あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 次々と血吸いの化け物が汽車へと取りついていく。

 その都度、キャロラインが銃弾を装填しては発砲する。

 おぞましい血霧が弾け、血吸いの頭部が爆散する。

 

「ふむ」

 

「どうしたの?」

 

「弾が切れた」

 

「は?」

 

 都合20発放ったところで、キャロラインがそう言い出した。

 弾薬20発の携行……それが多いのか少ないのかは分かりかねるが。

 血吸いの化け物に対抗する術がなくなったことは確かだった。

 

「ど、ど、どうするの?」

 

「案ずるな……血さえ用いれば打撃も十分に作用する……案ずるな……」

 

「私たちにはできないのだけど!?」

 

「腰のものを抜け……」

 

 キャロラインがそう言い、コリントが言われるまま腰に帯びていたレイピアを抜く。

 以前から思っていたが、すばらしい業物のレイピアだ。

 一目見るだけで凄まじい魔法のエネルギーを感じるし。

 剣としての性能も超一流であることが一目で分かる。

 そして、キャロラインがそれを奪い取り、自分の胸へと突き刺した……。

 

「ちょっと!?」

 

「ぐぅ……ぬ、ううっ……!」

 

 微かな苦悶の声を上げつつも、キャロラインがレイピアを深々と突き刺す。

 そして、それを無理やり引き抜くと、レイピアには赤黒い血が纏わりついていた。

 ただ付着しているのではない。血が盛り上がり、流動し、脈打っている。

 まるで生きているかのようだ……そんな血の付着。

 

「我ら熱血の闘士が武具に血を塗り込めることは、ごく自然の闘技……存分に使え……」

 

「うえぇぇ……わ、私の『祝祭の刺突剣/セラブレイト・レイピア』が……」

 

 血で剣をねとねとにされたコリントが呻いている。

 まぁ、あんなにべっとりと血を塗られたら誰だって嫌だろう。

 あなただって嫌だ。手入れがどんだけ手間になると思っているのか。

 

「さぁ、貴公も剣を寄越したまえ……」

 

 嫌だが、しかし、他に手も無いわけで。

 あなたは渋々と腰の剣を抜いてキャロラインへと渡した。

 

 エルグランドから持ち込んだ愛剣でも、カイラに作ってもらったパペテロイの剣でもない。

 ソーラスの迷宮で手に入れた剣だ。鞘だけ職人に作ってもらった。

 キャロラインがやはり同様にそれを胸へと突き込む。

 なんだろう、手首とか切って塗るのではだめなのだろうか……?

 

「さぁ、使いたまえ……」

 

 あなたは剣を受け取る。血でべっとべとである。

 これ使うのすごく嫌だ……しかし、他に手もない。

 あなたは手近なところに布を巻いて、血が流れ落ちて来ないようにとせめてもの抵抗をした。

 ソーラスで手に入れた剣には持ち手と剣身に明確な境がなく、血が流れて来るのだ。

 

「血を塗ればいいんだよね……?」

 

「ぐふっ……!」

 

 一方、欠片の躊躇もないセリアンがキャロラインの胸に剣を刺していた。

 いきなり剣を突き込まれたキャロラインが血を吐いていた。

 自分でやる分にはともかく、他者にやられると普通にしんどいらしい。

 

 武器を血まみれにしている間にも、血吸いがどんどん取りつく。

 あなたはそれを剣で斬りつけると、あまりにもあっさりと足が切れた。

 体勢の崩れた血吸いの顔をバッサリと切り捨てると、痙攣して崩れ落ちる。

 

 地面へと落ちると、そのまま後方へと流れていく。

 なるほど、ようやく戦いの領域に立てたか。

 

「魔法による攻撃が使えないのは手痛いですね。幸い、補助系は問題ないですが……」

 

「私は拳足での打撃が使えないのも痛いわ……剣は使えるけど、あくまで手慰みなんだもの……」

 

「あたしも剣だけに頼ってるわけじゃないから困るよ……」

 

「儂、そもそも剣得意じゃないんじゃが……」

 

 あなたたちは揃いも揃って生粋の剣士ではない。

 あなたもコリントもジルも、分類としては魔法剣士になる。

 セリアンは生粋の剣士だが、拳足での打撃も織り交ぜる闘技を使う。

 そしてエルマに至っては生粋の魔法使い。剣はただの手慰みだ。

 

「……あれ? そういや、生粋の剣士のハズのハウロはどこ行ったんだい?」

 

 セリアンがそう零し、そう言われればとあなたは周囲を見渡す。

 どこにもあの少女狩人はいない。あなたは下の客車を覗き込む。

 そこにはハウロが憮然とした顔で座り込んでいた。

 あなたは上に上がらないのかと声をかけた。

 

「……悪かったな、おまえらみたいな軽業ができなくてよ。俺ぁ走行中の客車から飛び出して屋根に上がるなんざ出来ねぇんだ」

 

 なるほど、そう言う。

 可愛いところもあるものだ。

 あなたは笑って手を貸してやると手を伸ばした。

 

 ハウロが溜息を吐いて立ち上がり、あなたの手を握った。

 ハウロをひょいと持ち上げ、屋根の上へ。

 そして、キャロラインに血を塗ってもらえと促す。

 

「血ぃ?」

 

「左様……我ら熱血たる闘士の血こそが有効打たりうる……さぁ、腰の剣を抜くのだ……」

 

「これは飾りだ。本命はこっちなんだよ」

 

 言いながら、ハウロが腰のポーチから取り出したもの。

 それは長い棒状の武器に、垂直に握り手がついたものだ。

 旋棍……トンファーとも言う武器だった。

 

「コイツにやってくれ」

 

「なるほど……」

 

 キャロラインが手首を切って血を塗りたくる。

 やっぱそれでいいんじゃん。なんで胸に刺してたの?

 そう思ったが、あなたはとやかくは言わなかった。

 新たな血吸いが列車に取りつき出していたのもある。

 

 取りついた血吸いの手足を叩き切っては落とす。

 あなた1人ならともかく、他のメンバーもいれば苦労はさしてない。

 すでにこのまま時間が過ぎるのを待つばかり……。

 

「そろそろか……」

 

 キャロラインがそう零す。

 なにが? と問うまもなく、それは起きる。

 

 ぐうっと上から押さえつけられるような、奇妙な感覚。

 飛行能力で一気に急上昇した時に感じるのに似ている。

 よもや、と思ったのも束の間……予想通りのことが起きた。

 

「おいおい……飛んだよ……」

 

「銀河鉄道ですかね」

 

「ほぉ~……飛空艇ならぬ、飛空列車とはのう……」

 

 あなたたちが乗っていた列車が宙に舞い上がったのだ。

 眼下では血吸いたちが群がって、積み重なっていくが。

 もちろん舞い上がる列車に追いつくことはなく。

 

「ふぅ……これで一安心ってわけかい?」

 

「否……これからだ。皆、姿勢を低くし、耐えろ」

 

「耐えろって?」

 

 ぐんっ、と速度を上げて列車が空へと昇る。

 それは瞬く間に雲を超えて、周囲が暗くなっていく。

 上空へと昇れば、それだけ地面へと押さえつけられる。

 キャロラインが膝をついて荷重に耐えている。

 

「ぐ……」

 

「なるほどこれはしんどいですね」

 

「体が重いねぇ……」

 

「むぅ、儂、しんどい……」

 

 まぁ、全員身体能力が超人の域にあるので。

 膝をついているのはエルマとキャロラインくらいだ。

 その他は全員普通に立ったまま荷重に耐えている。

 

 やがて、その上昇が和らぐ。

 体にかかっていた荷重がなくなる。

 眼下には、その丸みが分かるいままでいた天球の姿。

 青い海と、緑の大地、そして白い雲が見える。

 

「これはまた……50ノーティカル・マイルは昇ったかしら? カーマン・ライン近辺ね」

 

「なんで呼吸できるんでしょう」

 

「ぶはっ! ほ、ほんとだ、息できる……どうなってんだこれ?」

 

「うおー! すっごいねぇ! 姉者姉者! あたしたちのいたとこがあんな遠くに見えるよ!」

 

「ほおー! すごいのう! もしかして空の月にまで行けてしまうんかのう!」

 

 セリアンとエルマがはしゃいでいる。

 あなたもちょっとテンションが上がっている。

 やはり、この高度までくると普通は見れない景色が見れる。

 

 以前にコリントに宇宙に放り出された時とは違う。

 大地としている天球が近く、それでいて宇宙に近い。

 空と宇宙の境界と言うべき場所に、あなたたちはいる。

 

「……来るぞ」

 

 キャロラインが小さく囁く。

 なにが? と不思議に思ったところで、あなたたちは強烈な視線を感じ取った。

 それはひどくおぞましい、無遠慮な視線だ。

 

 体の内面まで覗き込まれているような、酷く不愉快な感触。

 魔法やサイキックでの探査も含んでいるような視線。

 

 それは月から。

 空に輝く、大きく、丸い月。

 それは赤々と燃え、ひどく幻想的な輝きを放っている。

 その中に一点、インクを零したような、黒い点。

 

 それは見る間に大きくなっていく。

 あなたははじめ、それをなにかの寄生虫に冒された生物かと思った。

 頭部と思しき部位に大量についた、ぶよぶよとした白いもの。

 それはぐみぐみと蠢いていて、ひどく不気味で、ひどく不愉快だ。

 

 やがてそれが、先頭の機関車に取りつき、炭水車に身を横たえる。

 あなたたちの眼前に放り出される、その異形の巨体、頭部。

 ぎょろりと、あなたたちを見つめる、多数の眼玉。

 

 その寄生虫と見えた白いぶよぶよとしたものは、すべて眼球だった。

 頭部のすべてが眼球に埋め尽くされた、異形の化け物。

 

 それはたとえるならば、巨大なナメクジだった。

 足と言えるものはなく、長細い体躯をしていて。

 それでいながら上体には無数に枝分かれした触手のような腕があった。

 胴体と同じ太さを持つ頭部は眼球に埋め尽くされ、爛々と緑色に瞳孔が光っている。

 その背からは、まるでコウモリの翼から被膜を剥ぎ取ったような翼が。

 ぞるぞると後頭部から生えて蠢く紐状の器官はなんなのか……。

 

「……あれこそが門番。次なる領域の守護者」

 

「コズミックホラーのボスみてぇなもん出しやがって!」

 

「まぁ、D20とクトゥルフは互換性がありますけど、クトゥルフなんですかね、これ」

 

「どうにせよ、お友達にはなれそうにないわね」

 

「うええ、気持ち悪いのう……」

 

「ひえっ、目が合ったよう!」

 

 全員、異形の化け物を前にして余裕である。

 かく言うあなたも、負ける気はしていない。

 

 異形の化け物が首を上げ、咆哮。

 それは、どう表現したものだろう?

 鉄を裂くようなとか、割れ鐘のようなとか。

 そんな耳障りな轟音を表現する言葉はあるが。

 

 それは言ってみれば、無音の轟音だった。

 耳朶を震わす音波はたしかにある。

 だが、その意味、音の内容が聞き取れない。

 さわさわと揺れる木漏れ日の音色のような。

 

 ただ、強い音波に圧せられたこと。

 それだけは分かると言う、不思議な体感。

 

 そして、あなたたちはその無音の轟音にも負けぬ闘志を燃やしていた。

 温度なき炎。それを纏い、あなたたちは手に手に剣を携え、戦いへと向かった。

 

 

 

 枯れ枝のように細く、しかし、縄のように柔軟な。

 その奇妙におぞましい腕が客車の天井を薙ぎ払った。

 

「疾ッ!」

 

 あなたたちが跳んでそれを躱す中、ただ1人前に進む者。

 薙ぎ払ったのにどうやって前進しながら躱したのだろう。

 謎極まりない回避をやってのけたのは、ハウロだった。

 

「しゃあっ!」

 

 手にした旋棍が閃く。

 ごっ、とか、どっ、とか言うような鈍い打音。

 旋棍から迸った熱血の焔が弾け、門番の黒くぬめった体表を焼く。

 

 閃光のごとき拳捌きだった。

 捩じり込むようなアッパーカット。

 続けざまに放たれた槍のような刺突。

 手の内で旋回した棍が強烈に門番を打ち据える。

 

「かぁっ!」

 

 裂帛の気合と共に放たれる、渾身の中段突き。

 が、まったく通じた様子を見せず、門番がハウロを吹き飛ばした。

 

「っ……! いってぇな、くそっ! なんだってんだ!」

 

「『大回復/ヒール』。アレも血吸いよろしく、血しか通じないようね」

 

「恐らくですが。ハウロさんの打撃自体はまったく通じてないのだと思われます。血のダメージしか入っていないようで」

 

「はぁー!? なんだよそれ!」

 

 ハウロが叫ぶ。その気持ちは分かる。

 ハウロの打撃の威力は凄まじいものだった。

 それも肉体の真芯を捉え、奥底まで打ち抜く打撃だった。

 それこそエルダークラスのドラゴンでも即死だろう。

 

 それがまったく通じず、軽々と反撃されてしまった。

 エンチャントした血の分しかダメージが通らない。

 9割9分の攻撃を無効化されたようなものだ。

 

「キャロライン! オラ! 血ぃ出せ! おう!」

 

「ききききここここ、おおおちちおちおおおちつつつつ」

 

 キャロラインの胸倉を掴んでガックンガックン揺らすハウロ。

 そんなことしたら喋れないのではないだろうか。

 その隙を狙うように腕を高々と振り上げて襲い来る門番。

 

 あなたとセリアンが剣を掲げてそれを迎え撃つする。

 剣にエンチャントされた血が弾け、焔を放つ。

 そして、それであなたの剣にエンチャントされていた血は品切れだった。

 

「これは……結構、長くなりそうだねえ……」

 

 セリアンの手にする剣もそれは同じだ。

 キャロラインの血はそう長くエンチャントされていない。

 血なので流れ落ちるし、使うほどに燃えて燃料になる。

 

 戦いながら血を補充し、相手を焼き切る。

 なんて面倒くさい敵なんだ。

 血吸いほど脆くないので長くなりそうである。

 

 あなたは気を引き締めて、まずはキャロラインから血を搾ることにした……。

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