ムツミの母、カツミがやって来た。
そして、あなたに丁寧にニホン語を教えてくれることになった。
と言っても、その内容は、ただひたすらにお喋りをすることに終始したが。
わからない単語があればその都度に教えてくれる。
間違えた言葉選びをしたら指摘される。
手持ちの知識で言い表せない時は、適した単語を教えてくれる。
内容はシンプルだが、実際のところ非常に難しい。
あなたの知能と記憶力に頼り切りだし。
同時にカツミの知識と記憶力、そしてセンスに頼り切りだ。
このやり方で学ぶの、かなり無理がないか?
しかし、あなたとカツミならできなくはない……。
そう言う意味では的確なのかもだが……。
「うん、いい感じになってきた。じゃあ、自己紹介してもらってもいいかな?」
カツミの促しにあなたは頷く。
そして、自己紹介をした。
虹を架ける妖精エリオスグレイスと。
ゾフルの紅い風アレクーピンの娘であると。
なかなか上手に自己紹介できたと思う。あなたは胸を張った。
「うん……うんと……ごめんなさい。もう少し、続けましょうか。少し、教え方を間違えてしまったようですから……」
カツミはなぜか困ったような顔をしていた。
先ほどと比べて、語調や言葉尻も違う。
どうやら、あなたはなにかを間違えたらしい。
「いえ、間違えてはいません。ですが……少し、不適当な言葉遣いになってしまいました。私とあなたでは、年齢や立場、そして外見なども違います。私の語調や言葉選びをそのまま真似ては、違和感のある語り口調になることを失念していました」
なるほど、そう言うことかとあなたは頷く。
あなたの外見は成人したかどうかの年若い少女だ。
一方で、カツミは20を超えた娘のいる成人女性だ。
見た目こそ若々しいが、それなり以上の年だろう。
言葉のチョイスや喋り方を変える必要があるのは当然。
つまり、あなたはおばさんみたいな喋り方をしてしまっていたのだろう……。
「おばさんと言うよりは……いえ、重要ではありませんね。では、つづけましょうか」
あなたは頷いて、またしばらくカツミとのおしゃべりに勤しんだ。
総計して、ざっくりと1時間ほど話したろうか。
あなたは日本語での会話にこなれてきた。
まだまだ覚えることは山ほどあるが……自己紹介するくらいならなんとか。
なかなか果ての見えない道のりだが。
しかし、話すうちにこの日本と言う国の情報も知れた。
総人口が億を超えているというのだ。
その半分が女だと思うと、滾ってくるものがあるな……。
そんな調子で勉強を続けていると、家の掃除に勤しんでいた護衛班の睦美が戻って来た。
しばらく留守にしていたので換気などもしていたのだ。
「お母さん、カル=ロスのお母さんどう? 日本語覚えられた?」
「ああ、睦美……実際に話してみたら?」
「そだね。えーと、クライアント、どうですか?」
あなたは頷いて、睦美ちゃん可愛いね、私と遊ばない? と語り掛けた。
「うおっ……」
なぜか睦美がのけぞった。なんでだ。
「りゅ、流暢な日本語で話しかけられると、あっちの言葉よりドキッとする……」
「わかる……」
睦美も克己も深々と頷いていた。
どうやら、あなたの言葉は適格だったらしい。
「しかし、これほど早く簡単な質疑応答が出来るようになるとは思いませんでした。優秀なのですね」
克己のお蔭だ。
「いえ、私は大したことはしていません。すべてあなたの力でしょう」
「…………そうですね。クライアントは本当に優秀ですから」
睦美が変なものを見たような目で克己を見ている。
どうしたのだろう?
そんな睦美を見て、克己がくすくすと笑う。
顔の前で指を組み、口元を笑う仕草が楚々として美しい。
「ふふ。どうしたのですか、睦美。私がそんなに面白いですか?」
「ひょわっ……と、鳥肌が立った」
「そんなに」
会話する姿は気心の知れたそれである。
さっぱり似ていないが、やはり母娘なのだろう。
あなたは何の気なしに、睦美は父親似なのかと尋ねた。
「えーと……クライアント」
なんだろう。
「私は、その、カル=ロスと同じで、その、はい……父は……」
あなたは申し訳ないことをしたと頭を下げた。
カル=ロスと同じと言うことは、拾われ子だったのだろう。
ごく普通に母娘に見えたので、つい不躾に聞いてしまった。
「いえ、そんなに気に病んでいるわけでもないので」
「家族とは、血縁や時間が作るものではないでしょう? そこに愛があることで人と人は家族になるのです。それは親子であろうと変わらないことです」
克己がとてもいいことを言った。
そうだ、家族とは血縁や時間が作るものではない。
そこにある愛が人と人を結びつけるのだ。
悲しいことに、血縁ある我が子を殺す親もいるし、その逆もある。
そして、その逆で、血縁のない子供を我が子として育てる親もいる。
いままさにあなたの前にいる、克己と睦美と言う母娘のように。
血縁や時間は、結びつきを強くするものに過ぎない。
はじまりは愛だ。愛があって、血縁や、時間が、それを強固にする。
克己と睦美の間には愛がある。だから、2人はたしかに母娘なのだ。
「さすがクライアント……愛に関して早々右に出るものはいないですね……」
「そうなの?」
「ええ、まぁ、はい……」
睦美にジト目で見られた。
あなたは涼しい顔で無視して『四次元ポケット』を発動。
取り出したのはティーポット。すでに飲み頃のお茶が入っている。
あなたはそれをティーカップに注ぎながら、話題を強引に変える。
まぁまぁ、お茶でも飲んで話でもしよう。
まあ、飲んで。あんた歳いくつ?
あなたはそんな気軽な調子で質問を投げかける。
「に…………19歳です」
「嘘を吐かないでください、嘘を」
さすがに19歳は嘘だろう。
まぁ、19歳でも通じる外見なのは認めるが。
実際、睦美と克己はあまり年の差があるように見えない。
あなたは克己っていったい幾つなんだと改めて尋ねた。
「29歳ですけど?」
なるほど、19歳よりは現実味のある数字が出て来た。
だが……しかし……睦美は、いくつだっけ?
「22ですね」
29-22=7。
いくらなんでも無理がないか。
7歳で子供と言うか、赤子を拾うのは。
普通その場合、親の方が拾うのでは。
睦美と克己の間柄は親子ではなく姉妹になるだろうに。
「お母さん、今年何歳だっけ?」
「29歳だけど?」
「去年は何歳だったかな?」
「29歳だけど?」
「よしんば、44歳だったとして?」
「29歳だけど?」
「22年前、私を拾った時に何歳だったかな?」
「29歳だけど?」
29歳をゴリ押しし続ける克己。
やはり、実年齢は違うらしい。
……睦美が唐突に出した44と言う数字。
この妙に具体的な数字が実年齢なのだろうか?
そうだとすると、とんでもない若作りだ。
もしや、この次元にも若返りの秘術があるのだろうか。
「29歳だ……誰がなにを言おうと29歳なんだ……!」
「すみません。うちのお母さんは29歳です。そう言うことにしておいてあげてください」
あなたは頷いた。
克己は29歳だ。
そういうことにしておこう。
それからしばらく。
あなたは睦美と克己の3人で談笑しながら日本語を勉強した。
この次元の常識であるとか、この近辺の風習であるとか、おいしい食べ物であるとか。
そんな他愛のない話も、あなたにはひどく新鮮だ。
この国は島国であるらしい。
かなり巨大な島で、かつては何十もの国が内部に存在していた。
しかし、およそ700年と少し前、さる強大な戦士が現れ、全国制覇を開始。
天下統一と称された国家糾合戦争により、島すべての統一政体が実現したという。
それこそが日本。
この国の名である。
その700年前の天下統一こそが、この国の最後の戦いだったのだとか。
関ケ原なる場所における、天下分け目の合戦『関ヶ原の戦い』。
その最大の戦争を最後に、この国は戦争を経験していないという。
すごい国だ。それほどの長い平和を実現できるとは……。
実際のところ、内乱の類を戦争と換算していないだけではあるが。
だが、毎日のように無意味な内乱が起きてるエルグランドにも見習ってほしい。
しかも発端はだいたいものすごくくだらない諍いだし……。
その割に犠牲者は莫大かつ甚大だし……どうせ蘇るけど。
「基本的には住み良い国ですよ。最近はクソ暑いので夏は過ごし難いですが……あっちより暑いですもん」
マフルージャ王国のように温暖な酷暑地帯と言うことだろうか。
「いえ、冬は寒いですよ。この国は5割が豪雪地帯ですし」
……つまり、なにか?
夏はマフルージャ王国以上に暑いけれど。
冬はエルグランド並みに雪がドカドカ降ると?
「まぁ、エルグランドほど寒さ厳しくはありませんが、雪は降りますね」
なかなか極端な気候の国だ……。
どちらか片方と言うのはよくあるが。
両方ともあって、なおかつ両方ともかなり強いというのは……。
「いずれ慣れますよ」
慣れるほど長逗留するだろうか。
まぁ、それくらい長くいてね、というおもてなしの言葉だろう。
あなたは頷いて、ゆっくり療養させてもらうよと答えた。
「ええ、ゆっくりしていってください……おや、帰って来ましたか」
睦美がそのように言うように、外から自動車の音。
武器の調達とやらに出て行った班の者たちだろう。
ふと壁にかけられた時計を見やれば、時刻は昼の12時を過ぎている。
あまり食欲はないが、そろそろお昼ご飯の時間だ。
あなたは自分が昼食を用意しようと提案した。
外に出ていた者たちもお腹を空かせているだろうし。
「いえいえ、お客様にそんなことをさせるわけには」
「そうですよ。今日は私に作らせてください。たまには娘に手料理を振る舞ってあげたいですから」
なるほど、克己の言うことにも一理ある。
であれば、克己をメインにしつつ、あなたはその手伝いと言うことで。
条件で言えば、あなたもカル=ロスに母として料理を振る舞ってやりたい気持ちはやまやまなのだ。
「……ふふ。そうか、そうですね。あなたと私は、ママ友と言うべき間柄になるのですね」
言われてみると、そうかもしれない。
「では、手伝っていただきましょう」
なんて、話をしているうちに、家の中に調達班が入って来た。
スパーンと紙が貼られた横開きのドア、ふすまが開かれる。
「ただいま戻りました」
「武器とか弾薬をいっぱい買ってきました」
「そして、ごらんください」
「コレ……母さんです……」
『アルバトロス』チームの1人……
それは亜麻色の髪をした美女だった。
腰まで伸びたゴージャスな長髪。
アイスブルーの美麗なまなざし。
ゴシックな印象のエプロンドレス。
タイトな服装なだけにわかる、驚くほどくびれた腰。
そしてそれに反するかのように豊満な乳房……。
あなたは目もくらむような美女に驚かされた。
『アルバトロス』チームの母親は美女が多い。
この調子だと、他のメンバーの母親も期待できそうだ。
ぜひとも仲良くなりたいものだ。
しかし、瑞穂の紹介にその美女は眉を顰める。
そして、そのあまりに豊満な乳房を抱え込むように腕組みをし、叫ぶ。
「違うぞ、瑞穂。何度でも言う! 俺は男だ! だから、俺はお父さんだ!」
頭の具合はちょっとおかしいようだ。
こんな乳の腫れた男がいてたまるか。
「さて……はじめまして。
差し出された手を受け、握手。
克己とは違う種類の硬い手だ。
この手をした者とは何人もあったことがあるのでわかる。
これは、料理人の手だ。大和は料理人なのだろう。
「カル=ロスちゃんのお母さんでしたね。お噂はかねがね」
あなたのことを伝聞ながら聞いたことがあるらしい。
……大和の手が、みしみしとあなたの手を握りしめている。
弱体化したあなたにはちょっとしんどいくらい腕力が強い。
「そう、お噂は、かねがね……」
アイスブルーの鋭い瞳があなたを射抜いている。
あ、これはいかんやつ。あなたは引き攣り笑いを零す。
あなたはいままで散々女の子を食い散らかして来た。
そして、そうした女の子にはもちろん家族がいる。
女の子の家族のうち、父親と言うのは特に娘の幸せを願うもの。
娘を弄んだクソガキに銃やら剣やら『ナイン』やらを突きつけるのもよくあることだ。
あなたはいままで、それはもう大量の父親たちに脅された。
娘を傷物にした責任とか、妻を寝取った責任とか、母を寝取った責任とか。
祖母が女の顔をしているところを見せられた責任とか……。
そう言うものに対する責任を、武器を突きつけられながら取るよう求められた。
あなたはいま、それと同じ状況に陥っていた……。
文字数はどの程度が好ましいですか?
-
2000文字前後
-
3000文字前後
-
4000文字前後
-
5000文字前後
-
6000文字前後
-
7000文字前後
-
8000文字前後
-
9000文字前後
-
1万字前後