およそ、10分ほどか。
聚楽氏が攻勢に転じておよそ5分。
その頃にあなたの剣があなたの手から弾かれた。
身体能力の衰えている今、疲労すればさらに身体能力は衰える。
剣をグリップし続ける握力にも事欠くほど疲労したのだ。
あなたは手から消えたシナイを認識し。
目の前で悠然と佇む聚楽氏を認識し。
それから、あなたはその場に崩れ落ちた。
自分のすべてが欠片も通用しなくて。
なにもかもすべてをいなされ、なにもかもすべてを通され。
あなたの培ってきた剣技、経験、そのすべてが劣ると示され。
あなたは自分の弱さに打ちひしがれていた。
「ああ……実力伯仲に見えたのに、やっぱりお父様の方が強かったんですね……」
「完全に互角にしか見えなかったんですけど」
「でも、クライアントが絶望し切ってるところを見るに、完全に敗北したみたいですよ」
「たしかに、CGが回収できそうなくらい絶望顔してますが……」
まぁ、あなたは元々魔法剣士だし。
そもそも剣技にそこまで自信があったわけでもないので。
自分の根幹を否定されるほどの絶望ではないが……。
やっぱり、何十年となく振り続けて来た剣技が劣ると示されるのは、堪える……。
ソーラスのセリナに負けたこともあったし。
たとえばジルやコリント、ハウロとの試合には負けることもあったが。
ここまで完膚なきまでに打ちのめされたのは随分と久し振りだ。
「
聚楽氏がそのようにあなたを称えてくれたが。
それがミリも通用しなかったのは普通に悲しい。
「改善点と言えるようなものはない、そなたの剣技は機と猛攻にある。より多数の実戦経験を重ねるほかあるまい。すでにそなたは円熟した剣士ゆえ、そのように言うほかない」
そして、そのまま聚楽氏はあなたにアドバイスまでして来た。
まぁ、内容自体はすごくありきたりだったが。
「うーん……お母様が普通に負けるの、やっぱ見てて気分よくないです……お母様、勝ってくださいよ」
カル=ロスに悲しそうに言われてしまった。
しかし、勝てと言われて勝てれば苦労はない。
純粋な剣技で聚楽氏に勝つのは無茶無謀だろう。
これが冒険中の殺し合いならなんとしても勝つが。
さすがに剣技の試合中になんでもありで殺しに行ったら問題だ。
「まぁまぁ。うちのお父様は物凄いピーキーな性能してるので、実際の殺し合いならクライアントの勝ちだと思いますよ」
「そうなのですか?」
「稀人の具体的な戦術を知らぬゆえ、なんとも答えられぬ」
「カル=ロス。クライアントならどう戦います?」
「小手調べに30倍速くらいに加速して切りかかってくるか、『魔法の矢』の連射ですね」
「お父様、どう戦います?」
「30倍の速さで剣戟を撃ち込まれる程度ならば防ぐのは容易いが……純粋に30倍の速度で行動されては、振った剣を戻す前に追撃が入る。2撃目を防ぐ手立てがない。魔法は普通に当たるので死ぬであろうな」
「だ、そうです」
「意外と公方様って脆いんですね……」
そんなお手軽に勝てるんだ……あなたは驚いた。
じゃあ、今度はあなたが加速ありでやってみてもいいだろうか。
10倍速くらいしか出せないが、やってみたい。
「まぁ、そのくらいならよいが」
そう言うわけで、第2ラウンド開始。
試合開始と同時、あなたは加速する。
今のあなたは精々10倍速程度にしかなれない。
が、それは逆に言うと常人が1歩歩く間に10歩歩けるということ。
常人の1秒があなたの10秒に相当する速度で動ける。
あなたが周囲を見渡すと、全員がのろのろと動いている。
聚楽氏の方へと駆け寄り、あなたは剣を振るう。
右上から、左下へと切り抜ける剣戟だ。
聚楽氏がのろのろとした動作でシナイを構える。
それはあなたの剣戟との間に間に合わせる動作だ。
そして、あなたの剣が聚楽氏の剣と接触し。
それは驚くほど滑らかな動作で捌かれていく。
10倍速なのに普通に対応して防ぐとかどうなってるんだ……。
あなたは思わず戦慄した。
だが、そこからは先ほどとまるで違った。
防がれたなら、のんびり剣を振ってる場合ではない。
あなたは聚楽氏の剣から剣を離し、今度は聚楽氏の足を叩く方向へ。
聚楽氏の剣があなたの剣を防ぐべく伸びて来るが……。
10分の1と言うのろのろした速度では、間に合わない。
あなたの剣は聚楽氏の向こうずねにクリーンヒットした。
「ぬぅー! 弁慶の泣き所は痛い!」
「あー、お父様負けちゃった」
聚楽氏が向こうずねを抑えながら転げ回っている。
試合なのでそこまで本気で殴ってはいないのだが。
10倍速でぶん殴ったので普通に物凄い威力が出ていた。
3割の力で殴っても、10倍速で殴ったら本来の3倍の威力だ。
「え……その計算あってるのかな……」
「衝撃力は速度の2乗に比例だから……」
「3割で、10倍で……つまり……つまり?」
「3割は30パーセントだから……それが、10倍で2乗で……100倍?」
「すると、3000パーセント……3000パーセントってどれくらいですか」
「30倍……であってるのかな?」
カル=ロスらが不安げに計算をしているが。
そのあたりのことはどうでもいい。
3倍と言うのもフィーリングで適当に言っただけだし。
なんと言うか、聚楽氏のものすごいピーキーさと言うか。
技量は間違いなく超人的なのだが……身体能力があまりにゴミ過ぎる……。
あなたは10倍速で行動できるわけだが。
身体能力も純粋に猛烈に高いので、肉体を動かす速度自体も速い。
なので、仮に聚楽氏が今のあなたと同等の身体能力があれば。
10倍速で動けなくとも、10倍速の戦士と戦える剣速を叩き出せるだろう。
それがまるきりできないということは。
おそらく、聚楽氏の身体能力は一般市民と大差ない。
あんだけ技量あってなんでこんな身体能力が粗末なんだ……。
「まぁ、1勝1敗で引き分けと言ったところで……クライアント、汗だくですから、お風呂にご案内しますよ」
そう言われ、あなたは自分が汗だくなことに気付いた。
先ほど、聚楽氏との10分の試合は壮絶なものだった。
あなたは自身の持てる身体能力を振り絞って、全身全霊で戦った。
そんなことを10分もやってたらそりゃ汗だくにもなるか。
あなたは秋雨の申し出に頷いて、風呂に向かうことにした。
「あぁ~……こちらの家のお風呂は最高なんですよね。湯船は広い
療養中の今、入浴中の介助に『アルバトロス』チームの誰かがついてくれる。
そして、その役目は大体の場合でカル=ロスが担っていた。
今日もその例に漏れず、あなたはカル=ロスと共に入浴をしていた。
木製の湯船はよい香りがするし、溢れ出すお湯はやや緑がかっている。
カル=ロスの言う通り、これは間違いなく温泉だった。
「まぁ、あんまり長湯しても悪いですし、汗を流して体をあっためたら上がりましょうか」
あなたは頷いた。
しかし、この心地よい風呂は堪能したいところだ。
今日は泊めてもらって、ゆっくり入らせてもらおう。
突然で迷惑かもだが、最悪は庭で野営するので許容してもらおう。
しばらく体をあっためてから上がり、あなたはユカタなるものを着ていた。
この国における伝統的な衣服で、現代では寝間着として使われているものだとか。
木綿地のなめらかでひんやりした感触が心地よいし、体を締めなくて楽でいい。
「お母様に浴衣が似合わな過ぎてマジで笑う」
「浴衣は胴長短足じゃないと似合わないですからね……」
「クライアント、スタイル抜群だからなぁ……」
割と心地よくて気に入ったのだが。
カル=ロスを含め、そのように酷評されてしまった。
まぁ、たしかにカル=ロスに比べて不格好な姿に見えるが……。
「ともあれ、麦茶どーぞ」
「うちわです。よかったら使ってください」
秋雨と一二三が湯上りにとそんなものを用意してくれた。
あなたはありがたくムギチャで喉を潤し、ウチワで顔を扇ぐ。
湯上りの上気した肌が冷える感触が心地いい。
「縁側は風が気持ちいいですけど、うっかりお昼寝とかはしないようにおねがいしますね」
「2人とも寒さに強いんでしょうけど、風邪引きますからね」
「はいはい。寝やしないですよ」
「寝るなら布団敷きますから、言ってくださいね」
あなたは頷いた。
「じゃ、ゆっくりしててください」
そう言って、秋雨と一二三がどこかへ引っ込んでいった。
ここは秋雨の実家だし、一二三は家族で修行に来ているところだ。
まぁ、やることはいろいろとあるのだろう。たぶん。
「ふあーあ……お風呂上りって気持ちいいですよね」
カル=ロスがそう言いながらあくびをする。
あなたは膝においでと促す。
「わーい、膝枕らー」
カル=ロスは速攻であなたの膝に懐いてきた。
あなたは苦笑しながらもカル=ロスの洗い立ての髪を撫でた。
ドライヤーとか言う便利な道具で乾かしてあるので、滑らかな触り心地だった。
「きもちいー……」
それから、しばらくゆっくりしていると。
やがてカル=ロスの寝息が聞こえて来た。
あなたはカル=ロスに『ポケット』から取り出した毛布を掛けてやった。
「む。午睡の最中であったか」
そうしていたら、聚楽氏がやって来た。
どうやら彼も汗を流したようで、洗い髪が濡れていた。
彼はそのままあなたの横にすとんと座った。
「稀人よ。そなたも難儀な使命を負うているな」
聚楽氏の黒い透徹した瞳があなたを見ている。
なんだか、吸い込まれるような綺麗な瞳だ。
聚楽氏を見ていると、なんだか変な気分になる。
こう、大きい穴を見ている時の不安感みたいな……?
あるいは、狭いところに身を押し込んだ時の安心感みたいな……?
矛盾した感情が同時に押し寄せて来る、不思議な気分だ。
「私は魂の扱いというものに一家言ある」
突然なんの話だろうか。
しかし、魂の扱いにはあなたも興味がある。
人体練成をすると魂はどっかから湧いて来たりするし。
なんやかんや死霊術で魂を容器に入れたりとかできるし。
扱う術自体はあるが、魂というものを理解しているとは言えない。
それに一家言あるというなら、なんかしらの知識は期待できるかも。
「その私の目から見て、そなたの魂はきわめて特殊だ」
あなたの魂が?
「人の魂というのは多かれ少なかれ欠けている。完全無欠な魂の人間はおらぬ。これはまぁ、完全無欠なれば魂そのもので存在できるゆえ、肉の身を持つヒトには宿らぬゆえな」
そのあたりの理論自体が初耳だが……。
魂ってそもそもからして欠けてるものなんだ……。
「だが、そなたの魂は殊に大きく欠けている。
で、あなたの魂はどれほど欠けているのだろう。
「3割ほど欠けておるな」
めっちゃ欠けてるじゃん……大丈夫なのだろうか、それ。
「まぁ、普通ならば死産するか、流産するかだが……そのあたりはエルグランドの理ゆえであろうな。蘇るのであろう?」
あなたが産まれた直後に死んだとは聞いていないが……。
逆を言うと健やかに育ち切ったとも聞いていない。
もしかしたら、生まれた直後に死んだことがあったのだろうか。
「その特質は、おそらくそなたの父母にあろう。そなたの父母、人ではないな」
あなたは頷く。あなたの父は妖精だ。
魂を持たぬ、魔法生命に近い存在。
自然の結実とも言える神秘的な存在だ。
「そなたの魂はそなたの母より全面的に継いだものか……得心がいった……」
それで、どういう趣旨の話なのだろう。
3割も欠けていると、なにか致命的な問題があるとか……?
「まぁ、人格が破綻したりするが、些事であろう。私も7割5分ほど魂が欠けておるが、このように大過なく生きている」
聚楽氏も滅茶苦茶に欠けてるけど大丈夫なんだろうかそれ。
って言うか、2割5分しかないなら聚楽氏の方が欠片側なんじゃ。
まぁ、聚楽氏はちょっと変わっているが、それなりにまともだ。
2割5分しか魂なくてこれなら、7割もあるあなたは問題ないだろう。
「神の意志とは計り知れぬものであるが。そなたがそのような魂を持ち、難儀な使命を負うたことにも、理由があるのであろう。あるいは、そなたの出生にも神の意志は関与するやもしれぬ」
その可能性は決して否定できないものだろう。
だが、たとえそうであるとして、それに従うかは別だ。
神がどうこういったところで、あなたの意志はあなたのもの。
それを好き勝手しようなんておこがましいにもほどがあるだろう。
「ふむ。そうか。どうやら、私がとやかく言うことでもないようだ」
聚楽氏はそのように笑った。
それで、魂の話はどんな趣旨なのだろう。
「私にはそのあたりの情緒はわからぬのだが、人がなにゆえ他者に惹かれるかは、魂の欠落も影響がある」
ほほう?
「運命の相手とは、魂の欠け方が似ているか。あるいは、欠けをおたがいに補完できる相性のよさであるという」
それはずいぶんと美しく聞こえる話だった。
魂からくる相性のよさは、まさに運命と言える。
あなたも叶うことならそんな相手に会ってみたいものだ。
「ふむ、そなたも鈍いな」
なにが?
「そなたの魂は3割ほど欠けている。私の魂は只人の2割5分しかない。パーセンテージで言うなれば、そなたの魂は70パーセント少し、私は25パーセントほどしかない」
ふむ……ふむ?
70パーセントに、25パーセント。
足したら95パーセント……いや、あなたの魂はもう少しあるらしいので、それ以上か。
……もしかして?
「うむ。統計的に見て、そなたと私は運命の相手にあたる」
へぇ……そうなんだ……。
それで?
「懸想されても困るゆえ、先んじて懸想せぬよう釘を刺しておこうと思った」
なるほど、たしかにその気持ちは分かる。
自分で言うのもなんだが、あなたは美しい容貌の持ち主だ。
そのため、男に一目ぼれされたりすることも普通にある。
だが、あなたにとってそれは普通に迷惑なことだ。
懸想されること自体はべつにいい。振り向くこともないので。
だが、それで逆恨みとかされると……すごく困る……。
だから感情が積み重なる前に釘を刺すことはあなたもやる。
聚楽氏もそれをやっておこうと、そう言う気持ちはわかる。
だが、あなたは女しか好きではない。
だから男の聚楽氏に懸想する心配はない。
問題ないので安心して欲しい。
「そうか。ならば私も心安らかでおれるというもの。そなたには無用な気遣いであったな」
聚楽氏がほっとした顔でそう頷く。
しかし、普通男が女に懸想されたら嬉しがろうものだが……。
あなたなら間違いなく大喜びでそのまま抱くし。
「私にはその手の情緒がわからぬ。なにより、私は生来的に不能なのだ」
なるほど、それはたしかに困る……。
女で不感症でも手はいろいろあるが。男で不能は物理的に入らない。
懸想された上で不能だから相手できないなんて話になったら、女側がキレそう。
そう言う理由で聚楽氏は予防線を張ってきたわけだ。
「うむ、安堵した」
あなたも安堵した。
運命の相手だから付き合おうとか言われても困ったので。
あなたと聚楽氏はそのように笑い合った。
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