翌朝、あなたは誰に起こされるともなく目を覚ます。
体を起こし、ぐいっと伸びをするとぽきぽきと骨が鳴った。
そして、込み上げてくる眠気に逆らわず、大きくあくび。
「おはよう、コーヒーはどうだ」
「あら、おはよう。早いわね」
毛布をどけたところで、レウナがコーヒーを薦めてくれた。
あなたはもらうよと答えつつ、レインにも朝のあいさつを返す。
昨晩の不寝番では、レウナは連続で6時間の不寝番をすることになっていた。
それはまぁ、レウナが生者ではないのが理由だ。
魔力回復のためには休息が必要だが、疲労回復のために休息は不要。
そもそも、生きた人間ではないので疲労自体しない。
不寝番をするのにこれほど向いた存在もいない。
「早起きすると、お腹が空くのよね……あなたもどう?」
レインがコーヒーを飲みつつ『ポケット』からクッキーを取り出す。
市販品だろうか。そう思いつつ、1枚もらう。
ラードを使ったサクサク食感のクッキーだ。なかなかうまい。
朝のやや涼しい空気を感じながらコーヒーを飲む。
昨晩のそれと同じような、大雑把で
これを飲むと、冒険してる! って感じがしてくる。
朝なので、これに砂糖をどっぷり入れる。
ミルクも少し入れると余計にうまい。
それを飲んで、香りを楽しみながら眠気を覚ます。
レインとレウナが炭を足してくれたのだろう。
火はじんわりと燃えており、赤い熱が朝霧に心地よい。
周りを見渡せば、フィリアとサシャ、クロモリはまだ眠っている。
とは言え、もう陽も登り始めている。そうかからず目覚めるだろう。
それまでに朝食の支度をしておかないと。
「お、いいな。今日の朝食はなんだ?」
あなたは炭を追加し、火を強める。
火がつくまでは時間がかかるので、それまでは待ち。
そうしながら、あなたはまず生地の準備をする。
そば粉、水、塩を入れて、これをよく混ぜる。
それからチーズをおろし金で粉にし、ハムをスライスしておく。
「分かったぞ。そば粉のガレットだな」
正解。これがなかなかうまいのだ。
エルグランドではそばがこよなく愛されている。
そばの実を使ったおかゆは国民食と言っていいだろう。
煎ってお茶にすることもある。これが香ばしくてうまい。
そして、粉にしたそばのクレープ、ガレット。
軽食として愛好される、洒落た1品である。
エルグランドではガレットではなくブリニーと呼ぶ。
フライパンにそばの生地を流し込んで、これを焼く。
生地が固まって来たら、ど真ん中に卵を割り落とす。
固まってきたら、上にハムを乗せて、チーズをたっぷり乗せる。
そしたら蓋をして、蒸し焼きにする。
「香ばしい香りがするわね。おいしそう!」
「うーむ、すきっ腹には酷な香りだ……」
などとぼやきながらコーヒーを啜るレウナ。
彼女は睡眠不要であるのと同じように、食事も不要だ。
だが、彼女はおいしいものが大好きだ。ちゃんとレウナの分も用意する。
数分ほど蒸し焼きにしたら、蓋を開ける。
そこにはチーズに溺れたぷるるん半熟卵の姿があった。
あなたはフライパンを傾けて皿にブリニーを落とす。
そして、フライ返しをうまく使って、丸いブリニーを畳んで四角くする。
それをひょいとレウナへと向けて渡してやる。
「おっ、いただくぞ。うん、うまい!」
6時間不寝番をしていたのだ、先に食べるくらいは許されるだろう。
一方悲し気な顔をしてあなたを見つめているレイン。
あなたは笑ってレインの分もすぐ焼くからね、と伝えた。
「ふふふ、よろしく」
あなたは宣言通り、手早くブリニーを焼いていく。
焼き上がったら、レウナの時と同じようにきれいに四角く畳む。
あなたはそれをレインに渡すと、引き続きせっせと量産に移る。
自分の分もそうだし、他のみんなの分も用意しておかなくては。
ブリニーをどっさりと量産し、あなたもぼちぼちつまむ。
もちパリとした食感の生地にハムとチーズの塩気がぴったんこ。
あいかわらず無限に食える味をしている。おかわり。
「ううん……香ばしい香りがする……なんの香り……?」
「おなかすきましたね……」
「ふわぁぁ……お、おはようございます……」
ブリニーを生産しながら消費していると、寝ていた面々も起きて来た。
レウナがせっせと増産してくれていたコーヒーと、ブリニーを出す。
雑で濃くてキツいコーヒーは朝にピッタリだ。眠気が一撃で覚める。
「おいひー。食べたことない味ですね。ソバ? へー」
「あんまり聞かない植物ですね……でも、けっこうおいしいです」
こちらでは誰も知らないらしい。
まぁ、あれは割と寒冷な地方の植物だ。
この温暖な大陸では栽培されていないのかも。
レウナは知っていたが、レウナはアルトスレアの出身だ。
あちらではふつうに栽培されているはずだ。
たしか、高山地帯のエルフはソバを主食にしているはず。
クーリー山脈のグレイライン氏族が有名だったような。
「おいしい。おいしー。喉渇くな、メロン食べよーっと」
「たしかに、ちょっと水気のある果物欲しいですね。私はスイカを……」
サシャとフィリアは追加で果物を出して食べている。
『四次元ポケット』のおかげで、みんな季節感のない果物を食べられる。
取り出した果物をナイフで裂いて、しゃくしゃくと音を立てて齧る。
瑞々しい果物の立てる爽やかな音は聞くだけでおいしそうだ。
この大陸は温暖だからか、瑞々しい果物が余計にうまい。
水を飲む代わりに果物を飲む者も少なくない。
2人の食べているメロンやスイカはその代表だ。
特に、重くて大きなメロンが珍重される。
正直言って、あんまりおいしくないけど。
あなた的に果物は甘くておいしいものが良と思えるが。
この大陸の人間は、水分補給のために食べる。
なので、果物は水分が多くて大きい方がよい。
重いメロンほど水分量が多く、甘みに乏しい。
だが喉の渇きは癒える。民族性だろうか。
まぁ、ぬるい水を飲むよりは。
ほのかに甘い程度の果汁を飲む方がマシなのかも。
「便利ですね、『四次元ポケット』……」
羨ましそうにクロモリがぼやく。
クロモリはまだ『四次元ポケット』が使えない。
魔力量があなたたちに比べて格段に低いのでしょうがない。
魔法を専門的に訓練するより、弓での戦闘技能を優先的に磨いていたのもある。
すでに魔法使いだらけのチームで役立つには弓を磨くほうがよい。
しっかり朝食を食べ終え、炭の火を消して砂をかける。
まず火事にはならないが、念を入れておくべきだろう。
身支度をして、出発。
今日は巨人ぶっ殺し日。
派手な花火もあるよ。
城砦を吹き飛ばそう。
「楽しい記念日みたいに巨人をぶっ殺すとか言わないでください……」
楽しいと思うけどなぁ。
そう思いつつも、フィリアの発言を否定する理由もないのであなたは頷いておいた。
「では、行きましょう。城砦はもうすぐです。昼前には辿り着けるでしょう」
あなたは頷いて、クロモリに先導を頼んだ。
それから出発して、特に波乱もなく森を進む。
時折、斥候役として出されているのだろう巨人を見かけたが。
クロモリとあなたとレウナで射撃して先手を取って仕留めた。
相手が弱小のトロルやオーガなどの、弱小巨人族だったからこそだが。
しかし、そんな弱小巨人族ですら10メートルに迫る巨躯だった。
本来は3メートルやそこらの小型巨人族なのに……。
「ここまでくると、私たちの方が小さいんじゃないかって気がして来たわ。もしかして、私の身長が半分くらいに縮んだのかも」
なんてレインがぼやくくらい、巨人たちは大きい。
あなたもうんざりして来た。巨人と戦う時に見上げなきゃいけなくて首が疲れる。
かなりしょうもない理由だが、実際疲れるんだからしょうがない。
そんな微妙にしょうもない愚痴をこぼしながら歩き続け。
あなたたちはやがて、遠方に城砦の姿を捉える位置に到着した。
小高い丘の上に立つ、四角い石積みの塔が連なったタイプの城砦だ。
古い様式のそれで、背は高く、壁は薄い。入口は狭く、橋を使うタイプだ。
攻城兵器がほとんどなく、投石器が精々だった時代の城砦に近い。
この時代、城砦と言うのは真に堅固な物であり、これを打ち破るのは並大抵の苦労ではない。
しかし、巨人ならそんなものは無視して乗り越えられる。
大き過ぎる相手に、城砦は意味を成さないのだ。
この城砦も、籠城することを想定した作りには見えない。
どちらかと言うと、巨人相手に有効打を加えるべく、高さを確保するための構造物に見えた。
「周囲にはクロモリの言っていた通り、巨人たちのキャンプ村……うーん、あのテント、一体何頭の動物を使って作られてるのやら……」
なんてレインがぼやきつつ、手にした双眼鏡を降ろす。
そして、『ポケット』から今まで見たことのないロッドを取り出した。
そのロッドを手の中でくるりと弄んだ後、『四次元ポケット』を開く。
取り出されたのは、以前にあなたが見た独特な形状の触媒。
銀色に輝く金属製の半球と、もう一回り大きい半球を組み合わせたものだ。
小さい方が上、大きい方が下で、一抱えほどの大きさがある。
それをレインがロッドで示すと、半球がふわりと浮かび上がる。
「私の後ろに下がってなさい。効果範囲が極めて広い魔法だから、前に出てたら焼けるわよ」
あなたは分かったと頷いて、前に出た。
「話聞いてた?」
聞いてた。
威力を体感したいので、このままゴー!
「ああ、そう……他の皆は真似しないでちょうだいね。死ぬわよ」
レインの真剣な顔に、ほかのみんながコクコクと頷いて後ろに下がった。
あなたはレインの横に立って、魔法の行使を間近で見ようと待った。
「ごほん……ああ、これから詠唱するけど。特に意味がないから覚える必要ないわよ。回路構築の手順を思い出すための歌みたいなものだから」
そうレインは断ってから、きわめて複雑細緻な呪文回路の形成をはじめた。
「はじめに、鉄と水。つぎに、緑なす水晶。おわりに、死と悲しみの灰」
きわめて高度な大規模呪文回路がゆっくりとくみ上げられていく。
通常の魔法の呪文回路とは比較にならない巨大さだ。
たしかにこれは、暗記して覚えるには無理がある巨大さである。
「わたしは死である。すべてを破壊するものである。ゆえ、目の前のもの、それを壊すなり」
呪文詠唱をしながら、何度も何度も練習したのだろう。
動作と音を記憶に結び付けることで、暗記が困難なものを手癖として覚える。
頭で覚えられないなら体で覚える。そう言う種類のやり方だ。
原始的なやりかたと笑われそうだが、これが確実なのはたしかである。
「吹き付ける風は熱に。舞い散る火は灰に。奔る光は死となる」
レインの朗々とした詠唱と共に構築されていく呪文回路。
それが作用をはじめ、触媒がゆっくりと開き、内部から眩く輝く球が現れた。
大きさの異なる半球2つの間に、真球が入っていたのだ。
「見知っていたか、人の類よ。その
真球の周囲を2つのパーツがゆっくりと回り出す。
そして、そのパーツたちから、恐ろしいほどのエネルギーが噴き上がる。
それがいったいなんのエネルギーなのか、あなたにはわからない。
だが、不思議な熱を感じた。恐ろしい熱だった。
「いまがその愚かさの代価を払うとき。平服し、
そして、その熱が爆発的な勢いで解放された。
あなたの体表を一瞬で焼き払う凄まじい熱量。
押し寄せる爆風、凶悪な衝撃波が大地を引き剥がす。
森の木々を薙ぎ倒し、一瞬で発火させ、森が燃え上がる。
まるで、森の木々すべてがマッチになったかのように。
おぞましい熱が奔り、城砦を焼き溶かしていく。
あまりの熱に、大地が、城砦が、森が、白く光り輝いて見えた。
そして、その猛烈な熱に石が溶け、沸騰し、爆発する。
白く光り輝く粒が弾け、パチパチと瞬いて見えた。
それは、おぞましい破壊の中にあって、儚くも美しく見えた。
「あははははは! 見てごらんなさい! サシャ! フィリア! こんなに美しい花火よ! よく見なさい! こんなにすばらしい光景は地獄に行っても見れないわよ!」
レインが哄笑と共にそんなことを言い出す。
だが、たしかにそれは美しい花火のようだ。
白とも黄金ともつかない光の中、熱が弾けている。
この世のものとは思えない、想像を絶する景色だった。
やがて、光が消え、魔法の力が掻き消える。
眩んでいた視界の中から光が突然消えたので、すごく薄暗くなったように感じる。
そして、そんな視界不良の中に見えるのは、巨大なクレーターだった。
直径は軽く1000メートルを超え、深さは50メートルはあるのではないだろうか。
そんな有様になって、城砦が残っているわけもなく。
残っているのは薙ぎ倒された木々ばかりであり。
その木々もすさまじい熱量によって着火し、続々と燃えている。
おぞましい熱のせいで大気の水気は消え去り。
ひどく乾燥した、熱い空気ばかりが満ちていた。
『ナイン』を使った時のような光景だった。
『ナイン』と同じ、キノコ型の雲が立ち上っていた……。
文字数はどの程度が好ましいですか?
-
2000文字前後
-
3000文字前後
-
4000文字前後
-
5000文字前後
-
6000文字前後
-
7000文字前後
-
8000文字前後
-
9000文字前後
-
1万字前後