなたは冬場には必ず足にお湯をかけると約束した。
エルグランドならより顕著になりそうだし、覚えて損はなさそうだ。
「手や足にかけ湯をして軽く温めたら、次に足だけを湯に漬けて温めます」
言われるがままに浴槽に入ろうとする。
「しかし、入浴前には身を清めることで浴槽の湯を汚さないことがマナーです。まずは洗体、後に洗髪。さらにあなた様の髪は長いので、不衛生にならぬようしっかりと纏めてから入浴しましょう」
あなたは引き戻され、言われるがまま体を洗う。
なんだか逆らったら物凄くめんどくさそうな気配がする。
こだわりが強いが、きちんとした知識で武装もしている。
つまり、ものすごく面倒くさいタイプの趣味人の香りがする。
これに逆らうと理詰めで怒られる。すごくだるい。
あなたはげんなりしながら体を洗った……。
「はい。大変結構です。なお、マナー的にはこちらが正しいのですが……身体の健康的には10分ほど湯船に浸かってから洗った方が汚れ落ちがよく、皮脂の無用な漏出も招きませんので、本来は湯に浸かってからの洗体をお勧めします」
なるほど、公衆浴場でないならそっちの方がいいと。
ここも公衆浴場ではないが、なんせクロモリもいる。
同時に使う者がいるのにお湯を汚すのは不適切だろう。
「次に洗髪を行いましょう。洗髪の基礎として、洗い粉……洗髪用石鹸は手のひらで十分に泡立てた後、髪の毛に含ませるようにしてやりながら洗います。十分に汚れを浮かせ、その後にたっぷりの湯で流します」
こちらに関しては特に疑問に思うことはなかった。
髪を洗うという点にかけてはあなたもきちんとやっているので。
「髪を纏めさせていただきますね。では、次に浴槽に足だけを漬けて温めましょう。そのまま180秒、3分数えます」
そんなに正確に数えるんだ……。
そう思ったが、大人しく180数える。
そうしていると、だんだん体がポカポカしてくる。
足だけでも意外と体はちゃんと温まるらしい。
「そして、次に湯に浸かるのですが……あなた様の場合、この浴槽のお湯は多過ぎます。あなた様は非常に健康かつ頑健な女性ですが、現在は10歳ほどの年齢……座ってリラックスして入浴できない浴槽は不適です」
まぁ、今回はしょうがないだろう。
我慢して中腰で入浴するしかない。
「ですのでお湯を抜きます。私は半身浴になりますが、まぁ、問題ありますまい。半身のみの入浴は心臓と肺の負担が減り、ゆっくりと入浴できるのですよ」
が、そうする前にクロモリがお湯を抜いてしまった。
そこまで気遣われるとなんだか申し訳ない。
「ふぅ……心地よいですね」
2人で並んで湯船に入り、腰を落ち着ける。
暖かなお湯に包まれて非常に心地よい。
そして、あなたは傍らのクロモリにそっと触れる。
水滴に濡れたやらしく大きな膨らみをやんわりと……。
「あっ。あなた様、そんなところを触られては……いけませんッ!!!! 入浴中の性行為は大変に、危険です!!! 非推奨! 不適! 不衛生です! 不許可ですッッッ!!!!」
ものすごい剣幕で怒られた。
あなたは思わず手を引っ込める。
が、クロモリは止まらず怒り出す。
「よろしいですか! 入浴中の性行為は入浴の長時間化を容易に招きます! 湯船に入る時間は10分程度! 総合的な入浴時間は30分以内に抑えるべきです! 湯船に長時間浸かり過ぎると皮脂の漏出を招き、肌が乾燥します! 保護するための油分塗付だけでは賄い切れぬこともあるのですよ! なによりも、性行為中は体位の変換を交え、不安定な姿勢を取ることも少なくありません! これが何を招くか! ただでさえ滑りやすい浴場内にて余計に滑りやすくなります! さらには水に濡れた空間ですので、水以外の液体に気付かないこともあるのです! 気付かず踏んで転ぶことも! 特にこの浴室は大理石製! 滑りやすい上に、頑強な石製の浴室で転んだ場合、大怪我することも珍しくはないのですよ! そしてその体液! 洗い場ならばまだしも、浴槽内に入った場合などどれほど不衛生なことか! あなた様はどう思われるのですか! 自分の前に入浴した者が、性行為に耽っていたら! あなた様は、他人の愛液や精液が混じった湯船に浸かりたいと思うのですか! 後に入浴する者のことをお考えになってください!」
はい、はい……すいません……本当にごめんなさい……。
なにもかも全部自分が悪かったです……ごめんなさい……。
「まして、浴槽内での性行為など言語道断ですッッッ! いくら浴槽を毎日丁寧に洗っても、水を毎日取り換えたとしても! 病魔汚染の源は、決して拭いきれないのです! 入浴後の湯船はとても汚れているのですよ! それが膣内に入るなど、危険すぎます!! 女性特有の疾患を患ったことで子供を望めなくなったり、流産するなんてこともあり得るというのにあまりにも軽率すぎます! そして実際に性行為を行った場合、ただでさえ入浴によって乱れた鼓動が余計に乱れるのです! 心臓の負担が増えるということです! それによってどんな病態を引き起こすことか! 入浴は発汗を促すというのに、さらに体を熱くする性行為はより一層に危険です! 水分不足で死に至ることだってあると言うのに、どうして浴槽内で性行為になど及ぼうとするのです! そこまで見境がないというのですか!」
ごめんなさい、自分は本当に愚かでした……。
クロモリが言うことは全部正しいです……。
「あなた様はいったい何を考えていらっしゃるのですか! 女性の心身を丁寧に慮ってくださるお方だとばかり思っていたのに、それは私の心得違いですか! あなた様の性欲によって、あなたが愛してやまぬ女たちの心身を損なってもあなたは堂々と言えるのですか! 自分は誰よりも女を愛するものだと! それともなんですか! 女を愛するというのは、ただ性欲の犠牲にするだけのことを言うのですか! 女など、ただ浪費するだけの……性欲を吐き捨てるための道具でしかないと! そう言うのですか! 私は懐に入れた女にはとても優しく、その心身どころか人生までも優しく抱擁してくださる、そう言う線引きだけはキチンと守る方だと……女をとっかえひっかえはしても、1人1人に向き合い誠意ある対応をしてくれると……そう思ったからこそ! サシャ先輩にあなた様の補佐に役立つ最高級の読み書き技能を施し、あなた様の来訪を何十年も……何十年も! 待っていたのに! あなた様になら、女にされてもいいと……覚悟を決めて……お待ちしていたのに、どうして……どうしてなのですか……」
楽しくて気持ちのいいお風呂えっちをしたかった。
クロモリをいじめて、いちゃいちゃラブラブしたかった。
こんなことになるなんて思わなかった。
あんなに怒られるなんて思わなかった。
クロモリは泣いていた。痛み以外の理由……悲しみの涙。
あなたは申し訳なさすぎて死にそうだった……。
意気消沈したまま風呂から上がり。
気まずくて会話もできないまま別れ。
自室でとっぷりと反省し、クロモリに誠心誠意謝ろうと決め。
それで重苦しい気分のまま、夕食の時間だ。
「…………ご主人様、どうしたんですか?」
かちゃかちゃと食器の触れ合う音ばかりが響いている。
夕食の席には複数人の同席者があっても、会話ひとつない。
この屋敷の主はあなたであり、食事の席に同席するのは家族のみ。
つまり、このリリコーシャ大陸においてはイミテルのみがそうなる。
イロイは妾腹の子なので扱いとしては使用人と言うのが本来か。
が、まぁ、元々は貴族家だったわけではないので。
そのあたりの食事の席の同席者はもっと緩いものだ。
つまり、サシャ、レイン、フィリア、レウナ、イミテル、クロモリ。
そして、その家族……サシャとレインの家族が食堂で同席していた。
実際のところ、誰が同席するかは明言したわけではなく。
なんとなくの暗黙の了解でそうなっているわけだが……。
「薬師様となにかあったんですか?」
現状、この屋敷にレインらを筆頭としたEBTGメンバーはほぼいない。
この屋敷において上級使用人を務めるレインの母ポーリンはトイネにいるし。
そのため、同席者はサシャ、ブレウ、ギール、そしてクロモリ。
サシャら一家の食卓にあなたとクロモリが混ぜて貰ってるみたいな状況である。
対面側にギールと、沈鬱そうな表情でのろのろ食事をしているクロモリ。
あなたの隣に陣取っているサシャ。その反対側にブレウ。
あなたは隣のサシャに、入浴中に怒られたと答えた。
「あ~……」
「あははは……」
「あらあら……」
サシャとギールが苦笑いを、ブレウが呆れた顔をする。
そして、クロモリはぼっと顔を赤くして俯いた。
あれ? なんだこの空気? その、そう言うことか~、みたいな納得感は。
「薬師様、お風呂好きなんですよね……こう、ものすごくうるさい方向で……」
「昔はよく公衆浴場でお会いしましたが、物凄い剣幕で怒られたこともありましたね……」
元男であるギールと、元男であるクロモリ。
同じ町に住んでいた2人が公衆浴場で出会うのはよくあることだったらしい。
まぁ、町に3つも4つも公衆浴場はないだろうし、変な話でもない。
「なんなら、週に1度は誰かを怒鳴り散らしてましたよ。喧嘩沙汰……それこそ刃傷沙汰になるくらい」
「お、お恥ずかしい限りで……」
「クロモリさんの物言いに腹を立てた人がそうしたこともあったと思ったけれど……」
「う、そ、その……」
「薬師様が、あんまり聞き分けが無いからってナイフ抜いたこともあったって……」
…………それはただのヤベーやつでは?
あなたは驚愕の新情報に目を瞠った。
「もっ、もっ……」
も?
「申し訳ありませんでした!」
クロモリが席を立ち、勢いよく飛び上がった。
そして、どかんと音を立てて地面に土下座した。
それは100%の降伏を示すスタイル。完全なる謝意の表明だった。
「完全に、言い過ぎました! 一言そうすべきではないと整然と言うべきで……理由を言えば、納得してくださったでしょうに……」
まぁ、そうかもだが。
それでも、あれはあなたが悪かった。
クロモリの言うことは正論だった。
たしかに、風呂の中ですべきことではなかった。
あなたの思慮、配慮が不足していた。
それは間違いのない事実だ。
「その点に関しては間違いありませんが」
曇りのない眼でクロモリが断言した。
あ、うん、そこらへんは譲らないんだ……うん。
「しかし、物には言い方があります。言い方次第で受け入れられないことなどいくらでもあるのです」
それはたしかにそうだ。
「あなた様がお優しく、理性的だから受け入れていただけただけで……私の物言いはよくないものでした。なにより、最後のあたりは難癖に近いものでした……」
なるほど。では、そのあたりの謝罪は受け取ろう。
そして、あなたからも謝罪をさせて欲しい。
風呂の中ですべきことではなかった。
今後は決してやらないので許して欲しい。
「はい……おわかりいただけたのであれば……」
あなたは頷いて、よかったよかったと内心で胸をなでおろした。
あの怒りよう、剣幕は物凄いものだった。
クロモリの逆鱗を無遠慮に撫でまわしてしまった。
もう2度と許してもらえないかも……そのくらいの剣幕だった。
クロモリが理性的でよかった。
許してもらえてよかった。
そして、記憶に刻もう。
もうクロモリとは一緒に風呂入らない。
文字数はどの程度が好ましいですか?
-
2000文字前後
-
3000文字前後
-
4000文字前後
-
5000文字前後
-
6000文字前後
-
7000文字前後
-
8000文字前後
-
9000文字前後
-
1万字前後