ジルの手による転移が為され、あなたたちは次元界イリーズへと転移した。
あなたたちが出現した場所は広大な草原だった。
ひゅう、と草原を吹く風があなたの頬を撫でる。
ひどく冷たく乾いた風だった。
「ここが次元界イリーズ? 夢の領域と言う割には、ごく普通の物質界に似てるわね」
「ですが、肉体を持った生命体はほとんど住んでいませんよ。ここにいるのはほとんどが精神生命体です」
「ほう? では、キャロラインはいったいなんなんじゃ?」
キャロラインは明らかに肉体を持っている。
それでいて、この次元には肉体を持った生命体がほとんどいないとは?
「この次元の構造は、次元世界全体の構造に近似しています。次元世界の構造はご存知ですね?」
「ええ。エーテルの海に浮かぶ泡に例えられる構造。その泡は海の中を絶えず回遊していて、泡同士が接近すると、それを接続する回廊が形成される……」
「次元界イリーズは各種の夢の領域に分けられ、その領域は別次元から投射された精神がもたらす精神エネルギーの海に浮かんでいます」
「すると、領域同士が近づいた時に回廊が形成されるという性質も同じわけじゃな?」
「はい。しかし、領域同士は夢と言う性質を共有するため、接続すると混ざってしまいます。これは各種の次元界も同じことです」
「うむ。それを回避するために次元界は回廊、連結地帯を形成する……連結地帯は次元同士の性質を混ぜ合わせぬために相反する性質を……なるほど」
エルマはなにか分かったらしい。
あなたはどういうことなの? と尋ねた。
「連結地帯は双方と相反するものであるほど混ざり難い。そのため、連結地帯はどちらの次元とも異なる難所となり、その往来には困難が伴うのだ」
「あーっと? つまりだ、夢と夢の領域を繋ぐ連結地帯とやらは……現実と言う性質?」
「はい。その通りです。各領域との回廊を形成する連結地帯は現実の領域として存在します。そこにごく僅かな肉体を持つ生命が住んでいるのです。なにせ、現実ですので。物質界とほぼ同じ法則が作用していますからね」
なるほどなぁとあなたは唸る。
なんともまた不可思議な世界だ。
あなたたちの住む世界とはなにもかもが違う。
出来ることならこの世界も冒険してみたいものだ。
しかし、今はクロモリの悪夢を解決してやるのが先決。
さて、どうやって解決すればいいのだろう?
「この次元の領域の位置は固定されており、楽しい夢などは上方に、つらい夢は下方に存在します。そして、連結地帯も常に顕現しています」
「次元界だとありえない構造ね……混ざり難いとは言え、常時繋がってたら万年単位の後には混ざってしまうもの」
「夢と現実はかならず分かたれているものですからね。絶対に混ざらないのです」
「それゆえに常に繋がったままと……アリの巣のような構造なわけじゃな」
「はい。その繋がった連結地帯を通って、死の夢の領域まで移動します。そこでクロモリさんを捕えている敵を始末すればいいはずです」
なるほど、よく理解した。
それで、下方領域とやらにはどういけば?
「キャロラインさん。連結地帯はどちらに?」
「知らんが?」
「……この世界の出身者の方ではなかったのですか?」
「私はその、貴公らが言うところの連結地帯の人間だ。そこから出たこともない」
「なるほど、しらみつぶしにするしかなさそうですね。幸い、この世界の領域はそう広くはありません」
あなたは周囲を見渡す。なかなか広い草原だ。
どういう夢の領域かは不明だが、かなり広く見えるが……。
「1つ1つの夢の領域は平均して3000平方キロメートルあるとのことです」
「それよぉ、一地方クラスの規模はねぇか?」
「貴公の領地、以前に検地していたと思うが、750平方キロとか言っておらなんだか」
キャロラインの言う通り、あなたのアノール子爵領は750平方キロほどだ。
つまり、夢の領域はあなたの領地の倍以上の広さがある。
どう考えても広くないとは言えない。めちゃくちゃに広い。
「しかし、私たち超上級冒険者ならば、急ぎ足で移動すれば1日で回れなくもない広さです。なんとかなります」
「気長にやるしかねぇか……」
「まぁ、なんとかなるさ! あたしは野営はお手の物だしね!」
あなたはジルに、連結地帯とやらは一目見て分かるのかと尋ねた。
「そうですね。外見は『ゲート/次元門』と同様ですが、それよりさらに巨大なもののはずです。遠目からも分かるはずです」
であれば、上空から見ればわかりやすかろうと、あなたは上空に飛び上がる。
そして周囲を見渡し、それなりの距離のところに町があることに気付いた。
降りて、その町の存在を仲間たちに報告する。
「なるほど、町。比較的平穏な領域……上方領域なのでしょうね。少なくとも社会が構築される程度に」
「その連結地帯とやら、町中にある可能性は高いか?」
「ほぼ間違いなく。連結地帯は人の往来が発生する場所なので、人の多い場所にある……と言うより、人の往来が発生する場所には町が出来ますから」
「そのあたりは物質界と同じなのね……」
あなたは少し考えた。
この世界は別次元だ。そして、夢の世界でもある。
その夢の世界で、クロモリは幾度となく殺されている。
よもやと、あなたはジルに尋ねた。
この世界では殺されても死なないのかと。
「いえ? 死にますが?」
しかし、殺される悪夢を見る場合は?
「ああ、そう言う。私たちはここに肉体を持った存在として来ていますからね」
そう言えば、夢を見る場合は精神だけでこの次元に来る。
精神だけの場合は、殺されても問題ないということだろうか?
「それはちょっと複雑でして、精神が投射されると、その精神は特に何かをしているわけではないんです。ぼんやりと夢を見て居るだけです」
夢の領域の中で、その夢として見る光景を体験しているのでは……ない?
「はい。その、所在している夢の領域に見合った夢を見ることが出来るのだと言われています。海の領域では海の夢を見ます」
なるほど。つまり、死の夢を見ても本当に死んでいるわけではないと……。
「はい。この領域は、そうした夢を見て発露した精神エネルギーで満ちているのです。そして、この世界の生命体はそれを食べて生きている」
「なんとなく読めたぞ。悪夢を見るのは、その生命体が精神エネルギーを搾り取るせいじゃな?」
「さすがのご賢察ですね、エルマさん。精神に責め苦を与えることで……と言うより、情動を激しくすることで精神エネルギーを搾り取ることができます。そのために創造されたのが、死や苦しみの下方領域なのです」
つまり、クロモリはそこで責め苦を受けている?
「はい。それも飛び切りの悪夢、死の領域で。普通は絞り過ぎると精神エネルギー量が減るので数度で開放されるのですが……」
「気に入られてしまうと、囚われると言ったところかしら」
「はい」
なるほど、理解した。
では、この次元にいる別世界の精神たちに危害を加えるのはまずいか。
「うーん。まぁ、よくはありませんが。精神を殺害しても、夢として認識するだけだと思うので。複数回はまずいですが、1回くらいなら問題ないはずです」
「楽しい夢を見ていたと思ったら突然殺されたみたいな感覚になるのかしら」
「いえ、この次元での体験を夢として見ているわけではないですから。楽しい夢を見ていたら、突然大きな喪失感と苦しみを感じて目が覚めた、みたいな感じになるかと」
「ふうん……やむを得ない場合は巻き込むことも許容してもらうしかないわね」
なるほど。では、これはやむを得ない事態なので……。
あなたは『ポケット』から『ナイン』を取り出し、時限起動のコードを入力。
そして、あなたは町へと向かってそれをぶん投げた。
「……おい? 何投げた?」
すごく強力な爆弾。
ハウロの疑問にあなたはそう答える。
そして、遥か遠方で壮絶な爆発が発生した。
「おお、なんと言う……なんと言うことを……」
「うわぁ、とんでもないことになっちゃったわね」
「ひどいことをするのう……いくら死なぬからとは言え……」
「うわー……」
『ナイン』は極めて強力な爆弾だ。
そのため、単純な爆弾と違い、不思議な爆発煙が発生する。
まるでキノコのような、不思議な形の雲だ。
遥か遠方で、そんな雲がもくもくと立ち上っている。
「……ジルくん……いや、ジルちゃん? えーと……」
「まぁ、どちらでも構いません」
「ああ、そうか。女と思う方が気分いいからジルちゃんで……アレを、コイツに、やらせていいのか?」
ハウロがそのように言うが、問題あるまい。
死んだところでそう大したダメージではないらしいので。
「いいんじゃないですか。たしかにそれなりのダメージにはなるはずですが、死ぬ夢を見るのとそれほどは変わらないはずです。ただ、その内容を覚えてないだけで」
「大問題な行為ではあるけれど、たしかに早かろうとは思うわね……ところで、あの爆発、核兵器じゃないわよね?」
コリントの疑問に、あなたは分からんと答えた。
ただ、以前にカイラが疑問を提起していたが。
エルグランドに流通している『ナイン』はNNタイプと言うらしい。
そのため、周辺の環境は汚染しないらしい。
「NNタイプの核兵器が流通してるファンタジーな次元界って嫌過ぎるのだけど」
「噂によると反陽子爆弾もあるらしいですよ」
「冗談よね?」
あなたはジルによく知ってるねと驚いた声で返す。
エムド・イルの超科学文明が産み出した終末兵器『てのひらのはめつ』。
この正体は、反陽子を封入した反陽子爆弾らしい。
『てのひらのはめつ』を持っていても知らない者も少なくないのに。
「あるの……」
コリントが驚いているが、実際にある。
使ってみようとしたが使えなかった。
「そ、そうよね、さすがにそのくらいの理性はあるわよね」
なにしろ使おうとすると神がマジギレして止めに来るので。
「使おうとは、したのね……」
そりゃ使ってみたかったし。
「エルグランドっていろんな意味でヤバいけれど、純粋に物理的にヤバくないかしら?」
「たぶん、あの大陸にある危険な兵器集めたら7度は世界を滅ぼしますよ」
「そんなに」
「旅をしてみたいとは思うのですが、どんだけ準備しても足りなそうで怖いです」
「私も……」
コリントがしおしおと嘆いている。
あそこも住んでみるといいところなのだが。
「住めば都ってやつでしょうか」
「知ってる? 都ってね、住まなくても都なのよ」
「なるほど、至言ですね」
本当に住めばいいところなのだが。
まぁ、エルグランドよりいいところが他にいっぱいあると言うのは頷ける話だが。
それからしばらく、あなたたちは爆発の余波が収まるのを待った。
そして、綺麗さっぱり更地になった町へと向かい、連結地帯を探索。
更地から見つけ出すのは大変容易で、そうかからずに見つかった。
あなたたちは次の夢の領域、そこに繋がる連結地帯へと進む。
すると、そこは町中だった。瓦礫と更地だけが広がる空間から、直接的に町に繋がる。
なるほど、これは夢と現実の領域が別たれていることを如実に感じる。
「……あなたが瓦礫と更地だけにしたんでしょう?」
「元々は裏路地に入ると、少し印象の違う街並みが広がっている、くらいだと思います」
「夢と現実はたしかに別たれていつつも、その境を定められるのは神様だけというが、おまえねぇ……」
苦言を呈されたが、まぁいいではないか。
では、この連結地帯の町も消し飛ばすとしよう。
次の領域に繋がる出入り口を手早く探したい。
「やめやめやめろ」
「さすがにここを消し飛ばすのはまずいですよ」
「ここにいるのは肉を持つ生物らしいからな……先ほどのと違って、殺せばそれで終わりじゃからな……」
そう言えばそうだったか。
では仕方ない。ちゃんと探すとしよう。
「この領域の連結地帯は現実と夢と言う性質上、性質が似通っていても混ざりません。なので上方領域の連結地帯ならば安全なものです」
「逆を言えば、下方領域とやらに行くと連結地帯も危険なわけだな?」
「左様。私の出身、パサファロンの町は悪夢の領域の最中にある。極めて危険だ」
「ろくでもなさそうな場所だな。頭おかしいやつしかいなそう」
「私のようなごく一般の市民もいる。案ずるな」
「やっぱ頭おかしいやつしかいねぇのかよ」
「非礼ではないか?」
でも実際キャロラインみたいなのしかいなかったら、やはりそこは狂気の町では。
そもそも悪夢の領域にあるなら、悪夢みたいな空間なんだろうに。
まぁ、正気と狂気を定義する方法があるかと言うとないわけで……。
強いて言えばユニコーンの角には極めて強力な浄化能力がある。
それを使えば、基本的には人間の狂気も清浄化できるはずだが……。
あなたはちょっと思い至って、ユニコーンの角を取り出してキャロラインに使ってみた。
「……? なんだ?」
なんともなさそうだった。
なるほど、キャロラインはこれでも正気らしい。
それはそれで狂気に満ちてるな……。
あなたはキャロラインのどうしようもなさに溜息を吐いた。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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2000文字前後
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3000文字前後
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4000文字前後
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5000文字前後
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6000文字前後
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7000文字前後
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8000文字前後
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9000文字前後
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1万字前後