場所を移し、2階の部屋へと。
睦美によると、ブリーフィングルームとして使っている部屋らしい。
なので、腰を据えて話し合うのにはピッタリと言うことだ。
部屋は板敷きで、小さなテーブルと、簡素な椅子がいくつか並んでいる。
それ以外は特にこれと言った特徴などはなく。
本当にただ話し合うための部屋だと言うことが伺えた。
「さ、どうぞ。おかけになってください」
促されるままあなたは席に座る。
同様に克己も席につく。
「それで、話って?」
睦美の問いに、あなたはゴホンと咳ばらいをする。
会話の主導権を取るための咳ばらいだ。
あなたに克己と睦美の視線が集中する。
克己と睦美、その2人がより強く絆を結ぶために。
互いに思うところを吐き出し、腹を割って話し合ってもらいたい。
冷静に喋ろうと思う必要はない。思うがままに喋るべきだ。
事態がヒートアップしたら、あなたが無理やりでも止める。
今はただ、本音をぶつけ合うべき時間だ。
「腹を割って、話し合う……ですか? 私はべつに、そんなお母さんにぶつけるような本音とかはないのですが……」
「そうですか。でも、睦美。私にはあなたにぶつけるべき本音があります」
「お母さんが? ううん……私に改善できることなら、可能な限り対応するけど……」
「そう言うところが、私は気に入りません」
「へぇあ?」
克己は本音の剛速球をぶつけに来ている。
なるほど、腹を割って、本気で話すつもりらしい。
「睦美……どうして、あなたは小学校を卒業してすぐに家を出ようとしたのですか?」
「どうしてと言われても。みんなとシェアハウスがしたかったからだけど」
「私とメリエラに遠慮して出て行ったという部分が少しもないと、あなたは胸を張って言えますか?」
「あー、うーっと、まぁー、そうだなぁ……そう言う部分がないと言うと、嘘になるかな……?」
メリエラ。ちょっと覚えのない名前だが。
今までの情報から勘案するに、睦美の義姉だと思われる。
睦美の態度からするに、後ろめたく思って出て行った部分もあるようだが。
どうやら、『アルバトロス』チームで同居したかったのも理由としてはかなり強いらしい。
「あ、いや、でもね、家を出ていくことでお母さんの気を引こうとか、べつにそんなつもりは一切なかったからね? 家出して親の気を引く子供じゃないんだから。だから、本気で引き留めなかったことを気に病む必要とかないから、いや、ほんとにね」
「睦美。あなたは、本当にそれでよかったのですか?」
「それでって?」
「私は今になってとても後悔しています。私はあなたのことを本気で想ってあげられなかった」
「へぁ?」
「あなたはわがままを言わない、とてもいい子でしたね。わがままらしいわがままなんてあのカスの姉妹に訓練をねだった時くらいでした」
「うん、まぁ、そうかな?」
「けれど、今にして思えば……私はあなたにもっと構うべきだった。あなたと私だけの時間を作るべきだった。私に構って欲しいとぶつかりに来るメリエラだけではなくて……口にも態度にも出さなかったあなたに、自分からぶつかりに行くべきだったのです」
「いやいや……私のことはいいんだよ。お姉の方がお母さんに構ってもらいたがりだったんだし、私はべつに平気だったから」
「あなたが平気であっても……私が平気ではなかったのです」
「へぇあ?」
克己がぽろぽろと涙を流し始めた。
それに睦美があからさまに動揺した。
「お、お母さん……」
「私はあなたがわがままを言った姿を見たことがないのです。なにが食べたいとも、なにが欲しいとも、どこに行きたいとも……あなたは、なにも……」
「いや、それは」
「あなたの好きなもの、嫌いなもの、やりたいこと、得意なこと、将来の夢……そんな当たり前のことも知らなかった……」
「あー、だから、その」
「あなたが家を出てシェアハウスをしたいと言い出したのが、はじめてのわがままらしいわがままでしたね……反対したりもしましたが、結局はこうして、この古民家を買い与えました。いつか、近所だから助けを求めて来ると思って……」
「それは、あー……」
「あなたたちはとてもうまくやって……裏渡世で名を売って……仕事も現場も片付くと畏怖と共に語られる『アルバトロス』の一翼を担う存在となって……あなたは、私の下から巣立っていってしまった」
ぽろぽろと零れるに任される涙をあなたはハンカチで掬ってやる。
克己の涙は止めどなく流れ、その悲しみと
「もっと何かしてあげられたはずでした! あなたのためになにかを! 大事に想っているつもりでも、伝わらなかったら何の意味もない! 仕事場に写真を飾っても、何も伝わらない! 私の自己満足でしかないッ!」
「ち、違っ」
「私はあなたを拾っただけで、親になったつもりでいる馬鹿女でしかなかった! あなたに、あなたに、なにも、してあげられなかった……!」
絶望的な声音で叫び、克己が泣き崩れてしまった。
あなたは思ったよりヤベェ事態になったなと内心で震えていた。
克己はかなり……いや、相当思い詰めていたらしい。
一緒に入浴したとき、無難な話に終始したのもわかる。
入浴中にこんな絶望的な思いの丈を吐露するのは無理だろう……。
「忘れていたわけじゃない……愛しているつもりだった……でも、求めて来ない子に、どうやって、なにを、どれだけ与えてあげればいいのですか!? 私は、あなたになにをしてあげられたのですか!? 睦美、ご、め、ごめんなさい……ごめんなさい……! あなたになにも、してあげられなかった……!」
血を吐くような叫びだった。
あなたも思わず胸が苦しくなり、吐き気にすら感じるほどの重苦しさを覚えた。
なにかをしてあげられたはずなのに、なにもできなかった。
その壮絶な無力感は、あなたには計り知れないものだった。
想像しただけで苦しい。こんな思いを抱えていたなんて……。
「そんな、つもりじゃ……なかった……そんなんじゃ、なかったんです……」
そして、泣きそうな声で睦美がこぼした。
「お母さんに甘えるお姉は、ほんとうに幸せそうで……邪魔したくなかったんです……私、最初から、知ってたので……」
「最初から……知ってた……?」
「お母さんが拾ってくれた時のことを、覚えてます……だから、養子だって、最初から知ってた……知ってたんです……」
「……だから、遠慮したのですか?」
「…………はい」
「そんな……」
あなたも泣きたくなってきた。
なんだ、この、お互いの善意がお互いを刺している構図は。
睦美は養子として弁えて、身を引いた。
克己はそれが悲しくてつらかった。
もっと甘えて欲しくて、もっとわがままを言って欲しくて。
睦美のことをもっと知りたかった。
だれもが優しさを持っていて。
だれもがその優しさを注ぎたかった。
けれど、優しさを注ぐための器を、2人はお互いに向けていた。
優しさを受け止めるための器は、どこにもなかった。
「でも、違う……違うの! お母さんはなにも悪くない! お姉だって、みんな、だれも悪くない!」
「けれど、あなたを引き留めて、遠慮なんかする必要はないと言ってやれる機会だってあったはずなのです!」
「違うの! 私は、私には、魂の姉妹がいるから!」
魂の姉妹。『アルバトロス』チームがメンバーのことをそう指して言うが。
もしや、深い絆で結ばれたという以上に、なにかがある?
「私たちは生まれた時から心で繋がっていた! 生まれてから、今まで、ずっと! だから、育ててくれたお母さんより、みんなを取っただけで!」
「みんな……『アルバトロス』の子たち……?」
「いつも繋がっていた魂の姉妹の方が大事だって……私は、私は、お母さんよりも、みんなを取っただけの、薄情なやつで……! お母さんは悪くない! お母さんが心を砕く必要がないくらい薄情なやつだっただけなんだから!」
「そうではありません! そうでは、ないのですよ……あなたに、そう思わせてしまった私が悪いのですから。あなたが、私を本気で母と慕ってくれるように、私はもっと心を砕くべきだった……あなたの聡さにかまけて、私はそれを怠ったのですから……」
「違わないよ! 私には本当の家族なんかいないって斜に構えて……お母さんの愛情も、優しさも、なにも受け取ろうとしなかった私が……今まで育ててくれた分のお金を払って、それで終わりだと思ってた私が! 私が、金でお母さんの優しさを買おうとして! だから!」
「違います! 私がメリエラにばかり構っていたから! あの子があまりにも可哀想だからと、勝手に優先順位をつけて! あなたよりもかわいがってしまっていたから! 優先順位をつけてはいけないとわかっていたはずなのに!」
「それでいいんだよ! 違う! そうじゃなきゃ、ダメだったんだよ! だって、お姉は、お姉は本当に可哀想で……私より優先してあげなかったら、お姉は誰にも愛されないと思ったまま死んじゃってたかもしれないんだよ!」
「けど、ほかになにか、もっといいやり方だってあったはずなのです!」
「でも、お姉はお母さんがかわいがってあげなかったら壊れてた! 私を優先していたらお姉がどうなってたと思うの!? 一番愛されてると思えなかったら、お姉は壊れてたよ!」
「けれど、なにか、なにかあったはずなのです! そうでなければ、だって、そうでないと! そうでないと、だめでしょう……だって、あなたがあまりにも……!」
あなたはそこで思いっ切り手を叩いた。
議論がヒートアップし過ぎだ。一度クールダウンしよう。
そう提案し、あなたは『四次元ポケット』からギンギンに冷たい水を出した。
そして、有無を言わさず2人に飲めと強要した。
「うわうぶぶ冷たっうぶげほっ! の、飲む! 飲みますから口に捻じ込まないでください!」
「ひゃっこい! わ、わかりました! 飲みますから! 押し付けないで!」
それでよし。
あなたは2人に冷水を飲ませて無理くりクールダウンした。
そして、その上であなたは2人ににこやかに告げる。
2人の間にあった断裂、問題点は分かった。
2人の抱える後悔、悩み、苦しみもだ。
睦美は無用な遠慮で家族を遠ざけ、友人との交流に注力し過ぎた。
克己は踏み出し切ることができず、睦美と親子の縁を上手く結べなかった。
つまりは、おたがいに遠慮し過ぎていた。
この改善はただひとつの方法で成し得る。
すなわち、睦美と克己が親子の絆を深めること!
これまでのことは変えられないが。
これからのことは変えられる!
まだ間に合う! 遅すぎるなんてことはない!
睦美も克己も、まだまだ若いのだから!
これから2人の間には10年も20年も時間があるはずだ!
睦美が22歳で、克己が44歳だったか。
この技術が発達した次元ならば、医療技術も高いだろう。
あと10年や20年……欲を言えば30年くらい!
まだまだ時間はあると考えていいだろう!
「まだこれから……」
「まだ、間に合うでしょうか……?」
間に合う! あなたは断言した。
根拠はなかったが、今は根拠のない断言の方が役に立つ。
「睦美……私は、ちゃんとあなたのお母さんをしてあげたい。あなたが、安心して帰って来られるようにしたい」
「うん……私も。私もちゃんと、やりたい。お母さんに、ごめんって……」
「なにを謝ることがありますか……いえ、いいえ、そうではないのでしたね。私も、あなたも……どちらも悪かった。そうでしたね」
克己の確かめるような言葉に、あなたは頷く。
今までのことは、どちらが悪いというものではない。
どちらも悪かった。タイミングとか時とかも。
今までのことを水に流して。
これからのことを見据えよう。
今わの際に吐露した悔恨ではないのだ。
これからやり直せる。まだ時間はあるのだ。
「そうですね……睦美が幼かったあの頃に、私が若かったあの頃には戻れません。いま、これからのことを見据えましょう」
まぁ、睦美が幼い頃はともかくとして。
克己の若かった頃は実現可能だったりする。
そう、あなたはエルグランドの若返りの薬を持っている。
なんだったら、その若返りの薬を提供してもいい。
「!!!!」
克己が勢いよく立ち上がった。
「わ、若返りの薬……?」
「お母さんが凄い勢いで食いついてる!」
「あ、あの、それは、本当に効果が?」
もちろんある。
あなたの実年齢は80を軽々と超えている。
その上で、あなたを見てどう思うだろう?
「若さが弾けていますね……私も、こんなふうに……!」
「お母さんも爆裂に若いと思うけど……」
「私は実のところ、ちょっと特殊な方法でアンチエイジングをしているだけなのです。ちゃんと老いてはいるのです……それに抗えるなら……!」
あなたは頷いて、若返りの薬を取り出した。
そして、それを克己の方へと差し出す。
遠慮なく飲んでほしい。効果のほどを確かめるといいだろう。
「で、では、遠慮なく」
ぐびっ、と克己がポーションを飲み干した。
……特に何も変わらない。まぁ、そうだろうとは思った。
若返りの薬の効果は2~3年分程度しかないのだ。
成人して以降の2~3年はそう劇的な変化はない。
「あまり変わった感じはしないのですが……」
克己もあまり実感がないらしい。
あなたはさらに10服も飲めば劇的に違うよと答えた。
「さらに10服……」
「あの、クライアント……クライアント?」
睦美の問いにあなたは頷く。なんだろうか?
「この流れで……この流れで、あのカスの交渉するつもりですか……!?」
カスの交渉とはひどい言い草だ。
貴重な道具の代価は払う必要がある。
それだけのことだ。当たり前の話では?
「い、卑しい……! 性欲にあまりにも卑し過ぎる……!」
「おいくらですか。定期預金を解約します!」
なんだ、テーキヨキンって。
まぁ、金なんかどうでも……よくないのだった。
向こうの次元ならともかく、こちらでは金が要る。
あなたはうむむと唸った。この次元の金は欲しい。
だが、同時に今までの流れと同様、若返りを餌に克己とベッドインしたい……。
あなたは若返りの相場っていくらなんだと首を傾げた。
そもそも、この次元の金の価値自体がよく分かっていない。
これはタフなネゴシエーションになりそうだ……。
あなたは自分の分の水を一口飲んで喉を潤すと、舌戦を交わす態勢を整えた……。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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2000文字前後
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3000文字前後
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4000文字前後
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5000文字前後
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6000文字前後
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7000文字前後
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8000文字前後
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9000文字前後
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1万字前後