斜面を降り切り、平地へと降り立つ。
それと同時、サシャが『ポケット』からジャベリンを取り出した。
そして、シャフトが軋むほどの力で掴み、それを放った。
白銀の閃光となってジャベリンが飛翔する。
それはトロールの胴体に直撃し、深々とその肉を抉る。
だが、その頑健な肉と骨を貫くことはできなかった。
ジャベリンはトロールの体に突き刺さったまま止まった。
トロールの悲痛な絶叫が響く中、サシャが舌打ちをする。
「なんて硬さ……! 並みのモンスターなら即死なのに!」
純粋に頑健さと生命力量の問題だろう。
大きいと言うことは、そのまま強いと言うこと。
あなたとフィリアはそのまま走り、トロールに肉薄する。
「いざ! 『誉れ高き加護』を受けた『一撃』を!」
フィリアの手にしたザイン神のシンボルが刻まれた盾。
それにまばゆいばかりの輝きが宿り、聖なるオーラが発せられる。
フィリアの信仰心が産んだ、新たなる戦技、盾への攻撃性エンチャント。
そのエンチャントの宿った盾でもって、フィリアは強烈なシールドバッシュを放った。
トロールの丸太のように太い足に痛烈な打撃が撃ち込まれ、肉が潰れる音。
あなたは抜き放った剣を真っ向から叩きつけた。
肉を裂いて骨を砕く一撃がトロールのもう一本の足を砕いた。
サシャの一撃で重傷を負っていたトロールに耐え切れる道理もなく。
その巨躯が緩慢な動きで崩れ、大地へと微かな地響きと共に倒れ込む。
身を蠢かせるトロール。普通の生物ならば既に死に体であるが……。
「では、トドメを」
トロールの最も優れたものと言えば、その再生能力だろう。
ほんの指先ほどの小さな肉片からもトロールは復活する。
それを防ぐには、肉片すべてを焼き払うか、酸で焼き潰すかだ。
冒険者はそうした再生能力を持ったモンスターに対応する手立てをいくつか持っているもの。
サシャがショートソードを『ポケット』から取り出し、鞘を撫でるような仕草と共に合言葉を唱える。
そうして抜き放たれた剣からは、しとどに強酸が溢れ出していた。
地面に落ちる都度にジュッジュッと音を立てる強酸。
それがトロールの体に突き込まれると、肉が焼き潰れていく。
肉の焼ける異様な臭気を感じつつ、あなたは戦っていた戦士たちを見やる。
あなたたちの救援を受けて唖然としていたが。
やがて自分たちが助かったことを理解してか、雄たけびを上げていた。
全員、それなり以上にボロボロの状態だった。
先ほどのトロールだけにやられた傷とも思えないが……。
「ああ、ザイン様! この誉れ高き戦士たちに賞賛あれ!」
「神よ、彼女たちの聖戦成すをごらんあられましたか!」
口々に叫ぶのは信仰する神への祈りの言葉。
そして、その中に漏れ聞こえるのは、ザイン神の名。
よくよく見れば、彼らが手にしている武具にはザイン神のシンボルが刻まれていた。
「皆さんもザイン様の……いえ……
そのようにフィリアが言う。
同じく聖騎士の召命を受けているからなのか。
フィリアにはなにかしらの判別方法があるらしい。
「
「いや、いや、それだけに貴女の研鑽のほどが伺えると言うもの……」
「神官でありながら騎士たるは実に誉れ高い。貴女に惜しみなき賞賛を送らせていただこう」
そのように戦士たち……いや、騎士たちが頷き合う。
見た目は古代戦士そのものだが、聖騎士であるらしい。
まぁ、よくよく考えてみれば、変な話でもない……のか。
神の恩寵はべつに金属鎧と同時に生まれたわけではない。
人々がその弱弱しい肉体で大地に立ったその日からあった。
人々が石を握り、裸で野を駆け、火で肉を調理する術すらも知らなかった頃。
その頃から神々は人々を守り、慈しみ、導いてきたのだ。
その時代に神の召命を受けた誉れ高き聖騎士たちも例外ではあるまい。
やはり、石で敵を殴り、全裸で戦い、生肉を食っていたのだろう。
彼らの出で立ちはそう言うことなのだろう。
「はっ、そうだ! すまない、神官殿。申し訳ないが、貴女の奇跡の持ち合わせに余裕はあろうか」
「そうか、我らの癒しの力は枯渇して久しいが、貴女ならば……」
その問いにフィリアが頷く。
「怪我人がいるのですね。おまかせください。魔力は十分にありますし……ワンドも用意があります」
言いながら、腰に下げているワンドホルダではなく『ポケット』からフィリアがワンドを取り出す。
あれはたしか、『軽傷治癒』の魔法がチャージされているワンドだったはずだ。
あなたたち相手にはもはや使い道のなくなった魔法だが、一般人や低位の冒険者相手に使うことはある。
魔力を低位の魔法で無暗に浪費してしまわないための工夫と言うわけだ。
「まことかたじけない……! 事態は一刻を争う、こちらだ」
「すまぬ、我らの同胞をなんとか救ってくれ……」
懇願するように言う騎士たちにフィリアが頷く。
その一方で、あなたは他に仲間がいるので呼んでいいかと尋ねた。
ザイン神とはべつの神格に仕える高位の神官がもう1人いるのだ。
それから腕のいい薬師も1人いる。彼女らにも助力してもらおうと。
「なんとありがたいことか。救いの手がもたらされると信じ戦い続けた甲斐があった……我らの戦いは無駄ではなかった」
「ああ、ザインの砕けぬ盾よ!」
そのように感謝の祈りを捧げる戦士たちを後目に、あなたは仲間たちを手振りで呼び寄せた……。
集合したあなたたちは、やがて神殿へと迎え入れられた。
城砦同然の外見をしているが、中に入ればたしかに神殿らしい姿をしている。
そして、常ならば静謐に満ちた信仰の場は、いま苦悶の声に彩られた地獄穴と化していた。
重傷だが、まだ辛うじて動ける者。
大怪我を負って立ち上がることもできないもの。
辛うじて生きている者。
ほぼ死んでいる者。
死体。
無事な者は1人もおらず、五体満足の者ですら半分にも満たない。
そんな地獄絵図も同然の状態に、レウナとフィリアが意を決した顔で治療に取り掛かった。
軽傷の者はワンドに込めた『軽傷治癒』で。
そうでない者は『重傷治癒』や『大治癒』と言ったもので癒す。
あなたはレインに息のある者を確認して欲しいと頼んだ。
蘇生魔法もあるにはあるが、リソースの消費が激しい。
まずは治療で済む者に目星をつけること。それから重傷度合の確認。
きわめて重度の状態にある者はレウナに任せた方がいい。
レウナは魔力量がフィリアよりも少ないが、『復元/レストレーション』が使える。
死んでさえいなければ、どれほどにひどい状態でも回復させられる。
フィリアでは『大治癒』複数回が必要な者を任せた方がいい。
「ぐ……わかったわ」
クロモリも同様に頼む。
ただ、重傷者に処方できるような薬品があれば処方してやって欲しい。
なにしろ怪我人、重傷者があまりにも多過ぎる。
比較的軽傷なものは後回しになってしまうだろう。
せめて、痛みを抑えられるとか、化膿を防ぐとかの薬があれば。
「おまかせください。レインさんと同じように選別も行っておきます」
任せる。
「ご主人様、私は……」
申し訳ないが、サシャは外で警戒していてほしい。
もっとも頑健でもっとも攻撃力に優れるサシャは門衛として最適。
この神殿は防衛施設ではないからか、城門のようなものがないのだ。
人を置いて守るしか手立てがないなら、強者を置くしかない。
サシャなら大した敵でなければ即座に対処することができるだろう。
それにあたって、リフラもサシャの援護をしてやってほしい。
神官はいないが、魔法使いと魔法戦士が1人ずついるのだ。
並大抵の敵は対処可能だろう。
「へい、お任せくだせェ」
「リフラさん、背中、お願いしますね」
「ええ、ええ。孫の手代わりでも
そんなことを言いながら2人は外へと出ていく。
それを見送り、あなたもまた治療に参加した。
あなたにだって回復魔法の1つや2つは使えるのだ。
「ぐぅ……も、もうだめです……」
「ちぃっ……打ち止めだ……」
フィリアとレウナがダウンした。魔力切れだ。
魔力回復に効果があると言うお茶とお香を焚いてやる。
まぁ、大抵の重傷者の治療は完了したので問題ない。
少なくとも、早晩あの世行きになる者はいなくなった。
あなたは魔力に余裕はあったが、とりあえず打ち止めた。
「なんでだ。治してやれ」
レウナがそのように言うが、あなたは首を振った。
あなたが治さなかったのは、あまり強くない者だ。
先ほどのトロールだけで敵のサンプルとするには無理があるが。
最低でも普通のトロールが倒せないようでは話にならなさそうだ。
なので、トロールを倒せそうにないほど弱い者はそのままにした。
治して無理に戦いに行っても、また大怪我を負うだけ。最悪は死ぬ。
なら、最低限の治療に留めて病床に縛り付けてやるのもひとつの慈悲だろう。
「あー……なるほど。わかった。とやかく言うのはやめておこう」
あなたはありがとうと頷いた後、2人にはとやかく言うね、と答えた。
「え」
治療して上げたい気持ちは、わかる……スゲーよくわかる。
怪我人を見たら、可哀想で治してあげたくなるから……。
だが、魔力が空っぽになるまで回復しまくるのはどうなのか。
状況は理解しているだろうか。
いまこの神殿はモンスターに襲われているのだ。
こんなに重傷者が大量に出るほど。
そして、重傷者続出であることからわかるように。
彼らを回復してやっても、有力な戦力でない可能性が高い。
それを思えば、魔力は多少なり温存して自分たちが戦力にならなくてはいけなかった。
冷たい計算だが、結果的にはその方が全体の生存率が上がる。
大局的にものを見ると言うには大袈裟かもだが。
高位の冒険者にはそうした視点も必要だ。
「ううっ……そ、そう言われると、たしかにそうなのですが……」
「ぬぬ……悪かった。だが、後悔していない。次もやる」
フィリアは申し訳なさそうに、レウナは開き直った。
まぁ、フィリアもレウナも肉弾戦の技能はあるので。
そこまで致命的な戦力低下でもないのだが。
だが、いまあなたたちの回復魔法の使い手は枯渇している。
あなたはまだまだ使えるが、あなたは前衛の戦士でもあるのだ。
さすがにすぐさま治療して味方をすぐに戦線復帰とはいくまい。
加速すれば楽勝だが、さすがにそれをやるのはナシだろう……。
この状況でもなお戦わなくてはならない。
そのことを理解した上で、回復魔法の振る舞いを考えてほしい。
「うぅ、わかりました……」
フィリアが項垂れて反省する。
レウナも反省こそしているようだが。
いざ必要とあらばまたやるのだろう。
先ほど自分でも言っていたし。
あなたはひとつ息を吐いて、『ポケット』から目当ての道具を取り出す。
『魔力のスクロール』と呼ばれる、魔力が封入されたスクロールだ。
本来、スクロールと言えば魔法そのものが封入され、それを解放するものだが。
これは魔力そのものが封入されており、開けば魔力が回復する。
あまり数が残っていないが、これで魔力を回復して欲しい。
「そう言えば、学園でいろんな人にプレゼントされてましたね」
「そんな便利なものがあるのか……アルトスレアにも似たようなものはあったが……」
あちらにはたしか『魔力のポーション』があったはずだ。
飲むのではなく、塗付して使うタイプのポーションだったが。
あれはあれで便利だ。他人に対しても使えるから。
「持ち運びの手間はあるがな」
言いつつ、レウナがスクロールを開く。
レウナの魔力がぐぐっと回復するが、その量は大したものではない。
精々全体の2割。いや、もう少し少ないか。1割5分くらい。
フィリアに至っては1割すら回復していない。
まぁ、30枚ほどはあるので、2人とも全快にはなるだろう。
「とりあえず全快はしたか」
だが、次はない。
そのことを肝に銘じて、魔力は節約するように。
「善処する」
守らないなこれ……。
あなたはそのように理解したが、とやかくは言わなかった。
信仰者に対してそのあたりを説いてもあんまり意味がないからだ。
そこらへんをうまく折り合ってやっていかないと、他宗教の人間とは付き合っていけない。
「ああ、いたいた。ねぇ、この神殿の上級神官が話があるらしいわ」
そこで、レインが気になる話を持って来た。
「上級神官様、ですか? あまり聞かない役職ですが……」
「セマリア上級神官とか言うやつか? 腕がもげて、脳みそが見えていたが……もう意識が戻ったのか」
レウナが治療を担当した者らしい。
しかし、上級神官とは、フィリアも言う通り聞かない役職だ。
あなたは疑問に思いつつも、話を聞くためそちらに向かった。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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2000文字前後
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