「いやぁ……カル=ロスちゃんは娘の瑞穂と仲良くしてくれているとは聞いていましたが、お母さんであるあなたも瑞穂と仲良くしてくれているとは……いやはや……」
あなたはとりあえず大和を落ち着かせる努力をすることにした。
冷静でない相手は、まずは落ち着かせる。これが大事だ。
頭に血が上っている相手には理屈が通じないのだから。
まず、落ち着いてください瑞穂ちゃんのお父さん……と呼びかける。
どうみてもお母さんだが、自称お父さんなのでその辺りを酌んでのことだ。
相手の主張を受け入れた上での、妥当かつ正当性のある提案。
が、あなたの発言を聞いて、大和の眉根がつり上がる。
迫力があるタイプのクールな美女の怒り顔は心臓に悪い。
「おまえにお義父さんと呼ばれる筋合いはない!」
そう言うつもりでお父さんと言ったのではない。
が、そんな理屈が通じるなら、こんな怒り方はしていない。
あなたはどうしたものかと思いつつ、とりあえず謝罪して大和を抑える。
「み、瑞穂に手を出した挙句、お、お、お義父さんだァ!? ふざけんなよテメェ! 嫁にもらうつもりだってか!? おまえ娘が異世界に行って帰って来なくなるかもって不安に思う俺の気持ちが分かるってのかよ!」
ブチギレている内容はかなり正当だ。
怒り方はちょっと理不尽ではあるが。
怒りの内容に関しては正当性がある。
あなたはなんとか落ち着いてもらおうと口を開く。
が、言葉を発する前に、克己が割り込んで来た。
「まぁまぁ……大和さん、落ち着いて」
「克己さん、しかしですね! こ、この人、こいつ、お、俺の娘を!」
「落ち着いて、落ち着いて……私の娘も十中八九食われてます。気持ちはわかります」
「わかってない! わかってたらあんただって俺みたいになるはずだ! なんでそんなに冷静なんだ!」
「私は娘のことを信じているだけですよ。睦美は人のことを見る目はあると思っていますから」
「し、しかし!」
「落ち着いて、落ち着いてください……大和さん、そろそろ昼時ですから。昼食にしませんか」
「あ、ああ、まぁ、そう言われると、たしかにそんな時間だが、しかし、昼食なんて、そんなの後で……」
「では、大和さんは娘たちに昼食を作らせるのですか?」
「む」
「いいのですか? 少なくとも、そう愉快なものではないですよ」
「む、む、むむむ……!」
大和が難しい顔をしているが……どういう話だろう?
なんだか『アルバトロス』チームの料理がよろしくないと言いたげだ。
しかし、間違ってもへたくそではないし、むしろ上手い方だと思うのだが……。
少なくとも、そんじょそこらのヘボ料理人よりはずっとうまい。
特に、大和の娘である瑞穂はかなりうまい部類に入ると思うが……。
「しかも、娘たちは帰って来たばかりですから……冷蔵庫の中身はほぼ空っぽでは?」
「む!」
「それこそ消臭剤とか、氷とか、調味料とか……そのくらいしか入っていないのでは?」
「む、むむむむ!」
「その上で料理をするなんて無謀ですから……ピザでも取るのでは?」
「ぴ、ピザ……!? それはつまり、デリバリーの、ピザを!?」
「ええ、それが手っ取り早いですから。このあたりは田舎ですから出前やってる料理屋は他にはほとんどないですしね」
「う、うああああああ……!」
なんか大和が苦しんでる。
なんだろう、なにがいけないのだろうか。
デリバリーのピザと言うのがいけないのか。
デリバリー、つまりは届けてくれると言うことだが。
それだとピザの品質が悪いのだろうか? 謎だ……。
「わか、った……俺が、俺がやるしかない……! 任せておけ、俺は天才だ……!」
「はい。よろしくお願いします。お手伝いはしますよ」
「ああ、それは、どうも……」
なんだかよくわからないが、大和は一旦落ち着いてくれたらしい。
あなたは料理なら自分も手伝おうと提案した。
生憎、料理の天才ではないが、かなりうまいとは自負している。
「……まぁ、いいだろう」
とのことで、あなたたちは台所へと向かった。
台所の構造は、エルグランドやマフルージャとはまるで違っていた。
まず、かまどがない。どうやら、ガスによるコンロが使われているらしい。
エルグランドやマフルージャにも存在した技術ではあるが。
かなりの新鋭技術なので、生憎とあなたの所有物件にはなかった設備だ。
王都ベランサの屋敷、アノール子爵領の屋敷も。
どちらもだいぶ昔から存在した屋敷を得たものだ。
残念ながらガスコンロの導入は検討されていなかった。
ソーラスにはそもそもガスを供給する業者が存在しなかったので導入不能だったし。
「水は……出るな」
大和が備え付けられている蛇口をひねると、水が出て来る。
この屋敷、古く見えるが導入されている設備は最新のものだ。
やはり、あなたのいた次元とこの次元は技術水準がまるきり違うのだろう。
この次元では、古臭くて廃れたような技術なのかも……。
「冷蔵庫は空っぽと……ふむ」
そして食料の保管庫を開くと、中は空っぽ。
……氷の置き場所とかが無いように見えるが。
これはどうやって中のものを冷やすのだろう?
冷蔵庫は断熱性の高い箱に氷を入れ、その冷気で食品を冷やすものでは?
「調味料と水、そして米。ふん、楽勝だな」
あなたが設備に疑問を抱いている間に大和がそのような結論を出していた。
調味料で味付けをしたライスを食べるのだろうか。
まぁ、それもありかもしれないが、わびしい食卓になりそうだ。
あなたは食材を提供しようかと提案した。
『四次元ポケット』の中にはかなりの食材が入っている。
「いや、いい。あんたのような凡人には分からんだろうがな」
突然凡人呼ばわりされ、あなたは思わず眉を顰める。
べつに天才だと思っているわけではないが、それは普通に失礼だろう。
「俺のような真にして真たる天才にかかれば、食材がないなんてことは取るに足らない障害なんだ。調理器具があり、米と調味料があり、水がある。これだけの好条件がそろっている。楽勝だ」
…………?????
あなたは大和の発言の意味が分からず首を傾げる。
調理器具があるのは当たり前ではないか。台所だぞ。
米と調味料があり、水がある、ではない。それしかないのだ。
米と調味料だけで十分な料理が作れるだろうか。
技術があれば、それなりに美味しいものも作れるかもだが。
やはり、主催も副菜もないし、スープもない。
それはあまりにも寂しい食卓だろうに。
「だから凡人なんだ、あんたは。あまりにもほかのものがあることを当然と考えすぎる……そして、その上で最善を尽くせないと考える。その唾棄すべき惰弱ぶりこそが凡人たる証明だ」
凡人凡人と呼ばれ、あなたはイラッと来た。
そのため、あなたはやや語気を強めて尋ねる。
水しかないのにスープが作れるとでも?
「水しかないのでスープが作れないと言うのは凡人の発想だ。真の天才とは水だけで美味いスープが作れる」
食べ物と言えば米しかない。
これでは主催も副菜も作れない。
「米しかないのでおかずが作れないというのは凡人の発想だ。真の天才とは何もなくともおかずが作れる」
調味料しかないのに?
「調味料しかないのにまともな料理が作れないというのは凡人の発想だ。真の天才とは無から有を作れる」
あなたはイラつきではなく、だんだんと面白みが湧いてきた。
このむちゃくちゃな理屈、どこまで続くのだろう。
あなたは厭らしい笑みを浮かべ、提案する。
ならば調理器具なんかなくともいいな? と。
「フン? 所詮は凡人の浅知恵だな。調理器具がないのにまともな調理が作れないというのは凡人の発想だ。真の天才は自らの手だけでなんとでもしてみせるものだ」
では、コックが纏う、便利なコック服も必要あるまい。
厚手の生地も無ければ、大きいポケットもないし、長い袖も無い。
「服がなければ調理に困ると言うのは凡人の発想だ。真の天才は全裸でも料理を完璧にこなすものだ」
大和も笑い始めている。
あなたと大和は悪ノリをはじめていた。
それを見て、克己が溜息を吐く。
「そうやってどんどんと悪乗りして、なにも無しでやるつもりですか……?」
「凡百の天才の克己さんにはわからないかもしれないが……」
「大和さん……あなたも悪乗りなさらないでください。私が果物狩りにおいては天才だとご存知でしょう」
言って、克己があなたの手にリンゴを置いた。
……これ、どこから出したのだろう?
「本当に果物狩りが上手な人は……たとえ実が生っていなくても、果物をもぐことができるのです」
……は? どういうこと? それはおかしい。
そもそも、実が生っていないとかどうこうではない。
周辺にリンゴの木なんてない。どこからもいできた。
「そして、果物狩りの天才とは……想像上の木からも、果物をもぐことができるのです」
は?????
あまりにも意味不明なことを言い出す克己。
頭がどうかしたのかと思わずまじまじと見る。
それに克己がくすりと笑うと、ひょいと果物をもぐような仕草をした。
すると、克己の手にはいつの間にかブドウがひと房……は?
「さ、大和さん。料理をはじめましょう」
「ああ。では、はじめるか」
言って、大和が包丁を手に取る。
それを少し眺めたかと思うと、ひょいと何もないところに向かって軽く振った。
ひょいひょいと動かされる包丁、そして、そこに手を差し込む大和……。
……パントマイムだろうか?
あなたは大和に担がれているのかと不安になった。
そんなあなたの姿を見て、大和がにやりと笑う。
「手、出せ」
言われるがまま手を出す。
そこに、大和がなにかを乗せるような仕草をし。
あなたの手に、なにかの重みがかかった。
……え、なにこれ。
なにもないのになにかがある……!
あなたの手の上には、目に見えないが何かがある!
不可視と言うわけではない。
不可視ならばあなたの装備で看破可能だ。
これはそもそも、見た目と言うものが存在しないのだ。
「無だ。俺はいま、無を切り出した」
無!?
「おまえのような凡人は知らんだろうがな……真の天才は、無から何かを得ることができる」
は?????
「俺は無から無を切り出した。この無を調理して食べればいいんだ。まぁ、無を調理して、食味や栄養素、満足感までも創り出すのは、真にして真の天才たる俺でもなかなか骨が折れるがな……」
あなたは意味不明過ぎる話に首を傾げ通しだった。
なんだ、無を切り出して、無を調理するって。
無ってなにも無いから無なんだろうに。
「それが凡人の発想だ。覚えておけ、凡人。真にして真たる天才とは、これほどのことができるのだ」
そのように言い放たれ、あなたはぐむぅと唸った。
悔しいが、この意味不明な行為を前にすると……。
どうもあなたでは計り知れない超高等技術かなにからしい。
ならば、たしかに凡人の発想なのだろう、無は切り出せないというのは……。
あなたは悔しさにほぞを噛んだ。
あなたは凡人でしかないらしい。
いや、無から何か得るってなんだよ。
無だぞ、無。何もないところから何か得るってどういうことだ。
そう思わなくもないが、できる以上はおかしくはないのだろう。
ならば、あなたはまだまだ修行が足りないのだ。
料理の技術も、採集の技術も、なにもかも。
まだまだあなたには上がある。それを知れてよかったと思うべきではないか。
……その後、あなたは驚天動地の技術を散々に味わった。
「水道水が不味いと言うのは凡人の発想だ。各種の鉱物、希土類を最適量添加することで極上のミネラルウォーターに調理することが可能だ」
「道具類がないなどと言うのは凡人の発想です。真の天才は道具無しでもなんとかできますが、その場で木や金属から道具類を制作出来ます」
「美味しい料理は高カロリーと言うのは凡人の発想だ。真の天才とはゼロカロリー家系ラーメンすらも実現してみせる」
「料理をいちいち1つずつ作ると言うのは凡人の発想です。真の天才は1つの行程で2つの結果を得られます」
「ケーキを焼くのに時間がかかると言うのは凡人の発想だ。真の天才とは10秒でケーキを焼いてデコレーションができる」
そんな調子で目の前で繰り広げられる異次元の調理。
あなたは1ミリもついていけなかった。
すげぇ~、なにそれ、すげぇ~……とひたすら驚くばかり。
いや、だって、もう、なにやってるか意味分かんないし……。
「まぁ、なに、そう悲観するな。凡人にしては悪くない。特にこのハーブティーはいい」
「たしかに。これはかなりの技巧ですね。凡人ではありますが、凡人の臨界に至ろうとしているところかなと」
「炭火焼アイスクリームも悪くなかったぞ。俺のような天才ならばともかく、凡人がバーベキューコンロでアイスクリームを作ってのけるとはな」
褒められてもあまりうれしくはない。
大和も克己も、それを遥かに超越するやり手なのだ。
天才とはこれほどのものなのか……。
あなたもかつては天才児ともてはやされたことがある。
だが、それはあくまでもスタートラインが少し違っただけ。
大和や克己のような、異能とすら言える超絶の天才性ではなかった。
真の天才、侮りがたし。
あなたはこの次元で新たな知見を得た……。
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