シャロンがお茶を淹れてくれて、あなたたちは談笑を楽しんだ。
シャロンは仕草といい、物腰といい、上質な教育を受けて来た節が見受けられる。
それと同時に、骨の髄まで染み付いた戦塵の香り。
この国は長きに渡る平和を享受して来たというが。
このような戦塵に塗れた人間もいるのだなと感慨深い。
やっぱり数百年もの平和とか詭弁の類なのだろう。
内戦を暴徒鎮圧と言っていたり、そう言う事実の矮小化をしているに違いない。
あなたはそのような結論を出した。
「カル=ロスさんはよく練られた強さをお持ちだとは思っていましたが、なるほど、お母様の薫陶を受けて育たれたのですね」
「ええ、はい。剣と魔法の教えを授けられて育ちました。あとは料理とか、裁縫とか、まぁ、一通りのことは」
「それはとてもよいことですね。昨今には料理も裁縫もできないと言う方も増えておりますが……やはり、出来た方がよいですから」
いるのだろうか、そんなの。
いや、いないことはないのだろうが。
どうやって生きていくのだろう?
まぁ、世話をしてくれる人間がいるような者……。
貴族のクソガキとか、資産家のドラ息子、ドラ娘ならともかく。
一般市民で料理も裁縫もできなかったら生きていけないだろう。
「今どきは料理も裁縫も小学校の家庭科で習うので、むしろできないことは恥ずかしいことだと思いますよ」
「一昔前は家政科でしか教えないとかあったんでしたっけ。少なくとも今どきは小学校で習いますね」
ほほう、そのあたりも学校で教えてもらえるのか。
普通は家庭で習っているべきこととも思うが……。
しかし、世の中には恵まれぬ家庭で育つ子もいる。
そう言った子のことを思えば、平等に教育されるのはよいことだろう。
平均の底上げ、と言う形で教育を形作っている国らしいやり方だ。
「ふふふ……実は私は料理は得意ではないので、叶うことなら小学校で学びたいものですね。ふふ」
「あー、ウン。私はお婆様の料理、嫌いじゃないですよ。あの、なんと言うか、はい……素材の味が生きてます」
「アスマ、まどろっこしいことは言わないように。シャロンは味が分からないバカ舌女だとハッキリ仰いなさい」
「あはい。お婆様は味付けをしないので、素材の味しかしません。いや、でも、まぁ、嫌いではない……ですよ」
なるほど?
味にこだわりがないタイプか。
そう言う種類の料理下手はたまにいる。
味に興味がなさすぎるというか。
食べることに興味がなさすぎるというか。
家畜にエサやるのと同列のところに自分の食事があるような。
まぁ、そう言う種類の人間だ。
そう言う人間は耐え難いほど不味くなければ平気だ。
そして、手軽であれば、それを平気で作り続ける。
茹でただけのイモとか、焼いただけのパンとか……。
「逆にお母さんの料理はおいしいですよ。なんと言うか、その、作り過ぎるのと買い込み過ぎるのを除けば、料理も上手ですしね」
「にゃーさんはちょっと、食べることにこだわりが強いですから」
なんとも対照的な親子だ。
いや、シャロンが食に興味が無さすぎて。
娘であるにゃーさんなる人物が反動で食に興味を抱いたとか?
まぁ、ありがちな話な気はする。
そこで、玄関先で物音。
誰かが入って来たような音だ。
「噂をすれば影ですね。帰って来たみたいです」
なるほど、にゃーさんなる人物の御登場と言うわけだ。
あなたはさてどんな人物かと楽しみに待った。
「たで~ま~。今日は
すんげぇ口調に特徴あるな。あなたはそのように思った。
ここまで特徴ある人間はそうそういない。いても困るが。
逆に神使とか、あるいは特殊な種族ならたまにいるが。
さておき、その口調の癖が強い何者か。
その人物は手にしたでかい魚をこちらに誇示してくる。
ビンチョウと言うのがなにかはわからないが。
マグロと言うのは分かる。でかい赤身魚だ。なかなか美味。
黒と銀の体色に、黄の差し色が入っている。
体格はやや小ぶり、60~70センチくらいだろうか。
まぁ、マグロにしては、と言う話であり、大型魚に違いはない。
その他にも肩にかけたベルトから下がった箱。
その中にみっしりと魚が詰まっているのが伺える。
言葉通り、大変な豊漁だったことが分かる。
「おお……大漁ですね、にゃーさん。それと、にゃーさん」
「にゃ?」
「お客様です」
シャロンがあなたを指し示す。
あなたはにゃーさんと呼ばれている人物に礼をする。
「おお、アスマのお友達にゃ? よく来たにゃ! 晩飯食ってけにゃ! 今日は大漁だったからうまい魚が食べ放題にゃよ! 食べなきゃ損にゃ!」
そう言って
白色の髪に、アンバーとブルーのオッドアイ。
細身の引き締まった長身の持ち主だ。
切れ長の瞳に薄めの唇。化粧っ気の少ない顔立ち。
そして、朗らかな笑みでも隠し切れない鋭い顔つき。
年のころは、ザックリと見て40手前くらいだろうか。
にゃーさんは大変迫力のあるイケメン美女だった。
口調のそぐわなさがすごいが。
まぁ、そう言う種族とかなのだろう、たぶん。
頭に猫みたいな耳が生えてるし、長くて細い尾もあるし。
獣人かなんかだろうか。見る限り、人の耳もないし。
「ちょっと魚置いてくるにゃ。待ってろにゃ」
にゃーさんがどこかへと魚を手に引っ込んでいく。
そして、そうかからずに戻って来た。
「いやぁ、今日は爆釣だったからついついテンション上がったにゃ」
かんらかんらと笑いながら、にゃーさんがイスにどっかりと腰かける。
そして、自身の胸を叩きながら、自己紹介をした。
「にゃーさんはアスマのお母さんにゃよ。ラルカ=ティルス・アットイーヴにゃ。よろしくにゃ」
そのような名乗りをし、あなたは頷く。
そして、あなたもまた同様に自己紹介を返す。
つまり、カル=ロスのお母さんである何某だと。
「うえっ、若っ……マジか……たまげるにゃ。娘の友達のママさんが来るのは初めてにゃ。よろしくにゃ」
差し出された手を受けて握手をする。
やはり、シャロンと同様の硬い手だった。
あなたはそのまま手を放し、様子を伺う。
シャロンと、にゃーさんことラルカ。
親子と聞いたが、まるきり似ていない。
そもそも……娘だというラルカの方が年上に見える。
そう言う風に見える種族だと言われたらそれまでだが。
そもそもの話、この2人は本当に実の親子なのだろうか。
ラルカは明らかに異種族だが、シャロンはどうみても人間。
シャロンはハーフなので耳と尾がないとか。
そう言う理由があるのかもだが、それにしても似てなさすぎる。
「いやぁ、うちにお客さんが来てくれるなんて滅多にないから嬉しいにゃ。それが娘の友達ならなおさらに嬉しいにゃ!」
「ええ、そうですね、にゃーさん。うちは本当に田舎も田舎ですから、家族以外の姿を見ることすら珍しいですもの」
「ほんとにそれにゃ。だから大歓迎にゃよ。晩飯はご馳走にするにゃ!」
「ええ、奥様は
考え込んでいたら、シャロンにそう声をかけられた。
奥様……まぁ、娘の友人の母親に対する呼びかけとして間違いはないのか。
あなたはやや微妙な気持ちになりつつも、酒は好物だと答えた。
「お母様、いまは療養中ですから、ほどほどになさってくださいね」
あなたはもちろんだと頷いた。
酔っぱらうのはほどほどなら気持ちいいが。
泥酔するまで行くとつらいし、翌朝は地獄を見る。
やはり、ほどほどに飲むのが一番賢いやり方だ。
あなたは無暗に痛飲するような飲み方はしない。
考えてみると、カル=ロスはべらぼうに酒に強いあなたしか見たことがない。
あなたは肉体が強靱過ぎてまず酔うことがない。
なので、どうせ酔わないからと普段はかなり飲むのだ。
それを基準に考えると、療養中でもバカ飲みしそうに見えるのか。
「まぁ、お具合が?」
シャロンが心配そうに尋ねてきたが、あなたは首を振る。
たしかにあなたの体調は悪いが、それはあくまで普段を基準にすればの話。
水で一杯のタルを持ち上げ、常人の10倍速で行動し、常人の50倍の魔力容量。
一般的に見ればどう考えても余裕の超人であり、具合が悪いの範疇に入れるべきではない。
実際、調子が上がらないだけでどこか痛むとかではないのだし。
「そうなのですか……ご無理はなさらないでくださいね」
「なるほどにゃー、療養中とにゃ……じゃあ、いっそのことうちに滞在すればいいにゃ。面白いもんはないけど、のどかでゆっくりできるとこにゃよ」
「まぁ、それはよい考えですね。どうでしょう、にゃーさんが仰るように、よければしばらく滞在なされませんか?」
なんて申し出までされてしまった。
申し出は実にありがたいが、娘の家で療養中だ。
ベッドまで整えてもらって、今さら要らないとは言いにくい。
なので、せっかくの申し出だが遠慮させてもらおう。
「ああ、そうなのですね。そうですね、療養にいらしているのですから、準備は万端整っていらっしゃるのが自然でした。私ったら
「にゃーさんもついうっかりにゃ。でもまぁ、せっかく来たんだから、1日くらいは泊まってくにゃ。どうせ晩ご飯食べたら帰るのも大変にゃ」
「ええ、ええ。夕飯を食べればもうあたりは暗いですから。そう危ないことはない土地柄ですが、やはり夜道は自由が利きません。明日、町の方までお送りいたしましょう」
転移魔法で来たのでその心配はいらないのだが。
まぁ、たしかに酩酊状態では転移魔法の使用は危険だ。
めでたい行事の際にエルグランドでは死者数が大幅に増加するが。
それはテンションが上がって喧嘩三昧と言うよりも。
酔っぱらったアホが転移魔法を起動して爆散、あるいはバラバラと言うパターンが多い。
他はギロチンとか絞首台とか腐った酒を飲んでゲロで溺死とか。
あなたですら酩酊状態で転移魔法の使用は極めて危険だ。
慎重にやればイケるかもだが、やるべきではないだろう。
飲酒は落ち着いて飲める時に限るとあなたは決めているが。
それは酒をうまく飲む心得と言うより、安全確保の心得だ。
なので、そう言うことであれば一晩厄介になろう。
あなたが見る限り、来客にテンションが上がっているのは本心のようだし。
普段は来客がないような家だから嬉しいのかも。
「そうと決まれば、ベッドメイクが必要だにゃ。客間の空気も入れ替えるにゃ。あ、スリッパとかも用意しなきゃだにゃ」
「あ、にゃーさんは座ってらして。お疲れでしょうから、私がやってまいります」
「そうにゃ? じゃ、お嬢に任せるにゃ」
シャロンが立ち上がり、部屋を出ていく。
言葉通り、ベッドメイクをしに行くのだろう。
それを見送って、あなたはラルカに話題を投げる。
会話をはじめるためのジャブのような話題だ。
大変に当たり障りのない内容。
つまり、天候と気候について。
このあたりは暖かくて過ごしやすいですね、と。
「そうそう、ここはとっても温かくて過ごしやすいにゃ。ここに住むのを決めた一番の理由にゃよ。やっぱり、暖かいところはいいにゃ。奥さんとこはどうにゃ?」
あなたは頷いて、エルグランドはメチャ寒でこことは正反対だと答える。
ここのように暖かく過ごしやすい気候はすばらしい。
もしも老後に住むならこういう場所が一番いいだろう。
「寒いところなんにゃね~。寒いところは寒いところで、いいところもあるにゃ。寒冷地の方が栽培に向いてる野菜もあるにゃし。じゃがいもとか」
ラルカはそのようにエルグランドを褒めてみせた。
なるほど、会話の進め方が如才ない。
こういう相手ほどナンパが難しかったりするのだ。
話題の引き出し、躱し方、反らし方がうまい。
下手に突っ込めばケガをするか。
ここはひとつ、慎重に様子を見るとしよう。
急ぎ過ぎればことを仕損じるというもの。
慌てていいことはないのだ。
夕飯では酒を出してもくれるらしいし。
落としにいくなら、やはり勝負はそこだろう。
酒を薦めて、うまく相手の脳を鈍らせたい。
やはり酒を飲むと人間は無防備になるもの。
そこに乗じて、うまいこと落としてしまいたいものだ。
アスマ、ラルカ、シャロン、この3人。
母娘3代丼……そんなことも楽しめる、か!
このナンパ、失敗したくはない。慎重に進めよう……。
「………………」
カル=ロスが物凄く胡散臭げな顔であなたを見ている。
あなたはそれを努めて無視した。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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