克己としばらく縁側でお話をし。
やがて睦美が克己を呼びにきた。
一緒にお風呂に入るつもりらしい。
あなたはそれを見送って、またしばらく月を眺めていた。
遠くに聞こえる自動車の走る音。
この文明の進んだ次元界だからこその音色。
あなたにとっては異音にしか聞こえないものだが。
この次元の人間にとっては慣れ親しんだもの。
あるいは、これが聞こえないと人の営みを感じられず不安に思うものすらいるのかも。
そんな文明の音色を楽しんでいると、あなたの横にどかっと座る人影。
チラリと目をやれば、そこにはゴージャスな亜麻色の髪の美女。
自称瑞穂の父、
「あんたは風呂入らんのか」
あなたはまだ後でいいと答えた。
別に少女たちのエキスが溶け込んだお湯を堪能したいとかそういうアレではなく。
体調が万全ではないので、熱い湯に浸かると疲れてしまうのだ。
クロモリにも注意された。病人に熱い湯は不適らしい。
「そうか。あんた、なんでまたこの次元に来た?」
療養のためだ。
あなたはさる強大な敵との戦いで重篤な後遺症を負った。
一月、二月も療養すれば治るが、あちらでは仕事があって気が休まらない。
あなたはエルフ王国トイネのアノール子爵なのだ。
「ほう、貴族ね……俺は貴族は嫌いだ」
真正面からの宣言にあなたは少し悲しくなった。
しかし、あなたも貴族は嫌いなのでお揃いだ。
「貴族なのにか?」
あなたは後から貴族に叙された類の貴族だ。
生来の貴族ではないし、貴族の都合に振り回されてきた側だ。
まぁ、長じてからは普通に貴族をあなたの都合で振り回してもいたが。
「ふん……正直、あんたのことは好かんがな……ただ強さや顔の良さで瑞穂に取り入ったクズじゃないことはわかる」
それはもちろんだ。
まぁ、あなたの顔の良さを最大限に生かした自覚はあるが……。
なんのかんのと言っても、『アルバトロス』チームは克己心の強い集団だ。
ただ顔がいいだけの輩に取り入られるほど、意志薄弱ではないだろう。
「あんたの料理は凡人にしちゃ悪くなかった……そこは認めてやる」
フン、と鼻を鳴らして大和はあなたをそう褒めた。
大和や克己に比べれば大した腕ではないはずだが。
いったい、あなたの料理のどこがお眼鏡に適ったのだろう?
「俺は料理において真にして真たる天才だ。凡百の連中は腕前そのものしか見抜けなかろうが……俺はその人間がどのような料理遍歴を辿ってきたのか、何を思い料理を成しているのか、それに共感し、理解することができる」
つまり?
「料理しているところを見れば、あんたの思考や経歴くらい、容易く見抜ける。とんだ浮気女だが……1人1人への対応が誠実であることは認めてやる」
それは僥倖だ。あなたは笑って頷く。
「その上で聞く。あんたが料理を作る上で大事にしてることは、なんだ?」
問われ、あなたは考え込む。
料理を作る上で大事にしていること……。
あなたの技術へのこだわりというか。
技能を積み上げることを楽しむ趣味のはじまりは、おそらく料理だ。
将来、どんな道にも進めるようにと、魔法と剣技を教えられ。
また、読み書きに史学、社交の作法なども教えられて育った。
その中で、いっとうに楽しんでやっていたことが、料理。
それはたぶん、成果物を両親や妹たちに褒めてもらえることが嬉しかったからだが……。
その料理を作る上で、大事にしていること。
喜んでもらえることは大事だ。やはり、喜んで貰いたいし、褒められたい。
なにより、喜ぶということは、それはやはり良いものだったと言う証左。
つまり、料理は成果、だろうか。
しかし、あなたはそれよりも、食べられることを重視する。
飢え死にはとてもつらい。何度も経験したからこそわかる。
だからあなたはペットたちを絶対に飢えさせない信条がある。
たとえあなたが飢えるとしても、ペットにはしっかり食べさせる。
少々味が劣るとしても、食べられることは大事だ。
ならば、料理は満腹、だろうか。
だが、食べられるのも大事だが、早さや量も大事だ。
たくさんのペットたちに食べさせるために、素早く作ることも大事だろうか。
とすれば、料理は速度かもしれない。
あなたは考え込んで、やがて、結論を出す。
料理は成果。料理は満腹。料理は速度。
それ以外にもたくさんの料理への意見を考え。
やがて、あなたの見出した結論は、あなたが料理を習い覚えた原初。
料理は安全。これだ。
「ほう……料理は安全。詳しく説明して見ろ」
まぁ、身もふたもない話ではあるのだが。
腐った料理を食べたら腹を壊す。
毒の入った料理を食べたら毒に冒される。
媚薬の入った料理を食べたら発情する。
腹いっぱい食えても、素早く作れても。
やっぱり腐ってたり、毒が入ってたらダメなわけで。
腐ったものとか毒物混入料理で血反吐ぶちまけて死んだこともあるので。
やっぱり大事なのは安全性かと思うわけだ。
悪い料理はそんな具合に、食べた人間を害する。
なら、そんな料理を出さないようにするのが大事なことでは。
だから料理は安全。安全な料理が一番大事だ。
「そうか。そうだな」
大和があなたの答えに何度も頷く。
どうやら、あなたの答えはお気に召したらしい。
「他人が料理に関してなにをどう思っていようが、そんなもん俺の知ったことではないがな。俺の娘を貰おうってんなら、そのあたりを外すことはできない」
もしも瑞穂を妻として娶るとしたら、まぁ、大和とは身内になる。
たしかにそう言う意味では納得いく話ではあるか。
「もしあんたが料理は幸福だとか技術だとか、寝ぼけたこと言い出したらぶん殴ってたところだ。どんなに美味くても安全じゃないものはいい料理とは言えない……」
そう言って、大和が重苦しい溜息を吐き出す。
「……俺はかつて、料理で人を殺したことがある」
なんて?
「俺は凡百の天才を上回る超絶の天才だ。真にして真たる天才……真の天才をも超える天才……その真髄を知るには、やはり同様に真にして真たる天才でなければならない……」
ああ、つまり?
凡人に本気の料理を食わすと。
あまりに美味しくて死ぬとか……?
「そうだ。俺は、遅咲きでな……料理の才能が開花したのは、20も後半に入ってからだった。本気の料理の恐ろしさを、俺は知らなかったんだ」
もしかして? と思って話したのだが。
それを受けて大和は普通に話しを始めてしまった。
つまり、マジで美味すぎる料理で人を殺したらしい。
美味すぎると人が死ぬ……? どういうこと……?
「あれは、もう30年は前になるのか……俺はさる屋敷に招かれて、その腕を存分に振るえと命じられてな。俺は料理人としての栄誉に奮い立ったよ」
たしかに、そのような状況に置かれれば奮い立たない料理人はいまい。
あなたは料理人でこそないが、料理をする者として奮い立つ気持ちはわかる。
その技術、腕前を最大限に評価され、招かれた上で腕を振るうことを乞われる……奮い立たない者はいない。
「その屋敷で用意できる、最高の設備、食材、道具……それらを使って、俺は最高傑作を創り出した……そして、惨劇が起きた」
あまりに美味すぎる料理による惨劇……。
いったいどんなことが起きたのかわからず、あなたは固唾を飲んで先の展開に聞き入る。
「食した者はあまりの美味に絶頂しながらショック死した。そして、見るだけでも美味な料理の争奪がはじまり、その屋敷に住む者たちで殺し合いがはじまった……」
そう言う方向性でも死人が出たらしい。
普通に食べただけでも死ぬが、取り合いでも死人が出る。
なるほど、なんかの呪いのアイテム染みた結果である。
「生き残ったものは俺を除いてだれもいなかった。残ったのは惨劇だけ。俺は這う這うの体で逃げるしかなかった……弁解なんかできるわけがない」
そりゃそうだ。
あなただってその状況だったら大和がなんかしたと思う。
いや、実際になんかしてはいるのだが。
さすがに美味過ぎる料理で殺し合いが起きたとは思わない。
「あんなことはもう2度と起こしちゃならん。料理は安全であるべきだ。これは、料理の基本のキだ」
自身を戒めるように大和は言う。
そう言う過去があれば、料理は安全第一だと考えるのもうなずける。
そう思っていると、大和が突然苦笑した。
「コレをな……克己さんに話したら、思いっ切り馬鹿にされたよ」
なんで?
「料理の基本のキって言ったろ。あの人はそんな経験なんかしなくても分かってたんだ。あんたが分かってたように、な。分かってなかったド低脳は俺くらいなもんさ」
まぁ、そう言われるとそうかもだが。
たしかにあなたは美味すぎる料理で人を殺したことはない。
しかし、料理は安全こそが重要だと言う考えはあった。
そう言う意味ではたしかに、大和の理解は遅すぎると言えなくもないが。
「俺は独りよがりな料理をしていた。料理がうまいだけの馬鹿だった。料理人じゃなかったんだ、俺は……」
大和はそう言って苦い笑いを零した。
過去を悔いるような、愚かだった自分をあざ笑うような。
「だから、料理を作る者として……料理に大事なもの、人を思いやる心を持っているなら……ああ、まぁ、そうだ。信じてもいい。そう思った」
つまり、なんだろう。
あなたは大和のお眼鏡に適ったのだろうか。
「まぁ、付き合いは認めてやってもいい……」
半ばあきらめたように大和がそう頷く。
親公認のお付き合いだ。もはや勝ったようなものだった。
あなたは胸を張って、瑞穂のことは幸せにして見せると断言した。
「…………飲み、行くか」
突然どうした。
「料理について信頼できることはわかった。じゃあ、後は酒酌み交わして、存分に話し合うしかねぇだろうが」
まぁ、そう言う理屈はわからないでもないが。
しかし、あなたはこの次元のことは全然分からないのだが。
当然ながらこの次元の金だって持っていないし。
「奢ってやる」
じゃ、ありがたく奢ってもらおう。
あなたは頷いて、大和と酒を飲みに行くことにした。
「瑞穂はよぉ……22年前に、店の前に捨てられてて……俺ぁそのまま、しかるべきところに届け出て……いろいろあったが、俺が育てることになって、そりゃもう苦労してよぉ……」
うんうん。大和はえらいね。
「蛆が湧くようなひでぇ生活はしてなかったがな……男やもめで、娘を育てるってのもよ……むずかしいことばかりで……」
わかるわかる。
性別の違う子供を育てるのって大変だよね。
「だろ……? 俺ぁよ、こんなナリだが間違いなく男だしよ……迂闊なことすりゃ虐待で、男が義娘を1人で育てるなんて世間の眼も厳しいしよ……」
なるほどなるほど。
たしかに世間の眼は厳しいよね。
あなたは大和の絡み酒に付き合っていた。
30分ほど歩いた先にあった、居酒屋なる店で飲んでいるのだが。
大和はあんまり強くないらしく、割とすぐに鬱陶しい絡み方をして来た。
「あの子を育てるって決めたことに後悔はねぇよ? でもよ、還暦近いってのに、いまだ独身だしよ……し、しかもよ、この歳まで童貞だしよ……」
カンレキと言うのがなにかは知らないが。
大和は清い身なのがつらいらしい。
まぁ、女ならともかく、男ならつらかろう。
どうみても女だが自称男なので。
もしかすると本当に男なのかもしれない。
「自営業で飲食店経営な上に、店の立地が学生街だから、出会いなんかあるわけねぇし……あんたみてぇに出会いのある仕事がいい……うぅ……冒険者ってのはいいなぁ……」
まぁ、あなたの公的な職業は娼婦なのだが。
リリコーシャでは公的な職業は領主だろうか。
「……あんた娼婦だったのか?」
大和が驚いた顔で見て来たのであなたは頷く。
「そうだったのか……そうか、娼婦……考えてみたらプロの店で捨てるってのもあるな……俺、このままお風呂屋さんいってくるわ……払っとくわ」
どうやらお開きらしい。
そして大和はそのまま娼婦を買いに行くようだ。
めっちゃくちゃ羨ましいが……無い袖は振れない。
さすがに大和に娼婦を奢ってもらうのはアレだし。
あなたは少し考えて、大和を引き留めた。
「おん……?」
あ~ら、あなたいい女ね。一晩の夢を見させてあげてもいいのよ。
「男だが!?」
いきり立つ大和にあなたは『ミラクルウィッシュ』のワンドを渡した。
女神の力が及ばない空間では使えないこともあるが。
既にこの次元に来てすぐの時点で使えるかどうかは確認済みだ。
いざという時の切り札でもあるので、1本無駄にしてでも確認する価値はある。
「うわ、なんだこのすげえ美術品……」
このワンドを振って、女になりたいと願うのだ。
そうしたら、エルグランドの最高級娼婦が最大限にもてなしてやろうではないか。
娼婦を買う金がないなら、手近で済ませる。
しかし、ナンパは手元が不如意ではどうもうまくない。
そこで、多少なりお互いを知る大和をナンパする。
自称男だと言うなら、女にしてしまえばいい。
大和なら、連れ込み宿代くらいは出してくれるだろう。
あなたはそのような結論に達したのだった。
「最高級娼婦……」
大和の目線があなたを見据える。
その視線はあなたの肢体をねぶるようにし。
やがて、大和のアイスブルーの瞳とあなたの瞳が交差する。
「これ、なんか、あれだ……願いが叶うやつだな? 何回か見た覚えがある……」
その通りだ。
「……元通りに戻してくれるか?」
あなたはニッコリと笑った。
「よし、やるぞ!」
具体的にどうするとは言わなかったのだが。
大和の中ではなにかしらの結論が出たらしい。
大和がワンドを振り、女になりたいと叫んだ。
今夜は眠れないな!
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