あなたは風呂を掃除し、そこに魔法で水をぶち込んだ。
そして、その水を熱湯に変え、水を足して温度を調節していく。
ほどよい温度になったら、風呂桶に用いると言う蓋を使って保温。
それからふらりと家の中を歩き回す。
あまり大きな家ではないとあなたの感覚では思うが。
どうも、あちこち歩き回った後に見ると。
この家は割と大きい部類に入る家のようだ。
「あら、おはようございます、カル=ロスちゃんのお母さん」
縁側に差し掛かると、眠そうな顔をした克己がタバコを吸っていた。
昨夜、睦美と親子水入らずで入浴していたが、腹を割って話せたのだろうか。
「ああ、いえ……なんだか、無難な話に終始してしまって……」
なんとなくそんな気はしていた。
あなたはそのうち機会を作って話し合おうと提案した。
やはり、親子同士ですれ違うのは悲しいことだ。
あなた自身、幾人もの子を持ったから分かる。
すべてがすべてあなたの血を継いだ子ではない。
いわゆる連れ子と言うのもいたのだ。
そう言った子とは真摯に話し合わなければいけないことの方がずっと多い。
そして、そう言った時には冷静な第三者が欲しいものだ。
場がヒートアップしたら諫めてくれる部外者がいるといい。
あなたもいるし、大和もいる。いまがその時だ。
「そうですか、そうですね……では、後ほど、お時間をいただいても?」
もちろんだ。力になろう。
そして、やがては克己とベッドインしたい。
叶うことなら母娘丼を食べたいところだ……!
それからしばらく、なにくれとなく克己と話していると。
やや憔悴したような顔つきの大和がやって来た。
「ここにいたのか。飯ができた。食え」
どうやら約束していた薬膳ができたらしい。
促されるままに食卓に向かうと、1人分の料理が用意されていた。
台所では、大和が『アルバトロス』チームに混じって料理をしていた。
「薬膳は1人1人に薬効を調節する必要があって、人数分を一気には作れん。さっさと食ってしまえ」
いくら天才とは言え、1つの鍋で同時に2種類の料理は作れない。そう言うことらしい。
1個しか作ってなかったものが2個になるのに……?
あなたには真の天才にできることの範囲が計り知れなかった……。
さておき。
あなたは用意された料理に手をつける。
薬膳。療養効果のある食事と言うことだが。
栄養豊富なものを食べれば、それだけ治りが速い。
そう言う当たり前のところからさらに発展して。
薬草を料理に使ったり、薬効のある食品を組み合わせたり。
そんな高度な薬学知識を用いた料理が、薬膳と言うらしい。
しかし、あなたの前に並ぶ料理はごく普通に美味しそうなものばかりだ。
もっとこう、医療効果に全振りの美味しくなさそうなものかと思っていたのだが。
そう思いながら、フォークでまずはベーコンをひとくち……。
あなたはあまりのうまさに意識が飛びかけた。
なんだこれうっま。なんかの冗談だろ。うますぎる。
「うまいか?」
大和の笑い混じりの問いかけに、あなたは頷く。
うますぎる。なんだこれ、うんめー。
あまりのうまさに知能指数が劣化していく。
スープも甘くてじんわり沁みて来るうまさだ。
野菜はしゃきしゃきしていて瑞々しくて、癖も何も感じない。
パンはふわふわで柔らかくて、それでいて美味すぎなくてほっとする味だ。
気付けば朝食はなくなっていた。
今まで食べていた朝ご飯は……?
「全部食ったろ……ほら、お茶」
大和が食後のお茶を用意してくれた。
なにかのハーブティーのようだが。
不思議に思いつつ飲むと、沁みる味わいだった。
なんだかよくわからないが。
体が喜んでいるというか。
普通なのに美味いというか……。
不足しているものを摂ると、妙に美味く感じることがある。
大汗を掻いたあとに舐める塩とか、喉がカラカラの時に飲む水とか。
そう言う感じで、これもうまく感じるのだろうか……?
「あとはもうひと眠りしな」
あなたは促されるまま、もうひと眠りすることにした。
カル=ロスが案内してくれた先で、床に敷いた寝具に潜り込む。
この国ではベッドは一般的ではないのだろうか?
そんな取り留めもない考えが浮かぶ中、あなたは眠りのさざなみに包まれていった。
……2時間ほどたっぷりと眠り、目覚めたあなたの気分は爽快だった。
重たい疲労感、筋肉痛、頭痛はだいぶよくなっている。
さすがに切り札の後遺症が快癒とまではいかないが。
ここに来た当初よりも、かなり楽になったような?
身を包んでいた寝具から抜け出し、伸びをする。
ぱきぽきと凝った体がほぐれる感触が心地よい。
そうしていると、起きた気配を察してかカル=ロスがやって来た。
「お目覚めですか、お母様」
よく寝た。おかげで気分爽快だ。
「それはよかった。喉渇きません? お茶にしませんか?」
そう言われてみると、飲みたいような。
あなたは頷いて、お茶にしようとカル=ロスの誘いに頷いた。
リビングの方に向かうと、『アルバトロス』チームの人数が少ない。
カル=ロス、睦美、瑞穂、晶、アストゥムの5人しかいないようだ。
他のメンバーはどうしたのだろう?
「せっかくこっちに戻ってきたわけですから。みんな帰省中です。4~5人いれば警護には十分ですから」
なるほど、そう言うことか。
たしかに久し振りの帰郷だ。
帰省したくなるのも当然だ。
しかし、睦美と瑞穂は親がこちらにいるからいいのだろうが。
アストゥムと晶は帰省しなくていいのだろうか?
「私、こことは別次元の出身なので。次元転移できないと帰れないんです」
と、アストゥム。
「私の実家は、クライアントと同じ次元にあるので」
と、晶。
なるほど、それでは確かに帰りようがない。
「他のメンバーは距離は違えど日本出身ですからね。
そこらへんの距離感はちょっとわかりかねるが。
遠いのだろうか? 近いのだろうか?
「千葉と東京は近いですよ。車で1時間もかかりません。兵庫と岩手は遠いです。王府はメチャメチャ遠いです。でもまぁ、遠い子たちは『引き上げ』で送ってあげましたので」
たしかに、『引き上げ』には距離制限がない。
どれほど遠かろうが連れていけることだろう。
カル=ロスの魔力量ではそう連発は出来なかろうが。
落ち着いた状況なら、魔力回復を待てばいいだけではある。
「そう言うわけですので。しばらくは省エネ営業ですね。5人しかいませんし、さらに減るかもですが……まぁ、ご勘弁くださいな」
親元に帰る機会があるなら帰った方がいいだろう。
やはり、家族の絆と言うのは大事にすべきだ。
世の中には褒められたものではない親と言うのもいるが。
『アルバトロス』チームの面々は当人らを見る限り、親もまともな人たちだろう。
「まぁ、ちょいとエキセントリックな人が多いですが、いい方たちですよ。お母様を紹介しようと思わないくらいには」
普通、そこは逆では。
「しかしですねぇ、お母様……あなたを紹介すると、みんなの母親が寝取られてしまうので……」
それに関しては弁解のしようがなく、あなたはカラカラと笑い飛ばした……。
「ほら、紅茶のシフォンケーキだ。ジャムを添えて食え」
食卓の席に着くと、大和がふわふわのケーキを出してくれた。
言葉通り、紅茶の香り芳しいケーキと、ルビーのように赤く艶めくジャム。
まずはなにもつけずに一口食べてみると、なるほどこれはうまい。
ふんわりふわふわと優しくしゅわっとほどける舌ざわりのケーキ。
そして立ち上る紅茶の香り。これはじつにうまいケーキだ。
同時に出された紅茶を一口飲むと、これが風味にマッチしてたまらない。
では、次はジャムをつけて食べてみよう。
このルビーのように輝くジャムはいったい何のジャムだろう?
そう思いながらジャムを乗せたケーキを食べると……。
どこか覚えのある甘酸っぱい味わいに、じんわりと沁みる旨味。
砂糖が少なめのトマトジャムだ。そして、それが実にケーキに合う!
トマトジャムと言ったらパンやクラッカーにつけて食べるものと思っていたが。
まさか、ケーキにつけてもこれほど美味しいとは。
いや、ただのケーキにつけてもこれほどうまくはない。
この紅茶のケーキだからこそ美味いのでは……?
「目の付け所がいいな。トマトと紅茶は意外と相性がいいんだ。トマトソースを作る時、水じゃなく紅茶を入れるとさっぱりと纏まった味になってうまいぞ」
ほほう……それはいいことを聞いた。
そのうち試してみるとしよう。
あなたはお茶とケーキを堪能し、ほっと一息つく。
ああ、なんだか時間が穏やかに流れているというか。
こうしてのんびりゆったりとしているのが心地よい。
「まぁ、体が休息を求めているんでしょう。ゆっくりと休んでください」
カル=ロスの言う通りかもしれない。
いまのあなたの体は休息を求めている。
無理して動いてもいいことないんだし。
ちゃんと大人しくしているべきか……。
「そもそも、常人だったら指1本動かせない重態なんですから。ちゃんと療養しないとダメですよ」
晶にそのように咎められてしまった。
晶は超能力であなたの状態を詳細に把握できている。
そのため、今のあなたがどれだけボロボロなのかが分かるのだろう。
「カル=ロスママさん、そんなに悪いのですか?」
克己の問いに、晶がうなずく。
「先ほど言ったように、常人でしたら指1本動かせません。自発呼吸すらできないので人工呼吸器必須です」
「それほどまでに悪いのですか……」
「というより、常人だったら生命維持装置があっても生命が維持できません。生きてるだけすごいです」
それはまぁ、あなたの基礎生命力が高いからだろう。
あなたの生命力は数千分の1になったところで常人より遥かに高いのだ。
まぁ、それを思うとたしかに常人だったら死んでいるか……。
「そんなに悪かったのですか……ちゃんと療養なさらないと」
克己にまで言われてしまった。
まぁ、先ほどまで寝ていたので許してほしい。
いまはほら、この通りお茶をしているわけなので……。
「睦美?」
「なーに」
「この方、放っておくと仕事をし出してしまうタイプではありませんか?」
「うん、そうだね。自分ではちゃらんぽらんだと思ってるけど、実際は責任感がちゃんとあるから、仕事を放置すると気分が悪いって理由で仕事しだすタイプの人だね。なんのかんの言ってちゃんと休むは休むんだけど、病気の時も平時の感覚で動きがちなタイプ」
「普段は放置してても仕事片付けてくれるけど、不調時は見てないといけないと言う、ある意味で一番めんどくさいタイプですね……」
まさか、そんなことは……ない……と思いたい。
ちゃんと休むべき時は休むし……。
「しかし、うちのお母さんと飲みに行った挙句、朝帰りするのは療養中にやっていいことじゃないですよ」
瑞穂の剛速球に打ちのめされるあなた。
たしかにそれに関しては言い訳のしようもない。
「しゃあねえな……俺は料理の天才ではあるが、同時に育児と家事全般の天才でもある。しばらく看病してやるよ」
「お店大丈夫なの?」
「任せて来たから大丈夫だ」
なんと、大和がしばらく看病してくれるらしい。
たぶん男に戻してもらう手段を探るためだろうが。
そのあたりの足掻きを鑑賞するのもまた一興……。
「まぁ、指1本動かせないほどの重態ってわけでもなし。それに動けるなら多少なり動いた方がいいから、ベッドに縛り付けたりするつもりはない。安心しろ」
それは安心……だろうか?
まぁ、かいがいしく世話を焼いてくれると言うのだ。
拒む理由もあるまい。世話になるとしよう。
「ひとまず……あれだ。コイツの居室、用意しようぜ。常にベッドを設置しておける環境が欲しい。看病する都合上、布団よかベッドがいい」
「ですね。幸い、過半数が留守ですから。日当たりのいい部屋をお母様の療養所にしましょうか」
「ベッドはどうしましょう。買ってきますか?」
「それでしたら、私がなんとかしましょう」
「克己さんが?」
「ええ。家に戻れば、いい具合の端材や廃材がありますから。それで適当に作ってきますよ」
「さすがエンジニアは言うことが違う……では、おねがいします」
「ええ、おまかせくださいな」
ベッドは克己が用立ててくれるらしい。
材料さえあればあなたも作れるが。
たぶんやろうとしたら怒られるので言わない。
「看病用具……っても、
「ヒマ潰しの道具とか、本とかを用意してあげるくらいでは」
「クライアントまだ日本語読めないですよ」
「エロ本なら文字読めなくても楽しめるでしょ」
「昭和ノリの入院見舞いみたいですね……」
この国のエロ本があるならぜひとも見たい!
エロ本にもお国柄と言うものが出るのだ。
この国のエロ本がどんな形態なのかじつに気になる!
「今までで一番の食いつきですね……」
カル=ロスに呆れられてしまった。
だが、見たい心は止められないのだ。
そして、以前に『トラッパーズ』のティーに教えてもらったもの。
地球に存在するという、他人のセックスを記録した映像、アダルトビデオなるもの。
それもぜひとも見てみたいものだ!
「……女所帯の中で、堂々とエロビデオ見てぇって言い出す神経がすごいな」
「ちょっと……どうかと、思います」
「うちのお母様が本当に申し訳ございません……」
微妙な空気が立ち込めてしまった。
なぜだ……。
文字数はどの程度が好ましいですか?
-
2000文字前後
-
3000文字前後
-
4000文字前後
-
5000文字前後
-
6000文字前後
-
7000文字前後
-
8000文字前後
-
9000文字前後
-
1万字前後