あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 あなたは多少の時間をかけて3人に魔法を教え込んだ。

 『加速』の魔法は、まぁ、それなりに高度な魔法だ。

 だが、きわめて高度とか、大変にむずかしいとか、そう言うほどではない。

 なので、十分に熟達した魔法使いたちに教えるのに苦労はない。

 

 レインは知っての通り、最高位の呪文にまで手を届かせた凄腕。

 それも20歳になる前に『神話級呪文』までも会得している。

 身近にいるのであまり実感はないが、絶世の天才と言って差し支えない。

 階梯で言えば4階梯や5階梯そこそこの『加速』の会得に問題はない。

 

 そして、サシャは知っての通り、本業は剣士だが魔法も十分に凄腕。

 すでに5階梯呪文に手を届かせているのは十分に天才と言える。

 たしかにレインに比べれば見劣りするかもだが、サシャはまだ20歳。

 それでいて凡人の到達点にまで達しているのだから、称賛以外の言葉はあるまい。

 

 クローナはどうやら5階梯呪文まで使えるらしい。

 たしか、132歳だか133歳だったはずだが。

 十分に天才の範疇と言っていいのではないだろうか。

 人間換算で言うとまだ17とか18くらいの若者だし。

 王族としての責務を果たしながらそれなら、十分才はあるだろう。

 

「なるほど……『加速』! ――――――――――」

 

 レインがあっさりと会得して呪文を発動。

 甲高く聞こえる異様な声で喋り、シャカシャカと動いている。

 率直に言って大変に不気味な姿である。

 

 あなたは3倍速からはじめ、ちょっとずつ加速していった。

 やがて、5倍速ほどの速度に達したあたりで、レインの様子が平常に近くなった。

 

「……この魔法、常時使用してたら気が変になりそうね」

 

 レインがげんなりした顔で言う。

 この魔法、5倍速になれば5倍速で喋ることになる。

 そうすると、甲高い声で聞き取れない速さで喋ることになる。

 意思疎通に問題が出るので、わりと使い難いのだ。

 

「あーあー、なーるーほーどー、こーれーはーべーんーりーでーすーねーー……」

 

「おーーおーー、すーーごーーいーーもーーのーーだーーなーーーー」

 

 そして、サシャとクローナも『加速』の魔法の発動に成功。

 だが、レインほどの魔力がないので、2人とも効果がやや劣る。

 サシャが3倍速、クローナが2倍速くらいだろうか。

 そのせいで間延びした野太い声で喋っているようで不気味だ。

 

「……この魔法、意思疎通するのにも問題が出るのね」

 

 そして、魔法の使えないダイアとウィチヘン。

 2人はのろのろした様子で、もはや雑音にしか聞こえない声で喋っている。

 5分の1の速度ともなると、もはや聞き取りすら困難だ。

 人の声として認識するのもむずかしくなってくる。

 

 あなたはしょうがないので『加速の雨』を手加減して放った。

 これは範囲化した『加速』の魔法だ。半径数メートルの存在にも効果が出る。

 ずいぶんと昔に作ったものなので、本気の『加速』に比べればかなり劣るが。

 他者にまでかけることができる、と言う強みがある。

 

 それによって全員の速度を強制的に5倍速にまで引き上げる。

 『加速』の魔法と同種の魔法なので、効果は上書きされた。

 

「あれ、戻っちゃいました?」

 

「おい、ダイア? ウィチヘン?」

 

「はい、なんでしょうお兄様」

 

「はい、陛下」

 

「効果が切れたのか?」

 

 クローナが不思議そうにしていたが、あなたはそれを否定する。

 あなたが範囲化した『加速』で上書きしたので、全員の速度が一致しただけだ。

 

「……それを使えるなら、僕たちが会得する意味はあったか?」

 

 2倍速で動ける魔法は覚える価値があるだろう。

 後々にまで使えるように自分で会得する意味はあるはずだ。

 

「む。それもそうか……すまん。効率ばかり考えてしまうと、目先の問題にばかり眼が行く。合理性で考えねばな……」

 

 クローナが反省したような顔をする。

 クローナは英明な才人だが、年若いので少し近視眼なところがある。

 まぁ、そうしたものの考え方は、人生経験を積めば身につくものだ。がんばってほしい。

 

 さて、あなたは全員が加速したところで、次に『時逆(ときさか)の針』を教えると伝えた。

 正直言って、今段階で会得する意味はまったく無いのだが……。

 覚えておいて損はないので、覚えた方がいいだろう。

 

「それっていったいどんな魔法なの?」

 

 『加速』の逆で、対象を減速させる魔法だ。

 ただ、自分専用魔法なので相手を減速させることはできない。

 ただの呪いめいた魔法で利用価値なんかまるでなさそうに思えるだろう。

 

「ですね。それって何か意味があるんですか?」

 

「わざわざ弱体化する意味がどこにある?」

 

 サシャとクローナは加速を体感しているのでそのように訝る。

 ダイアとウィチヘンは体感していないが、はた目から見ていたので分かる。

 そのように、ほぼ全員が否定的、懐疑的な目で『時逆の針』を見ている。

 

「いい魔法ね。ぜひとも教えて欲しいわ」

 

 一方で、このメンバーで最高の加速度を達成したレインが覚えたがった。

 

「ええ? こんな魔法、習得する意味ってあります?」

 

「あるわよ。バリバリあるわよ。何倍もの速さで動いてたら、買い物するのも一苦労よ。意思疎通だって苦労する羽目になるわ。覚えておいた方がいいわ」

 

 ちなみに『時逆の針』を用い、標準速度以下にまで減速させることもできる。

 そうすることで、ヒマな待ち時間をさっさと経過させるという使い方もできる。

 ただ、生命の最低速度みたいなものがあり、それ以下にすることはできない。

 だいたいだが、ふつうの人間の標準速度の60分の1から70分の1程度が最低速度らしい。

 ハイランダーはこれがふつうの人間より少し早く、100弱ほどの速度がある。

 

「つまり、1分待ったくらいの感覚で1時間経つわけね?」

 

 感覚と言うか、実際に1分しか経っていないのに1時間経つのだ。

 ちなみに、あなたたちならべつに気にすることでもないが。

 5倍速になったら5倍速動けるのではなく、5倍速で生きることになる。

 

 すると、食事も5倍必要になり、煮炊きの燃料も5倍必要になる。

 5倍速と言うことは、ふつうの人が6時間に1回食事を取るとしたら、72分ごとに1回。

 おおよそ毎時間に1回、それもしっかりと食事を取る大喰らいに見える。

 

「でも、逆に考えるとですよ。他の人の5倍も自由な時間が増えるので、5倍も楽しいことができませんか?」

 

 しかし、5倍の速度で楽しいことを消費してしまう。

 そうなると5倍のヒマな時間を持て余すことになる。

 他の人間との交流もほとんどできない状態なのだ。

 そんな状態で日々を過ごしていたら、早晩気が狂うだろう。

 気が狂わないのはよほどの超人か狂人、精神的怪物くらいだ。

 

「うぅ、たしかに言われてみるとその通りですね……」

 

「それにだ、5倍の速度で生きるのだろう。つまりそれは、老化の速度も5倍と言うことではないのか?」

 

「い、言われてみるとたしかに……!」

 

 サシャが愕然とした顔をするが、そこのところは心配要らない。

 5倍の速度で生きてはいるが、老化はふつうに標準速度のままだ。

 なんでかと言われると、あなたも詳しくは知らないのだが……。

 

 生命の速度は個々人のものだが。

 生命の規定は世界のものだから、らしい。

 寿命は世界に定められた原則だ。

 だから、世界の時間経過で生命の寿命までの残り時間、つまり老化も進む。

 だから何百倍速で生きても、老化は進まないらしい。

 

 ただまぁ、エルグランドでの話なので。

 この大陸の人間だと話はべつかも……。

 

「いずれにせよ『時逆の針』は習得しておいて損はないわ。教えてちょうだい」

 

 お安い御用だ。

 ただ、『時逆の針』はちょっとむずかしい。

 効果時間が永続化されているからだとは思うが。

 たぶん6~7階梯くらいの難易度だろう。

 サシャとクローナにはちょっと厳しいかもしれない。

 

 あなたはささっと『時逆の針』を教えた。

 そして、減速のやり方を軽く教え、みんなを『加速』対応の魔法使いに仕立て上げた。

 『時逆の針』そのものを単体で使うことはあまりないとは思うが。

 なんだかんだと覚えておいても損のない魔法だ。

 

「これで相当な有利が得られるわけね」

 

「5倍の速度で戦える……うーん、どんな感じなんでしょうね」

 

「『迅速』が常態化するわけだが、あれはそもそも一瞬で効果が切れるからな……あまり効果を堪能するようなことができないので、なんとも分かり難いな」

 

 まぁ、実際に戦ってみればすぐにわかる。

 あなたたちは再度出発した。

 

 

 暗い洞窟の中を進む。

 そして、あなたたちは次なる敵に遭遇した。

 それは手にグレートクラブを持った、巨大な人型。

 幻想的なまでに醜い巨躯の怪物、トロールだ。

 

 トロールは、この大陸とエルグランドでもそうは変わらない。

 あまりにもブサイクなせいで顔貌の判別がつかないだけという線もあるが。

 どうにせよ、特徴的にはそうは変わりのない相手だ。

 

 それはあなたたちの前でチンタラチンタラと動いている。

 敵の出現に警戒を露わにしたダイアとウィチヘンも、唖然としてトロールの姿に見入っている。

 

 トロールはのろくさと棍棒を振り上げ、もたもたと走ってくる。

 小走りくらいの速度で駆け寄って来て、まったりと棍棒を振り下ろす。

 ダイアが横に半歩分ほどズレて、その棍棒をよける。

 

 足元が砕け、石がもったりとした速度で飛び散る。

 ダイアがそれをひょいと手に取り、石を眺める。

 そして、それをぽいっとトロールの頭へと投げつけた。

 

 トロールの頭がめしゃりと陥没し、のけぞる。

 そんなに強く投げつけたつもりではないのだろうが。

 なんせあなたたちは5倍の速度で活動しているのだ。

 放たれた石の速度も5倍である。全力投球よりもなお速い。

 

 どうやらこのトロールはあんまり強くない個体らしい。

 速度も速くないので、ほとんど標準速度のようだ。

 

「えーと……『熱線』」

 

 レインが雑に『熱線』をパナす。

 トロールは再生能力があるので、打撃や斬撃では仕留めにくい。

 なので『熱線』で燃やす。これなら再生能力が阻害される。

 

 放たれた3本の熱光線がトロールに直撃。

 トロールが勢いよく燃え上がった。

 

「えいや」

 

 サシャが割と力を入れて石を投げた。

 石とは言うが、アダマンタイト鉱石でもある。

 以前はあなたが貸していたものだが、これはサシャが新しく用立てたものだ。

 適当に鍛冶工房にいって、未精錬の鉱石を買って来て『帰還』の呪文をかけただけ。

 

 拳大の飛翔し、トロールの頭部に直撃。

 サシャが力を込めて投げれば、その速度は軽々と時速150キロに達する。

 そして、今のサシャは5倍速で活動しているのだ。

 その投擲速度もまた5倍であり、時速750キロの猛速となる。

 

 トロールの頭が爆散した。

 

「おおっ! すごい!」

 

 サシャが興奮したような声で叫ぶ。

 頭の飛び散ったトロールが地面に倒れ込み、そのまま燃えていく。

 頭が弾けたくらいではトロールは死なないが。

 燃えた状態で死ねば、そのまま傷口が焼けて死ぬのだ。

 

「ご主人様みたいな威力が出ました! そうか、速度のおかげで……そうだったんだ……」

 

 いや、ふつうにあなたは標準速度で投げてアレだ。

 標準速度で投げてもふつうに音速を超えるくらい身体能力が高いだけ。

 

「ご主人様の身体能力が無法過ぎる……!」

 

 サシャが戦慄したように言うが、サシャの身体能力も相当だ。

 素の身体能力を、あなたがあげた指輪でさらに増強している。

 本来、サシャくらいの力量でも、ただの石を投げたくらいではトロールを抹殺するのは無理だろう。

 

「たしかにそれはそうではあるんですが……」

 

「と言うか、そうだとしても強過ぎるわよ。この『加速』の魔法、本当に強力なのね……」

 

「僕の出番がなかったが……この魔法がおぞましいほど強力だと言うことはよくわかった。強過ぎるだろう、これは……僕ですらトロールを一方的に切り殺せそうだ」

 

 まぁ、楽勝ではないだろうか。

 たしかに多少は苦戦するかもしれないが。

 それでも危なげなく倒せはするだろう。

 

 それほどまでに『加速』の魔法は強い。

 あなたが今の今までEBTGのメンバーに教えなかった理由も分かるだろう。

 

「そうね……この魔法さえあれば楽勝って舐め腐ってたでしょうね。ええ、あなたがそうした理由もわかるわ」

 

「強過ぎますね、この魔法は……しかもこれ、魔法の力量が上がるほどさらに強くなるわけで……あ、そうか。だからエルグランドの冒険者って魔法剣士が多いんですね?」

 

 あなたは頷く。

 エルグランドでは『加速』の習得を控えさせるということはまずない。

 と言うより、会得できるようになったら何よりも優先して覚えさせられる。

 

 なぜなら、エルグランドでは敵も余裕で『加速』を使って来る。

 この魔法を使うことが前提の環境となっているのだ。

 『加速』が使えない奴は人権がないのも同然だ。

 そうでなくとも生命の標準速度を鍛えているやつらだっている。

 『加速』を使えるなら使うのは当たり前なのだ。

 

 この大陸ではそうではない。

 敵が『加速』を使ってこない。

 フェア精神と言うわけではないが。

 それではこちらが強くなりすぎてしまう。

 

 現状に満足すると停滞してしまう。

 だからあなたは『加速』を教えなかった。

 

「ちょっと複雑な気持ちではありますが、私たちのためなんですよね……」

 

「これがあの時あればもっと楽だったのに! って思うところはなくはないわね。まぁ、理解はするわ」

 

 複雑なところがあるようだが、納得はしてもらえたようだった。

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