あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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16-003

 『無尽の呪文書』。

 あなたははじめて聞く物品の名前に、それはなにかと問いを返した。

 なにやらずいぶんと厳つい名前の品だが……。

 

「そもそも、『蔵知の館』がなぜ焼き払われ、その叡智のすべてが散逸したとされているか……そこにこそ理由がある」

 

 エルフが反知性主義だからじゃ?

 

「…………そう言うところがないとは言わんが。エルフのすべてがそのような者ばかりではない」

 

 まぁ、その生き証人であるダイア女王がいるのでそれは認めるが。

 だからと言って、叡智の蔵たる図書館を焼き払うなんて反知性主義そのものだろう。

 

「そうだな。そのようにしか見えないことは認める……だが、実態は異なる。そもそも、『蔵知の館』自体が目くらましだったのだ」

 

 目くらまし?

 

「『蔵知の館』の地下には、いにしえの賢者が創造したと言う人造迷宮が存在し、そこには『無尽の呪文書』が安置されていた。そして、そこには言葉通り、無尽蔵の叡智が満ちているという……この大陸にて起きたすべてが記録されており、特に呪文に関しては記録の度合は完璧で、呪文書として使えるほどだとか」

 

 なんとも厳つい触れ込みだ。

 で、それは実際のところ、どこまで本当なのだろう?

 

「僕の知る限りでは、呪文に関しては真実だと思われる」

 

 …………マジで?

 あなたは思わず崩れた物言いで尋ね返してしまった。

 この大陸で生まれた呪文のすべてが記載されている?

 

 それをどうやって検証したのかとか疑問はあるが。

 そう思わされるほど膨大な数の呪文が記載されているということだろう。

 あなたはそれがどんなものなのかを尋ねた。

 

「それはふつうの本だ。装丁は皮革、紙面は植物紙と思われる。ページ数は見る限りでは200ページほどに見えるのだが、いくらでも捲れるのだ。少なくとも3000ページは捲れるが、捲った側も、捲られた側も、厚みは一定のまま変わらない」

 

 尋常の物質ではなさそうだ。

 聞く限り、レリックの類だと思われるが……。

 

「そして、この本の特徴として、過去の記述に遡るには、魔力を用いてページを開く必要がある。ひも解くために魔力が必要なのだ」

 

 するともしや、ダイア女王はその本を読むために魔法使いになったと?

 

「それがすべてではないがな。僕自身、戦士の才がなかったゆえに魔法に走ったところもある。だが、『無尽の呪文書』をひも解きたい欲求があったのもまた事実だ」

 

 なるほど。

 すべてが記録されているという叡智の書。

 それをひも解くのは知的好奇心のある者ならすべてが抱く欲求だろう。

 しかし、それをわざわざ王宮にまで運び出した理由はいったい?

 

 「運び出していない。この王宮はもともと『蔵知の館』があった場所に建立されたんだ。この王宮の地下にそのまま『無尽の呪文書』が安置されている。運び出せば『無尽の呪文書』が力を喪う可能性があったからな」

 

 なるほど、それは理解した。

 ならば、そうまでして『無尽の呪文書』を隠したかった理由は?

 

「ふん……過去の歴史を隠蔽するなど、歴史上の為政者のすべてがやって来たことだろう? 余人の眼に触れては困るのだろうよ」

 

 王宮の地下ならば、入る人間そのものを制限できると。

 しかし、それならそれで『無尽の呪文書』を破壊すればよかったのでは。

 

「破壊はできなかったらしい。力を喪ったところで、過去の記録は消えん。ならばまだしも利用できるようにした方がよかったのだろうさ」

 

 ますますレリックのような特性だ。

 だが、それならそれで期待ができる。

 いったいいつから情報を記録しているか次第だが。

 少なくとも500年以上前の記録が残っている。

 クヌース帝国の時代の記録も期待できるかも。

 あなたはその『無尽の呪文書』を見せてはもらえないかとダイア女王に頼んだ。

 

「ふん……ま、いいだろう。おまえならば、相当過去に遡って読めそうだしな」

 

 具体的な方法が不明なのでなんとも言えないが。

 魔力を用いてページを捲るならなんとかなるだろう。

 

「まぁ、少し待て。ダイアが戻ってきたら行くとするか」

 

 ダイアが来てどうするのだろう?

 彼女はまだ文字が読めないはずだが。

 

「置いていくとうるさいんだ。1人だけ仲間外れにするとかならず怒る」

 

 なんともかわいらしい理由だった。

 

「おまえも気を付けろよ。僕は子供の頃、あいつにそれで足をへし折られたからな」

 

 報復はぜんぜんかわいらしくなかった。

 

 

 

 それからしばらく待ち。

 ダイアが戻ってきたら、あなたたちは地下へと移動した。

 2人揃って移動して大丈夫なのかと思ったが。

 

 『無尽の呪文書』が安置されている地下への通路は、王族専用の通路だった。

 余人が立ち入ることはなく、お付き武官ですら滅多に入れない場所だ。

 ウィチヘンもはじめて入ったとこぼしていた。

 

「歴代の宮廷魔術師のいくらかは立ち入ったことがあるくらいだろうな。お付き武官も滅多に入れない」

 

「そうですね。かくれんぼした時にここに隠れて、イミテルに泣かれてしまったことがありました」

 

「意図せず卑怯な真似をするな」

 

「猛省いたします」

 

 子供時代の他愛ない話に思わず笑う。

 たぶん100年前とかそれくらい昔のことなのだろうが。

 そう言う他愛のない話は、人間もエルフも同じなのだろう。

 

「ここだ。ここから地下に入る」

 

 通路の途中でダイア女王……もう面倒だからクローナと呼ぶが。

 クローナが立ち止まり、床を魔法で開けた。

 すると、そこははしごがあり、深い地下へと続いていた。

 

 あなたは肉弾戦に優れた順に降りようとすばやく提案をした。

 そのため、順番としてはあなた、ダイア、サシャと言ったところだろうか。

 

「まず危険はないとは思うが、妥当な順番だな。では、頼む」

 

 あなたは頷いて、真っ先にはしごを降り始めた。

 続いて、ダイアが降りて来る。

 見上げてみれば、むちむちのふともも。

 その奥に垣間見える、白い布地。

 うおおおお、最高! あなたは大興奮だ。すばらしすぎる。

 

 

 それから1分ほどかけてはしごを降りた。

 そして辿り着いたのは、どこぞの神殿のような様式の建築物の外部構造だ。

 地下空間の中に、ぽつんと神殿のような建築物があるのだ。

 異様な光景と言うほかにない。迷宮っぽさがある。

 

「これが人造迷宮だ。特に名はない。まぁ、迷宮とは言うが、部屋が1つあるだけだ。心配いらん」

 

 言いつつ、クローナがカギを取り出し、扉の鍵を開けた。

 中へと入ると、そこには赤いじゅうたんが敷かれた部屋があった。

 神殿の祭壇、あるいは礼拝所のような、どこか静謐な空気に満ちた部屋だ。

 クローナの後に続いて中へと入ると、独特の魔力の気配があなたを打つ。

 

「どこかの神殿とか、礼拝所みたいな空間ね……少し落ち着かない感じ」

 

「ですね。あれが、その『無尽の呪文書』でしょうか?」

 

 そう言ってサシャが指差す先には部屋の魔力が凝集しては向かっていく場所。

 そこには書見台(しょけんだい)があり、1冊の本が置かれていた。

 

 特に珍しいことはない、ふつうの皮による装丁の本だ。

 どこそこの聖典であるとか、お堅い歴史書とか、そんな雰囲気。

 そう言う類のものだと言われれば疑問にも思わないだろう。

 

 すでに開かれた状態で置かれており、記述はどうやら巨人語のようだ。

 しかし、見慣れない単語が多く、現代巨人語ではなく古代巨人語らしい。

 古い本と言うことを思えばべつに不思議なことでもない。

 

「これがそうだ。この書は大陸中の情報が集まり、ひとりでに記述が増えていく自動筆記の力を持つ。これを捲るのに魔力が必要で……」

 

 クローナがその本に指を振れた、その瞬間のことだった。

 突如として、本から強烈な魔力の波動が放たれた。

 こんなにすごい魔力を放射するのか。使い難そう。

 なんてあなたは暢気に思ったが、直後にクローナが焦った声で叫ぶ。

 

「な、なんだ!? 何が起きている!? これはどうしたことだ!」

 

 あれ、これがふつうじゃないのか。

 あなたがそう思った直後、あなたは自分の周辺から魔力が溢れていることに気付いた。

 その異様な現象に気付き、あなたはその原因たる品を『ポケット』から取り出す。

 

 それは、あなたが備忘録を清書する先に使っている本だ。

 あなたの持つ叡智、そのすべてが納められている本。

 いまその本からは膨大な量の魔力が溢れ出している。

 この本は元はと言えば、エルグランドに伝わるレリックだった。

 

 『真実の眼』。

 それは究極の自動書記道具と言われる製作者不明のレリック。

 安置されていた迷宮も含めてひとつのレリックとされたもの。

 ただし、(あば)いた現在ではその力は喪われている。

 

 すでに記録された情報はそのままでも、新規に記録はされない。

 迷宮を再起動すれば力も戻るはずだが、再起動の方法は知らない。

 まぁ、実質的にエルグランドの秘宝のひとつを壊したことになる。

 

 そして、壊した『真実の眼』はいま、あなたの記録書として用いられている。

 無限に筆記スペースが増えるので、これ1冊ですべてが済むのだ。

 

 『無尽の呪文書』と『真実の眼』。

 なんか、2つとも性能と言うか特性が似ていないか?

 と言うより、あった場所が違うだけで、同じものなんじゃ……?

 よくよく周囲を見てみると、『真実の眼』が安置されていた場所に似てるような。

 

「ぐっ、空間が、歪む!? いかん! 強制転移だ! 集まれ!」

 

 クローナの号令に、あなたたちはひとつ所に集まる。

 そして、おたがいの身体を掴んで、強制転移に備え。

 パチンと音を立てて、あなたたちは強制的に弾き飛ばされた。

 

 

 体を四方八方にシェイクされているような。

 例えるなら、暴れ馬に乗せられたかのような。

 そんな強烈な激動の時間を経て、あなたたちはどこかの部屋へと放り出された。

 

「うぅ……吐きそう……頭が……」

 

「め、目が回る……」

 

「ぐぅ……なぜこんなことに……僕がなにかミスでもしたと言うのか……?」

 

「くっ、この程度のことで不調を感じるとは、ふがいなく思います……!」

 

「おえ……」

 

 約1名、自分のふがいなさに激怒している者がいるが。

 それ以外の全員が不調を感じていた。

 あなたも頭の中がぐるぐる回っているかのようで気持ちが悪い。

 

 あなたは不調の中でもなんとか周囲を確認する。

 そこは先ほどの部屋とそう変わらない印象の空間だった。

 だが、さっきはなかったものとして、書見台の代わりに奇妙な石板の集合があった。

 

「ふぅ……やれやれ……ここは、迷宮の中だよな。こんな部屋があったのか……?」

 

 クローナが気を取り直し、周囲を見渡してからそう呟く。

 クローナもこの部屋に関しては初見だったらしい。

 

 察するにだが。

 なんらかの防衛機構が作動したことで、迷宮が本来の姿を現しているのでは?

 

 迷宮は奥深くになにかしらの物を隠しておくものだが。

 それとは逆に、迷い込んだものを仕留めるための場所でもある。

 人造迷宮であり、宝物たる『無尽の呪文書』を安置していたのならば。

 両方の役割を十全に果たせるように作っているのではないだろうか。

 

 つまり、普段は『無尽の呪文書』にすぐさまアクセスできるようになっているが。

 なにかしらの異常事態を検知すると、トラップが作動。

 侵入者を抹殺するためのトラップルームに送り込むのでは?

 

 ただ、誤作動の可能性を考慮しているとかで。

 問答無用でブチ殺しに来るのではない、穏やかなトラップを設置しているとか……。

 

「僕もそんな気がするな……盗難防止トラップか何か知らないが、守護者が出て来て殺しに来ないなら、やはり誤作動を考慮しているのだろう。あるいは、法の裁きを受けさせるために生け捕り前提とか……」

 

「このトラップは、誤作動で取り込まれた者が自力で脱出するためとかでしょうか……無用な仕組みにも思えますが……」

 

「知的パズルのようだな……これを解けるだけの知恵があるなら、入り込めた知恵も含めて称え、雇い入れるためとかではないか」

 

「ああ……宝物庫を作るなら、雇うべきは建築家ではなく泥棒と言う格言のようなものですか……」

 

「そう言うやつだろうな。それと、小難しい喋り方はしなくともよいぞ。今は緊急事態だ」

 

 レインとクローナが推測を重ねながら話し合っている。

 2人の推測に関してはあなたもおおむね同意見だ。

 

「しかし、なぜこんなことが起きたんだ? こんなことは初めてだ。僕はいままで通りの手順で起動したはずだ。問題になるような部分はなかったはずだ」

 

「人数とか?」

 

「多い時は10人以上で捲りに来ることもある。少ないくらいだ」

 

「人間とエルフと獣人で混成なのがまずいとか……」

 

「エルフでも獣人でも人間でも、人類の類であるならば同時入室は問題ないと分かっている」

 

「陛下とダイア様が同一人物なので異常事態と検知されたとか」

 

「既に何度かこいつといっしょに入室している」

 

 口々に推測を話す中、あなたは手にしていた本を見せる。

 これはエルグランドの秘宝たる『真実の眼』である。

 装丁は皮革、紙面は植物紙が200ページほど綴じられている。

 ただ、200ページほどに見えるのだが、いくらでも捲れる。

 

 エルグランドに存在した人造迷宮の最奥部に安置されていた品だ。

 エルグランド有史以来すべての記録が記述されている伝説的なレリックである。

 迷宮から持ち出すと自動書記機能が喪われてしまい、いまは自動書記機能は作動していない。

 

 これを持ち込んだせいで迷宮が誤作動したのかも。

 

「おまえのせいか大馬鹿野郎!」

 

 クローナにすごい剣幕で怒られた。

 ごめんて。

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