あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 カル=ロスが夢の国に連れて行ってくれることになった。

 つまりは女の子食べ放題のパラダイスに。

 あなたはこんな孝行娘を持って本当に幸せだ。

 

「いいんですか。女衒(ぜげん)めいた存在になったことを親孝行とか言われてますけど」

 

「いや、女の子食べ放題とまでは言ってませんが……ナンパできるかはお母様次第ですよ」

 

「考えてみると、ものすごい厳しい条件下でナンパすることになるんですね」

 

「……言われてみると」

 

 そう、たしかに、厳しい条件だ。

 なんせ別次元だ。言葉だって通じない。

 

 しかも信用貨幣なる信じ難いものが運用されているらしい。

 ただの紙切れを、金銭に相当する品として運用する。

 それも正貨との兌換(だかん)を保証しているわけでもない。

 

 もう意味が分からな過ぎてあなたは首を傾げ通しだ。

 だが、あちらの次元ではそうだというなら、そうなのだ。

 つまり、あなたはあちらの次元界の金を持っていない。

 

 挙句、今のあなたは著しく弱体化中だ。

 実質、あなたの武器は美貌くらいなものだ。

 この状態でナンパとは、なんて厳しいのだろうか……!

 

「相手が強けりゃ強いほど燃えるぜとでも言いたげな顔してますけど」

 

「ナンパチャレンジャーですねぇ……」

 

「もうちょっとこう、落ち着きとかお持ちになれません?」

 

「マジでこの女に対するモチベーションどこから湧いてるんでしょうね……」

 

 あなたは心の裡から無限に……と澄んだ眼で答えた。

 

「性欲で濁り輝いた眼ェしてますね……」

 

 酷評された。

 ひどくないか?

 

 

 

 あなたは仲間たちにアレコレと説明し、理解を求めた。

 つまり、義娘のところにしばらく厄介になって静養すると。

 

「年老いた老母みたいなこと言ってるわね」

 

 自分でもそう思った。

 まぁ、実年齢が老婆なのは認めるが。

 

「まぁ、あなたに訓練いるかと言えば、いらないものね……」

 

 実際それは認める。

 肉弾戦に関して、学ぶことはあれど必要なことではない。

 新しい技術や特技を体得できることは貴重な経験だが。

 その技術や特技を使うかと言うと、微妙なところだ。

 

 結局、超絶のパワーでぶん殴った方が速い。

 妙な技や技巧を凝らすよりも、その方が確実で強いのだ。

 

 『神話級呪文』に関して学ぶことはまだあるが……。

 正直、もう自主勉強で十分じゃないかと言う気はしている。

 

「実際、十分じゃないですか。元々からして魔法作成のイロハは分かっていたわけで。あとは儀式のやり方や道具の用意が分かれば済みますから」

 

 そうなのだ。

 あなたはもともとエルグランドで魔法作成の儀式などをしたことがあった。

 そして、その儀式とジルの教えてくれた儀式はほとんど同じものだった。

 

 細かな様式は違えど、基礎要素みたいなものはまったく同一。

 まぁ、魔法と言うのは世界共通の仕組みと言えばそう。

 ならば、それを利用する仕組みが似通ったり同一なのは当然だ。

 

 そのため、あなたは魔法作成の基本は理解していた。

 知識面での補強を受けたことでもう自由自在だ。

 後は研究して勉強して、効率化して突き詰める段階だ。

 

 『神話級呪文』もそれは同じことだ。

 結局、やるべきことは研究だ。

 誰かに教えてもらわないといけないもの。

 儀式や道具類の知識はすでに補完されている。

 

「ふむ。まぁ、そのような事情であれば、よいのではないか」

 

 イミテルがあなたの説明を聞いて、そのように頷いた。

 

「それに、あなたには療養が必要だが、ここにいると領主の仕事もあるからな……不在とあらば私が片付けられる仕事も、当人がいればそちらに回ると言うこともある」

 

 たしかにそれはある。

 デスクワークなのでそれほど苦労はないが。

 正直、午後に体を動かした後にやるのはキツい。

 今のあなたは寝酒も無しに日没前にぐっすりだ。

 

 出来ることなら領主の仕事はお休みしたい。

 身重のイミテルに任せるのも心苦しいが……。

 

「なに、身重とは言え安定状態だ。体も動かせんので暇潰しにちょうどいいくらいだ」

 

 そのように笑ってイミテルは仕事を引き受けてくれた。

 なんと言うか、出来た妻らしい振る舞いが堂に入り過ぎている……。

 強くカッコよかったイミテルが、家庭に入れば良妻賢母……なるほど、なんか興奮する。

 

 いやいや、この大陸出身の女は抱いてはダメなんだって……。

 あなたは必死で『インメタル』の忠告を思い出しては自分に言い聞かせた。

 敵対者の『アルメガ』に由来する存在の言葉なんて真剣に受け止める必要があるのか? みたいな悪魔のそそのかしが聞こえてくるが、努めて無視する。

 

「他の皆も、文句はないな?」

 

 イミテルが周囲の者たちを睥睨して、そのように同意を求めた。

 実際、反論が上がることはなく、あなたは療養のため別次元に赴くことが許された。

 

 

 

 

 荷造りをして、異次元に出発。

 手段は『次元門/ディメンジョンゲート』だ。

 以前にコリントに習っておいたのだ。

 

 あんまり使う機会はないかもだが、こうして役に立った。

 やはり、なんでも学んでおくものだ。

 

 ニホンなる国に転移し、次にカル=ロスの手で再度転移する。

 この次元においてはカル=ロスの方がいろいろと場所を知っている。

 あなたたちが転移した先は、この国特有の家屋であろう木造建築物の前だった。

 

 なかなか立派だが、年月を感じさせる外見だ。

 古い家を、丹念に手入れしながら住んでいるのだろう。

 時の流れが、重みとなって家屋を圧しているような。そんな気がした。

 

「意外と早く帰ってくることになりましたね」

 

「買い出し班と、整備班、そして護衛班で3セクション編成のままでいきますか」

 

「新規購入すべき武器とかありますか」

 

「特にないんじゃないでしょうか。爆発物系を多めに補充するくらいで」

 

「では、(みこと)。任せます」

 

「はい。では、バンを使います」

 

 幾人かに班を分け、以前にも乗った自動車なる道具で数人がどこかへと向かう。

 そして、整備班とやらに編成されたものが、傍らの新造建築物の中へと入っていく。

 

「武器庫ですね。整備用品類や道具もありますので、重整備の際はあちらでやります」

 

 なるほど、長きに渡った仕事期間中、摩耗した道具を手入れしようというわけだ。

 銃と言う武器、ことにカル=ロスら『アルバトロス』チームの使う機関銃。

 あれは複雑な機構を持ち、多数のパーツから構成されているものだ。

 

 使っているうちに摩耗するパーツなどを入れ替える必要もある。

 そうした時に専用の部屋や道具が必要なのはわかりやすい話である。

 

 そして、最後に残った4人はあなたの護衛班と。

 

「はい。とは言え、そう危険もないですから。観光にでも行きますか?」

 

 それもいいが。しかし、先にやっておきたいことがある。

 

「はい? なんでしょう?」

 

 この国の公用語。

 ニホン語を習得したい。

 なので、教えてほしい。

 

 カル=ロスはともかく。他のメンバーはネイティブスピーカーだ。

 そして、カル=ロスと言うエルグランドの公用語が母語の者がいる。

 このあまりに恵まれた環境、ニホン語を学ばぬわけにもいくまい。

 

「日本語を、教える……!?」

 

「つまり、私たちに日本語教師を……!?」

 

「そんな、日本人に日本語教えるのも怪しいって言うのに!」

 

「か、カネカネキンコ!」

 

 まずはニホン語を学び、それからだ。

 ナンパするにせよ、仕事をするにせよ。

 ニホン語を学ばないことには始まるまい。

 あなたは指導のほどをよろしく頼むと頭を下げた。

 

 ……絶望的な顔をしている『アルバトロス』チームが酷く印象的だった。

 

 

 

「まず、お母様。今のところ使えるニホン語は何があるでしょう?」

 

 カワイイネ、ビジン、スゴイ、キレイ、スキ、ヤサシクシテ。

 今のところ、あなたが覚えている単語はそれくらいだ。

 

「ロクでもない用途が透けて見える単語ばっか覚えてますねこの人……」

 

「ここまでナンパ師だと逆に畏敬の念が芽生える」

 

「まぁ、でも、記憶力もよければ、頭の回転も速い人ですから。意外となんとかなるんじゃ……」

 

「そ、そうですね、私は多種の言語を使えるマルチリンガル……! お母様を日本語ペラペラにするなんて、朝飯前のはずです!」

 

 そのような意気込みを語り、カル=ロスのニホン語授業がはじまった。

 ……そして、30分でカル=ロスたちは挫折した。

 

「うおおお……言われてみると、ヨンとシの使い分けってどうするんだ……?」

 

「そんな、生の読み方がいくつもあって、それの読み分けなんて、フィーリングとしか……!」

 

「青が実際は緑なのはなぜかってそんなのわかるわけねぇー!」

 

「読み書きをどうするって……そんな……2200文字くらい気合で覚えてください……私たちもやったんだからさ……」

 

 あなたも挫折していた。

 なにその、ナマとかキとかセイとかショウとか……1つの文字で読み方が何十もあるのおかしいよ……。

 どうみても緑なのに青って言ったり、自分のことを指す一人称が何十もあるし。

 ひらがなとカタカナが常用する文字の倍近くあるのに、漢字は何百倍もあるし……。

 2000文字以上ある文字を、書きはともかく読みを会得しないと日常生活で困るってなに……?

 

「だ、だめです……私たちは、私たちには無理です……!」

 

「誰か語学教師呼んで来てください! 私たちの鳥頭では教えきれません!」

 

「ゴガクキョウシさーん!!!」

 

「略してゴクウ! はやく来てくれー!」

 

 あなたたちは語学と言うあまりにも苦しい世界に溺れていた……。

 

 

 それからしばらく。

 あなたと『アルバトロス』チームは苦労して、苦労して……。

 そうして、どうにもならんわと匙が投げられた。

 

「私はアホウドリ。低脳なのよ」

 

「なにが日本語だバーカ! 弾けろブリテン!」

 

「特に理由もなく弾けさせられるブリテンかわいそ」

 

「ニホンゴ、ムツカシイネ……」

 

 しかし、匙を投げられるとあなたも困る。

 どうにかならんかと、整備班の方からも人が召喚された。

 入れ替わりであなたの護衛班が整備に向かった。

 

「うーん、なるほど。たしかに日本語教えるのって難しいって言うか、そもそも人になにかを教えること自体が難しいって言うか……」

 

「まぁ、人になにかを教えることが資格化されるくらいですからね……むずかしくないわけがないんですよ」

 

「しかし、どうしましょう。語学教師とか日本語講師とか、心当たりあります?」

 

「無いです……いや、ありますね」

 

 なんとムツミに心当たりがあるらしい。

 あなたはぜひとも教えてくれと藁にも縋る思いで尋ねた。

 

「私の義姉って、異世界人なんですよ。で、お母さんが義姉に日本語を教えたはずなので、異世界人に日本語を教える経験はあるかなー……って」

 

 なるほど。たしかにそれは有望かもしれない。

 既に経験したことがあるなら、うまくやってくれるかも……。

 あなたはムツミの義母に教えてもらうことは可能かと尋ねた。

 可能であれば、あなたに出せる代金は支払うが……。

 

「連絡するだけしてみます」

 

 なるほど、期待できそうだ……。

 

 

 それからしばらく。

 ムツミが連絡している間、報酬について話し合った。

 デンワとか言う道具で、遠方の相手と話せるらしい。

 その道具で会話を交えて、報酬は決まった。

 

 換金の手段があるので金貨での支払いでもいいとのこと。

 金貨払いOKならばあなたには唸るほどの財貨がある。

 いくらでも言い値を払おうと答えた。

 すぐ行く、との返事をもらえた。ありがたいことだ。

 

「金貨を言い値でもらい放題はすごいですね」

 

「誰でも夢見る夢のような報酬ですね」

 

「金貨風呂できるくらいもらいましょう」

 

「しかしね、君……金貨で風呂桶なんか埋めたら、重過ぎて穴が開くのだから……」

 

 あなたにニホン語を教えると言う重責から解放された『アルバトロス』チームは気楽そうだった。

 まぁ、気持ちは分かる。やっぱり人になにかを教えると言うのは大変だ。

 慣れてこそいるが、旨く教えてやれなかったらどうしよう……そう思うことは今もよくある。

 下手をすれば、その教える相手の人生を左右してしまいかねない問題だ。

 そこに重責を感じないようであれば、人にものを教える資格はないと言える。

 

 

 しばらく待ち続け、やがて、家に来客があった。

 ムツミが出迎えに行き、きゃいきゃいとした騒がしい声が廊下から聞こえてくる。

 やがてその声は収まり、あなたたちの前にその来客が姿を現した。

 

「クライアント、紹介します。私の母である、間々克己(かつみ)です」

 

 カツミがそう言って示したのは、それはそれは美しい美女だった。

 ホワイトグレーの長髪、涼し気な同色の瞳、そして抜けるように白い肌。

 細身の嫋やかな体躯を、楚々とした雰囲気の服で覆っている。

 まるで、貴族の奥方のようにも感じさせる人物だ。

 

 ムツミに1ミリも似ていないが……名前の音はよく似ている。

 まぁ、ムツミは父親似なのだろう。たぶん……養子のような気もするが。

 

「■■■■。■■ママ・カツミ■」

 

 やや早口の自己紹介は簡潔だ。

 あなたは差し出された手を握り、握手をする。

 硬い手の平だった。これは職人の手だ。

 なるほど、見た目通りの人でもないらしい。

 

 いずれにせよ。

 後ほど、仲良くなりたいところだ……。

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