飲んで、食べて、飲んで。
月が高く昇り、やがて朝が来た。
古く、さびれた町に差し込む光。
平穏な光の中で見る街並みはどこか褪せて見える。
建物に傷みがあるわけでもないのに退廃の香りが漂う。
それを助長するように、空は重々し気なグレー色。
どんよりと曇った空に清々しさは皆無だ。
あなたは朝日ですらこんな調子かとため息を吐いた。
「曇ってんなー。でもまぁ、それに負けず頑張ろうぜ。とことん不愉快な町だな。滅んじまえよ」
前半と後半で人格変わった?
思わずそう零すほどの急転直下だ。
ハウロの人格になにか問題でもあるのだろうか。
……まぁ、あの壮絶な人生送っておいて問題ない方が逆に問題な気もする。
「ふぅむ……今日も相変わらず曇り……まったく、いつも通りのパサファロンか……」
いっつもこんな調子なの?
あなたはキャロラインの独白につい突っ込む。
「左様……病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、死が2人を別つ時であっても、いつも天気が悪い……それがパサファロンだ」
そんなに。
この町、いくらなんでも終わり過ぎでは。
よくぞこの町の住人は大人しく住んでいるものだ。
それとも全員の気が違っているのでむしろ心地よいとか?
「ハハハ。そうかもしれん」
冗談だったのだが。
可能性が否定できないみたいな言い方をされた。
やはり異次元……その感性も異次元なのか……。
さて、あなたたちは軽く朝食を摂る。
昨晩のツマミにしたウナギの燻製をパンに挟み、バターを軽く塗る。
キツイ味の燻製もパンに挟めばだいぶマイルドになる。
酒の肴だけではなく、サンドイッチの具としても悪くない。
「んで、今日はゲートの方に行くんだったな。門番がいるとか言ってたか?」
「左様。戦いとなる……心してかかれ」
「まぁ、この面子じゃからな。なんとかなるじゃろ」
「だねぇ。なんとかならない方が怖いよ」
まぁ、それはたしかに。
この面子でなんとかならない事態はそうない。
もちろん皆無とは言い切れないが……。
このパサファロンの町がそうであるとしたら。
キャロラインやマロンちゃんが脱出してこれはすまい。
そう案じることはないだろう。
あなたたちはそのように楽観的だった。
朝食後、あなたたちはキャロラインによって先導されて移動していた。
そうしていると、この陰鬱な町にも人々の営みがあることが分かる。
路上で商売する者、それらを買い歩く者、往来を通りどこかへと向かう者。
だが、人々の顔には一様に暗い影が差し、笑い声はどこにもない。
ひそひそと囁かれる言葉はどれも心無い中傷ばかり。
どこかで喧嘩する声が聞こえる。そしてすぐに悲鳴。
些細な
この町はもう終わりだと誰かが言っていた。
その通りだろう。この町はもう終わりだ。
明日にも崩壊しかねないほど人心が乱れている。
だが、その明日は訪れない。
この町は永遠の夜に囚われている。
どんなに待ち続けても、夜明けは来ない。
暗闇に揺れる絶望だけが人々の心に沁み込む。
恐怖に冷め切った心では誰も愛せはしまい。
だれも明日が見えない。終わりのない今日だけがここにある。
昨日と変わらない今日ではない。
今日がまたはじまり、永遠に今日だ。
この町は終わることすらもできずにいる。
だからこそ、この町はもう終わりだ……。
空のようにどんよりと暗雲立ち込めるあなたの心境。
それに気付くこともなくキャロラインは歩を進める。
この町に生まれ、生きた者だからなのか。
それとも、その心には推し量ることもできないほどの絶望が巣食っているのか……。
あなたにはわからない。わかりたくもない。
この連結地帯からさっさと抜け出したい。
夢の領域と違って吹き飛ばせないのだから。
「……ここだ」
ぴたりとキャロラインが立ち止まる。
そして、示したのはレンガ造りの壁。
町の無計画な造成で出来た袋小路のようだが……。
ここがどうかしたのだろうか?
見る限り、古ぼけたただのレンガの壁だが……。
「見たまえ……じつに美しい門だ……そうだろう……?」
「次は目がおかしくなったのか?」
「おお……なんと言う……貴公らには光が足りぬ……おお、なんたる……なんたる不幸なことよ……哀れなことだ」
「なんで俺ら哀れまれてんだ?」
キャロラインにはいったい何が見えているのだろうか。
あなたは困ってしまって、正気に戻ってくれと頼んだ。
「ふぅむ……やはり、真実貴公らには見えていないのだな……所詮、世界の真実、そのなんたるかを知らぬ……脳に、光をもたらすのだ……」
「待て待て待て待て。なにしようとしてんだおめぇ」
キャロラインがどこからともなくドリルを取り出した。
先日、少年の頭蓋に穴をブチ開けようとしていたアレだ。
それで自分の頭にギャリギャリしようとしだしていたら誰だって止めるだろう。
「おぉ……イピフィシスよ……イピフィシスよ……あるいはエピフェインよ……私に新たなる光を授けたまえ……イピフィシスよ……おおお……」
「やめろって……やめ……やめろって! マジでやめろやオイ! 力強ェなコイツ! オラァァアッ!」
さすがにハウロの方が力は強いようだが。
やはり、モモロウが苦戦していたように力は尋常ではないらしい。
抵抗されることに業を煮やしたハウロがキャロラインの頭をひっ掴む。
そして、そのままレンガの壁に勢いよく叩きつけた。
常人だったら頭が爆散してそうな勢いだった。
だが、キャロラインの頑丈さもハンパではない。
爆散したのはレンガ壁の方で、飛び散ったのは脳ではなく瓦礫だった。
「なにをする?」
「こっちのセリフだあほんだら! なにしとんじゃおまえは!」
「貴公らに教えてやろうとしただけだ……そう、世界の真実……この世にあらざる、残酷にして
「やめろぉぉぉお!」
また暴れ出し、それを止めるハウロ。
あなたは話が進まんとキャロラインからドリルを取り上げた。
「おお、貴公、なにをする、貴公……」
トレパネーションが好きなことは分かった。
だが、今はそんなことをしている場合ではない。
この連結地帯から脱出するためのゲートに案内して欲しいのだ。
べつにキャロラインの脳味噌は見たくない。
「ふぅむ……論ずるよりは、見せるが易し、か……貴公ら、存分に見ておけ……」
なにを? そう疑問を呈す間もなく。
ハウロの手で開通してしまった道にキャロラインが進む。
そして、その姿が忽然と消えた。
「は?」
「え?」
「えっ?」
「む?」
「え?」
全員が異口同音に驚きの声を発する。
あなたも変わらず、何が起きたか理解できなかった。
どこにもキャロラインがいないのだ。
空間転移をしたわけではない。したならば分かる。
どこかに隠し通路や、落とし穴があったわけでもない。
それならば周辺の気配を探ればどこにいるか分かる。
キャロラインは正真正銘どこにもいない。
周辺を『物質探知』と『生物探知』で探査しても分からない。
キャロラインは魔法による探査を逃れる術を持っていなかったはずだ。
であれば、これらの魔法の効果範囲外にいると言うことに……。
「え、どこに行ったんでしょう。分かりますか?」
「分からない……私のリボンは特殊視覚能力を付与するから、通常の視覚で捉えられないものでも見えるはずなのだけど……」
「儂にも分からん。儂のこの目には『真実の眼』が付与してある。魔法で隠れておっても分かるはずなんじゃが……」
「あたしにも分からないね……物理的に隠れてるなら分かるはず……」
「俺にはなにもわかんねぇ……」
全員が全員、キャロラインを捕えられない。
この多彩なメンバーが捕らえきれないなど尋常な話ではない。
キャロラインはいったいどこに消えてしまったのか。
あなたたちがにわかに色めき立っていると、忽然とキャロラインが現れた。
「ふむ……やはり、貴公らには理解し得ぬか……この領域の視座は……」
「いったいどこ行ってたんだよ……マジでどうやって消えた?」
「貴公らには見えぬのだな……? この美しい門が……」
「……マジでなにが見えてんのおまえ?」
「貴公らには見えぬ……世界の真実……フッ……真実の何たるかを知らぬ者よ……蒙を啓くのだ……さすれば、至ることもできよう……失礼する……」
「おい待てェ、失礼すんじゃねぇ」
またどこかに消えようとしたキャロライン。
その肩を掴んで引き戻すハウロ。素晴らしい反応速度だ。
「おまえに見える世界の真実があるのは分かった! 認める! 認めてやるよ! だから、その世界の真実とやらを俺たちも見れるようにしろ!」
「さすれば、与えよう……新たなる光を……おぉ……イピフィシスよ……光の足らぬ愚昧に光を与えたまえ……貴公の奥底に光をもたらそう……案ずるな、すぐによくなる……さぁ、施術をはじめよう……」
「俺に分かるように説明しろ!」
「よかろう……ならば教えてやろうではないか! この世界が嘘だらけであると! すべてが嘘だ! 嘘だらけだ! ハハハハハ! 私が見せてやろう! この私が! 世界に真実を! 残酷な、絶望と言う名の真実を!! ヒィヒハハハハハハ!!」
「俺に分かるように説明しろぉぉぉ!!」
あなたはなんとなく状況を理解して来た。
ハウロにガックンガックン揺らされているキャロラインを回収する。
そして、キャロラインを抱き上げる。
「ふむ? 貴公、何のつもりだ?」
くるりと半回転。キャロラインのスカートがめくれる。
思わず目が吸い寄せられたが、努めて気にしないことにする。
あなたはキャロラインの足を掴むと、それを振り上げた。
そして、地面へと勢いよく叩きつけた。複数回。
ずごんずどんと凄い音がするほどの勢いだ。
10回ほど叩きつけたあたりでキャロラインを地面から引っこ抜く。
「貴公……些か以上に、手荒いな……」
あなたは追加で10回地面に叩きつけた。
「…………」
静かになったので治療する。
「貴公……速く気付いた方がいい……既に狂っているぞ……」
それはどうでもいい。
頼むから真面目にやって欲しい。
ハウロをおちょくるのが楽しいのは分かるが。
あなたたちはいちおう真面目な理由で来ているので……。
「ふぅむ……仕方あるまい……無聊の慰めとするのはやめておくとするか……」
「おい、俺のコトおちょくってたんかおまえは!」
「1発くらい殴っておいてもいいと思いますよ」
「そうだな! オルァアッ!」
ハウロのグーがキャロラインに炸裂する。
「して、貴公……」
「全然効いてねぇんだけど……! どうなってんだこいつは……!」
いや、おそらく効いてはいる。
だが、堪えていないだけだ。
つまり威力不足なだけ。
ハウロで威力不足というのもすごい耐久力だが。
さておいて、キャロラインの見えているもの。
それにはやはり、トレパネーションが必要なのだろうか。
「うむ……脳に光を与えるためには、穴を穿たねばならぬ。自明の理であろう」
まぁ、そうかもだが。それに何の意味があるのやら……。
そのあたりは分かりかねたが、仕方ないのでやってくれと頼んだ。
それしか手がないなら、そうするしかないだろう。
「……ドリル入るか?」
「どうじゃろうな……首筋に剣を叩き込まれても軽傷で済むからのう……」
「ギロチンを叩き込まれても平気らしいわよ」
「そもそも根本的な生命力量の次元が違うんですよね」
などと心配されているが、あなたは苦笑する。
あなたが信じられないくらい頑健なのはたしかだ。
だが、いつ何時もその頑健さを発揮しているわけではない。
実際、エルマが言うようにあなたの首は切れたことがある。
ちゃんと傷を負うこともあるのだ。
「軽傷じゃったろ。普通は首に剣が入ったら即死じゃぞ。ありえんくらい頑健じゃろ」
そうではなく。
あなたが本気で耐えていたらモモロウの剣なんか跳ね返している。
軽傷どころか無傷と言える程度に抑え込める。
あれで傷を負った理由はガードをすり抜けたからだ。
防いだと思ったら防げていなかったのだから。
咄嗟に首に力を込めたが、さすがに間に合わなかったのだ。
「ほう……ということは、油断し切っている状態だとドリルも刺さるのかえ?」
おそらくは……。
少なくとも、皮膚と筋肉は貫ける。
骨がどうかは分からないが……。
まぁ、やるだけやってみればいいのでは。
そう言うわけなので、よろしく頼む。
「任せておけ……まずは、麻酔……貴公、したたかに酔うまで飲みたまえ」
酒で酔うのは難易度が高いので無理だ。
痛いのは頑張ってがまんするので、そのままやって欲しい。
「ふむ……まぁ、やるとしよう。貴公、痛い時は手を挙げたまえ……」
あなたは頷いた。
そして、その場に転がされ、額にドリルが突き込まれる。
あなたは歯を食い縛って、ドリルの侵入に耐える姿勢を作る。
「参るぞ……」
ぎょりぎょりと額に入り込んで来るドリル。
あなたは思わず左手を上げる。
「そうか……」
キャロラインがそっと手を降ろして来た。
そしてぎょりぎょりとまた額に入ってくるドリル……。
手を挙げろと言った意味はいったい何だったのか。
「貴公……様式美だ……我ら闘士は獣にあらず……様式にこだわり、人たるを示す……痛かったら、手を挙げたまえ……」
それなんか意味ある……?
あなたは痛ぇぇぇとかうめき声を上げる。
「うええ……見てるだけで痛ェよ……」
「だ、大丈夫……? 手とか、握っていましょうか……?」
コリントが心配してくれて、手を重ねて来る。
コリントの冷たくも滑らかで柔らかい手が心地よい。
しかし、握るなら手よりもおっぱいの方が……。
誰でもいいからおっぱいを揉ませてはくれまいか……。
柔らかくて温かくて気持ちいいやつで心を和ませたい……。
「割と余裕そうだぞ」
「そうだね。解散」
「まぁ、がんばれ?」
あなたは見捨てられた。
畜生、なんて冷たいやつらだ。
あなたは涙した。
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