「ああ……指導者よ……今宵もまた、我が熱血に新たなる遺血を注ぎたまえ……」
「はい……闘士様……お手を……」
あなたが困惑する間に、キャロラインが鳥籠の中のベルに手を差し出す。
ベルがキャロラインの手を取り、その手を優しく包み込む。
そして、その手が離れたかと思うと、ベルの手の中には血の球が出来ていた。
「貴公、よく見るがよい……これが
ベルがどこからか取り出した銀の器具。
それがキャロラインの手首に突き込まれる。
そこに、ベルの手にする血の球がひとりでに注ぎ込まれていく。
あまりに不可思議で異様な光景。
あなたはこれはいったい……と思わず溢す。
「おお……指導者よ……漲る、漲るぞ……我が熱血に、アーネストの遺志が宿るのを感じる……」
「それは、ようございました」
ベルは目を伏せて、そのように答える。
なんだか陰鬱で、どこか物憂げだ。
まるで世を儚んでいるかのような。
「礼を言うぞ、指導者よ。我ら闘士は汝の指導無くしてあり得ぬ……」
「はい……」
そう言って、キャロラインがベルから離れる。
ベルはそれを見送るでもなく、静かに目を伏せて俯いた。
あなたは状況が分からずに首を傾げた。
これはいったいどういうことなのだろう。
ベルは今もソーラスの町でマロンちゃんの隣にいるはず……?
「よく分かんねーけど、ここは腰を落ち着けられそうだな。そっちの椅子直してくれ」
「うむ。よっこらしょ」
「姉者ー、そのよっこらしょっての婆くさいからやめなよー」
「そうは言うが、実際ばばあじゃからのう……」
手分けして転がる長椅子を直す。
軽く布で拭くなどして汚れを除き。
あなたたちは各々が椅子に腰を落ち着けた。
「んで……なんだったんだ、今の」
「おお、貴公……継血の儀式に興味があるかね……? ならば、君は正しく、幸運だ……我らが闘士、その穢れたる熱血を受け入れたまえよ……我が古きハントの熱血、それを注いでしんぜよう……」
「それはいらねぇ……」
あなたもそれは要らない。
どうなるか分かったものではない。
このパサファロンの惨状を見たら余計に嫌になった。
キャロラインを抱くのを諦めようかと思うほどだ。
「キャロラインや。おぬしのこの町は神格の介入がゆえにこのような有様と聞いておる。その目的が、強者を創り出すこともな」
「うむ……」
「そこより脱する術と称し、おぬしはここに儂らを連れて来た……あやつが関連することなのじゃな?」
エルマが手にしたスタッフでベルを示す。
随分と非礼な仕草だ。エルマはその辺りの礼法はしっかりしている方なのだが……。
「我ら熱血なる闘士のはじまり……それはもはや杳として知れぬが。その目的が、強き者の創造であることに相違はない」
「うむ。その術が、その継血とやらの儀式なのだな?」
「そうだ……このパサファロンの地に蔓延る風土病……人の革新をもたらす恐るべき熱病……その媒介には血こそが相応しい……血に潜む蟲が、人に恐るべき革新をもたらすのだ……」
「その病とやら寄生虫症なのか……うう……」
エルマが自分の肩を抱いて身震いした。
たしかに、そんな病が蔓延していると聞くと気持ち悪くなる。
「蟲は遺志を媒介する……培った闘技、その全てを継承することが
「本来なら一個人で完結しちまう技術が、他人間で連続するわけか……そりゃとんでもねぇな……」
一個人を連続させていたハウロが言うと説得力がバリバリだ。
実際、ハウロは15~17くらいの年齢だろう外見だ。
それでいながら、おそらくはボルボレスアス最強の狩人……。
技術を継承することが、どれほど大事かが分かる。
「ん? だからか? 死ぬとやり直しになるっつーのは」
「そうだ。遺志を媒介する蟲を奪われてしまえば、もはや記憶は残らぬ……すべて奪われたのだからな……真っ新な一個人として再誕するまで……」
あなたはそこでキャロラインに疑問を呈した。
マロンちゃんことマコト・クリノ。チェスナッツの闘士。
彼女は記憶のみを継承することで繰り返したと以前にキャロラインが言った。
それはいったいどんな理屈によるものなのだろうか?
マロンちゃんは冷血の闘士であるという。
その身に熱血を宿さない、病を経ていない者。
ならば記憶を継承することはできないのでは?
「よい質問だ……問題の本質が見えている……我らの継血、それを仲介する者、それこそが指導者」
ベルのことだ。
彼女の役割は継血とやらをすることらしいが……。
先ほどの儀式で、キャロラインはあの大男の闘技を継承したらしい。
つまり、相手の研鑽、培った技を奪い取ったということ。
「指導者は蟲に宿る記憶を、蟲に継承させる。記憶の熟達者である……」
「なにか、神格の意図を感じさせるような……神使の類なのでしょうか」
「おそらくはな……それゆえ、指導者はいくら殺したとて蘇る……不滅の者である……」
「ふむ……」
マロンちゃんの姿形は、ベルに酷似していた。
唯一、その瞳の色だけが異なっていたが……。
もしやもすると、あれは酷似していたなんてものではなく……。
「ほう……貴公、察しがついたようだな……そうだ、かのチェスナッツの闘士は、指導者の肉体を得た者だ」
それはいったい、どういうことなのか。
あなたは意味が分からず筋道立てて話してくれと頼んだ。
疑問を呈す都度に応えてくれるのはありがたいが、情報が断片的過ぎる……。
「かの幸福に固執せし者は、指導者を哀れに思ったようだ……」
「普通の感性をしていたら哀れにも思うでしょうね」
「指導者をその役目より開放し、自らの故郷に連れ帰ろうとした……元より、彼女は外よりの来訪者ゆえにな……」
「その外と言うのは、次元界ですか、領域ですか」
「次元界だ。いずこより来たかは知らぬが……かの闘士は熱血の闘士となり、戦い、挑み、やがて成し遂げた……それが無意味な勝利とも知らず……」
「無意味……?」
「指導者とは特別な蟲を宿す者……闘士たちの遺志を継承する術を持つそれは、膨大な記憶を持つ……喪うにはあまりにも惜しい……」
「この次元界から連れ出せなかった、ってわけかい?」
「左様。抜け出した末に残ったものは、物言わぬ指導者の亡骸であった……神の手で蟲を抜き取られては、意思を保つことも出来ん……」
なんとなくだが、読めて来たような。
その、ベルの死体の利用方法……。
人の死体に乗り移る術がある。
以前、あなたが実際にその手を用いた。
意志持たぬ肉人形の体を乗っ取る術。
これを用いて、あなたはトイネのクローナ王子をダイアに仕立てあげた。
マロンちゃんが同じ手段を用いれば、ベルの死体を乗っ取ることは可能だ。
体を乗っ取る死霊術はそれなりに高度な術だが……。
無理くりにでも発動させる術が存在しないわけでもない。
手段を選ばなければ、方法はあるだろう。
「明察だな。かのチェスナッツの闘士は指導者の肉体を得て、このパサファロンに舞い戻った……」
「根性すごいのう……」
「だから、そう呼ばれるのだろうよ。『幸福に固執せし者』とな」
「他者の幸福のために……ううっ、泣けるくらいにいい子だねぇ! 会えたらたくさん褒めてあげなきゃだよ!」
それで、マロンちゃんはどうやって記憶を維持したのだろう?
「指導者は殺したとて蘇る。蟲の特性ではない……この領域の神々が定めた法則である」
なるほど、そう言う。エルグランドと同様の性質だ。
ベルの肉体を得たことで実現する脱法不死と言うわけだ。
「神の意思に抗うべく、蟲を宿さぬまま、かの者は戦った……その末に成し遂げ、打ち果たしたのだ……血の意思、それそのものを……」
そう言って、キャロラインは笑った。
いつもの笑いと違う、口元を微かに上げた静かな微笑み。
「そして、貴公の知る通り、指導者はかの闘士と共にこの町を脱した……今この町にあるのは、指導者の残響のようなもの……当人そのものではない……元より、複数人同時に存在するような存在だ……尋常の生命ではない……」
なんだかよく分からないが、人間ではないらしい。
エルマはそれを察知していたのだろうか?
「かの者たちの未来に幸あらんことを祈らせてもらうとしよう……」
懐から取り出した銀製のスキットルを開け、それを干す。
微かに酒精の香りがして、キャロラインがイケる口だと分かる。
「あっ、ずりぃ! なに酒飲んでんだおまえ! 俺だって我慢してんのに!」
「祝杯だ……少しくらい浸らせたまえよ……」
まぁまぁ、後で酒くらい奢ってあげるから。
それで、そのマロンちゃんも成し遂げたというヤツ。
この連結地帯から脱するための手段についてだ。
ベルが……指導者がそれに関連すると言うのも。
「ああ、そうか……しばし、待て……夜が深ければ、それも叶わん……夜明けだ、夜明けを待て……その後、門番の下に連れて行ってやろう……」
門番……? ゲートを守る門番がいるのか……それは面倒だ。
なるほど、そんなのがいるのではそう簡単に行かないのも分かる。
どれほど強いのかにもよるが、キャロラインの様子からして相当強かろうことは分かる……。
「貴公らも休むがよい……ここは安全だ。指導者の周囲では争えぬようにできている……ゆえ、この教会も平穏なのだ……」
なるほど?
どういう理屈かは不明だが……。
体内に妙な寄生虫がいるらしいし、その作用とか?
まぁ、よく分からないが安全ならそれでいいか。
「じゃあ、後は朝まで過ごすだけだな。よし、酒くれ!」
先ほど言った奢るという約束を速攻で使うらしい。
まぁ、あなたも疲れたので飲みたい気分だ。
体力的にはともかく、あんな陰鬱な町なんか歩いたら気疲れもする。
冒険中には飲まないようにしているのだが……。
ここは安全だと言うキャロラインの言を信じよう。
信じたいくらい、あの町のせいであなたは疲れていた。
「まったく、しょうのない連中だ……少し、待て……」
キャロラインが立ち上がり、教会の外に向かおうとする。
あなたはどこに行くのかと尋ねた。
「呑むのであろう? 酒肴が無くては片手落ちと言うもの……まぁ、任せておけ……」
言って、キャロラインが夜の闇へと消えて行った。
あなたは大丈夫かなと不安に思いつつも、この町の人間だから大丈夫だろうと気を取り直した。
あなたは『四次元ポケット』から酒瓶を取り出して、みんなへと振舞った。
「このウオッカ、クリアで結構うめぇな……うーん、干し肉が進む……」
「むほほ、ハウロ、おぬしの干し肉たまらんのう。儂これ好き」
「へっへっへ、そのおっぺぇ揉ませてくれたら一袋やるよ」
「ほう。尻も揉ませたら2袋にならんか?」
「……いいよ、タダでやるよ」
「おお、よいのか?」
あまりにもショボい身売りをしようとするエルマ。
それで微妙な気持ちになったらしく、ハウロが無条件で干し肉を渡した。
それを見てカラカラ笑いながら酒を干すセリアン。
「はーあ。あー、ご飯が美味しいわ。あーおいしい」
「そんなに自分をごまかさなくても、そこな女たらしがいくらでも血くらい飲ませてくれると思いますよ」
「ダメよ……本物の血を飲んだら抑えが効かなくなるわ……おいしいものを覚えると質素な生活ができなくなるのよ……!」
「清貧ですね」
コリントやジルは食事主体で酒を飲んでいる。
全員それなりに飲んでいる。やはり、飲みたい気分だったのだろうか。
あなたも長椅子に背を預けながら、ちびちびとウオッカを舐めていた。
「待たせたな」
キャロラインが帰って来た。
手には縄で括った酒瓶を4本も持っている。
もう一方の手にはパンパンの袋。
「おっ、待ってました! ツマミくれよツマミ~!」
「よかろう……心して受け取れ……」
「ひえっ」
キャロラインが袋から長細いものを取り出した。
それを受け取ったハウロが、その長細いものと目が合って怯えていた。
あんなに強いのに、たかがウナギの燻製に怯えるとは……。
「な、なんだこれ、キショいなぁ……」
「ウナギの燻製だ……貴公、存分にしゃぶりたまえよ……」
「ええ……う、ウナギはかば焼きだろ……」
エルグランドでも馴染深いウナギの燻製。
正直、あなたはウナギはあんまり好きではない。
だが、燻製に限っては酒を飲むにあたって最良の肴の1つとも思っている。
「そら、貴公も存分に飲りたまえよ……」
キャロラインが燻製と同時に酒瓶を渡してくれる。
これはありがたい。この町の酒だろうか?
……この町で酒造なんかやってるのだろうか?
疑問に思いつつも、あなたはウナギの皮をひん剥く。
ぐにぐにとした皮はずろりと剥け、中骨も抜きやすい。
皮は噛めばコリコリとして意外とうまいが、肉は肉で食べたい。
ウナギの燻製を口に運ぶと、ふんわりした食感。
ウナギは総じてすばらしく脂乗りがよい。
その脂のお蔭でふんわりとした食感がするのだ。
舌と口の中がべたつくほどの脂乗りはウナギ特有だ。
ぬちぬちとした魚肉の食感と、ピートの癖ある香り。
塩気もキツイだけにこれはキツい蒸留酒が欲しくなる。
あなたはキャロラインにもらった酒をグビリと飲む。
ウッディな香りのある苦味の強い酒だ。
同時に柑橘系の香り。これが笑えるほどに調和していない。
なんて粗末で下品な酒だろうか。だが、嫌いじゃない。
ウナギの下品な脂を洗い流すのにはむしろちょうどいい。
度数もなかなかキツく、これは、ウナギのためにあるかのようだ。
あなたはたまらなくなって、『四次元ポケット』からレモンを取り出した。
それを握りつぶしてウナギの燻製に振りかけて食べる……。
下品で野趣あふれる味わいに思わずにんまり笑みが浮かぶ。
いい酒だ。
この町はクソだが。
酒だけは悪くない。
それは認めてもいい。
あなたはステンドグラスから覗く月に乾杯した。
月は冷たい光を静かに酒杯へと注いでいた……。
文字数はどの程度が好ましいですか?
-
2000文字前後
-
3000文字前後
-
4000文字前後
-
5000文字前後
-
6000文字前後
-
7000文字前後
-
8000文字前後
-
9000文字前後
-
1万字前後