あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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14-022

「思えば秋雨が当家にやって来たのは、もう22年も前になるのか」

 

「昨日のことのようですね」

 

「うむ……我が子として迎え入れたわけではないが、秋水の子ならば私にとっても我が子同然。私は大切に育てたつもりだ」

 

「そうですね、つもりですね」

 

「含みのある言い方だな、秋水よ」

 

「少なくとも、普通の人間は大切に育てている娘の腕を大根みたいに切り落としたりはしないのですよ」

 

「しかし、痛くなければ覚えぬ」

 

「首も普通は切り離さないですよ。そんなことしたら死にますからね」

 

「しかし、急いで繋げれば間に合うので問題ない」

 

「殺さなければ何してもいいと思ってません?」

 

「……何かダメなのか?」

 

「根本的な常識が不足してるんですよね」

 

 などと秋水が大きく溜息を吐く。

 秋雨も同意するように深々と頷いている。

 しかし、殺していなければセーフなのでは……?

 あなた的には聚楽氏の言うことの方が頷けるような。

 

「そなたもそう思うか」

 

 そう思う。痛くなければ覚えないというのもうなずける。

 あなたはサシャのことを心を鬼にして鍛え上げて来たつもりだ。

 あと、エルフ戦士団とか、イミテルとか、ダイアとかも。それはもう丁寧に嬲った。

 そのおかげでみんな強くなった。そして無事に生きている。なんの問題が?

 

「そうですね。腕切り離したとか、首切り落としたとかなんですか。こちとらお母様に10回以上殺されてるんですよ」

 

 カル=ロスがしれっとそのように言う。

 

「……エルグランドは死者が蘇るのであったな。カル=ロス・気比よ。そなたも苦労したのだな」

 

「ええ、それはもう。遊びに来た叔母は「子供は可愛い、大好きだ、食べちゃいたい」とか言って殺しに来ますし。酒に酔った義祖母の投げたオブジェで頭が弾けますし。そりゃもうひでぇ目に遭いながら育ってきましたよ、私は」

 

 そう言いつつも、カル=ロスは平然とした調子だ。

 エルグランドの民らしさ全開である。殺されたことですら些事である。

 

「今ここにいないから言いますけど、サシャ(ねえ)にも3回くらい殺されたことありますからね。剣の稽古つけてあげるって言って嬲り殺しにしてくるんですよあの人。精神状態おかしいよ……」

 

 なるほど、未来のサシャも絶好調で平常運転らしい。

 理性があるからいいが、サシャには加虐に対するブレーキが効かない。

 何をしてもいい相手を死ぬまで責め殺すような歯止めの効かなさがある。

 そりゃエルグランドに来たらタガが外れようものである。今から震えて来た。

 

「だから、秋雨」

 

「え、はい」

 

「ちょっと竹刀でバカスカ叩かれるくらいなんですか。甘ったれないでください。うちのお父様だったら真剣でやってきますよ」

 

「死ぬんですけど」

 

「死にますよそりゃ」

 

「エルグランドの民怖過ぎませんか」

 

 秋雨が震え上がっているが、そんなものだ。

 真剣の方がやっぱり気合が入るというか、痛いので必死で避けるし防ぐし。

 まぁ、あなたはあんまり真剣で訓練はしない方だが。

 

「ふむ。やはり、殺さぬようにする限り、少々厳しく追い込んでも問題ないのだな」

 

「ものには限度と言うものがあるんですよ、聚楽様」

 

「しかし、秋雨は健やかに育っている。問題なかったと言って相違あるまい」

 

「そう言えなくもないですが……」

 

「ともあれだ。私の修行方針の是非はともあれ、秋水のいささか手厳しい稽古は妥当であろう」

 

「え、ああ、まぁ、聚楽様のそれが許容範囲なら私のは楽勝でセーフでしょうね。ハンティングアクションゲームくらいのノリで部位破壊しますからね、聚楽様は」

 

「つまりだ、客人の応対は私がするゆえ、秋水と秋雨は稽古に戻ってよいぞ」

 

「ああ、なるほど……こんなザマでもコミュ力は普通にありますしね……では……」

 

 訓練に戻るのか。ちょっと残念だ。

 秋水の様子を観察してナンパのための情報収集をしたかった。

 そう思ったが、その前に秋雨が身を乗り出して来た。

 

「うおおおおおお! そうだ! そうですよぉぉお! そう、クライアントはエルグランドの民! エルグランドの民ですよ! お分かりですかお父様!」

 

「うむ。エルグランド出身なのだな……して、それがどうしたのだ?」

 

「つまり、日本のことはよく知らないのです! 『アルバトロス』チームの家に滞在していますが、なんだかんだあの辺りはほどほどに都会……!」

 

「まぁ、歩けば繁華街に出れる時点で都会であろうな」

 

「だが、この小祝(こはふり)村は違う! 酸素と水があるだけ月面よりマシな村! 月面と違って5分で死なない以外にとりえ無し!」

 

「そうか? 昔、いて座方面の方に縮地(しゅくち)で飛んだが、6時間くらいはなんとかなったぞ」

 

「お父様は自分が人間だとでも思ってたんですか?」

 

「ぬぅ、なぜだ……」

 

「そんな村だからこそ! 田んぼがいっぱいあるんです! 日本の原風景を知ることができる……だからこそ、小祝村を案内しなくては……そんな使命を感じます!」

 

「ふむ、なるほど。たしかに見渡す限りの田園風景は日本の原風景そのひとつであろうな。こうした田舎村も今や珍しい時世ゆえな」

 

「そうなんですよ! そして、案内役はこの小祝村で育ち、クライアントとは顔見知りな上、そのクライアントの娘とはマブダチの私を置いて他にない! そうは思いませんか!」

 

「うむ、たしかに妥当な提案だ」

 

 ここで「田園風景はアスマイーフのところで見て来たよ。訓練行っておいでよ」とか言い出したらどうなるんだろう。

 興味はあったが、やったら秋雨に泣かれそうなのでやめておこう。

 どう考えても秋雨は訓練から逃げる理由を探しているだけだ。

 

「では、秋雨よ、案内を頼む」

 

「ハイヨロコンデー!」

 

 そう言うわけで、あなたは秋雨によってこの村を案内されることになった。

 

 

 

 靴を履いて、家の外へ。

 あなた、カル=ロス、秋雨、一二三、そして秋水。

 その5人で連れだって歩くことになった。

 

「お母様はなんでまた」

 

「夕飯の買い物ですよ。お客様が2人増えましたから」

 

「なるほど」

 

 どうやら、秋水の中であなたとカル=ロスが夕飯を食べていくのは決定事項らしい。

 まぁ、女性がごはんをご馳走してくれるというならば、断る理由がない。

 あなたはもちろん食べる。それがどれほど不味かろうとも、毒が入っていようとも。

 

「さぁ、では行きましょうクライアント! まず、このド田舎・ザ・過疎地・限界集落の小祝村は、住人の最年少は50代とか言う地獄みてぇな過疎地です!」

 

「秋雨はどうしたんですか」

 

「私の居住地は茨城ですけど?」

 

「ああ、そう言えばそう言う」

 

 最年少が50代とは。姥捨て山かなんかだろうか。

 子供が少なすぎるのでは? 若い者を外から入れないと村が滅んでしまうのでは。

 

「まぁ、もう半ば手遅れですね! ここからテコ入れしたって村が蘇るわけがありません!」

 

「ド田舎よ。人々が減った村に若者は好んで引っ越さない。いかなる理由があろうとも一方的に人間は減るんだ。悔しいだろうが仕方ないんだ」

 

 近隣に住んでいるという一二三もそのように述懐する。

 開拓に失敗した開拓村が自然消滅するという話は度々聞くが。

 住人たちが高齢化したことで村が維持できなくなるとは聞いたことがない。

 

 この次元の社会システムはいったいどうなっているのだろう?

 生まれてから死ぬまでひたすら畑を耕すような層が消滅したのだろうか?

 あれがいいとは言わないが、あれらの層がいないと村が滅んでしまう。

 

「なんか人を引き付けるような何かがあればいいんですけどね。豊かな自然とか、のどかな風景とか」

 

「しゃあけど……残念ながら魅力がないわ!」

 

「一二三が言うように、豊かな自然だの、のどかな風景なんぞ、小祝村以外でも見れるんですよねぇ! わざわざウチを選ぶ理由にはなりませぇぇぇん!」

 

 そんな叫びで育った地を腐す秋雨。

 散々な言いようであるが、育った地ゆえか。

 よく知らない土地は早々簡単に悪罵できないものだ。

 よく知っているからこそ、その実態をちゃんと悪罵できる。

 滅びの宿命が目に見えている村落に生きる気持ちは、どんなものなのだろうか。

 あなたは計り知れない葛藤に想いを馳せた。

 

「まぁ、のどかなので、のんびり修行するには向いてなくてもないですよ」

 

「日本最強の存在である聚楽様が稽古もつけてくれますしね」

 

「そこなんですよね。定住者は出なくても、稽古に来る人はそれなりにいるんですよね。それらを引きずり込む沼地のような村を作れれば……」

 

「沼地のような村て。いえ、定住したくなるような村と言う意味とは分かっていますが……」

 

 そんな話をしながら、あなたたちは田園風景の中を歩いていく。

 水田を駆けていく風は爽やかで心地よい。

 植えたばかりなのだろう苗がたくさん並んでいる。

 ラルカが世話をしていた水田もそうだったが、こちらも綺麗に等間隔に並んでいる。

 なんかいいことでもあるのだろうか?

 

「ああ、正条植えですね。間隔を作って植えることで日照量を均一化し、風通しを良くする工夫です。除草作業もしやすくなりますしね」

 

「そう言えばマフルージャの田んぼは乱雑植えでしたね」

 

 まぁ、それなりに整えて植えようみたいな意識は感じたが。

 やはり、こちらの正条植えなるものに比べればいかにも乱雑だった。

 よっぽど几帳面な人が植えたに違いない。

 

「いや、これは機械でやるんですよ。1枚30分くらいで終わります」

 

 さらりと秋雨がそう教えてくれたが、それこそ驚きだ。

 手作業だったらそれこそ1枚あたり2~3日かかりそうなものを、30分……。

 とんでもない時間短縮だ。これには農民もニッコリだろう。

 

 まぁ、マフルージャ王国ではそもそも田植え自体しないらしいが。

 収穫時に零れ落ちた米が勝手に発芽するので勝手に生えて来るらしい。

 マフルージャ王国の大地があまりにも肥沃だからこそ成せる技だろう。

 

「向こうに持っていければいいんですけどね」

 

「マフルージャの場合、田植えはそうでもないんですよね。なんなら適当に種籾ばら撒くだけでも育つんで」

 

「お手軽過ぎる……」

 

「まぁ、生育が悪くなるのであんまり推奨される行為ではないですが。やっぱり苗代(なわしろ)した方がいいので。しかし、収穫はどうしても手作業ですからね……」

 

「ああ、なるほど。すると、コンバインとかハーベスターの方がいいと」

 

「でも、コンバインは田植え機なんかより遥かに高いので買えないし持っていけませ~ん!」

 

「いくらなんですか」

 

「ものによりますが、そこらのスポーツカーよか高いですよ。2000万くらいするのもありますから」

 

「思った以上に高かった」

 

 かなり高い。高いんじゃないかな?

 正確なところは分かりかねるが、たぶん高い。

 

「なので諦めて手で収穫してどうぞ。昔の人間はそうしてたのですし」

 

「まぁ、機械動力を使うのなんてここ100年の話ですね」

 

「そうですよ。うちのお母様はそう言う時代の生まれですしね。ねぇ、お母様?」

 

 秋雨が秋水にそのように尋ねる。

 すると、秋水が白銀の髪を揺らして首を振る。

 

「秋雨。薬袋家は代々続く武家ですよ。私は稲穂の収穫などしたことはありません」

 

「そーいえばそうでしたね」

 

 ブケ?

 

「軍事系の貴族家ですね。まぁ、薬袋家は由緒正しさなんかミリも無いのですが」

 

「ええ。薬袋家は私の曽祖父の代から始まっております。聚楽様の天下統一、その覇業の一翼を担った功績から薬袋の名を与えられたのですよ」

 

「その前はただの農民ですからね。しかも、お母様の代で滅びかけたし」

 

「私のお爺様も父上も残念ながら軍事系の才覚はかけらもなかったものですから」

 

「しかし、お母様は一転して殺しの才能に溢れかえっていたので、薬袋家を盛り返すことに成功したわけです」

 

 なるほど。すると、秋水の時点で既に3代に渡って貴族と。

 この国の貴族の性格がどんなものかは分かりかねるが。

 そのくらい代を重ねていたら、農民としての性格が消え去っていても不思議はない。

 稲穂の収穫などしたことがないというのも本当なのだろう。

 

 しかし、聚楽氏に曽祖父が仕えていたとなると。

 聚楽氏は相当な年齢になると思うが……。

 

「あー。見た目15やそこらくらいに見えますけど、あの人はなんでか知らないけど不老長寿なんですよね」

 

「他の御長寿の方はちゃんと説明がつくのですが、聚楽様は本当になんで不老長寿なのか謎なんですよね……私が聚楽様にお仕えしたのは9歳の頃ですが、それ以来まったくお変わりないので……」

 

 謎多き人物らしい。

 まぁ、割とエキセントリックと言うか。

 やや頭があたたかいところがあるというか。

 変わり者なのは間違いないので、頷ける話だ。

 

 しかし、こうして秋雨と秋水と話していると思うが。

 秋雨と秋水は喋り方と言うか、言葉選びがそっくりだ。

 なんか微笑ましいというか、思わず口角が上がるというか。

 

 こういう仲の良好な母娘を食うのが一番楽しい。

 やはり、なんとしても秋水は落とさねばなるまいて……。

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