あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 東側に回ると、そこには朽ちながらも荘厳な構えの神殿があった。

 かつてはここに多くの人々が集い、神の神聖を感じたのだろうか。

 今となっては参ずる人間も消え去り、朽ちた石の塊があるばかり。

 だが、かつてはあった神の息吹、その全き愛と恩寵は永遠である。

 

 しかして、そこに侍る人々はもはやなく。

 それゆえ、野の獣がそこに蔓延るのもまた必然である。

 

 神殿の入り口から漂うのは濃い獣臭。

 その獣臭の主はあなたたち人間の匂いを嗅ぎつけ、のっそりとその姿を現す。

 魁偉な体躯を誇るそれは、重厚な鬣を持った大型の猛獣。

 

 その頭部はなんと3つ存在する。

 中央の巨大なライオン型の頭部、左右にヤギとドラゴン。

 そのきわめて異質な異形は、あなたたちを見下ろし、睥睨する。

 

 キメラ。そのように言われる異形の生物である。

 そして、それは通常ならば人間の肩ほどの大きさであるが。

 あなたたちの前に対峙したキメラは、あなたたちを遥かに上回る大きさを持っていた。

 

 生来からの巨躯と、その毛皮に見える歳月。

 恵まれた素質に、長年の経験を加えて作られた強大な怪物。

 あなたたちの前に立ちはだかったキメラは、そのような個体であった。

 

 通常の個体を遥かに超えたその脅威は人間の軍など容易く呑み込んで余りあるだろう。

 群に勝る個と言う、脅威の典型そのもの。このキメラは迂闊にこの神殿へと足を踏み入れた者を易々と葬り去る。

 そして、キメラは牙を剥くや、あなたたちへと猛然と襲い掛かって来た!

 

「おすわり」

 

 そしてサシャに一撃で殴り倒された。

 

 

 

 キメラがサシャに必死で媚びている。

 最初は頑張って反撃しようとしたり、逃げようとしていたのだが。

 サシャがひたすらに殴って殴って殴りまくって躾けていた。

 なんで殺さないんだろうと思いつつも、あなたはその躾を見守った。

 やがて、キメラはサシャに媚びるようになった。

 

 残念ながら、いくら強くても所詮はキメラである。

 たしかにキメラは超大型のクマ……ソーラス・ベア並みの怪物だが。

 逆を言うとソーラス・ベア程度の雑魚でしかないのだ。

 

 サシャはソーラス・ベアをひとりで殴り殺せるし。

 そのままソーラス・ベアを頭からもりもり食べれるだろう。

 そんなキメラがちょっとばっかり強くなっても誤差みたいなものだった。

 

「一応キメラも最低限の知性はあるから、人が使役することも可能だとは言うけれど、力づくで服従させたわね……」

 

 動物の知性もまちまちではあるが。

 さして賢くない鳥なんかも躾けて服従させることはできる。

 それを思えば、それらよりもまだ賢いキメラを使役することは可能だろう。

 

 どちらかと言うと知性の高さよりも。

 その気性や性質の方が重要だと思われる。

 人間だって、気性がヤバいやつは部下に置きたくないし。サシャとか。

 逆に、知性が低過ぎても、従順で使い易いやつもいるし。ダイアとか。

 

「……そうね」

 

 サシャの気性と言うか、性癖のヤバさはレインも理解しているらしい。

 あなたのペットだからまだなんとかなっているが。

 サシャは人の上に置いちゃいけないタイプの人間である。

 

「部下に置きたくないし、人の上にも置いちゃいけないって、じゃあどこで働くのよ」

 

 小説家とか、詩人とか、芸術家とか……。

 

「つまり、社会不適合者ってことね」

 

 残念ながらそうなる。

 いや、すべての小説家や詩人がそうとは言わないが。

 やはり、迸る才能を持つ作家・芸術家は社会不適合者が多い。

 サシャも小説家としての技能は、あのクソ長タイトル小説を見るに十分ありそうだし。

 もちろん、すべての社会不適合者が才能を持つわけではないが……。

 

 まぁ、冒険者は天職かもしれない。

 度の過ぎたサディストも攻撃性の高さの表れと見れば、まぁ。

 味方を相手に向けない程度の理性はあるわけだし。

 副業として小説家をするのも、いい選択肢だろう。

 冒険で得たものを小説にできるし、冒険者を廃業しても続けられるし。

 

「社会不適合者の代表たる職を兼任することで、より社会不適合者たる貫禄が出てるわね」

 

 あまりに辛辣な意見だが、否定することはできなかった。

 キメラを拳で躾けるサシャは、とても楽しそうだったから……。

 

 

 

「ふぅ。大人しくなりました。この子を門番にしましょう」

 

 数十分ほど殴り続けて、キメラは完全に従順になった。

 そして、サシャはあなたたちへと向けてそのように提案して来た。

 なるほど、神殿の探索中に外から邪魔が入らないようにしようと考えたわけだ。

 

 たしかに悪くない選択肢と言えるだろう。

 キメラが100%従順に門番を全うしてくれるか謎だが。

 適当に魔法で何かしら召喚してガードさせた方がいいのでは。

 でも、そうしたリソース消費無しで出来ると思えば、まぁ……。

 

「じゃあ……行きましょうか」

 

 やや引き気味のフィリアの提案に、あなたたちは神殿へと足を踏み入れる。

 神殿に入ってすぐの内部は、吹きさらしの広間である。

 キメラはそこをねぐらにしていたのだろう。キメラの毛が散乱し、獲物の骨が散らばっている。

 

「……クロモリよ。私の気のせいか?」

 

「気のせいではないと思います」

 

 突然レウナがそんなことを言い出し、クロモリがレウナの言を肯定する。

 あなたはなんのことだ? と思ったが、直後に違和感に気付く。

 床面に、丸く湿った痕跡がいくつも残っているのだ。

 それはおおよそだが、75センチほどの間隔である。これはいったい……。

 

「人型生物の足跡だな。身長は160センチほどか」

 

「女ですね。身長はもう少し……165センチほどかなと。右利きかと思われます。おそらく魔法使い。剣などの武器の心得はあまりなさそうです。若く、健康的ですね」

 

「そんなことまでわかるのか……」

 

 レウナが驚いているが、あなたも驚いている。

 いったいどういう根拠でそんなことを言っているのだろう。

 

「男と女では骨盤の形状が違います。そのため、男はつま先が若干ながら外反します。この足跡は真っ直ぐ前に向いています。女の可能性が高いです」

 

 ほほう、そう言う視点で……。

 

「歩幅は身長と相関があり、75センチの歩幅であれば身長はその程度。そして、歩幅によどみはありませんが、若干の左ブレ……同時に地面に残る微かな擦過痕から、右手に杖を持って歩いていたことが分かります」

 

 ……そんなのあるの?

 あなたは杖の擦過痕なるものが見つけられずに唸る。

 

「両の足の踏み込みの強さ、足跡の大きさから、日常的に武器を携帯していないことが伺えます。それでいつつ、ここを堂々と通れたところから、魔法でキメラを欺いたのでしょう」

 

 なるほど……まさか、足跡だけでそこまで見抜けるとは。

 本職の野臥せりのすごさにあなたは感心のし通しだった。

 あなたにもこの技能があれば、道行く女性を追跡して家を特定することもできそうだ。

 

「……こういう技能はストーカーのためにあるわけではないのですが」

 

 まぁ、それはともかくとしてだ。

 この足跡は靴が濡れていたからできただろうことはあなたにもわかる。

 そして、それが渇いていないことから、まだ時間が経っていないことも。

 つまり、この先には先客がいると言うことだろうか?

 

「はい」

 

 それがいったいどんな結果につながるのか分からない不確定要素。

 あなたはそれが良好な出会いに終わるといいが……と不安に思った。

 『トラッパーズ』のメンバーが興味を持って見に来たとかならいいのだが。

 まったく無関係の人間がしれっと入って来ていたならば。

 

 あなたたちをお宝を探し当てるライバルと思ってもおかしくない。

 そうなった時、友好的に接してくれる可能性は、残念ながら低いだろう。

 あなたたちを敵視して攻撃してくる可能性だって否めないのだ。

 

「神聖な神殿で、無用な戦いなど無いとよいのですが……」

 

 フィリアも同じ結論に至ったらしく、なにかの信仰のしるしの仕草をする。

 ザイン神に祈りを捧げる時にも行っている仕草だ。

 

「ともあれ、参りましょう。私が先行します」

 

 これまでの道程と同じく、クロモリが先行してくれるらしい。

 あなたは頷き、その先導を任せた。

 

 

 

 神殿の中をあなたたちは進んでいく。

 自然光を取り入れることを前提とした作りな上に。

 経年劣化であちらこちらが崩れた神殿内部は明るい。

 明かりを用いる必要もないほど視界は明瞭だ。

 

 神殿奥部へと入り込んでいき、やがてあなたたちは階段を下る。

 これは半地下構造になっているのだろうか。

 長く、広い階段を下りていくと、やがて石造りの構造が消え、自然の地面が露出する。

 

 そして、その奥部にぽつんとある扉。

 クロモリがその扉を検め、罠などがないことを確認した上で、そっと開ける。

 

「……こっ、これは……」

 

 クロモリが驚愕の声を上げ、あなたも同様に扉の奥を覗き込む。

 そのわずかな隙間から、満天の星空が覗いていた。

 ……満天の星空が覗いている? あなたは懐から時計を取り出す。昼の11時過ぎである。

 そして、周囲を見渡す。ここは半地下部分である。

 

 じゃあ、あの星空はなんだよ?

 

 あなたは意味が分からずに首を傾げる。

 そして、分かんないからとりあえず入るか……と思考を放棄した。

 あなたはワンパク冒険小娘だ。穴があったらとりあえず入るし、女と見たら口説くのである。

 あなたが一番頑丈なので、なにかあっても平気だろうと言う理由もある。

 

 あなたは一応仲間たちに、先に入ると宣言する。

 なにかあっても自分なら対処できるので。

 入ってから1分経って平気なら続いて欲しいとも。

 

「使い魔を飛ばして調査するとかの手もあるけど……まぁ、あなたなら平気ね」

 

「お姉様、お気をつけて……」

 

「なにかあれば、すぐ引き返せよ」

 

 仲間たちの言葉を背に受けながら扉を開け、中へと入り込む。

 

 熱気林の湿った空気とは違う。ひんやりと乾いた空気。

 さわりと頬を撫でる風はほのかな夜の香りがした。

 足元を覆う草の感触は硬く、踏みしめた草から濃い香りがする。

 空は夜明け前のような瑠璃色の輝きに満たされている。

 眩く輝く星が無数にきらめき、その輝きはあなたの知るいずれの星座とも合致しない。

 

 その信じ難いほどの絶景に、あなたは息を飲む。

 ソーラス迷宮は第三層の『大瀑布』、その秘境の夜空にも匹敵するほどに美しい。

 呼吸をすることすらも躊躇われるほどに美しい空。

 あなたは静かに目を奪われた。

 

「ああ、あんた……なにも突っ立ってねェで、座ンなさるといいですぜ」

 

 そんな声をかけられ、あなたは驚いて振り向く。

 あなたが出て来て扉のすぐ真横に、石柱が転がっている。そこに人が座っていたのだ。

 その人は、昨晩あなたたちのカレーの支度を手伝ってくれた金髪の美女だった。

 

「なンもしやァしませんぜ。お天道様は見ちゃいねェし、お釈迦様でも目は届きゃしねェでしょうが……」

 

 へらへらとその女は笑いながら、空を指差した。

 

「こンな星空を前に、切った張ったなんぞは無粋も無粋、つまンねェしくだらねぇでしょうよ。ねぇ?」

 

 そんな同意の声に、あなたは頷く。

 この星空を前に無粋な真似はしたくないと言うのは分かる。

 それを本気で信じていいわけでもないが……。

 

 少なくとも、襲ってくるのではなく声をかけて来たのだ。

 害意があるなら、一番のチャンスをふいにする意味はないだろう。

 あなたはひとまず信頼することにして、彼女の言葉に頷いた。

 

「へぇっへっへっへ! そいつァ結構」

 

 そんな言葉を交わしたところで、あなたの仲間たちがぞろぞろ入って来た。

 もう1分経ったのか、あるいは誰かと会話していることに気付いたのか。

 

「あれ? 昨日のお姉さん」

 

「ああ、昨日の獣人の(ねえ)さんですかい。おや? おやおやおや! こいつァぶったまげた!」

 

 彼女がサシャの姿を見て頷いて。

 すぐにあなたたちEBTGの面々を見て驚きの声を上げる。

 

「へぇっへっへっへ……あたしぁ、リフラ・ハーベスタル・ルイってぇ、ケチなもんでございますよ」

 

 そして、彼女……リフラはそう名乗った。

 どこかで聞き覚えのある名前だと思った。

 

「あたくし、見ての通りの貧相(ひんそう)な小娘でございやして、一家(いっか)手下(てした)も持ちあわせはありやせん。聞いての通り、ルイの氏族(しぞく)に仮の氏素性(うじすじょう)を借り受ける身であります。そんな身ではございやすが、受けた恩義に(むく)いらねぇほどチンケな三一奴(さんぴんやっこ)でもございません。これまた友誼(ゆうぎ)を忘れるほどの恥知らずの忘恩(ぼうおん)の輩でもございません。三綱五常(さんこうごじょう)だなんて難しい言葉は知りやしませんが、(しん)に屁をするほどの忘八(ぼうはち)でもございません。そんな大言壮語(たいげんそうご)の輩ではございますが、何卒(なにとぞ)恩義(おんぎ)に報いる機会のほどをお頼みお頼み申し上げる次第であります」

 

 そして、なにかの口上を朗々と発した。

 立て板に水かのように流れる言葉には割り込む余地もなく。

 その朗々とした声明の末に、前に出たのはレウナだった。

 

「相変わらず胡散臭いやつだな、リフラ。そんな名乗りを上げるのはおまえくらいなものだ」

 

「へぇーへっへっへ! お久しぶりでさァ、レウナさん」

 

「ああ。久しいな」

 

 リフラ。リフラ・ハーベスタル・ルイ。

 たしか、レウナがアルトスレアで属していたという『トンネルワーカーズ』の頭目だったろうか。

 

 妙に目付きが鋭くぶっきらぼうなレウナ。

 胡散臭さが大爆発しているリフラ。

 ごくシンプルに異常者であるキャロライン。

 

 その3人が発足したという『トンネルワーカーズ』。

 ……よくこんな胡散臭い連中について行ったやつがいたものだ。

 あなたなら絶対に加入しないと思うのだが……。

 

 リフラとレウナが友誼を確かめ合う中、あなたはそんな失礼なことを考えていた。

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