なんらの波乱が起こることもなく、朝がやってきた。
あなたは眩しい朝日と共に目覚めた。
他の面々が目覚める前に日課を行う。
あなたが取り出したのは美しい装丁の本だ。
それを割れ物でも扱うかのように繊細な手つきであなたは開く。
そして、職人が精彩な技巧を凝らした本の世界へと耽溺するのだ。
じっくりと本の世界を愉しんだ。
あなたは冷静さを取り戻し、その思考は冴え渡った。
本の世界に耽溺した心地よい疲労感を溜息と共に吐き出す。
そして、あなたはそっと優しく本を閉じた。
そうしたところで、もぞもぞと寝袋が動く音がした。
そちらへと目をやれば、フィリアが目を覚ましているところだった。
「ふぁぁ……あ、お姉様……お早いんですね」
そう言うフィリアも随分と早い。
夜明けと同時に目覚めている。
やはり、冒険には疲労がつきものだ。
そのためレインもサシャも眠る時間は長い。
フィリアは冒険者としての年季の差だろうか
いくらか疲労が軽いし、基礎体力に優れるのだろう。
「本を読まれていたんですか? すてきな時間ですね」
たしかに、実にすてきな時間だったとあなたは頷いた。
「どんな本なんですか?」
問われ、あなたはフィリアに見た方が早いと本を渡した。
「わぁ……すてきな装丁の本ですね。すごく丁寧な作りで……」
わくわくした表情でフィリアが本を開き、そして顔を
ぺらりとページをめくると、眉根に刻まれたシワはより深くなる。
「あの……お姉様、この本は……だ、男性向けの本では?」
そう言って本のページを見せて来るフィリア。
そこには
紙面に所せましと映る見目麗しい少女たちのあられもない姿。
絵が9割、字はほんのオマケ。これはそんな本だ。
官能的なその本は、俗っぽい言い方をすればエロ本だった。
たしかに、こうした本は男性向けが多い。
一般的にはそう言われる。ところであなたは女が大好きだ。
そのように述べると、フィリアはフッと笑った。
諦めたような、透明な笑顔だった。
「そうですね。お姉様にはとてもお似合いの本かもしれません」
納得いただけて幸いだ。
あなたはそう言って笑うとフィリアに本を返してもらった。
本を丁寧に『ポケット』へと仕舞いこむ。
あなたは手を組んでお祈りをした。
本式のものではない、簡素な旅路の中で行うお祈りだった。
しばらくして、サシャとレインも目を覚ました。
寝起きと言うのは総じて人をブサイクにするものである。
そのため、あなたはサシャとレインの目を覚まさせるためにお茶を淹れた。
「あら……飲んだことのないお茶だわ。ハーブティーかしら?」
「おいしいです。前のお茶とは違いますね?」
あなたはサシャに対し、いつも食べてるアレで淹れたお茶だと教えた。
「えっ。アレが、コレに……!?」
あのクソマズイハーブがなぜこんな美味しいお茶に!?
口に出していないが、そう思っていることがありありと分かるすごい顔だ。
残念ながら、このハーブティーは作るのが中々に難しい。
準備が必要と言うわけではないが、かなり難易度が高い技術を必要とする。
そのため、ちょっとお茶でもしようと淹れるようなものではない。
加えて言うと、単にお茶にしただけでは普通にマズイ。
あなたの持ちうる神業級の腕前と知識、そして設備があって実現される美味なのである。
「そうなんですかぁ……」
「ええと、なに? あなた、ハーブティーのハーブをそのまま食べてるの……?」
「ええ、まぁ、はい……」
「美味しいの?」
「まずいです」
「ああ、やっぱりそうなの……」
まぁ、ハーブと言うのは単体で食べてもおいしくないのが基本だ。
だからこそハーブと名付けられて区別されているのだ。
そのまま食べてもおいしかったら香味野菜と呼ばれているのが自然だろう。
「一体どんなハーブなのか興味あるわね。見せてもらえない?」
あなたは頷くと、手持ちにあったハーブをズラリと並べた。
セルベン、ゴシオラ、リー、セイマス、スト=ガス、サマンの6種である。
薬草として持っているものを含めるともっとあるのだが。
一般的にエルグランドでハーブと呼ばれ珍重されているのはこれだ。
エルグランドにおいて、ハーブと言うのは他大陸とちょっと違う意味がある。
強い香りや味を持った、いわゆる香草のこともそう呼ぶのはたしかなのだが。
同時に、肉体的な増強を及ぼす強力な薬効を持った植物に用いられる呼び名でもある。
セルベンは肉体全般を満遍なく増強する。強烈な辛み。
ゴシオラは筋力を主に増強する。渋みと青臭さ。
リーは感覚を鋭敏に研ぎ澄ます。恐ろしく酸っぱい。磨り潰すと虫よけにも使える。
セイマスは頭脳を活発化させる。死ぬほど苦い。
サマンは脳に作用し、精神を研ぎ澄ます。催吐作用。
スト=ガスは肉体全般を増強するセルベンと同種のハーブ。
スト=ガスは美味だが、胃の中で凄まじく膨らむせいで常人は吐く。
サシャに食べさせているのはゴシオラである。
肉体を増強し、筋力を強化し、さらには体も丈夫になる。
「そんなに顕著な薬効があるの?」
味は保証しないが効果は保証できる。あなたは頷いた。
少なくとも、サシャが熊を捻り潰せるようになったのはそのハーブのお蔭だろう。
「熊を捻り潰す……?」
「あ、はい。そのままの意味です……いえ、さすがに武器は使いますけど。熊くらいなら油断しなければ倒せます」
「熊ってそんなに簡単に倒せるものだったかしら……」
「普通は倒せないと思います。ハーブの効果自体は凄いと思います」
「なるほどねぇ……サシャには食べさせるのに、あなたは食べないの?」
あなたは頷いた。
あなたは肉体を鍛え抜いているので、もはやハーブの効果がない。
ハーブは物理的に鍛え抜いた肉体を更に鍛え上げてくれるわけではないのだ。
あくまで修練の過程を劇的に短縮してくれるものに過ぎない。
「ふうん。じゃあ、あなたの身体能力って相当なのね」
もちろんである。エルグランドにおいては肉体を鍛え抜くのは当然のことだ。
ある程度の領域に至った冒険者は極限まで肉体を磨き抜いている。
あなたもそう言った領域に至った冒険者であるからして当然と言えよう。
「さすがに魔力を鍛えてくれるハーブはないわよね」
普通にある。
サマンにその薬効がある。
「あるの!?」
「あるんですか!?」
レインとフィリアが同時に驚いた。
なにを驚くことがあるのだろうか。
「え、いえ、だって、魔力って肉体由来じゃないでしょ」
死ぬことを覚悟で生命力をゴリッと削れば大魔法だって使えるのだ。
なら、魔力だって肉体由来の力に決まっている。
むしろ、そうでなければ理屈としておかしいだろう。
「え、えー? 言われてみれば……たしかに、そうなのかも……?」
「う、うーん……漠然と、魂とか精神とか……なにかこう、そう言ったものから溢れ出していると思ってたのですが……」
「でも、魔法使いを腑分けして魔力がどこから出てるかを確認したわけでもないのよね……それに、生命力を削って魔力を捻出できるのもたしかだし」
「禁呪ではありますが……まぁ、ありますね。そう言われると、たしかに肉体由来の力……なのかな?」
「危険過ぎて、生命力を魔力に変換と言うこと自体が滅多に行われないから、あまり詳しく分かっていないのよね……あなたは使い慣れてるのよね?」
もちろん使い慣れている。エルグランドの民なら当然だろう。
魔力の反動で血を吐く経験はエルグランドの民あるあるだ。
まぁ、熟練した魔法使いなら早々起こさないことではあるのだが。
魔力量が多くなっているし、使用量もキチンと把握している。
正確な配分をして滅多に魔力の反動を起こさないのだが……。
でもやっぱり足りない時に生命力任せに無理やり使うこともまれによくある。
また、戦士から魔法使いに転向した者、魔法戦士になった者もいる。
そう言った者は無理やり魔法を使うことが多い。あなたもそのクチだ。
なにせ、それまで戦士をやって来たのだから、魔力は鍛えられていない。
しかし、生命力は鍛えられて有り余っている。なので生命力で魔法を使うわけだ。
「戦士から魔法使いに転向と言うのも凄いわね」
エルグランドではよくあることだ。
と言うより、エルグランドでは基本的に魔法剣士しかいない。
どこからどこまでを魔法剣士と言うかにもよるが。
魔法の使える剣士、という意味ならほぼすべてがそうだろう。
なにしろエルグランドの魔法は大変手軽に使える。
なのでまず滅多に使わないが使おうと思えば使える者が大半だ。
まぁ、手軽に使えるからと乱用すると手軽に死ぬが。
戦士が調子に乗って魔法を使い過ぎて爆散するのはよくあることだ。
「そう言う文化も違うのねぇ……勉強になるわ」
「エルグランド……なんだかすごいところなんですね」
まぁ、行くことはおすすめしないが。
あそこは常識と倫理の墓場だ。
「常識と倫理の墓場て」
「とんでもない異名が出て来ましたね」
あなたからすると普通のことなのだが、別大陸から来た人間はみなそう言う。
父も別大陸から来た人間なので、当初は戸惑ったという。
今ではすっかりエルグランドの民となって、ハイレベルな生活をしている。
人は染まるものなのだ。
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