あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 最後に、あなたはフィリアを尋ねた。

 フィリアはこの領地に誘致したザイン神の教会で世話になっている。

 一応、あなたの屋敷にフィリアの部屋は用意してあるのだが。

 修道女としての修行、神官としての心構えとして、教会で世話になっているらしい。

 信仰に生きるとはそう言うことではあるのだが……。

 

 さて、そのザイン神の教会はそう立派なものではない。

 良質な建材を用いた質実剛健な作りではあるが。

 壮麗な彫刻やら豪奢な美術品などはかけらもない。

 その手の物をちょっと置くくらいならともかく。

 あれこれ置くと、ザイン神の怒りを買うらしい。

 

 ザイン神は犠牲と名誉の神。

 名誉とは物品に宿るものではない。

 その行いに伴うものである。

 物品の存在を否定するものでもないが。

 物品にこだわることは惰弱なのだとか。

 

 まぁ、そのあたりはわからんでもない。

 どうにせよ、こういう質実剛健な造りはあなたも好みだ。

 単に金銀財宝に価値を感じていないだけでもあるが。

 

 あなたはそんな簡素な作りの扉を開き、教会へと足を踏み入れる。

 教会内部には簡素ながらもよく磨かれた長椅子が並んでいる。

 そして、最奥部には祭壇があり、盾を構えた神官服の男性の彫像が置かれている。

 名誉と犠牲の神、砕けぬ盾のザイン。神の似姿である。

 その彫像に向かって跪き、祈りを捧げる修道女姿のフィリア。

 

「おや。アノール子爵殿ではございませんか。神の御家(みいえ)になにかご用事が?」

 

 思わずザイン神の像とフィリアを眺めていると、声をかけられた。

 そちらへと眼をやれば、フィリアが王都から招いたこの教会の主が立っていた。

 位階としては司祭だと言うが、7階梯の信仰魔法までも使いこなす凄腕の神官だ。

 そのレベルまで使えるとなると、司教の座も望めたというが。

 自分が前に出て実践することを是とする者……まぁ、現場主義と言うやつなのだろう。

 

 フィリアも本来なら枢機卿の座も望める凄腕の神官だが。

 今もあなたと共に冒険に出て、名誉を実践している。

 自らが前に出て実践することこそが信仰の表れとする派閥。

 武器を用いて戦うことこそが信仰の本懐にあるとする者たちの集い。

 たしか……蒼炎の誓い(ブルーフレイム・オース)とか言ったか?

 司祭もそのつながりで引っ張って来たというから、現場主義の集団なのだろう。

 

「ああ、フィリア殿にご用事ですかな? 何か近ごろお悩みのようでしてな。神との対話をなさっているようで」

 

 なるほど。であれば、邪魔するわけにも行くまい。

 神と人の対話とはきわめて神聖な行いである。

 それを個人の用事なんて身勝手な理由で邪魔してはいけない。

 当たり前のことだ。礼儀とか以前の常識の問題である。

 

 あなただったら邪魔したやつをぶちのめすだろう。

 ことの次第によっては殺すまで行くかも。

 それくらいデリケートな問題だ。

 無意味にフィリアの怒りを買いたくない。

 

「フィリア殿の邪魔をしてもよくありません。いずこか、場所を移しませんか」

 

 あなたは頷いた。

 

 

 

 さて、どこに案内されるやらと思ったが。

 あなたが案内された先は教会に割り当てた農地だった。

 領主を案内する先としてはどうなのだろうか。

 まぁ、懺悔室やらに案内されるよりは適格なのか。

 そんなとこに案内されたら罪の告白だけで1年はかかる。懺悔はたぶん永遠に終わらない。

 

「立派な農地を割り当てていただけましたからな。来年からは聖体拝領の儀式に用いるものだけでなく、日ごろの糧に用いるパンも自給できることでしょう。ご高配に感謝いたします」

 

 なるほど、謝意を伝えるためにわざわざ案内してくれたらしい。

 あなたは前面に広がる麦畑に頷く。なかなか広く立派な農地だ。

 この麦畑に植わっている麦は、カル=ロスたちが持ち込んだものだ。

 まだまだ試験栽培の真っただ中なので、なんとも言えないところだが。

 魔法を用いた栽培実験ではどうやらうまくいくらしいことが分かっている。

 

 もともと、春まき小麦と言うのは温暖地帯向けのものらしいので。

 この大陸の気候条件はそれに近しいものなのだろう……たぶん。

 実際に育ててみないことには分からないが、うまく行くと思われる。

 

 まぁ、この大陸では以前から春まき小麦があるわけで。

 うまく行く……と思っていいのだろう。たぶん。

 夏には立派に茂り、たわわな麦穂を実らせてくれるはず。

 

「領主様は、ザイン神の教義はご存知でしたかな」

 

 知らない。

 が、そんなことを馬鹿正直に言ってはいけない。

 神官と言うのは教義の講釈を垂れることが大好きなのだ。

 特に、教会の神父なんてものになるような人間は特に。

 じゃなきゃ、わざわざ神父になんかならないだろう。

 

 ひとたび不勉強でとか言い出したが最後、長々としたお説教がはじまる。

 あなたも信仰する神ウカノの教義を説教するのは大好物である。

 ザイン神の神官だってそんなのおなじだろう。

 

 なので、ここで取るべき正解はひとつ。

 犠牲と名誉を第一の教義とする神格だったね、と根本となる教義についての理解を示しつつ。

 フィリアはそうした教義について、とても真摯で信仰に生きる者の模範だね、と述べるのだ。

 

「おお、まさに。フィリア殿は昨今珍しいほど敬虔な信徒です。清貧に努め、教義を全うせんとする篤い信仰には私も襟元を正される思いです」

 

 まったくその通りだとあなたは深く深く頷く。

 

 最低限分かってることは示す。

 その上で、それに関連しつつも自分のテリトリーの話題にすり替える。

 だいたいの場合でこのやり方で説教から逃れることが可能だ。

 そして、あなたはさらに話を畳みかけていく。

 

 フィリアはそうした信仰に生きる上で、この教会を修業の場としている。

 もしもフィリアの行いで何か不都合があれば教えてほしい。

 この領地の信仰を守ることは領主たる自らの役目であるし。

 フィリアのことはとても大事に想っている。2重の意味で力になるべきだろう。

 

「いえ、いいえ、いいえ。フィリア殿の行いが迷惑であるなどとはまったく思いません。いえ、クロスボウに対する熱い思いは度が過ぎているなと思わなくもありませんが、それもまた信仰心のあらわれでしょう」

 

 そうかな……そうかも……。

 あなたは曖昧に頷いておく。

 

 そして、そこであなたは思い出したように手を打つ。

 そう言えば、来年からはブドウの栽培もできるようにしてあげたいと思っていたのだった、と。

 話を逸らすためにいま決めたことだが、前々から決めていたように見せかける。

 

「ブドウの農地、ですか」

 

 いかにも。

 聖体拝領の儀式にはパンとワインが必要だと聞く。

 そのワインを作るのはいかにも大変かもしれないが……。

 聖体拝領の儀式分くらいは自給できるといいなと思う。

 

 そうでなくともブドウはそのまま食べてもうまい。

 干しブドウにしてパンに入れてもうまい。

 この大陸のブドウは味が濃くて特にうまいし。

 ブドウ用の農地が増えて悪いことあるまい。

 

「おお……アノール子爵殿はまさに信仰の守護者でございますな。聞けば、ウカノ神の高位の神官であらせられるとか……」

 

 よく知ってるな? と思いつつあなたは頷く。

 まぁ、どれくらいの序列なのかは正直不明だが。

 一応高位の神官であるのは間違いない……たぶん。

 

 ウカノの教えはエルグランドではマイナー側にあたる。

 そのため、規模自体が微妙だし、そもそも別大陸から渡って来た渡来の神だ。

 組織の構造そのもの、役職名なんかもエルグランドとはずいぶんと異なる。

 

 感覚的にどんくらい偉いのか、あなた自身よくわからない。

 そもそも、具体的にどういう役職に就いてるかもあなたは知らない。自分のことなのに。

 

「いかなる信仰にあろうとも、それを守ることこそが領地を守る者の務め。よきかな」

 

 司祭はなんだかよくわからないが1人で納得している。

 なんだかよくわからんが、話はうまく反らせたようだ。

 あなたは頷いて、ブドウ畑については後日また仔細を詰めようと提案する。

 農地はそう余ってはいないが、小規模なブドウ畑を作るくらいならなんとでもなる。

 

「おお、そうですな。あまり外で長々と話をしてもよくありませんでした。戻りましょう」

 

 あなたは頷いて、教会へと戻った。

 

 

 再び教会に入ると、フィリアが立ち上がってステンドグラスを見上げていた。

 あなたはそんなフィリアに、答えは得られたの? と疑問を投げかけた。

 

「お姉様。お帰りになられていたんですね」

 

 先ほど帰って来たばかりだ。

 

「そうでしたか。ええと、答え、と言いましょうか。ええ、そうですね……私が成すべきこと、成さねばならぬこと……それは知れたと思います」

 

 理解したのでも、答えを出したのでもなく、知れた?

 そのあたりの言葉の選択はとても重要なことだ。

 それでは、フィリアは自らの煩悶から答えを出したのではなく。

 いずれかの存在から与えられた答えを抱いていることになる。

 

「はい。私は、知りました。秩序と善を体現すること……そして、決して消えることのない希望の輝き。信仰の輝き、その正義の在り方……厳格なる法の道徳と規律。信仰への挑戦。救済すべき魂……邪悪を打ち払い、人々を守る術を。私は知りました」

 

 ……あなたはそっとフィリアの眼を覗き込む。

 その瞳になんか変な色がないかをよくよく確認。

 その上で、あなたはフィリアにいくつか質問を投げかける。

 

 昨日はどれくらい寝た? ごはんちゃんと食べてる?

 体調はどう? 仕事は多過ぎたりしない? なにか悩みとかない?

 

「え? ええと……昨日は日没すぐ寝て、夜明けと同時なので、9時間は寝たかなと……食事もちゃんと食べてます。その、あんまりしっかりしたものではないかもですが……体調は良好ですし、仕事量も普通だと思いますが……?」

 

 こう……ザイン神の恩寵とか、威光とかを感じた?

 いっそのこと、夢の中とか、さっきしてた祈りの最中に、ザイン神と会ったりした?

 

「お気づきになられていたんですか? はい……ザイン様が私に信仰への挑戦をお授けくださったのです」

 

 あなたは頷いて、背後の司祭に目配せをした。

 司祭も頷いて、悲し気な顔をしてフィリアに歩み寄る。

 

「フィリア殿。ひとまず、休憩と、食事にいたしましょう。そして、お疲れでしょう。ひと眠りなさるとよろしい」

 

「特に疲れたりはしていないのですが……」

 

「いけませんぞ。お気づきではないのでしょうが、フィリア殿は随分と長時間祈っておられた……なかなか消耗しておられるはず」

 

「そうなのですか? いえ、そう言われてみるとたしかに随分日が高いですね」

 

 そう言った祈りの深さは信仰心の深さを示してもいるが。

 やはり、体力の消耗はなかなかのものだ。

 ちゃんと食べて、休んで。それからにしよう。

 ザイン神の啓示、示された挑戦もそれからで。

 

「時間の経過に気付かぬほどの祈りです。消耗は相当なものでしょう。まず、休むこと。それが大事ですぞ」

 

「はい。では、そのようにします」

 

「すでに夕食の支度は整っておりますからな。しっかり食べて、それからひと眠りしましょう」

 

「はい、司祭様。では、失礼します」

 

 出て行ったフィリアを見送り、あなたは溜息をひとつ。

 司祭も同様に溜息を吐いて、頭を振った。

 

「子爵殿は、どう思われますか……」

 

 わかんない。

 あなたは率直にそう答えた。

 

「本物の啓示の可能性はありますが、フィリア殿は無理をしがちですので、幻覚の可能性が否めません……」

 

 まったくその通りだ。

 あなたは深く頷いた。

 

 この世界には神と言う全き存在がいる。

 それらは時として、自らの教えに奉ずる者に啓示を授ける。

 そうした啓示に従い、与えられた試練に打ち勝つことは信仰に生きる者にとり、重要な行いだ。

 

 しかしだ。

 

 そうした啓示を授かろうとあれこれ努力をすると。

 自らを追い込むうちに、求めた声を錯覚してしまうことがある。

 つまり、幻覚を神の啓示と思い込んでしまうことがあるのだ。

 

 啓示とは明白にそれと分かりはするのだが。

 当人以外に神と人の対話が見えるわけもなく。

 本当に啓示と判断するには、その信仰者の正常さを確かめる必要がある。

 

 だからまず、休ませるのだ。

 ひとまず休ませて、落ち着かせて。

 腹をいっぱいにしてやり、眠らせてやる。

 その上でまだ啓示だと言うなら従えばいいのだ。

 

「度々あることですが、子爵殿も慣れておいでの様子」

 

 あなたもなんだかんだ長く生きている信仰者だ。

 そうした幻覚を啓示と思い込んで悲惨なことになった者は何人も見ている。

 それを回避しようとするのは、まぁ自然なことだろう。

 

「ううむ……本当だとよいのですが……まぁ、様子見、ですな」

 

 あなたは頷く。

 これが本当だったら本当によいのだ。

 フィリアの信仰が、その行いが、信仰の体現となること。

 それは信仰者に取り、最大の名誉だろう。

 

 ただの幻覚じゃないといいのだが……。

 まぁ、明日になったら、また確認するとしよう。

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