あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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13-023

 あなたが帰還して、3日ほど。

 泥のように眠り、起きたら少し食事を取り。

 寝汗をぬぐったらまた眠り。

 その繰り返しで、あなたは多少復調して来た。

 

 と言っても、それはあくまで多少である。

 今まで指1本動かすのも億劫だったが。

 起き上がって食事を取れるとか。

 ヒマだから本を読むとか。

 そのくらいのことが出来るようになっただけだ。

 

 まだまだ日常生活に戻るには遠い……。

 今日も気合で夕食を食べ、寝酒にウイスキーを2杯ほど引っかける。

 いつもならさらりと飲み下せる量だが、今は違う。

 普段は感じない酩酊感を楽しみながら、また眠りにつく。

 

 

 

 …………ふと、目が覚めた。

 一瞬なにがあったのかとあなたは首を傾げる。

 なにかない限り、夜半に目を覚ますことはあまりない。

 ベッドに埋もれる中、あなたはぼんやりと考え込んだ。

 そして、そう言えば酔って寝たのだったと思い起こす。

 

 酒に酔うと、眠りが浅くなる。

 もともとあまり眠りは深くない性質だ。

 酒のせいで目が覚めてしまったということらしい。

 

 あなたは目元を軽く揉んで、ベッドから降りた。

 トイレに行ってからもうひと眠りするつもりだ。

 常ならば同衾しているイミテルを起こさないよう気を遣うが。

 お腹が大きくなってきたこと、あなたが半死半生であることから、今は同衾していない。

 

 ベッドから降りて、室内履きをつっかける。

 少しふらつきながら部屋を出て、外へ。

 

 換気のためか、どこかの窓が開いているのだろう。

 そよそよと廊下を抜けていく風が心地よい。

 冬から春に移ろうとする夜の風はひんやりとしている。

 マフルージャ、トイネの民には肌寒いのだろうが。

 あなたにしてみれば十分に心地よい涼しさだった。

 

 

 用を済ませ、その途中で中庭にふっと立ち寄った。

 もう少しだけ夜風を浴びていたかったからだ。

 この大陸の冬空はつまらないが、夜風は心地よい。

 エルグランドの冬空は美しいが、夜風は冷た過ぎる。

 中庭に微かに届く風をゆったりと楽しむのはなかなかの贅沢だ。

 

 そう思って立ち入った中庭には、ぼんやりとした光が灯っていた。

 爆裂に夜目の効くあなたは、その光の主がだれかすぐさま気付く。

 

「貴公、安静にしていないでよいのかね?」

 

 その光の主、キャロラインもまたあなたに気付き、そのように問いかけて来た。

 あなたは夜風が心地よくてね、とそのように答え、ガーデンチェアに座る。

 キャロラインはなるほどと頷き、あなたの前にカップを置いた。

 カップから立ち上る豊潤な香ばしい匂いはコーヒーだった。

 

 あなたは礼を言ってコーヒーを一口喫した。

 正直、あなたはあまりコーヒーが好きではないが。

 涼し気な夜風に吹かれて飲むコーヒーはいかにもうまかった。

 

 

 

 あなたとキャロラインはしばらくまんじりともせずに夜風を浴びていた。

 そして、キャロラインがふと思い出したように口を開いた。

 

「貴公……君は……どう思うかね」

 

 どう思うって、なにを?

 

「失礼した……そう、我が故郷パサファロン……その狂気のゆえ、狂った有様を、どう思うかね……」

 

 キャロラインのウルトラマリンともヴァイオレットともつかぬ瞳。

 常は狂気の色に揺れる瞳は、いまどことなく理性を宿して見える。

 あなたはコーヒーを一口飲み、少し考え、それからひとくさり笑った。

 キャロラインにも故郷の評判を気にするような感慨があるのだなと。

 

「茶化してくれるな、貴公……して、どうか……?」

 

 あなたは頷いて、答えた。

 住みたくはないが、べつに悪い町ではないのではと。

 

 毎日ループしているのはマジで勘弁してほしいが。

 べつに人が蘇るのはエルグランドでもよくあること。

 惨く焼き殺すことはないが、人が死ぬのもよくあること。

 そう言う意味で言えば、エルグランドとそこまで変わらない。

 

 むしろ、エルグランドの方がもうちょっと住み悪いかも。

 パサファロンに意味もなく町をまるごと消し飛ばすヤツはいないだろう。

 住人が陰気で排他的なところは微妙だし、あの魔女狩りめいた騒乱もアレだが。

 それらを除けば、割と住み良い町なのではないだろうか。

 

「……ほう」

 

 意外なものをみた、という顔をするキャロライン。

 まぁ、あなたもこんな評価を口にするとは思わなかった。

 

 行った時は徹頭徹尾狂ったクソみたいな町だと思ったが。

 立ち去って、他の大陸や町と比較してみると……。

 意外とそこまでひどくないんじゃないか?

 そのように思えて来たのだから驚きである。

 

「私は……貴公……私は、私には……」

 

 なんだろうか。

 言い淀むのは少しらしくない。

 

「私には……貴公らがよくわからぬよ……」

 

 なにを?

 

「なぜだ? 貴公らは、なにゆえに永遠の別離をよしとするのだね?」

 

 永遠の別離。

 それは種々様々の意味を持つだろうが。

 やはり、一番大きなものとしては。

 死別。永訣(えいけつ)こそがそうだろうか。

 

「私は……貴公らが狂った町と評した、パサファロンにて生まれ育った……隣人が死のうとも、翌日にはまた現れる日々……貴公、貴公……貴公は、当人らがどのように理解しているか、知っているかね……」

 

 死んだとき、どうなるかということだろうか?

 たしか、記憶は残らないと言っていたはずだが……。

 キャロラインを見る限り、死んだらそれ以前の記憶が消え去っているわけではない。

 生き延びれなかった日の記憶だけが消えているのだろう。

 すると、もしや、当人の自覚としては死んでいない?

 

「そうとも……貴公のその特別な知恵に敬意を評そう……そうだ、我らは死んでいない。人は忘れらた時に本当の意味で死ぬと言うがね……翻って、当人の意識で死なぬ者は不死身と言えるだろうか」

 

 実際に殺せば死ぬ。

 だが、当人に死んだ意識はなく、そして現実に生きている。

 するとなるほど、当人の意識ではそれは不死身なのだろう。

 

「我らは誰も死なぬ……翌日にはまた現れ、そして、当人に死んだ自覚はない……普通の町ならば、そうはいかぬのだろうな……」

 

 日々の運行はかならず続いていく。

 曜日が変わり、月が満ち欠けし、人々の記憶が連続していく。

 だが、パサファロンはそうではないのだろう。

 

 明日と同じ昨日が終わり。

 昨日と同じ今日がはじまる。

 そして明日と変わらぬ今日が終わる。

 

 パサファロンの町の日々はそうだ。

 だから、誰一人として気付かぬのだろう。

 いや、気付いたところで、誰も気にも留めまい。

 あの町に生まれ育った者には、それが普通なのだから。

 

 店がどう営業しているか不明だが。

 巻き戻って居るのは人だけではないのかもしれない。

 パン屋は買った覚えのない小麦粉でパンを作っているのだろうか……。

 

「アルトスレアを訪れた時……驚いたぞ」

 

 人が死んで、帰って来ないから。

 

「そうだ。貴公には、分かるのだな……」

 

 わからいでか。

 あなたはエルグランドの冒険者だ。

 エルグランドの民は死んでも3日で帰ってくる。

 

 だが、アルトスレアやボルボレスアスはそうではない。

 殺人が重罪だなんて、考えたこともなかった。

 そして、永の別れが誰にでも簡単に訪れるなんて知らなかった。

 

「そうだ……私にも、理解できなんだ……永遠の別れ、なのだぞ……永遠……」

 

 エルグランドでは帰ってくる人が、他の大陸ではそうではない。

 それを知った時、あなたの受けた衝撃は筆舌に尽くしがたいものだった。

 他の大陸の人間はなんて心が強いのだと驚いた覚えがある。

 

 あなただったら、耐えられない。

 エルグランドの民は、そうした永訣を滅多に経験しない。

 老いの苦しみから逃れるべく、永遠の眠りにつくものはいるが。

 しかし、それは稀な例であって、若返る術だってあるのだ。

 そして永遠の眠りにつくにせよ、それは当人が決断し、別れの挨拶を済ませた末のこと。

 突然、2度と帰って来ない人がいるなんて……。

 

「永遠の別れ……2度と帰らない、笑わない、抱き締め合えない……それは、酷く悲しいことだ……」

 

 あなたは頷いた。まったくその通りだと思う。

 しかし、死生観について、こんな共感がキャロラインとあるなんて。

 エルグランドの民以外でこの共感をするとは思わなかった。

 

「私は、パサファロンを去る決意をしたが……しかし、それは……嫌気が差したからではない……パサファロンは、何もかも狂っているのだろう……反吐の出るような町だ……だが……」

 

 そこは、キャロラインの故郷だ。

 

「そうだ……狂っていても、反吐が出るような町でも、それでも……私の故郷だ……私は、パサファロンを愛していた……」

 

 でなければ、案内などしたくもないだろう。

 あなたは頷いて、里帰りが出来てよかったねと笑った。

 

「フ……そう言うことにしておくとしよう……」

 

 キャロラインは笑って、コーヒーを飲み干した。

 手にしていたカップを置き、空を見上げる。

 そこにはまん丸くて黄色い月が浮かんでいた。

 

「パサファロンはクソのような町だが……それでも、楽しいこともあるものだ……夏が訪れれば、狩猟の解禁日が来る……」

 

 ほう、狩猟解禁日。

 そもそも普段は狩猟が規制されているのか。

 そのような疑問もあるが。

 

 普段規制されているものが解禁されるのだ。

 それはさぞかしお祭り騒ぎになることだろう。

 

「栄光の12日と呼ばれる日が来れば、多くの紳士淑女がライチョウ狩りに赴く……パサファロンにとて、そのような楽しみはあった……クソであっても、ほんのわずかでも……黄金の日々があった……」

 

 かつてを懐かしむように、キャロラインはそう呟いた。

 あなたには計り知れない故郷の思い出があるのだろう。

 

「そして、アルトスレアに渡り、あのリフラや、レウナと共に過ごした日々もまた、私にとってかけがえのない黄金の日々であった……」

 

 キャロラインとレウナは幼馴染だと言う。

 それこそ10年来の幼馴染だと言うから、相当なものだ。

 そこにはたくさんの思い出があったのだろう。

 

 キャロラインは昔からこんな調子だったらしいので。

 レウナ以外には早々友達になってくれる人もいなかろう。

 ならば、尚更にその2人と過ごした日々は黄金の日々だったろう。

 

 友人と言うのはよい。実によい。

 それは汚泥に塗れた日々を唯一黄金に変えられる魔法だ。

 同じ時に、同じ場所で、同じ物を見て、同じことを感じる。

 そのようなあまりにも美しく純粋な経験は永遠の宝物だ。

 

「ああ、そうだとも……友情は良い……それだけに、レウナとの別れは、私にとり最大の悔恨であった……」

 

 アルトスレアでの戦い、星屑戦争の結果だったか。

 レウナはあまりにも悲しく、極端な選択をした。

 

「もう2度と、あのような悲しみを抱きたくはないものだ……貴公、君も、そう思うだろう?」

 

 あなたは頷いた。

 レウナにまたあんな選択をさせるつもりはない。

 そして、それはレウナ以外の者も同じことだ。

 結果的に犠牲が出ることはしかたないかもしれないが。

 誰かを犠牲にする前提の勝利などあってはならないことだ。

 

「ならば、よい……君、私にもその勝利の手伝いをさせてくれたまえよ……かの戦いにてまみえた巨神『アルメガ』はいずれ復活するのだろう……?」

 

 あなたは頷いた。それがいつかは分からないが。

 しかし、あなたから相当な量の生命力を搾取したらしいので……。

 そう遠いと言うものでは、ないのだろう。

 

「そうか……君、君よ……」

 

 キャロラインの呼びかけにあなたは何かなと頷く。

 

「私は……主なき者だ……仰ぐべき旗はなく、示すべき道もなく……私の上に人はなく、また下に人も無い……それゆえに、私はただ1つの対等な関係を欲している……」

 

 キャロラインの真摯なまなざしがあなたを見つめている。

 深く澄んだ、冷たい色を宿した瞳と、あなたの燃えるように赤い瞳。

 それが交差し、おたがいの視線に宿る熱がとろとろと混じった。

 

「私は良い友人が欲しいし……誰かの良い友人でありたい……だから……」

 

 皆まで言わなくともよい。

 あなたはそのように答え、キャロラインの手を引き寄せてそれを握った。

 あの超人的な戦闘力に似つかわしくない、柔らかく小さな手だった。

 

 あなたとキャロラインはもう友達だ。

 友達になろう、だなんて水臭いことを言ってくれるな。

 もう友達だ。共に冒険をした仲ではないか。

 

「そうか……そうか……私にも、新しい友人ができた……」

 

 感慨深そうにキャロラインは笑い、あなたもまた笑った。

 新しい友人ができることは、あなたにとっても嬉しいことだ。

 特に、長きを生き、死を否定して蘇るような感性の友人は尚更に。

 

 永の別れを厭い、永く在ろうとし続ける者。

 それは、あまりにも長く、果てのない人生を共に歩ける者。

 

「よろしく頼む……キャロと、そう呼んでくれて構わぬのだぞ」

 

 では、キャロと。

 あなたはそう答え、より強く握手をした。

 今はすっかりと衰えた力だが。

 今これから育まれていく友情と同じように。

 あなたの体調も時間が解決してくれるだろう。

 気長に行こうではないか。まだ、時間はあるのだから。

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