あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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「あら、遅かったわね。お昼寝でもしてたの?」

 

「あ、お姉様。お先に頂いております」

 

「ご主人様!」

 

 熱いひと時を過ごした後、あなたは食堂へと案内されていた。

 元々、身支度(みじたく)を整えたら食堂集合と言うことになっていたのだ。

 時刻は既に夕飯時となっており、全員夕食を頂いているようだった。

 

「マーサも姿を見なかったけど……どうしたの? 具合でも悪いの?」

 

 マーサは顔を赤くしたままうつむいている。実に可愛らしい。

 サシャがあなたを見た後、マーサを見て、あなたをまた見て。

 その後、マーサを食い入るように見つめていた。

 

「ご、ご、ご主人、さま……そ、その……も、もしかして……」

 

 あなたはサシャを安心させるように笑った。

 サシャのことを放っておいたりなどしない、平等に可愛がる。

 

「いえ、そう言うことでは……いえ、いえ……もう、いいです……はい……ガキでもババアでも食べれるって……トモさんにあわせた誇張じゃなかったんだぁ……」

 

「どうしたのよ?」

 

 レインが不思議そうな顔をしていた。

 フィリアはなにかに気付いたのか、マーサを凝視していた。

 あなたはそれにかかずらっていることもなく、レインに尋ねた。

 つまり、この館の使用人にはどの程度まで命令をしていいのかと。

 

「常識の範囲内なら好きにしてくれて構わないわよ」

 

 その常識とやらを知らないので尋ねているのである。

 

「さすがに、そんなところまで大きく違わないと思うけれど……あなたが対人関係ではそれなりに常識的な対応をしてるわけだし」

 

 言外に対人関係以外ではまともじゃないと言われた気がした。

 あなたは気にしなかった。事実だし、矯正しようとも思わなかった。

 いずれにせよ、常識の範囲内ならOKと言うことは、個として接してOKと言う事。

 つまり、自由恋愛の範疇でイイコトをするのは問題なしだろう。

 

「そう。あなたの分の夕食も用意させるわ。食べられないものはある?」

 

 不躾で申し訳ないが、あなたは饗応の提案を断った。

 

「なんでまた?」

 

 これに関しては、幼い頃から教育をされてきて染み付いた習慣である。

 あなたは他人の手が関わったものを口にしない。

 さすがに家族や、気心知れた相手ならば別だが。

 

 薬物混入への警戒と言うのもあるが。

 エルグランドにおいては神の祝福と言うのが一般的である。

 いずれかの神の祝福を受けた食品も存在しているのだが。

 あなたは信仰する神以外の祝福を受け取るつもりがないのである。

 あなたはそうした信仰の部分においてはかなり狭量な節がある。

 あくまで自分に関して狭量なので、異教徒を弾圧する習性はないが。

 

 ただし、女性が作ったものなら食べる。

 たとえそれが毒であろうと、腐っていようと。

 他の神の祝福に冒されていようとも、食べる。

 

 なので、この屋敷の料理人が女なら喜んで食べるのだが。

 こうした貴族の屋敷の料理人はなぜか大抵男なのだ。

 あとで確認するが、女なら食べなかった非礼を詫びよう。

 そして当然、男だったらそのまま食べないでいる。

 

「神の祝福って……聖餐でもないのに」

 

 エルグランドではかなり一般的なのだが。

 言いつつ、あなたはいつものミルクを取り出した。

 ただし、いつものやつではあっても、あなたが口にはしない方のものだ。

 

「いつものやつね。それがどうしたの?」

 

 これは神の祝福が込められたミルクである。

 祝福の込められたミルクは特別な力を有する。

 そうした影響もある。

 

「神の、祝福……!? ご、ご主人様、それ、飲んでもいいですか?」

 

 構わない。

 あなたはサシャへとミルクを渡した。

 サシャは眼を閉じると合掌し、ウカノへの祈りを捧げた。

 その後、それを口にし、一息に飲み干した。

 

 実のところ、ミルクに込められているのはたしかに神の祝福なのだが。

 特定の神でない無形の祝福なので、ウカノは関係なかったりする。

 

「おいし、い?」

 

 飲んだ後、サシャは自分の手を見やり、足を見やり、椅子から降りて自分の体を眺めまわした。

 

「どうしたの?」

 

「なにか体に変調が?」

 

「えと、ええと……なんでしょう、なんだか、突然服の着心地が変わったというか……」

 

 背が伸びたのである。

 

「え?」

 

 祝福の籠ったミルクには、飲用者の肉体を速やかに成長させる効能がある。

 

 そのため、飲むと瞬く間に背が伸びる。

 飲み過ぎると大変なことになる。

 でかいとは強いと言うこと、が座右の銘な冒険者がいた。

 通称、ジャイガンティック貴族令嬢。

 彼女など本当にすごいことになっていた。

 家に入れないどころか、町に入れないとか洒落にならない大きさだ。

 それよりはマシだが、家よりも巨大なペットたちの姿をふと思い起こし、あなたは首を振ってそれを忘れた。

 

「無茶なものはいくつか見せられてきたけど、とびっきりに無茶なことが起きたわね……」

 

「神の祝福は偉大ですね……凄いです……ザイン様の祝福が込められたミルクなら、どんなことが起きるんでしょう」

 

 いずれの祝福であっても肉体の成長を促す効果は一律だ。

 なので、この大陸の神の祝福でも、たぶん背が伸びるだけだろう。

 とは言え、想いを馳せるフィリアは楽し気だ。

 それを邪魔するつもりのないあなたは口にはしなかった。

 

「にしても、エルグランドの神は割と気軽に祝福を与えるのね」

 

 そんなに気軽でもない。

 

「ああ、そうなの」

 

 祭壇に食品類を置いてお祈りしないと与えてくれない。

 

「めちゃめちゃ手軽じゃないの」

 

 しかし、お祈りに応えてくれるかどうかは話が別である。

 神と言えども忙しいので、あんまり頻繁にお祈りをしても無視されるのだ。

 

「えと……でも、お供え物をすると応えてくださいますよね?」

 

 あれは供物を捧げる祈りであって、施しを乞う祈りとはまた違う。

 祝福を与えてもらう場合、施しを乞う祈りを捧げなくてはならない。

 神は人を甘やかしはしないので、頻繁に祈っても応えてはくれないのだ。

 まぁ、神の好物をたんまりお供えすると、割と融通は利かせてくれるのだが。

 

「えーと……つまり、今までにやったお祈りとは、また違うお祈りがある……んですか?」

 

 その通りだ。あなたは短剣を取り出し、それで指先を切った。

 それを仲間たちに見せた後、あなたは手を組んで真摯な祈りを捧げた。

 

 ウカノ様、あなたの敬虔なる信徒が傷付き、救いを願っております。

 どうか、この忠実なあなたのしもべを哀れにお思いくださるならば、私をお救いください。

 

 そう願い、そして、あなたは光に包まれた。

 先ほどの秘め事の疲労も、空腹も、眠気も、全てが綺麗に消え去る。

 あなたはたっぷり10時間眠って、疲れを癒したような清々しい気持ちになった。

 もちろん、あなたが刻んだ指の切り傷も綺麗に消えて、白魚のように美しい指に戻っている。

 

「え、ええ……ちょっと待って……待ってちょうだい……本気で、本気でそのレベルで神様が応えてくださるの!?」

 

「お、お姉様って、高位の神官だったんですか……?」

 

 あなたは単なる一般信徒だ。

 そもそも信徒に差や位と言うもの自体がない。

 話を聞くに、本来は存在するらしいのだが。

 エルグランドではそうした枠組みは作られていない。

 ウカノはエルグランドの外から渡ってきた渡来の神だ。

 以前の大陸……アルトスレアにしか存在しないのだとか。

 ただ、あなたはかなり特別に目をかけられている類の信徒ではある。

 

「エルグランドって凄いわね……ちょっともう、この大陸が劣ってるんじゃないかって思えて来たわ」

 

 そう、エルグランドは神に祝福されている。

 しかし、忘れてはならない。

 神の力が明白であるということは、対立を生むということも。

 エルグランドとは神々の激戦地なのである。

 

「激戦地」

 

 そう、激戦地。

 いつでもどこでも宗教戦争が起きている。

 他宗教の信者たちが祭壇を乗っ取った後、それを焼き払う。

 信者を殺し食うなどする。場合によっては女性に乱暴をする者たちもいる。

 

「あなたとか?」

 

 あなたはそんなことはしないと憤った。

 あなたは宗教戦争は好きではない。

 もちろんウカノ様の信仰を守るためならば命を(なげう)って戦うが。

 わざわざ攻め入って他宗教の者たちを殺したりなどしないし、ましてや強姦など決してしない。

 

「そ、そう。ごめんなさい、つい……」

 

 ただ、攻め入って来た冒険者を正当防衛でしばき倒し。

 その後に美味しくやらしくいただくなどはする。

 男なら性転換させてから食う。

 そのあとのことは知らない。

 そのせいで男冒険者は減る一方だった。

 

「やってるんじゃないの」

 

 ともあれ、エルグランドでは常に激戦が繰り広げられている。

 そう言う意味で言えば、この大陸は極めて穏やかだ。

 危険な存在がほとんどいない。

 

 そこらに乞食の死体が転がっていないし。

 血が青いか確かめようと首を刎ねられる貴族もいない。

 王様を殺してみたかった、と言うだけで殺されまくる王もいない。

 ロイヤルな秘め事の味が知りたいと王妃の食事に媚薬を盛る女たらしもいない。

 まぁ、その女たらしが今ここに居てしまっているわけだが。

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