あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 馬を走らせる。

 慣れないうちの騎乗は難しいものだ。

 尻がずる剥けになってしまうことも珍しくはない。

 騎乗を繰り返すうち、尻の皮が硬く厚くなっていく。

 そうして騎乗することに苦労を覚えなくなっていく。

 

 だが、あなたに言わせればそれは二流の乗り方である。

 正しい騎乗姿勢を取り、正しく騎乗することが出来れば。

 尻やら腰を無暗に痛めることなどない。それが一流と言うもの。

 現にあなたのヒップは魅惑的な滑らかさと柔らかさを維持している。

 まぁ、普段はあまり馬に乗らないというのもあるのだが。

 

 それでも超一流の騎乗技術を持つあなたは苦労せずに馬を操った。

 馬の疲労もきわめて軽い。まぁ、これに関してはからくりがあるが。

 

「はぅ、はぅう……」

 

「うぅ……お、お尻が……」

 

 しかし、騎乗に慣れていないサシャとレインはダメだった。

 サシャは恵まれた筋力でしがみついていただけだ。

 レインは騎乗技術はあるようなのだが不慣れなようだった。

 

 

 結果、尻の皮がずる剥けになってしまったようだ。

 痛みに呻きながら、うつ伏せで転がったままだ。

 予定していた宿場町にも辿り着けず、その手前で野営である。

 この調子で明日は大丈夫だろうか。

 

「あはは……まぁ、慣れないうちはそんなものですよね、お姉様」

 

 一方でフィリアは騎馬に慣れているようだ。

 堪えた様子は見せておらず、いつも通りの日常と言った調子だ。

 もちろんあなたもなんともない。

 重要なのは馬の律動に自身の律動を合わせることだ。

 尻が擦れるというのは、それだけ馬と自分の動きに差異があるということだ。

 完璧とは言わずとも、馬の歩行に併せて体重移動。

 それが適切に行えれば尻を痛めることなどない。

 

「お尻がヒリヒリになっちゃうと、お風呂に入るのがいちばんつらいんですよねぇ……」

 

 フィリアがそのように言う。あなたには分からない。

 あなたは物心つく以前から馬に乗っていた。

 母のお腹の中にいた頃から馬に揺られていた。

 産まれてからは母に抱かれながら馬に揺られていた。

 あなたの幼少期には常に馬が存在し、共にあり続けて来た。

 馬に乗るというのはあなたにとって当然の行為過ぎて、何が難しいのかすらわからないのだ。

 

「お姉様って騎馬民族の生まれだったんですか?」

 

 そう言うわけではない。

 あなたの母も故郷を出るまで馬など見たことすらなかったという。

 あなたの母は高山地帯の出身なので、馬は飼えなかったろうし。

 あなたの騎乗技術が優れているのは、純然に生まれ持った才能と生まれ育った環境だろう。

 

「物凄く堂に入った騎乗だったのでてっきり……ところで、2人はどうしましょう? 回復魔法をかけてもいいですけど」

 

 いつまでも唸って居られてもしょうがない。

 そうしてくれるようにあなたは頼んだ。

 フィリアが回復魔法を施す。

 効力はまぁまぁと言ったところか。

 2人は尻の痛みが消えたようで喜んでいる。

 

「回復魔法で回復させると、体が丈夫にならないんですけど……いいですよね?」

 

 べつにいいのではないだろうか。

 騎乗技術が向上すれば痛まなくなるのだから。

 その手の特性はエルグランドの魔法にもあった。

 そんなに大きい問題だとは思えなかった。

 

「ふぅ……助かったわ」

 

「はぅぅ……痛くないってすばらしいですね……」

 

 たしかに痛くないというのはすばらしいことだ。

 あなたはサシャの言葉に頷いた。

 ただ、あなたほど強くなりすぎると、痛みと言うものを覚えることも少なくなる。

 痛みと言うものを思い出させてくれる相手と言うのも貴重になるものだ。

 あなたと同格の冒険者と言うのは極めて少ないのだから。

 

「なんか隔絶した意見が出て来たわね……と言うより、あなたと同格の冒険者なんているの?」

 

 いる。あなたの故郷であるエルグランドにはあなたと同格の冒険者がいる。

 と言うより、普通にあなたより格上の冒険者もごく少数だが存在する。

 

「ええ……ご主人様より格上の冒険者なんて存在するんですか……?」

 

 もちろんいる。

 そもそもサシャはその格上の冒険者を知っている。

 以前、少しだが語って聞かせたではないかとあなたは笑った。

 

「そんなの聞いた覚えないですけど……」

 

 あなたは父と母の薫陶を受けた冒険者だ。

 であるからして、その父と母こそが格上の冒険者である。

 肉体的能力では父に勝り、魔法的能力では母に勝る。

 だが、逆であれば話は違ってくる。

 魔法使いとしては未だ父の方が格上。

 そして戦士として言えば母の方が格上なのだ。

 

「そ、そうだったんですか……」

 

「あなたより格上って……でも、さすがにあなたより劣る部分もあるのね」

 

 それはそうだ。

 個人によって得意なものは変わってくる。

 まぁ、素質や才能は努力でゴリ押ししてなんとかするのだが。

 戦法を定め、それに特化した装備や技能を会得していくと、やはり差は出てくる。

 

 純粋な魔力量でこそ父には負ける

 だが、詠唱や魔力制御と言った技術はほぼ同水準にあるだろう。

 それ以外の部分、つまり魔法を強化する装備。

 魔力制御を向上させる特殊な技法などに差がある。

 あとは純粋に年季が違うので、そこの差もある。

 魔法を使った回数に依存する魔法の熟練度にも差がある。

 

「なるほどね……だからこそご両親の得意分野では負けるのね。でも、苦手分野では勝ると」

 

 その通りだ。

 だからこそ、両親はあなたにとって未だ憧れの人なのだ。

 まぁ、可愛くて美しいからと言うのもあるが。

 

「へぇ。あなたのお母様は美人なのね。まぁ、あなたの母親と言うことなら納得だけど」

 

 母のみならず、父とて可愛い。あなたは毅然とした態度でレインに断言した。

 

「へ、へぇ……そう」

 

 特に何がいいかと言えば、声だ。

 あなたの父の声は抜群に可愛らしい。

 聞くところによると、あなたの声は父に似ているのらしいのだが。

 しかし、あなたはそうは思っていない。

 機械神エクセロトを信仰する友人はさもありなんと言っていた。

 自分の発する声は他人からは違って聞こえるんだとか。

 

 いずれにせよ、父の声は草原を撫ぜる風のように愛らしい。

 どれだけ聞いても飽きない心地のよい声なのだ。

 どこか悪戯っぽさを含んだ稚気を感じさせる声音。

 その声で名前を呼ばれると胸が高鳴って仕方ない。

 

「…………父親なのよね?」

 

「私にもよく分からなくて……」

 

「可愛らしい……父、親……?」

 

 あなた以外の3人は混乱していた。

 あなたはそれに気づくこともなく、父のかわいらしさを熱弁し続けていた。

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