あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 軽い小休止をした後、あなたたちは再度迷宮の攻略に乗り出す。

 しかし、先ほどからギミックの解除やらなんやらばかりだ。

 この迷宮、モンスターは出て来ないのだろうか?

 

「この迷宮は人造迷宮だからな……さすがにモンスターまでは用立てられんのだろう」

 

 エルグランドの人造迷宮ではふつうにモンスターもいたのだが……。

 しかし、あれは考えてみると、後から迷宮に住み着いただけなのかも。

 迷宮が産み出した守護者ではなかったのだろう、たぶん。

 

「まぁ、こうした迷宮は、僕たちのような知恵者の出番と言うわけだ。なに、おまえはそこでゆるりと僕たちの働きを見ているのだな」

 

 フン、とクローナは鼻を鳴らして笑う。

 なんとも厭味ったらしいと言うか、キザったらしい仕草だ。

 だが、あなたにはそんなのはなんの効果もない。

 

 あなたは妄想の中でクローナを理解(わか)らせることで完全勝利。

 嫌味な仕草も、その艶姿をより一層強く輝かせるスパイスとしか映らない。

 すばらしい。生意気な娘を理解(わか)らせるのには格別の栄養がある。

 

 あなたはクローナにさすが、かっこいい、がんばって! と声援を送った。

 昼間に散々調子に乗らせておいて、夜にベッドの中で理解(わか)らせ……これだ。

 

「さすがはお兄様です。才を正しく役立てる為政者(いせいしゃ)の鑑なのですね」

 

 ダイアはしみじみとクローナの知啓に感服している。

 彼女は他人の美点を惜しみなく評価できる。

 他者の美点を尊重できる。それこそが彼女の美点だろう。汚点は知能。

 

「…………ああ、まぁ、見ておくがいい」

 

 クローナは梯子を外されたような顔で頷く。

 頑張ってほしいものだ。

 

 

 

 それから、クローナとレインとサシャの知恵が光り。

 総計して10層ほどを乗り越えたところで、突如として迷宮の空気感が変わった。

 今まではどこぞの礼拝堂のような空間だったのが、一転して洞窟そのものに。

 そして、次の階層を啓くためのギミックの類も見当たらない。

 ただ、真っ暗い闇が広がる洞窟が続いていた。

 

「一気に雰囲気が変わったな……」

 

「……気を付けてください。今までの空間は、生物の気配を感じませんでしたが……今はひしひしと生物の気配を感じます。生活臭みたいなものがあるんです」

 

 サシャが警告を発し、あなたたちは各々が武器を手にする。

 ダイアはエルフの伝統武具たる大シミター、カーヴ・ブレードを。

 クローナは優美な装飾の施されたスモールソードを。

 ウィチヘンは姉のイミテルと同じく、ウォーシックルを両手に握った。

 

 あなたは自分は夜目が効くからと申し出て先頭に出る。

 こうした真っ暗な空間で、ほぼ完璧な暗視能力があるのは強い。

 明かりを取る方法はいくらでもあるが、やはり影が出来ると暗いので。

 

「では、(わたくし)も前に出ましょう」

 

 ダイアも同じく前に出て来る。

 エルフにはそれなりに高度な暗視能力があるからだろう。

 肉体強度的にはサシャに前に出て欲しいのだが……。

 サシャは夜目こそ利くが、暗視能力はないのでしょうがない。

 

 

 あなたとダイアは警戒を怠らずにゆっくりと進む。

 暗い洞窟の空気はかすかな湿り気を帯びている。

 なんとなくだが、うまく説明できないのだが……。

 この洞窟は、エルグランドの迷宮を思い起こさせる。

 

 土地によって、森や川の様相がまるきり違ってくるように。

 洞窟の中の雰囲気もまた、国によって違ってくるところがある。

 それはたとえば岩石の性質であるとか、地層の形成の特性であるとか。

 そう言ったような普段は気にも留めないような部分が、どこか違う。

 

 この洞窟は、エルグランドの地質に似ている気がする……。

 どこがどう、とはうまく説明できないのだが。

 それでも、どこか似ていると、あなたの心は言っている。

 

 そんなことを考えているあなたの前に飛び出す影。

 それは、腐ったような肌色の異様な外見の人型だった。

 体格も、体長も、どれも中肉中背の人間に近しい。

 粗雑な服を纏い、ボロけた剣を手にゆらりと歩いている。

 あなたはそいつを反射的に切り捨てていた。

 

「ああっ! なんと言うことを!」

 

 ダイアが慌てた様子でその人型に駆け寄る。

 あなたはダイアの動きに脳がついていかず、首を傾げる。

 いったいなんでこいつに駆け寄ろうとなんかするのだろう……?

 

 そう思ったのも束の間、あなたは認識の齟齬に気付いた。

 そして、あなたはダイアにそれは人間ではないよと教えた。

 

「人間ではない……?」

 

 手当をしようとしているダイアを引き留め、あなたはそれについて説明する。

 それは人型をし、知能を持つが、知性を持たぬ愚劣な生物。

 破壊と殺戮にばかり秀で……否、破壊と殺戮しかできない創造性のない怪物。

 

 それこそがオーク。

 ただし、エルグランドのだ。

 

「これが、オーク……ですか?」

 

 この大陸のオークは人間とブタを混ぜ合わせた屈強な生物だ。

 皮膚の色、髪色も独特のものであからさまに人間と異なる種に見える。

 しかし、エルグランドのオークは肌色こそ異なるが、それ以外はまるきり人間と同じなのだ。

 

 前世で悪業を成した者がオークに生まれ変わるとか。

 悪いことをするとオークになってしまうとか、子供のしつけで言ったりする。

 それくらい外見は人間に近い生物だった。

 

「待て待った、待ちなさい。エルグランドのオーク、って言った?」

 

 レインの問いに、あなたはむずかしい顔で頷く。

 これはあきらかにエルグランドのオークだ。

 だが、ここはリリコーシャ大陸である。

 エルグランドのオークがいるわけがない。

 

 いや、絶対にいないとは言い切れないが。

 だからと言って、今の今まで見かけなかったのだ。

 この迷宮の中に突然現れると言うのも考えにくい。

 

 じゃあ、何が起きてるかって……。

 迷宮が、なにか切り替わったりとか……した?

 構造なんかもあきらかに別物に代わっている。

 リリコーシャの迷宮から、エルグランドの迷宮になったとか……。

 

「そんなバカな話がある? どうして別大陸の迷宮になるのよ?」

 

 それはあなたにもわからない。

 だが、この迷宮の成立に密接に関係しているレリック……。

 すなわち『無尽の呪文書』。それと同種のレリックたる『真実の眼』。

 その2つは共に人造迷宮に安置されていたわけで。

 

 『真実の眼』と人造迷宮はセットの存在だった。

 いや、人造迷宮と『真実の眼』はそれで1つのレリックだとも。

 実際、いま手元にある『真実の眼』には自動書記機能がない。

 無限のページがあるだけの、ただのノートに成り果てている。

 いちおう呪文を読み出して習得する機能こそあるが。

 そんなのは呪文書として作れば自作も可能な程度の機能だ。

 

 それを踏まえて考えると、たしかに迷宮もあわせて1つのレリックなのだろう。

 つまり、どちらが主でどちらが従と言うこともない代物なのだと考えられる。

 と言うことは、ここに持ち込んで来れば、『無尽の呪文書』ではなく『真実の眼』とセットにすることも可能だと思われるわけで……。

 

「本の方に迷宮を成立させている何かがあって……ここにエルグランドの迷宮が生成されてる、ってこと?」

 

 可能性としては十分にあるのではないかと思われる。

 このレリックはその成立の古さと、能力の特異性から考えて、ほぼ間違いなくイモータル・レリックだ。

 それは常識で量れるような存在ではないのである。

 ここに迷宮を創り出すくらい、やってのけてもおかしくはない。

 

「なるほど……つまり、全部あなたのせいね?」

 

 そう言われるとそうなんだが。

 これはまいったなぁ。あなたはぼやいた。

 

「そのあたりの詳しい考察はよい。そのオークとやら、なにか危険な存在なのか?」

 

 クローナの疑問にあなたは首を振る。

 人間と比べても、そうまで勝るところのない生物だ。

 危険は危険だが、武器を持った人間以上と言うほどでもない。

 

「そうか。ならば、さして警戒も必要はあるまいな」

 

 オークに関してはそのとおりだ。

 だが、エルグランドの生物が出てくるとなると、ちょっと話が違ってくる。

 

 エルグランドの生物には死を恐れるという概念がない。

 向こう見ずな蛮勇とかそう言うことではなく。

 純粋に「どうせすぐ蘇れるから」と言う理由で、深い考えもなく死ぬことを恐れない。

 

 この大陸の人間で言えば、3日間動けない程度のケガを負うのに近しい。

 全治3日のケガを恐れて戦わない戦士がいるだろうか。

 居たとしたら、それはいったいどこのお嬢様育ちの戦士だろうか。

 エルグランドの戦士の前提条件はそれであり、だからこそ死を恐れない。

 

 死を恐れない生物はきわめて危険だ。

 やぶれかぶれになった戦士ほど危険なものもない。

 そして、エルグランドの戦士は大変あっさりとやぶれかぶれになる。

 どうせ死ぬならやるだけやってから死ぬか! くらいのものだが。

 

 そう簡単に蘇れないこの大陸の人間には恐るべき脅威だ。

 しかも、人間じゃなくてドラゴンとか巨人までもそんな考えで生きている。

 無謀な特攻戦士との戦い方を覚えておかないと、不意を突かれる可能性が高い。

 

「死を恐れない……ですか。それもすべてが? そんな迷宮があるんですか……?」

 

 蘇るから死を恐れないと言うあたりは省いて、あなたはそんな説明をした。

 この状況で長々と3日で蘇るとかどうとか話しているヒマはない。

 話すこと自体はすぐ終わっても、レインとかクローナが頭を振ってツッコんできそうだし。

 

「わかりました。気を付けます……どう気を付けるか、ちょっとわからないですが……」

 

「死兵と化した相手は慣れております。……慣れております」

 

 ウィチヘンが哀愁漂う表情でつぶやく。

 たぶん、ダイアとの模擬戦で慣れているのだろう。

 この元王女様、無謀な蛮勇の持ち主なので大変あっさりと捨て身の特攻を仕掛けて来るのだ。

 それに付き合わされるウィチヘンもたまったものではないだろう。

 まぁ、今ここで役立とうとしているので、無駄な経験ではなかったのか。

 

 そして、さらに気を付けて欲しいポイントが1つ。

 

「それはいったい?」

 

 エルグランドの生物は加速できる。

 さきほどのオークの強さの感じからして。

 2倍速や3倍速くらいは使ってきそうな雰囲気だった。

 

 相手が突然倍の速さで切りかかって来たり。

 倍の速さで魔法をぶっ放して来たり。

 そう言う感じのことをする危険がある。

 それを踏まえて戦術を構築するように。

 

「それってつまり、私たちの使う『迅速』がノーリスクで、常時、魔法にも剣にも使えるようにかかってる……ってことよね」

 

 その考えでかまわない。

 また、魔法が使える場合は『加速』の魔法を重ねがけしてくる可能性も高い。

 そうなったらたぶん、5倍速くらいにはなると思われる。

 がんばってほしい。

 

「がんばってほしい、じゃなく。なにかこう……弱点とかは?」

 

 そんなものはない。

 時間でも止めればいいのでは。

 さすがに時間を止められれば加速は無意味だし。

 

「対策に最高位の魔法が必要って何事……? エルグランドの民おかしいでしょ……」

 

「今まで味方にしかエルグランドの人がいなかったので、加速の力を強いとしか思っていませんでしたけど、敵に回すと卑怯過ぎませんか……?」

 

 レインとサシャが恐々とした顔をしている。

 速度を鍛えるのは結構むずかしいのでそうはいないのだが。

 それでもやはりいないわけではないし。

 現実に、この迷宮に出る敵は2~3倍速程度はある。

 なので、卑怯だろうがなんだろうが、がんばって戦ってもらわないと困る。

 

「な、なにか、なにか手はありませんか、ご主人様」

 

 ないんじゃないかな?

 まぁ、超人級冒険者のように、30倍速とか使ってこないのだ。

 それに比べればずいぶんと楽ではないだろうか。

 

 エルグランドの民たちはそう言うクソみたいな環境でがんばって成長してきたのだ。

 あなたも昔は「素で加速出来るってなんだよふざけんな」と思っていたものだ。

 大丈夫大丈夫。加速こそできても、力量そのものはあなたたちの方が上だ。

 加速状態であることにさえ慣れれば、問題なく戦えるだろう。

 

「せめて……せめてその『加速』の魔法を教えてちょうだい! ねぇ!」

 

「おい、僕にも頼む。話を聞いている限り、とんでもない連中ばかりのようだからな……手立てはいくらあってもいい」

 

「わ、私にもおねがいします!」

 

 魔法が使える3人からの申し出にあなたは頷く。

 『加速』の魔法は魔法剣士ならば使えてなにも損がない魔法だ。

 あんまりこれに頼り過ぎてもよくないので教えていなかったが。

 もうそろそろ教えてもいい頃合いだろう。

 

 あなたはダイアとウィチヘンに周辺警戒を頼み、呪文回路を3人に教えることにした……。

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