あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 あなたたちは神殿で暖かい歓待を受けた。

 たしかに、セマリア神官の言う通り、それは華美なものではなかったが。

 神官たち、騎士たちの心づくしの配慮が行き届いた宴だった。

 

 飲めや歌えやの騒ぎをして、やがて寝入り。

 あなたたちは翌日、日も高くなってから目を覚ました。

 

「うおえ……せ、世界が、回ってる……」

 

 レインは相変わらずの酒カス仕草で2日酔いだ。

 いったい、いつになったら学習するのだろう。

 それとも、学習をした上でこの有様なのか。

 どうにせよ救いようがない酒カスっぷりである。

 

「か、回復……回復魔法ちょうだい……ね、ね……?」

 

 あなたはニッコリ笑って、その願いは私の力を超えている、と断った。

 

「嘘つかないでちょうだい……」

 

 じゃあ、よく聞こえなかったので却下。

 申し訳ないが、いま耳にバナナが入ってて……。

 

「耳にバナナ!? うぐっ、あいたたたぁ……!」

 

 まぁ、ともかく。

 自業自得なので、しばらく苦しんでいるように。

 ちょっと調子に乗って酒を飲み過ぎである。

 

「うぐぐぅ……! こ、こうなったら、私も信仰呪文を覚えるしか……!」

 

 そこで酒を控えるんじゃなくて、自力で治療できるようになろうとするのか……。

 あなたはレインのあきれ果てた根性に溜息を吐いた。

 なんでこんなに酒が好きなのか、理解が及ばない。

 

「うぅ……治してくれないなら、もういいわ……寝かせておいてちょうだい……頭が割れそう……」

 

 まぁ、急ぎの用事があるわけでもなし。

 あなたは頷いて、好きにするようにと言った。

 

 

 あなたはふらふらとあちこちを散歩していた。

 朝早い神殿はしんと静まり返っている。

 昨晩、遅くまで感謝の宴をしていたのもあるだろう。

 時々、廊下でくたばっている騎士や神官も見かけた。

 

 あなたは彼らを避けつつ、神殿内外をふらふらと散歩して回った。

 そうしていると、ばったりと行きあたった人影。

 

「おや、おはようございやす。朝も早よから散歩ですかい?」

 

 リフラだった。なにやら妙に薄汚れた格好をしている。

 そう言えば、ここ3日ほど姿を見ていなかった。

 固定のチームメンバーではないと言うこともあって失念していたが。

 あなたはリフラに今まで何をしていたのかと尋ねた。

 

「あっちこっちを斥候して回ってやしたよ。んまァちょいと……あまり愉快じゃねェことを知っちまったンで、慌てて戻って来たんですがねぇ」

 

 愉快じゃないこと?

 

「まァ……あんたさんなら平気か。ちょいと外で話しますかい」

 

 なにか聞かれたくない話と言うことだろうか?

 あなたはとりあえず、促されるままリフラについていくことにした。

 

 

 神殿を出て、外の森へ。

 その森の際のところでリフラが立ち止まる。

 

「この状況が、この大陸の大昔の時代……クヌース帝国とやらの黎明期のそれであることはご存知でやしょうが」

 

 ご存知だ。むしろリフラが気付いていたことに驚きだ。

 てっきりそのあたりにはさっぱり興味がないのかと……。

 

「あちらこちらの遺跡の発掘やらしてりゃあ、クヌース帝国の時代の物品はわんさか出て来やすぜ。あたしみてェな狡いヤローは耳ざといもんでさ」

 

 なるほど、そう言う経緯で。

 たしかに考えてみると、クヌース帝国は歴史に大きな足跡を残した帝国だ。

 この大陸に来たばかりの頃、プラチナ貨幣を製造した唯一の国だとも聞いた。

 

 そう言った帝国の残した遺産はきわめて大きいものだろう。

 古い遺跡、そうした過去の文明の財宝が眠っていることも自然な話だ。

 金稼ぎに盗掘やらなんやらしているリフラが知っていても不思議ではないのか。

 

「クヌース帝国黎明期は、巨人族との戦争に次ぐ戦争の時代。2つの帝国の版図が激しく増減をしていやしたが……序盤の頃は、巨人帝国側が優勢でやした」

 

 元々、数多の種族を支配していた強大な帝国だ。

 巨人帝国側が優勢であることに不思議はない。

 まだ、人類側の帝国は弱小な勢力に過ぎないのだろう。

 巨人たちから離反できるほどの力はあったのだろうが。

 巨人たちからすべてを奪い取れるほどの力はなかったと。

 

「しかし、その趨勢が大きく変わったのは、巨人族の諸王の1人、炎の大巨人ノルケンティスの横死に端を発すると言いやす」

 

 あなたの知らない歴史だ。

 あなたは過去の遺跡には興味があるが。

 過去の歴史にはさほどの興味を持たない。

 エルグランドの歴史は淑女の嗜みとしてそれなりに知っているが……。

 この大陸の歴史は学ぶ機会もなかったし。

 学園の授業では、偉大な業績を残した冒険者くらいしか学ばなかったし。

 

「息子の結婚式で酒を飲みまくり、配下たちと殴り合いの喧嘩をしたノルケンティスは翌朝冷たくなって発見されます」

 

 バカなのかな?

 

「しかし、話が変わるのはそこから……いくら間抜けな不慮の事故で死んだとはいえ、巨人族の大英雄でさァ。そりゃだれだって復活させる。あたしだってそうする。だが……できなかった」

 

 蘇生に失敗する理由はさまざまだ。

 多くの場合においては当人が拒否したこと。

 宗教上の理由であるとか、疲れたとか、神の御許に召されたので下界に戻りたくないとか。

 

 だが、他者の介入によってそれが失敗することもある。

 そもそも、蘇生魔法の原理と言うのは2つの要素に分かれる。

 1つは破損した遺体の修復。肉体の破損で死んだ場合はなおさらに重要だ。

 もう1つは、肉体から抜け落ちてしまった魂の呼び戻しだ。

 

 肉体が破損せずに死んだ場合は後者だけで終わるわけだが。

 いずれにせよ、蘇生魔法が必要であることに違いはない。

 つまり、肉体に宿るべき魂がない限り、絶対に蘇生は出来ないと言うこと。

 

 高位の呪文には、殺害した対象の魂を捕らえておく魔法が存在する。

 同様の効果を持った魔法の道具も存在する。

 きわめて高度な不死性を持った存在への対策として、冒険者もそれらを持つことがある。

 

 ノルケンティスとやらも、魂を捕縛されてしまったのだろう。

 そうなれば蘇生できないのは当然のことだ。

 

「歴史上では、それがどうしてそうなったのか……つまり、巨人族側の政争やらがあったのか、人間側の謀略があったのか、あるいは単に偶然なのか……そこらは分かんなかったんですがね。重要なのは、ちょっと1人や2人おっ死んだ程度で趨勢が変わるほど偉大な英雄がいたってェところでさァ」

 

 英雄と言うのは得てしてそう言うものではある。

 英雄ただ1人いるだけで士気が変わり、戦争の趨勢が左右されることがある。

 だが、たしかに1人や2人だけで、国家規模で趨勢が変わると言うのは……。

 

「この神殿に攻め寄せて来てた連中は、たいしたこたァねぇ連中でした。だから、あたしは調べなきゃなンねェと思ったわけで。いま、巨人帝国がどんなモンなのかを、ね」

 

 それで、調べはついたのだろうか?

 

「ええ、苦労しやしたぜ。転移魔法で飛んで飛んで、飛びまくってやった。それでようやく巨人族の中に紛れ込んで、変身魔法で巨人族のフリして……いやァ、苦労したのなんのって」

 

 アルトスレアの高位の変身魔法はすさまじい性能を持つ。

 種族固有の特殊能力や、肉体に由来する特殊技術すらも再現できるのだ。

 たとえば、スライムに変身すれば、スライムらしく武器を錆びさせたり、服を溶かしたり、分裂出来るようになるのだ。

 

 たしかに、それを使えば巨人族のフリをして紛れ込むこともできるか。

 そこから話をうまく合わせるのはなかなか難しいことに思えるが……。

 リフラのあの調子なら、なんだかんだうまく溶け込みそう。

 

「いやァ……苦労しやした……語るも涙、聞くも涙のどえれェ活劇があり、あたしは七難八苦を乗り越えて情報を集め、こうして戻って来た」

 

 それはわかった。

 それで、いったいなにを知ったのだろうか。

 リフラの言う、愉快じゃないこととは?

 

「いやァ……それはそれは苦労したんでさァ……もう、喋るのもしんどいってなくらいの苦労の連続で……」

 

 わかった。それはわかった。

 だから……ん? いや、そう言うことか。

 あなたは金貨を取り出し、リフラに握らせた。

 

「へぇっへへへぇ……どうもどうも、おありがとうございやす。巨人族諸王の話は、あちらこちらで聞けたんですがねぇ、最近のホットなニュースってのァ、みんな語りたがるもんで……一番ホットなニュースは、ノルケンティスの息子、イルゴリウスの結婚式が近々控えてるっつぅ話でやした」

 

 つまり、なにか。

 リフラが先ほど言った、巨人帝国零落の発端とも言えるノルケンティスの死。

 それが起きる結婚式は、これから先だと?

 

「ええ。つまり……今がまさに巨人帝国の絶頂期であり、巨人族には偉大な英雄がゴロゴロいるってェ寸法でさァ」

 

 なるほど、それは厄介な話だ。

 厄介な話だが……それで?

 

 あなたたちは依頼を果たした。

 そして、これから撤収する。

 べつに、偉大な英雄がいくらいたって関係ないではないか。

 

「そうかもしれやせん。ですが、あんた自分が何をしでかしたか分かっていやすかい?」

 

 …………なにを?

 

「巨人族の町でも、どえれェ爆発が見えやしたぜ。あいつァ、察するに『ナイン』とかってぇシロモンでやしょう?」

 

 『ナイン』ではないが、まぁ、似たようなものか。

 たしかに、あれの下手人はあなたと言うか、あなたたちだ。

 

「巨人族だってバカじゃねえ。軍を派遣したところで、とんでもねぇ爆発が起きたら情報を収集する。そのためには、近場にいる連中に連絡を取るでやしょう?」

 

 それは……それは、その通りだが……。

 

「巨人たちが連絡の途絶に気付いて、そいつが派遣軍の壊滅を意味していると理解するのに、どんだけかかりやすかねぇ。そんでもって……軍1つが壊滅したと聞いて、大人しくしてると思いやすか?」

 

 ……思わない。

 あなたはそこでようやく事態のまずさに気付いた。

 そう、考えてみれば、あそこにいたのは先遣隊に過ぎない。

 巨人族の帝国、その本隊からすれば、ごく些少な集団でしかない。

 

 派手な攻撃で一挙に吹き飛ばしてしまった。

 圧倒的な攻撃で城砦を制圧したのではない。

 1人の捕虜も取らず、皆殺しにしてしまったのだ。

 

 あなたたちは、巨人帝国の面子を完全に潰してしまった。

 報復をしない限り、民たちは不信を感じ、配下の諸王もまた離反するだろう。

 帝国とは、そのような連合であり、集団であるからだ。

 決して1枚岩ではない……むしろ、1枚岩ではありえないのが帝国だ。

 

 そのためにこそ、軍は派遣されることだろう。

 いったいどのような形で派遣されるかはわからないが……。

 

「あんたは、どうします? あたしゃは……あっしには関りのないことでござんす、っつって逃げてもいいんですがねェ……」

 

 神殿には、騎士たちがいる。神官たちがいる。

 気のいいものたちばかりで、あなたたちを盛大に歓待してくれた。

 ただの仕事としてあなたは彼らを救ったのだが。

 そうして歓待されて、悪い気はしないのが人間と言うもの。

 

 彼らが死ぬ。そう思うと、嫌な気持ちだ。

 エルグランドではいくらでもあったこと。

 だが、この大陸では、早々あってはならぬ悲しいことだ。

 冒険者ならばここからさっさと離脱すべきだ。

 割に合わない依頼など、受けるものではない。

 

「ここん人らは、あたしみてぇなモンも歓迎してくれやした。あんたさんらが治療してる間ァ、あたしは怪我してるオッサンどもにしょうもねぇ話なんざァしてやったんですよ。回復魔法なんざ使えやしませんからね」

 

 しょうもない話?

 

「ええ、ええ。まぁ、なんだ、そばを食って金を1枚ごまかしたり、まんじゅうが怖ェの怖くねェのって、クソくだらねぇ話ばっかしたんですよ」

 

 たしかにしょうもない話に聞こえる。

 

「あん人ら、楽しそうに聞いてやしてねぇ。どうも悪い気はしねぇ。そんでもって、斥候に出るって時に、言われたんですよ」

 

 なにを?

 

「……そのせいかねぇ。なんでか、あん人らのために戦いてェ気持ちなんでさ。ああ、いやだいやだ。金にならねぇバカな真似なんざ、あたしゃは御免なんですがね……けどよ、あん人らが、いけねえんですぜ! あたしに、また(はなし)を聞かせてくれ……なんて言うからよ!」

 

 つまり、リフラは。

 ここに残って戦うつもりなのか。

 

「ええ、バカな真似をするとお思いでしょうがね。どうもあたしは大馬鹿野郎だったらしいですぜ。まァ、踊る阿呆に見る阿呆だ。だったら、開き直って目いっぱい死ぬ気で踊ったらァよ。あんたは、どうしますかい?」

 

 あなたは顎を撫でて、ひとくさり笑った。

 リフラみたいなバカは嫌いじゃない。むしろ好きかも。

 それは冒険者の流儀じゃないが。その人情はわかる。

 

 あなたは、リフラに雇ってくれないか? と持ち掛けた。

 リフラといっしょに戦ってくれと言うなら、喜んで戦おう。

 報酬は……まぁ、応相談と言うことで。

 

「うーん、あたしは素寒貧でしてね……明日のパンツの1枚もねぇ。ブラジャーもだ。どうも依頼料になるもんなんざ……」

 

 そう言いながら、リフラがあちこちをまさぐる。

 そして、ようやく出て来たのは、ちびた銅貨が1枚ぽっちだった。

 

「小銭しかねぇや。んじゃ、これで雇わせてくだせぇ。あたしを助けてくだせぇよ」

 

 厚かましいなこいつ。

 あなたは驚愕の依頼料にちょっと引く。

 だが、まぁ、いいか。

 

 あなたは銅貨1枚を受け取って、依頼は請け負った、と答えた。

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