さて、カリーナの予約はともかくとしても。
あなたたちには今夜のための支度が必要だ。
まず、カレーの仕込み。
なんせ昨日すでに1回やってるわけで。
次はさらなる人数が押しかけて来ることだろう。
どうも、無料配布だからごく少量だろうとか。
おかわりは有料とか、席代は有料とか、スプーン有料とか。
なんかそう言う大変にセコい方策を使われると思っていた人が多かったらしい。
だが、実際は1回分は少ないがなにもかも無料である。
後半から続々と人が増えていたが。
今日はさらに増えていることだろう。
そして、初手から増えまくった人数が押し寄せるだろう。
つまり、今日は昨日よりもさらにカレーを用意する必要がある……。
いや、全員の腹を満たしてやる必要なんぞないわけだが。
だからと言って、早晩尽きて怒りと共に帰られては困る。
むしろ帰ってくれるならいい方で、ただ飯食わせろといちゃもんをつけられかねない。
昨晩の『トラッパーズ』の統制の取れ具合は凄かったが。
混乱した状況で不満が爆発すれば、暴力沙汰もあり得る。
それを思えば、少なくとも全員にそれなりに行き渡る量は用意する必要があるだろう。
特に、『トラッパーズ』は女の子が9割を占める集団だ。
やはり、好感度は積極的に稼いでおいて、後々に役立てたい。
これで男が9割だったら最低限用意しておくに済ませたろう。
文句が噴出したら、もちろん黙殺。暴力に訴えて来たら反撃する。
男がガタガタ抜かすなと殴り倒してやれば一件落着だ。
自分で稼いで、自分で作って食え。甘ったれるな。
「それなら、提供する酒に工夫をしましょうか」
そのような話をEBTGのメンバーにしたところ、レインがそう提案して来た。
酒に工夫とは、いったいどのような?
「大した工夫じゃないわよ。ハナから割って出すだけ。ガス入りの水でね」
なるほど、その手があったか。
たしかに炭酸の入った酒を飲めば腹は膨れる。
腹が膨らめばカレーを食べる量も減ると……。
「でしたら、カレーは辛めの味付けにしてはいかがでしょうか。やはり、辛いとなにか飲みたくなりますでしょう」
クロモリの提案もまったくごもっとも。
では、カレーは昨日よりも少しキツめの味付けにしよう。
そして、酒はハナから炭酸水で割って出すと……。
問題は、その炭酸水をどうするかなのだが。
「炭酸の調合は簡単よ。まぁ、私に任せておきなさい」
レインはなかなか自信ありげだ。
炭酸の調合の経験があるのだろうか。
「ええ。一時期、蒸留酒の炭酸水割りにハマってた時期があるのよ」
なるほど、そう言う経緯で。
たしかにレインならそうもなるか。
「ピュアな蒸留酒をストレートでゆっくりと飲むのもいいけれど、炭酸水で割って勢いよく飲むのにもまたよさがあるわ。その2つのよさを知るためにも、よくよく吟味して2つを飲み比べて……」
最終的な帰結は呑むことだろうから、その話はとりあえずいい。
今晩、終わった後に昨日今日の労をねぎらって酒を出すからそこで存分に飲むといい。
明日からは熱気林を探索し、神殿の探索に入るだろう。
そうなったらしばらくは禁酒だ。飲み溜めしておくといい。
「その言葉が聞きたかったわ。存分に頑張るとしましょうか」
レインが鼻歌混じりに炭酸水の調合をはじめた。
炭酸水には炭酸の製造だけではなく、綺麗な水の調達も必要だが……。
まぁ、そのあたりはフィリアがなんとかしてくれるだろう。
水の創造は神官の十八番と言ってもいいらしいので、得意だろうし。
「私たちはカレーの仕込みですね。ごはんもたくさん炊かないと」
「あなた様、カレーに必要な香辛料の類は……」
じつのところ、カレーの材料は微妙に心もとない。
昨日突然カレーを作ることになったのがイレギュラーだったのだ。
大量に作るなら材料もストックするが、普段そんなにカレーを作ることがないのでストックは少なかったのだ。
「でしたら、転移で買い出しに出向く必要がありますね。では、その点は私におまかせくださいませんか?」
クロモリが?
「存じ上げない方も多いのですが、薬と香辛料は近しいものがあります。あなた様のカレーのレシピ、必要な香辛料はなにが?」
あなたはつらつらと10種類ほどの香辛料を述べる。
カレーに必要なスパイスのうち、あなたが使うものだ。
「なるほど、ウコン、ウマゼリ、ビャクズク、ケイヒ……すべて、薬草問屋で揃いますね」
揃うの?
「はい。ですので、香辛料類の調達は私にお任せください。薬草問屋とは懇意ですので、王都に送っていただければ必要分を調達してまいります」
では、香辛料の調達はクロモリに任せよう。
あなたはクロモリにお金を託して王都ベランサへと転移で送りつけた。
帰りは『引き上げ』のスクロールを渡してあるのでこちらに戻って来れる。
「肉を調達してくる。ちょっと待っていろ」
レウナが弓を手に熱気林へと消えて行った。
言葉通り、カレーに使う肉を調達してくれるのだろう。
べつに肉は余ってるので、調達はしなくてもいいのだが。
まぁ、してくれるのを拒む理由もないので、任せよう。
「あとは、野菜ですが……」
野菜はあなたの『四次元ポケット』に唸るほど眠っている。
なので、そちらを使えばそれで話は澄むのだが、問題はそこではない。
野菜を使うには皮を剥いたり切ったりする必要があるのだ。
誰かヒマな人を皮むきバイトとして雇えないだろうか……。
そう思いながらもあなたは準備に取り掛かる。
軽く見積もっても500人前、最悪は1000人前のカレーが必要だ。
そのために必要なイモにニンジンにタマネギの準備は相当な手間がかかる。
「弱音を吐いてもはじまりません……全力でやりましょう」
あなたは頷く。
いざとなったら速度を上げて気合でやるしかない。
あなたの精神疲労がすごいことになるが、しょうがない。
カレーの準備のためにはやむを得ない……!
死んだ魚の眼になりながら野菜の皮を剥く。
イモが10個、30個、50個。永遠に終わらんわこれ。
あなたの対面ではサシャが死んだ魚の目でニンジンを剥いている。
永遠に終わらない。
しかし、いつかは終わる。
あなたとサシャはそう信じて皮を剥く。
やがて心が摩耗する。
剥けていく野菜の皮と同じく。
あなたたちの皮も少しずつ。
そして、やわらかなものが露出する。
あなたとサシャはもうボロボロだ。
「おやおやぁ。こいつぁひでぇ有様でさぁ……」
そろそろ眼から汁出て来るわ。こう、女たらし汁とか。
そんなことを考えていたら、ふと声。
あなたとサシャがそちらへと振り向くと、そこには金髪の美女が立っていた。
長い金髪をゆるりと垂らした、赤い瞳の豊満な美女。
カラーリングがあなたに似ていて、なんとなく親近感。
そんな美女が背中の背負い袋から、ひょいと折り畳みの椅子を取り出し、それを地面に置いて座る。
「あんたらァ、昨日カレーを配っていたお人らでやしょう? あたしも世話ンなりやしたぜ」
などと言って、へらへらと笑う美女。
すばらしく胡散臭い。なんでこんな口調なんだ。
「あたしゃあ、昔からもらい飯ってのにァ目がねェ、鼻がねェ、耳がねェの三拍子でさァ。え? 口はなくなんねェのかって? そりゃあ口がなくなっちまったらおまんまが食えやせんからねェ……へぇっへっへっへ」
「は、はぁ……」
「そンなあたしも、世話んなりっぱなしじゃあ女が廃るってェもんで。あっしにゃあ関りのねェこって……なんて言って見過ごしちゃあ道理にも悖らァ。あたしにも手伝わせておくんなせェ」
以前にここで世話になった、ジューン。彼女に似た喋り方だ。
彼女特有の口調かと思っていたのだが、この分だとなんか方言とかだったりするのだろうか?
まぁ、そのあたりはともかく、手伝ってくれると言うなら手伝ってもらおう。
ここにいると言うことは『トラッパーズ』のメンバーなのだろうし。
食べたなら手伝いたいというその気持ちは実にありがたい。
「ええ、ええ、任せておくんなせェ。こんくれェ、なんてこたァありやせんぜ」
「そうですか……じゃあ、おねがいします……」
あなたもサシャも割と限界だった。
なので、深く聞くことはなく、ただ黙々と皮を剥いた。
胡散臭さ大爆発の美女も、黙々と皮を剥いた。
あなたたちはひたすらに皮を剥いた……。
最初にクロモリが戻って来た。
どっさりと香辛料を抱えて帰って来て、適当に一時保管して皮むきに参加。
次に炭酸水をたっぷり作り終えたレインが戻って来た。
しかし、なんせ元々は貴族の御令嬢である。
野菜の皮むきは絶望的なほどにへたくそだった。
皮むきじゃなくて実捨てかよってくらいにへたくそだった。
しかしまぁ、時間をかければ大体なんとかなるもので。
あなたたちは約500個のジャガイモ、100本のニンジン、200個のタマネギを剥き終えた。
そして、次はそれをカットするが……まぁ、タマネギ以外は大した苦労もない。
あなたたちはヒィヒィ言いながらタマネギを微塵切りにした。
「どえれェ苦労しやしたぜ。しかしまァ、あたしの助力でカレーが食えるンなら、悪くねェ取引でさァ」
手伝ってくれた美女がへらへらと笑う。
あなたはその労をねぎらって、今日の夕飯のカレーは遠慮なく食べてくれと答えた。
「へぇっへっへっへっへ! あたしゃあ、ガキの頃からもらい飯で育ちやした。遠慮なんざァ生まれつき知らねェ、持ってもいやしねェ。言われるまでもなく、腹がはち切れるまで食いますぜ」
などと笑う。その勢いは嫌いじゃない。
あなたは笑って、次の時も手伝ってくれたら腹いっぱい食わせてやると言った。
すると、その美女はにんまりと笑って、指で輪っかを作る。
「まぁ、そン時は任せておくんなせェ。ただ……お代はいかほどいただけるんで?」
カレーを腹がはち切れるまでじゃ、ダメかな?
「へーっへっへっへ! 悪ィんだか悪くねェんだかわかりやしやせんねェ! ま、次の機会があったら、よろしくどうぞってなモンで」
そう笑って、美女はふらりと立ち去って行った。
名前を名乗ることすらなく、ただ手伝って去っていく。
なんと言うか、独特の美学みたいなものを感じる振る舞いだった。
なんかドキドキするような、ある種の美しさがあった。
それから火を焚く。大規模な火が必要なので、薪では間に合わない。
やむを得ないので錬金術道具の燃料を使用した。
本来は水場なんかで火を焚くための道具だが、効率的な燃料としても使える。
薪の10倍くらいの値段がするので、常用するものではないが。
そうして火を焚いて準備をしていると、レウナが肉を片手に戻って来た。
「戻ったぞ。なんかよく分からん生き物がいっぱい獲れた」
ネズミっぽいような妙な生き物だった。
ネズミにしちゃずいぶんとでかいが、しかしネズミ以外にどう表現したものか。
そのネズミみたいな生き物を、軽く30匹以上捕まえて来ていた。
「名前は決まっていないそうだが、味は問題ないらしい。豚肉みたいな味がするらしいぞ」
では、問題ないか。
まぁ、試しに煮込んで試食してみて、問題なさそうだったら使おう。
ダメだったら『四次元ポケット』の肉を使うとする。
レウナが取って来た動物を試食。
問題なかったのでカレーを作り、そちらも味見。
やはりこちらも問題なかった。
そこから本格的にカレーを作成することになる。
あなたたちは手分けして大量のカレーを煮込んでいく。
もう一生分のカレー作ったわ……ってくらいに煮込む。
そうして煮込み終わったらもう夕飯の時間だ。
押し寄せて来る『トラッパーズ』のメンバーにカレーを出し、酒を出し……。
今日も統制が取れまくっていて、配るのに苦労がなかったのがもっけの幸いか。
それが終わったら情報を纏めるが……。
残念ながら、初出の情報はなかった。
結局、得られる情報は大したものがなかったわけだ。
「まぁ、今集まってる情報で試しに『伝承発掘』をして見ましょうか」
とのことでレインに儀式を任せた。
幸い、数十分ほどの儀式でそれは成功した。
「……この熱気林は、多くの例に漏れず先史文明である巨人族の共同体が存在したわ」
この大陸にはかつて、巨大な巨人族の王国が存在したという。
そこでは多種多様な強大な巨人族が住まい、現在とは比較にもならないほどの巨躯を誇ったとか。
現在と比べて、倍以上の体格を持っていた者すらいたという。
そして、その文明に反旗を翻したのが、人類の文明。
人類は巨人族から領域を奪い取り、人間の王国を創り出した。
この世界に点在する迷宮から力を蓄え、巨人族と戦った。
その果てに、この大陸の人間は超大国を作り上げるほどの強大な種族となった。
かつてこの大陸に存在した超大国クヌース帝国。
それは戦う敵を見失った末に崩壊してしまったわけだが。
大陸を席巻した超大国を創り上げるほどの力があったことは間違いない。
「ここはその中でも特に古いもの。ザイン神が信仰され始めて間もない、初期の神殿の痕跡だそうよ。クヌース帝国初期の神殿と言うことでもあるわ」
「とすると、軽く1000年は昔ですか」
「そうなるわ。そして、神殿はかつて存在した巨人族文明の遺構の上に立っていることも分かったわ」
「……なにかありそうですね」
フィリアは難し気な顔をして唸る。
あなたはワクワクが止まらない。
巨人族文明の秘宝とか見つかるかもしれない……。
いや、秘宝でなくとも当時の文化を知れる何かとか。
ザイン神の神器も楽しみだが。
1000年は昔の遺跡を探索できるのも楽しみだ。
明日の冒険が待ち遠しい……!
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