あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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14-023

 しばらく歩いて、あなたたちは寂れた村に辿り着いた。

 

「ご覧ください。ここが限界集落、小祝村です」

 

 限界集落ってなんだろう。

 あなたは首を傾げた。

 

「また村がひとつ死にます。行きましょう……じきにここも腐海(ふかい)に沈みます」

 

 腐海ってなんだろう。

 分からない言葉ばかりだ。

 これだから異文化は面白い。

 

「なお、商店等はございません! ですので、買い物をする場合は小祝村を抜けて町まで出るか、各家に出向いてなにかしら譲っていただくよう交渉をする必要があります」

 

 まぁ、このくらいの規模の村なら普通では。

 結婚式の準備をするために別の町に買い物に行くとかよくあることだ。

 そして村内で物々交換が基本なのも普通だろう。

 

 貨幣は作らなきゃ存在しないが。

 物々交換で済む村で貨幣なんか誰が作るのか。

 外部から流入するにせよ、数に限界があるわけで。

 村内で円滑に流通するほどの量は確保できないだろう。

 

「で、今日はどうするんですか」

 

「町まで出ますよ。バスの時間もピタリですしね」

 

「そうですか。小祝村はこの手の村落には珍しく、1日なんと4本もバスが来ます。休日は6本ですよ。すごいでしょう」

 

 よくわからないがすごいらしい。

 あなたはすごいねとやさしく微笑んで同意した。

 

「あっ、すみません……クライアントが普通に優しい人なの忘れてました。胸に刺さる。虚偽発言の責任を取るため、薬袋秋水と薬袋秋雨が腹を切ってお詫びいたします」

 

「突然の巻き込み事故をやめてもらえますか? そう言う時は、聚楽様にしてください」

 

「薬袋秋雨及び、薬袋秋水と家波戸部聚楽が腹を切ってお詫びいたします」

 

「薬袋家の人間は除外してください」

 

「家波戸部聚楽が腹を切ってお詫びいたします」

 

 秋雨の失態で聚楽が腹を切るらしい。

 カル=ロスが空を見上げながら深呼吸をはじめた。

 一二三は口を噛み締めて何かを堪えている。

 

「じゃ、お母様はここまでですね。では、村内をぐるっと回ったら私たちは帰りましょうか」

 

 あなたは頷いた。

 

 

 

 それから、しばらく。

 寂れた村内をぐるりと歩いて回った。

 その際、秋雨は度々誰かに声を掛けられていた。

 

 老人ばかりという言葉通り、老人だらけだった。

 秋雨の帰省を喜んだり、心配したり、そんな会話が多かった。

 この地で生きて来た証であり、皆に可愛がられている証。

 

 あなたはそんな女の子をベッドの上で好きにしている。

 そう思うとほの暗い興奮が湧き上がって来て、背中がむずむずする。これはたまらん。

 

「とまぁ、この村はこんなものですね。大した村じゃないです」

 

 コハフリムラなる村のことはわかった。

 一二三が住んでいる村はどんな感じなのだろう?

 

「うちは山に家がぽつんとあるだけですね。村とかはないです」

 

 なんとも寂しい家だ。まぁ、そう言う家は度々あるが。

 狩人の一家であるとか、炭焼きの家とか、魔女とか。

 

鷹啄(たかはし)おじさん……上の兄です。山奥の方に小屋建てて住んでて、ふもとに私と義父と義兄、そんで義祖父が。桐生(きりゅう)おじさんはホームレスです」

 

「ホームレスて。桐生さんは住所不定なだけでしょう」

 

「ああ、そうですね。住所不定無職の不審者です」

 

「たしかにそうなんですけど。そうなんですけどねぇ」

 

「まぁ、変質者じゃないだけいいでしょう」

 

 カル=ロスがそんな慰めにもならないことを言う。

 

「この通り、うちには本職の変質者がいるわけですし」

 

 そしてあなたのことを変質者呼ばわりして来た。

 たしかに、あなたは性格や性質に大変な問題のある異常者だ。

 特に性的な方向で自我の構造が異常だったりするが……。

 だからって面と向かって変質者呼ばわりはちょっとひどい。

 

「でもさぁ、カル=ロス。クライアントはほら、顔めっちゃいいじゃん」

 

「まぁ、はい」

 

「そんでもって身綺麗だし、物腰も柔らかで優しいでしょ」

 

「そうですね」

 

「見た目のよさ、第一印象のよさって重要なんですよ。ゴツイ50代のおっさんとは格が違う」

 

「しかし、人格がですね」

 

「桐生おじさんは病的なほど自己中心的でまわりにいる者に災厄と不幸をもたらす最低なクズだけど」

 

「うーん! お母様の勝ち!」

 

 なんか勝ったらしい。

 

「はぁ。うちにも優しくて綺麗な女の人欲しかったわ。ゴツイオッサン×3体にもっとゴツイジジイ1匹、ややゴツイお(にい)なんやもんなぁ」

 

 などとため息を吐く一二三。

 あなたもそんなごつむさい家にいたら気が滅入るだろう。

 というか、そんな家で育った一二三はさぞ苦労したろう。

 やはり、同性でないと教えられないこととかってあるので。

 

「ええ、ええ、まぁ、いろいろと苦労はありましたね。個人的に一番苦労したのは方言やけどな、ブヘヘヘヘ」

 

 方言?

 

「男女で話し言葉違うって普通じゃないですか。で、うちには男しかいなかったわけで」

 

 なるほど、男性言葉ばかりを喋るようになってしまった?

 

「その上、オトンたちの故郷は大阪の方なんですよ。高濃度の関西人を脳に注がれた私が、怪し気な方言を喋る変なガキになるのもやむなしと言うか」

 

「一二三、たまにワシとかワイとか言いますもんね」

 

「ワイはワイワイワイワーイですよもう。緩徐(かんじょ)進行型の関西人はつらいです。男っぽい似非関西弁を喋るメスガキとかなんなんだよって話です」

 

「緩徐進行型て。病気みたいな扱いですね」

 

「秋雨たちも気を付けてくださいね。急性の関西人になると大変ですから」

 

「関西人ってなるものなんだ……」

 

 などと話しながら、あなたたちは秋雨の家に帰り着く。

 まぁ、それなりに見ごたえのある風景だった。楽しかった。

 特に秋雨がこの村で過ごして来た軌跡が垣間見えたのが。

 今夜、秋雨を可愛がったらきっともっと興奮できる。楽しみだ。

 

 

 

 家の中に聚楽氏はいなかった。

 どこか出かけたのだろうか。

 

「たぶん道場ですね。お父様は大体そこにいますから」

 

 ほほう、修行熱心というわけか。

 

「いえ、考え事する時には道場で正座して目を閉じるように言ってあるので」

 

 なんだその謎の指示は。

 

「いえほら、瞑想に耽る武人感があってカッコイイじゃないですか。だからです」

 

「指示も意味不明だけど、それに素直に従ってる聚楽公も割と意味分かんないですね」

 

「お父様はなんだかんだ変な指示しても首を傾げつつやってくれますよ」

 

「へぇ……どれくらいまでしてくれるんですか」

 

「お父様の眼球が欲しいようっておねだりしたらたぶんくれますよ」

 

「なんですかそのおねだりは。サイコおねだりやめてくださいよ」

 

「逆に金銭的なことに関しては普通に厳しいですね。割と線引きは謎です」

 

 などと言いながら、あなたたちは道場とやらへ向かう。

 すいと中に入ってみると、なるほどそこには聚楽氏がいた。

 

 

 聚楽氏は整った相貌の青年、あるいは少年だ。

 黒髪に黒目、きめ細かで滑らかな肌、ほっそりとした体躯。

 剣など本当に振るえるのかと不安になるほどなよやかですらある。

 剣士とのことだが、実際のところ本でも読んでる方が似合う。

 

 だが、その佇まい、雰囲気、そして所作に見える鋭さ。

 それらは戦士特有の得も言われぬ香りだ。

 彼はたしかに剣士なのだろう。それもおそらくは、凄腕の。

 

 そんな青年が、足を折り畳んで座っている。

 すごい座り方だが、あんな座り方したら足が痛くならないのだろうか。

 しかし、その姿勢からなる、背筋がピンと立った姿勢の美しさ。

 それはなるほど、たしかに静謐な美しさに満ちていた。

 

「秋雨か。いかがした」

 

 聚楽氏がそっと目を開く。長いまつ毛が揺れる。

 そして、秋雨に何用かと問いかけた。

 

「一通り村を巡って案内してきました。お母様は町まで出るそうなので、少し遅くなるかと思います」

 

「左様か」

 

 聚楽氏が頷き、そこであなたは聚楽氏に声をかける。

 それはずばり、聚楽氏と試合をしてみたいというお願いだった。

 

 この次元の生粋の剣士とは一度試合をしてみたいと思っていたし。

 聚楽氏はもう意味不明なほどに強く、剣戟ではなく理不尽を放っているとまで言われるほどらしい。

 それほどの強さならば、どんなものか体感してみたいではないか。

 

「それは構わぬが……そなた、本調子ではなかろう。それでもよいのか」

 

 構わない。身体能力は確かに衰えているが。

 技量そのものはべつに衰えているわけではないので。

 まぁ、木剣で殴られるとさすがに堪えるので。

 寸止めしてもらえるとありがたいかなと言うくらいか。

 

「そうか。しからば、仕合うとしよう」

 

 聚楽氏がなめらかな動作で立ち上がり、道場の隅から模擬剣を取り出す。

 なにかしらの木材とおぼしきもので作られた独特の形状の模擬剣だ。

 たしか、秋雨はこれのことをシナイとか言っていたか。

 

「そなたもこれでよいか」

 

 あなたは頷く。

 聚楽氏がひょいとあなたへとシナイを投げ渡して来た。

 受け取ってみると、軽い。独特の振り心地だ。

 まぁ、仕合をしてみる分には十分か。

 

「では、参れ」

 

 開始の合図とかはないらしい。

 じゃあ、遠慮なくやらせてもらおう。

 

 あなたはシナイを手に聚楽氏へと襲い掛かった。

 間合いをたしかに測って、先端がちょうど体の半ばにクリーンヒットする立ち位置。

 前に出て躱すも、後ろに下がって躱すもやりにくい位置。

 そして、そのどちらをとっても対応しやすい中間の位置。

 

 聚楽氏はひょいと一歩半後ろに下がる。

 あなたはさらに体を前に出し、踏み込んで間合いを伸ばす。

 そして、あなたの大上段からの一撃は空ぶった。

 聚楽氏まで、あと5センチほどの距離。

 あなたの剣はそこを通っていった。

 

 あなたは寒気のするような感覚を覚えた。

 完璧に間合いを見切られた上で、あなたの思いもよらない部分まで考慮して避けられた。

 

 5センチと言う距離は随分と余裕のある数値だ。

 だが、捨て身の一撃ならば、あと3センチは踏み込めた。

 そして、剣の握りを甘くしてさらに後ろを握ればさらに2センチはいけたか。

 

 あなたがなにをどうあがいても絶対に剣の届かない位置。

 聚楽氏はそのギリギリの場所に自分を置いたのだ。

 なにをどうやったらそんなもん見切れるのか理解できない……。

 

「ふむ」

 

 聚楽氏の手にする剣が、まるで蛇のように襲い掛かってくる。

 あなたはそれを躱しざま、自分の剣を当てて捌……けなかった。

 あなたの手にした剣にはろくすっぽ手応えが帰って来ない。

 しかし、あなたの剣はひょろりと滑って、狙い通りの位置に奔らず。

 

 それを体幹と筋力で無理やり引き戻す。

 あなたは裂帛の気合と共に剣を横に凪ぐ。

 この立ち位置、距離感、絶対に避けられない。

 

 聚楽氏は手にした剣をあなたの剣に合わせた。

 そして、まるでほうきでも扱っているかのような気軽さで。

 それを半円を描くようにして動かし、あなたの剣を釣り上げた。

 

 それはまるで、あなたの剣が自然と浮かび上がったかのような。

 それほどまでに自然で、完璧な力加減の受け流しだった。

 あなたは引き攣る頬を感じながら、がむしゃらに攻め込む。

 元よりあなたの剣技は剣先を取り合う類のものではない。

 

 チャンスと思い切り、そしてフェイント。

 その3つが根幹にあり、間合いを侵略しての苛烈な攻撃が基本。

 あなたの剣は攻めが根幹にある種類の剣技なのだ。

 

 それに従って、あなたはひたすらに攻める。

 攻めて、攻めて、攻めに攻めて、攻めまくる。

 受けられ、躱され、流され、防がれまくる。

 

 困った……ちょっと勝てない……。

 

 あなたが敗北を確信するのに3分とかからなかった。

 それでも遮二無二攻め込みまくる。

 

「ふむ、異界の剣技とはこのようなものか。よくわかった」

 

 そして、総計して5分ほど経った頃、聚楽氏がそのように呟いた。

 そこから聚楽氏が本格的に攻めて来た。

 

 あなたはそれを必死で防ぎ、捌く。

 自分の今持てる限界の技術と身体能力を全力で駆動させての守備。

 その間隙を縫って、あるいはなんとか攻めをいなすべく、あなたも攻める。

 

 あなたの身体能力で、対応できるギリギリの速度と鋭さ。

 そして、あなたが反撃をできるギリギリの攻め手の強さ。

 しかし、あなたの攻撃が通らないギリギリの守りの堅さ。

 

 そんな調子であなたと聚楽氏の間に交わされる剣戟の応酬。

 ようやく戦いらしい戦いになって来たと、はた目には見えることだろう。

 激しい剣技の交錯は、双方の実力が伯仲して見えるに違いない。

 

 だが、あなたには分かった。

 

 絶望的な気持ちになるほど残酷な真実であるが。

 あなたはいま、聚楽氏に剣技の指導をされていた。

 

 聚楽氏はあなたが負けないギリギリの強さで戦っている。

 あなたが勝てないギリギリの堅さで守られ。

 あなたが防げるギリギリの速さで攻め。

 あなたが読めるギリギリの複雑さで連携を作り。

 あなたが逃げれないギリギリの巧みさで追い込む。

 

 あなたが全身全霊を振り絞り続けさえすれば。

 この戦いは続く。そう言った形に調整されている。

 

 剣を覚えたての子供に、こんなふうに試合をすることがある。

 全身全霊を振り絞って戦う時が一番伸びるからだ。

 だからギリギリのラインで戦ってやるのが指導として一番いい。

 

 つまり、聚楽氏の実力は。

 あなたと次元の違うレベルにまで隔絶していて。

 あなたを剣を覚えたての子供同然に扱っていた。

 

 あなたは子ども扱いされていた。

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