あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 人が焼き殺されている広場。

 これがこの町、パサファロンの平常だと言う。

 エルグランドでもカジュアルに人は死ぬが。

 こんな拷問めいた処刑をカジュアルにはしない。

 いったい、この火刑に処された者たちはどんな罪を犯したというのか。

 

「さぁて……風体が妙だとか、怪しげな輩だとか……まぁ、その程度のものだろうよ」

 

 それだけ?

 

「必要十分だ。そも、人が人を殺すのに……十分な理由が必要か? 理由などなくとも、人は殺せように……クックック……」

 

 まぁ、それもそうかもだが。

 しかしだからと言って、こうまで惨く殺すことがあるか?

 

「ここはそのような場所だ。狂気の場だ……なにもかも、そう、なにもかもが狂っているのだ……」

 

 まぁ、なんせ出身者がご覧の有様なので。

 そのなにもかもが狂っているのは頷けるところだが。

 こんな調子でこの町は大丈夫なのだろうか。

 

「案ずるな……このあたりは既に夢と現実の境すらも曖昧なのだ……この町は同じ一夜を繰り返し続けている」

 

 なんて?

 

「そのままの意味だ、君……この町は幾度となく同じ夜を繰り返す。終わらぬのだ。悪夢は巡る。狂気が巡る。終わらぬのだ! ハハハハハ!」

 

 なるほど……?

 つまり、この辺りの連結地帯はもはや現実とは言えない?

 というより、夢の領域ですら夢と言い切れないのだろうか?

 

 正直な話、体感的にはどちらも変わらず感じる。

 そのため、どちらとも言えないとしても、何が違うのか分からない。

 

「そら、来たぞ……狂気の闘士どもが。我ら熱血たる闘士、その由縁をお見せしよう……」

 

 キャロラインの言葉通り、広場へと人がなだれ込んで来る。

 それらは手に手に武器を持ち、その身を防具で覆っていた。

 目には狂気の色。防具を血で汚した者たちが襲い掛かってくる!

 

「獲物だ! 殺せ!」

 

「薄汚いドブネズミめ!」

 

「呪いだ! この町は呪われている!」

 

 狂気と殺意に満ち満ちた咆哮。

 それを前に、キャロラインは冷笑を浮かべていた。

 

「もはや人の言葉も解さぬのだろう、愚劣なる闘士どもよ。我が古き熱血、飲み干してみるがよい」

 

 すらりとどこからともなくキャロラインがナイフを取り出す。

 そして、キャロラインはそのナイフで自分の手のひらを貫いた。

 ごきぼきと骨の折れる音を響かせながらナイフを捩じる。

 

 勢いよく噴き出す血が硬化し、その手を覆う。

 焔纏う血塊のガントレットが形成された。

 

「我が熱血、燃えるなり!」

 

 キャロラインの拳が突き出され、同時噴き出す炎。

 それは吐き気を催すほど濃密な血臭を纏っていた。

 血よりもなお赤い炎が襲い来る闘士を舐める。

 

「ぐわあああああ!」

 

「ああ、熱い! 熱いぃ! 燃えて、燃えてしまう!」

 

「ああ、気狂いめ……!」

 

 炎に巻かれ、崩れ落ちる遺骸。

 広場で燃える死体の仲間入りだ。

 

 だが、その炎を突破してくる者も居る。

 ひときわ大柄な、巨大な鉈を持った大男。

 分厚い脂肪と筋肉に覆われた魁偉な体躯。

 

 天を突くほどの巨漢と、小柄な少女のキャラロイン。

 言葉を交わすこともなく、お互いに弁えたかのように礼の姿勢を取った。

 

「今宵、我が名を知るがよい。ハントの末裔、その最高傑作たるキャロラインの名を!」

 

「貴公、熱血にして豪傑たるおれの名を、アーネストの名を! 刻めぇ!」

 

 言葉と同時、お互いが踏み込む。

 キャロラインの拳と、大男の鉈が激突する。

 甲高い激音が響き渡り、炎が弾ける。

 

 さらにキャロラインが肉薄、大男の腹に拳が抉り込まれる。

 だが、大男は痛痒とすら感じていないかのように大鉈を振るう。

 

 それを、キャロラインはまるで霞のごとく消えて躱した。

 目を疑うような不可思議な回避方法。

 以前、モモロウと試合をしたとき、『魔法の矢』を回避されたことがあった。

 その時のような、すり抜けるかのような回避だ。

 

「ぬぅぅ!」

 

 大男の足が翻る。

 その魁偉な体躯に不似合いな鋭い身のこなし。

 刃のごとき蹴撃にしかし、キャロラインは果敢に挑みかかる。

 

 閃光の速さで繰り出された拳が脚を跳ね上げる。

 普通ならばそのまま崩れ落ちるだろう状況。

 しかし、名乗りを上げる闘士なだけはあるのだろう。

 大男は恐るべき体幹で殴られた勢いのまま足を振り上げる。

 

 その飛燕の如き動作で高々と振り上げられた足。

 その踵落としがキャラロインの頭部を襲う。

 

「だが、甘い」

 

 交差した腕で受け止められる踵落とし。

 触れた刹那、キャロラインの腕がそれを弾く。

 そして、大男の姿勢が完全に崩れた。

 

「終わりだ」

 

 バキバキと音を立てて変形する血塊のガントレット。

 指1本1本にダガーのように鋭い血の爪が備わる。

 ぞりりと音を立てて指が揃い、鋭い貫手が大男の腹を貫いた。

 

「ぐうっ!」

 

 噴き出す血、溢れ出す臓物。

 男の口から止めどなく血が溢れ、防具をしとどに濡らす。

 

「さぁ、貴公の熱血、そのことごとくを飲み干すとしよう……我が裡に眠れ、アーネストよ」

 

「見事、なり……すべて、持って行け……!」

 

 キャロラインがうずくまった男の頭を掴み、その頭部をもぎ取った。

 噴水のように噴き出す、そのすべてがキャロラインの体へと吸い込まれていく!

 

 異常な現象に、戦いに魅入っていたあなたは思わず目を瞠る。

 熱血を飲み干すとはそう言う意味なのだろうか。

 いや、体表で血を飲むってどういうことだ。

 

「ふぅぅぅう……アーネスト、貴公の穢れたる熱血……美味であったぞ……私の裡を満たすには、些か足らぬがな、ククク……」

 

 満足げに息を吐くキャロライン。

 それはまるで性行為の後の余韻のような。

 陶然とした仕草には退廃的な色気が満ちていた。

 

 

 

 あなたたちは広場を脱し、路地裏の隅へと退避していた。

 広場にはキャロラインと男の戦いに誘われたかのごとく血濡れの闘士たちが流れ込んでいた。

 

 どこか遠く聞こえる喧騒に耳を澄ましてみれば分かる……。

 あなたたちが退避してきた広場とはまた別の方角からも。

 いや、距離は違えど、どの方角からも、どの道からも。

 殺意の咆哮と悲鳴、そして命乞いの声が聞こえる……。

 

 この町は狂気に満ちている。殺意と血、そして絶望。

 あなたはこの連結地帯は相当死の領域に近いのではと零した。

 

「実際、相当近いと思います。これほど強烈な次元はなかなか……」

 

「むしろ、ここまでイカれてるとただ死ぬだけの夢の領域の方がまともなんじゃ」

 

「むぅ、可能性は高いのう……」

 

「べっくしょん! あぶぶ……はなみずが……あたしのはなが……」

 

 全員それほど物怖じしているような様子はない。

 あの狂気の光景を目の当たりにしてもこれとは頼もしいばかりだ。

 

「まぁ、こんなところはさっさと抜けるに限るわ。次のゲートを探しましょう?」

 

「そうですね。幸い、ここはキャロラインさんの地元ですから、すぐでしょう。キャロラインさん、案内を願います」

 

「よい……よいぞ、貴公……おお……無論だ……無論だとも、友よ……このような闘技ではない……友よ……」

 

「大丈夫ですかねこれ」

 

 まぁ、少なくとも話は聞いているっぽいので。

 たぶん案内自体はちゃんとしてくれるだろう。

 実際、キャロラインが先導して歩き出した。

 

「ククク……ククククク……! 血濡れた病気ネズミどもめ……! ハハハハ! 血だ! 血が! 私の血! ハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハ!」

 

「なんかいつにも増して狂ってますね」

 

「こう、血でハイになってるんじゃないかしら……私もちょっと……」

 

「そう言えばコリントさんは吸血鬼でしたね」

 

 そう言えばそうだった。

 あんまりにもヴァンパイアっぽくないので忘れていたが。

 血が主たる食料源であるヴァンパイアにはたまらない町なのかも。

 

「大丈夫なのかい?」

 

「ええ。理性を喪ったりはしないから平気よ。そうね、お腹が空いてる時に、おいしそうな匂いのする食事処の前を通りかかったくらいの気分よ」

 

「それは結構なレベルで理性を失いそうな状況の気がするんだがな……」

 

「大丈夫よ。おいしそうな匂いはするのに、高いだけでまずい店があることを私は知っているわ」

 

「悲しくなる自制の仕方だな……」

 

 たしかに非常に悲しい自制の仕方だ。

 まぁ、あなたも基本的にそこらの店で食事は摂らないので。

 そう言う「あの店はまずいに違いない」と言う自己欺瞞をする気持ちは分かる。

 

「でも、血の匂い以外にも、腐臭や人の焼ける匂いもするから……ええ、大丈夫よ」

 

 この町、パサファロンには種々の異臭に溢れている。

 血臭のみならず、死体の腐る匂いや、肉の焼ける匂い。

 それ以外にも汚物の淀んだような臭いもする。どこかに下水道があるのだろう。

 

 あなたはふと気になって、キャロラインに疑問を投げかけた。

 死体の腐る匂いがするあたり、同じ夜を繰り返すにしても死体は残るのかと。

 

「左様……夜明けを生き延びた者が、次なる同じ夜に挑むのだ……そして死ねば、また1から始まる……」

 

 ……なるほど?

 

 つまり、この町の住人すべてが同じ夜へと挑む。

 そして、朝まで無事に過ごした場合、次の同じ夜にそのまま進む。

 だが、死んだ場合は蘇ってやり直しになると……。

 

 どっちにしろ救いがなく、永遠に夜を繰り返すことになる。

 なんだろう、この町は形を持った無限地獄か何か?

 

「どうせ……死んだ者は忘れる……なにがあっても、悪い夢のようなものだ……」

 

 静かな諦観を滲ませて、キャロラインはそう溢した。

 

「私や……かのチェスナッツの闘士のように……終わらぬ永獄より抜け出した者もいる……強くなれ、勝ち取るのだ、闘士よ……夜明けを掴むのは、己の手でだ……」

 

 さすがに救いはあるらしい。それがどういうものかは不明だが。

 まぁ、考えてみれば夢の領域に脱し、上方領域の連結地帯を目指せばいい。

 特にかなり上方にあたるあの海辺の連結地帯は美しかった。

 あそこにまで脱出することができればそれだけで救いだろう。

 

「左様、そのような手立てもあるな……だが……」

 

 だが?

 

「……自らの眼で確かめるがよい。それが結局、貴公の目的にも適う……」

 

 なるほど?

 まぁ、キャロラインがそう言うなら……。

 

 奇妙な喋り口の少女だが、真意を隠すような性質でもない。

 万の言葉を尽くすよりも一見が易いと判断したのだろう。

 このパサファロンではキャロラインが先達なのだ。従うとしよう。

 

 あなたたちは大人しくキャロラインの後をついて歩く。

 暗く、陰鬱で、穢れた町。歩くだけで気が滅入ってくる。

 漂う異臭も、どこか粘性の湿り気を帯びた空気も不愉快でならない。

 この町に、快の要素はほとんど感じられず、誰の心にも闇が巣食っている。

 今もまたどこからか、ひそひそとささやくような声が聞こえてくる。

 

『この町はもう終わりだ……』

 

『神よ……救いは、ないのですか……』

 

『俺たちはもうだめだ』

 

『呪われた闘士たちが……』

 

『消えろ余所者め……』

 

『おまえたちが災いを運んで来たんだ……』

 

 町の人間たちにも余裕がないのか。

 それとも単にこの町の人間が頑迷で排他的なのか。

 家の中からあなたたちを伺う人々がそう囁く。

 

 キャロラインは常と変わらず、笑顔を絶やさず歩いている。

 いつでもどんな時でも、その顔に種類は違えど笑みを浮かべているのは美徳と言えるだろう。

 一般的にはニヤけているとか、狂笑しているとか言うが。

 まぁ、笑っていることには違いないので問題ない。

 

 

 やがて、あなたたちが辿り着いたのは、街の片隅に存在する教会だった。

 ずいぶんと寂れているが、かすかに人の息吹を感じる。

 キャロラインは言葉を発することなく、その教会へと足を踏み入れる。

 

 そこは石造りのこじんまりとした礼拝堂だった。

 朽ちかけた長椅子が幾つも転がり、割れたガラス窓から静かに月光が注ぐ。

 教会のシンボルが打ち込まれた壁の上方には、かつてステンドグラスの存在した痕跡。

 

 人々の信仰のよりどころであった場所。

 かつて、ここには人々の信仰があったのだろう。

 ステンドグラスは非常に高価なものだ。

 こんな小さな教会で購入できるものではない。

 

 この小さな教会は人々のよりどころだったのだ。

 それもいまは、遠い昔の話だが……。

 

 いずれの理由かは分からない。

 だが、いまそこにステンドグラスはなく。

 穢れた空に輝く寒々しい月光が零れるばかり。

 

 その月光が注ぐ先。

 礼拝堂の壇上に、鳥籠があった。

 それは小鳥を収めるようなものではなく。

 どころか、巨大な猛禽ですらも持て余すほどの。

 

 人を収めるほどの大きさのそれには。

 血が抜け落ちたかのように真っ白な少女の姿があった。

 身に纏う穢れなき純白のドレスも月光に映えて美しく。

 絹糸のように白く艶めく髪がきらきらと輝いている。

 あなたたちを見つめる瞳の色は、血のような赤……。

 

 このパサファロンの町より来た来訪者。

 あなたがマロンちゃんと呼ぶ、クリノ・マコトと言う少女。

 その傍らにあった指導者、ベルがそこにいた。

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