あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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14-037

 クロモリとモモロウと夜の約束を取り付け。

 あなたは次に救児院内の図書室の方へと出向いた。

 図書室は名前通りに図書のある部屋ではあるのだが。

 実際のところ、その名前通りの役目は資料室が担っている。

 

 図書室は現在、魔法使いたちの研究室と化している。

 それはこの領地最高の魔法使いであるレインの住み家であることと同義だ。

 あなたは次にレインに帰参の挨拶をすることにしたのだ。

 

 あなたが図書室を尋ねると、そこには十数人の子供たちが作業に勤しんでいる。

 机に着いて、視線を向ける先にはスクロール用の、上下を革で補強した厚手の紙。

 古式に則るなら羊皮紙らしいが、べつに植物紙でも作れるらしい。

 羊皮紙は品質がバラバラで書きにくいので、救児院では植物紙を使っている。

 

 そこに子供たちが呪文回路を投影。

 魔力を流し込みながらペンを用いて丁寧に模写していく。

 紙面上に魔法を行使しているのに感覚としては近い。

 実際、魔力を用いて回路を焼き付けるので、必要分の魔力は喪われるし。

 また、焼きつけに非常に時間がかかる。加減ミスると紙が消し飛ぶし。

 

 高位の呪文ほど焼きつけが難しく、手間がかかる。

 魔法とは魔力を用いて法則を捻じ曲げる神秘のパワーだ。

 高位呪文ほど、捻じ曲げる法則が深く大きくなる。

 焼きつけに手間がかかるのは、そう言う理由だ。

 

「……ふぅ。ん? おやおや、領主様じゃあないかい。こんなシケたとこに、視察かい? ご苦労さんだねぇ」

 

 と、声をかけてくるのは、この救児院におけるリーダーの1人、マリルだ。

 魔法使いの才能があった彼女は、魔法使いチームの筆頭リーダーである。

 あなたが拾った時は足に大けがを負って、明日をも知れない身だったが。

 こうして成長し、魔法使いとなって領地に益をもたらしてくれている。

 

 あなたはマリルに頑張ってるみんなの努力はちゃんと見ないと、なんて返す。

 そして、同時にあなたはマリルが作業をしていた紙面に目をやり、気付く。

 

「どうかしたかい」

 

 スクロールに記載されている呪文に覚えがある。

 探し物をする時にとっても役立つ呪文、『物品探知』の呪文だ。

 スクロールの作成には、当然ながらその呪文が使える必要がある。

 つまり、マリルはすでに2階梯呪文にその手を届かせているのだ。

 

 あなたはマリルの成長を祝福した。

 そして同時に、目に見える形のねぎらいを与えた。

 つまり、その手に一掴みの金貨を与えたのだ。

 

「お、おいおいおい。いいのかい、こんなに。ただ2階梯が使えるようになっただけだってのに……」

 

 十分すばらしい成果だ。

 そもそも、子供たちは材料費無料とは言え、ほぼタダ働きでスクロールを作っている。

 成果報酬として多少なりの金銭は与えているが……。

 

 魔法は金がかかる。逆を言うと、魔法は儲かる。

 一掴みの金貨なんて、あっと言う間に稼げる。

 マリルが作っている2階梯呪文のスクロールの相場は金貨15枚だ。

 10枚も作れば手に収まらないほどの金貨になる。

 

 こんなご褒美、彼女らの働きの成果からすれば些少なものだ。

 まぁ、彼女らを種々様々の悪意の手から保護したり。

 彼女らにさらなる学びの機会を与えたりと。

 搾取をしているというわけでもないのだが。

 魔法は金がかかると先ほども言ったが、それは教えを受ける場合も同じことなのだ。

 

「ふうん、そんなもんかい……まぁ、ありがたく受け取っておこうかい」

 

 言いつつ、金貨を『ポケット』に収めるマリル。

 どうやら魔法使い組に『ポケット』の魔法は伝授されているらしい。

 

「さて、あたしはもう一仕事といこうかい。それとも案内が必要かい?」

 

 いや、そこまでの気遣いは不要だ。

 どうせ尋ねる相手はレインなので。

 

「ああ、先生かい。それなら予備室の中にいるはずだよ」

 

 本来は本の一時保管所として用意したはずの部屋だ。

 さして広い部屋でもないが、傷んだ本の修復をしたりと言った作業が出来る程度の準備はある。

 いまは特別に集中したい作業をする時に使う、予約制の部屋になっているらしい。

 

「もうそろそろ出て来てもおかしかない頃だけどねぇ……声をかけてみようかい」

 

 などと言いつつ立ち上がるマリル。

 そして、天井から吊るされているランプに頭をぶつけた。

 

「あだっ……まったく、いつまで経っても慣れないねぇ……」

 

 ぼやきながらランプを避けて歩くマリル。

 あなたはその後に続いて歩く。

 

「レイン先生? 領主様がいらしてるよ。酒癖の悪いアンタを雇い入れてくれる懐の深い雇い主様さ。挨拶しなきゃあまずいんじゃあないのかい?」

 

 どうやらレインとは割と気安いらしい。

 まぁ、あの酒癖じゃあね……あなたは一人納得する。

 血統的にはともかく、育ちは生粋の貴種なのだが。

 そこらの場末の飲んだくれ並みに酒癖が悪いのでしょうがないか。

 

 なんて思っていると、扉がひとりでに開かれる。

 中からレインが開けた……と言うわけでもなさそうだ。

 ひょいと中を覗いてみると、奇妙な球体を前にレインが立っていた。

 手を伸ばして扉を開けられる距離ではないので、魔法か何かで開けたのだろう。

 

 レインは自身の前に置いた奇妙な球を真剣な瞳で見つめている。

 銀色に輝く金属製の半球と、もう一回り大きい半球を組み合わせたもの。

 小さい方が上、大きい方が下と、ちぐはぐな球である。

 子供向けのオモチャであるおきあがりこぼしに似てるっちゃ似てるが……。

 これはいったいなんだろうかとあなたは首を傾げる。

 

「あなたからもたらされた知見を基礎に作ったものよ。私が研究中の『神話級呪文(ミシックスペル)』に使う触媒ね」

 

 なるほど、触媒であれば意味が分からん代物なのも頷ける。

 魔法を使用する際にはあれこれと触媒を使用することがある。

 エルグランドの魔法では大体の場合で省かれているが、ごく一部に使用することがある。

 

 触媒を用いることで、魔法の難易度を下げたり消費を低減したりできるのだ。

 エルグランドの魔法は威力と利便性しか考慮していない。

 だから使用難度とか安全性が下がっても触媒を排除するのだろう。

 

 そんな触媒は割とよく分からないものだったりする。

 『火球』の呪文なら硫黄と岩塩の粒。『跳躍』ならバッタの足。

 『連鎖雷撃』なら種類不問で毛皮の端切れ、ガラスひとかけら、銀製のマチ針を力量に応じて。

 『資質転換』なら『筋力強化』のポーション。『矢避け』なら亀の甲羅。

 

 なんとなく頷けるものもあるが。

 普通に意味の分からない代物もある。

 

 跳躍力の強いバッタ、その跳躍力の源である足で『跳躍』はわかる。

 『火球』で強い火を生み出す源となる硫黄は分かるが、岩塩はなんなのか。

 『連鎖雷撃』で毛皮だのガラスだの、電撃とどう関係するのか。

 

 そう言うわけで、触媒とは謎多きものだ。

 レインの前にあるものも、触媒と言うならそうなのかなと言ったところだ。

 

 魔法学者なら触媒の意図も知ってるのかもだが。

 あなたは生粋のエルグランドの魔法使いなので、触媒については詳しくなかった。

 

「それで、どうかしたの。ああ、帰参の挨拶? おかえり」

 

 ただいま。

 レインの研究は……順調そうだね。

 あなたがそのように言うと、レインは満足げに頷いた。

 

「ええ。満足いく成果が出たわ。実験はこれからだけど……あなたですらアッと驚くような魔法を見せてあげるわ」

 

 それは楽しみだ。

 あなたは期待してるよと応えた。

 よさげだったらあなたも教えてもらおう。

 

 

 

 さて、次にあなたはレウナを探した。

 レウナは割とすぐに見つかった。

 運動場で子供たちを相手に指導をしていたからだ。

 

「いいか。世の中には自らの身ひとつで戦う者がいるが、それはあくまで修身のため……自らを鍛えることが目的なのだ。本当に強い者は身ひとつで戦うとか、寝ぼけた言説に騙されるなよ」

 

「クックック……拳で獣に挑むなど……」

 

 どうやらキャロラインことキャロも一緒に指導をしているようだ。

 キャロは目線が相変わらずあちらこちらにグルングルンしているが。

 あなたが得た第三の眼とやらで見ても、なにを見ているかは謎だ。

 たぶん、何も見ていないのだろう。レウナをおちょくってるだけ。

 

「身ひとつどうこう言うやつは、借り物の力だの、付け焼刃がどうだの、魔法に頼るなんて、とか言うがな。それこそ眠たい話だ」

 

「ああ、そうよ、あなた……まだ、眠りの夜なのね……おやすみなさい、いとしいひと……」

 

「そうだな。おい、そこのおまえ」

 

 レウナが適当に子供を指す。

 見覚えのある顔だ。割と初期からいた子供だろう。

 それなりに訓練で仕上がった子たちを対象にした指導らしい。

 

 レウナが次に、少し離れた場所にあるカカシを指差す。

 木剣を使った打ち込みの訓練で使うためのものだ。

 木と布で作られたもので、本物の剣で切ればすぐ壊れるだろう。

 

「おまえ、そこの標的のカカシ、切れるか」

 

「はい!」

 

「身ひとつで切れるか」

 

「魔法の強化無しと言う意味ですか? 出来ると思います」

 

「違う。身ひとつと言ったろうが。剣を使うな。素手で叩き切れ」

 

「えっ! む、無理です!」

 

 そりゃ無理だ。

 肉体が切れ味を纏うほどの鍛錬は武僧の専売特許。

 普通、戦士と言うのは武具を用いて戦うものだ。

 どんだけ強くなっても素手で木を切るのはまず無理である。

 

 あなたもたぶん無理だろう。

 叩き壊すのは簡単でも切るのは難しい。

 

「勘違いしているやつも多いがな。剣だって借り物の力だろうが。おまえたちの体には鉄の強度も切れ味もないんだからな」

 

 言われてみると、まぁ、たしかにそうか。

 魔法のかかっていない剣と言えば純粋な実力を問うものという印象があるが。

 よくよく考えれば、人体にはない硬さと鋭さがあるわけで。

 たしかに純粋な実力を問うなら剣は不純物……なのか?

 

「結局、人間の使う力なんぞ大半が借り物だ。特別な力の武具を使うのは惰弱なんて、ただの屁理屈みたいなものだ」

 

「ああ……あんた……俺の腕を、知らないか……どこかに、置いて来ちまったみたいなんだ……」

 

「この壊れたラジオ女は素手でも猛烈に強いが、そんなのはただの例外だ。素手での戦闘は会得しても損はないが、磨き上げるまでは必要ない」

 

「あ~ら、あなたいい女ね。パサファロンの血を輸血してあげてもいいのよ」

 

「エルグランドとパサファロンの狂気を混ぜるんじゃない」

 

 なんかあなたがたまに使う文言がキャロに使われている。

 それもどうやら狂気の文脈っぽい。キャロにどう思われてるんだろう……。

 

「おまえたちは剣と弓、その2つをキッチリ鍛えろ。そして必要に応じて槍やら槌を訓練しろ。いいな?」

 

 スタンダードが結局いちばん。

 レウナの指導の要点はそんなところか。

 そして、レウナは咳ばらいをすると、最後に締めた。

 

「キャロラインの真似をしようとか思うな。例外中の例外だ。絶対に真似するなよ。特に、言動をな」

 

 強さはともかく、言動を真似しようとする奴なんているんだろうか。

 たぶん居ないと思う……そう思って孤児たちを見渡せば、全員同じ顔をしていた。それはたぶん、あなたと同じ顔だった。

 

 

 レウナの指導が終わり、ばらばらと子供たちが散っていった。

 各々が得意とする武器の訓練をするらしい。

 ここの子供たちが実戦に出る日もそう遠くはなさそうだ。

 

「む、帰っていたのか。おかえり。体の調子はどうだ」

 

「おお、貴公。よくぞ無事に戻った。私も嬉しいぞ、友よ」

 

「…………」

 

 レウナがキャロを変なものを見たような顔で見ていた。

 割と普通に喋っているのが珍しいのだろう。

 

「こちらは特に変わりはないが、そちらでは何か変わったことでもあったか?」

 

 特にこれと言ってなかったような……。

 強いて言うなら『グレイスメイデン』の人と会ったくらいで。

 

「なんだと? 連中と?」

 

 そして、別次元に療養しに行ったが。

 そちらでそれなりの資金を得て来たし。

 聚楽氏と言う権力者とのツテも作れた。

 

 もしも『アルメガ』の脅威を恐れてこの星から逃げたいと言うなら。

 レウナにあちらの次元の金をすべて譲渡し、あちらに魔法で送ってもよい。

 あなたはそんな提案をした。

 

「別次元に……別の星に逃げれる……か」

 

 以前、レウナは『グレイスメイデン』と連絡がつけばべつの星に逃げられると言っていた。

 今もそのつもりでいるなら、そのようにしてもいい。

 

「とても魅力的だ。自分で言い出したことでもある。だが……」

 

 ああ、やはりそうか。

 あなたはなんとなく予想していた答えに頷く。

 

「私は戦う。戦わねばならん。長生きを望んではならない。必要十分だ。また死ぬ時が来た。そう言うことなのだろう」

 

 その選択を尊重しよう。

 それがレウナとラズル神の契約ならば。

 

 レウナはその教えに殉ずると誓った。

 だからレウナはレウナになった。

 ラズル神は、そうしたレウナに加護を授けた。

 そして信徒なき破壊の神は人の守護者となった。

 

 契約だ。

 人と神の存在は遠い。

 そこにある絆の形は、前提として契約がある。

 

 第一の神として崇めること。

 そして神は人を守護すること。

 

 レウナがレウナとして殉ずるなら。

 そうなるのが必然なのだろう。

 

「……少し、走ってくる」

 

 事情を噛み砕いて理解していたところで、レウナがそう言い出して、走り去っていった。

 唐突だな……とか思いながら、その後姿を見送る。

 

「ふぅむ……そっとしておくとしよう」

 

 キャロはその姿を見送って、そう頷く。

 なんだか確信めいたものがありそうな姿だ。

 

「レウナは昔から、後悔するようなことがあるとどこかに走っていった……なに、そうかからず戻ってくる」

 

 なるほど。

 ならば、そっとしておくか。

 あなたはそのように頷いた。

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