「思うにだけど、この魔法があれば『迅速』いらなくない?」
「まぁ、いちおう『迅速』の方が難易度は少し低いわけですから、まったく使いどころがないわけでは……」
「でも、『加速』が使えるようになれば、無用の長物よね……」
「それは、まぁ、はい。私くらいの腕前でも2倍速にはなれるわけで……」
『加速』は腕前が上がれば上がるほどに速度が上がる。
それと同時に効果時間も伸びるわけなのだが。
サシャくらいの腕前でも、持続時間は1分はある。
『迅速』はせいぜい数秒程度の効果しかない。
ただ、起動速度が次元違いに速い。
『迅速』はまたたきほどの速度で発動可能だ。
これは『軟着陸』と同様の性質だ。
咄嗟の時に発動し、他の人の行動に割り込む。
窮地の仲間を救うために魔法を割り込ませるわけだ。
そう言う意味で、その性質はたしかに必要なものだ。
ただ、その性質を実現するために効力が落ちてるんじゃ……みたいなところはある。
魔法の性質自体は同質なことを思うと。
やはり、安全措置の取り過ぎか、即効性のためか。
どちらかの理由で効力が落ち過ぎている気はする。
『迅速』が有用ではないので無視していたが。
そのうち、呪文回路を研究して性質を調べてみようかと思う。
「エルグランドの魔法は強力ね……危険すぎてあんまり濫用はしたくないんだけど」
「それは、はい、そうですね」
「そんなに危険なのか?」
「えーとですね、エルグランドの魔法は、生命力を魔力に変換する禁呪がデフォルトで搭載されています」
「エルグランドの民は頭がおかしいのか?」
「はい」
「…………そうか」
何の疑問もなく肯定され、クローナが戸惑う。
サシャのあまりにも直球な罵倒にあなたは思わず笑う。
「時に関連した魔法に関しては、エルグランドの方が優れてるんじゃない?」
そんなレインの問いに、あなたは首を振る。
エルグランドでは『時間停止』の呪文が失伝している。
そのため、どんな魔法使いでも『時間停止』だけは使えない。
『ステイシスバレット』と言う同様の効果を発揮する道具があるが。
おそらく、この『ステイシスバレット』のせいで失われたのだろう。
地面に投げるだけで使えるので、お手軽過ぎる。呪文を会得する意味がない。
そのため、『時間停止』の呪文を十全に使いこなす魔法使いには手も足も出ない場合がある。
幸いあなたは『時間停止』をアルトスレアで会得したので使えるが……。
「ふぅん? そう言う文化の差もあるの……と言うことは『時間停止』が使える私って、エルグランドでも通用したりするのかしら?」
ふつうに通用する。
『ステイシスバレット』を逆呪文で解呪できるだろうレインは強い。
エルグランドにはたしかにあなたのような超人級冒険者がいるが。
そんなにゴロゴロいるわけではないのが実際のところだ。
『時間停止』までも使えるレインならば、十分凄腕として名を馳せるだろう。
まぁ、この大陸の魔法では非力なところが多いので。
魔法威力増強のエンチャントのある装備を手に入れるか。
『エルグランド』の魔法を主体にする必要があるとは思うが。
「なるほどね……魔法威力増強のエンチャントか……やっぱり、貴重なのよね?」
いや、べつに……。
たしかにあなたの本気装備ほどの超高倍率品は希少だが。
5~6倍増強くらいの品なら、割と手軽に手に入る。
「そうなの? その割には別大陸には流れないのね?」
たぶん流れてはいると思うが。
手にした人間が手放さないだろう。
現役引退後に手放す可能性もあるが、手放さないこともあるだろうし。
すると、そのまま墓に入れられるとか、子孫が受け継ぐとか。
仮にその子孫が店に売り飛ばしたとしてもだ。
エルグランドの常として、魔法使いは剣士でもある場合が多い。
そのため、魔法威力増強のエンチャント付きの多くは剣である。
あなたのように、杖にエンチャントされているのはかなり珍しい。
「あー、そうか……魔法使いがそんなに真剣に剣を探し回らないわ……私も家から持ち出したロングソードを未だに使ってるわけだし……」
なので、ただの高品質の剣として売られている可能性が高い。
一応魔法の武具としては鑑定されはするだろうが……。
高位の魔法で詳細に調べない限り、その内容は判明しないだろう。
単なる魔法による強化がされているだけ、として安価で売られている可能性が高い。
「なるほどね……うーん……やっぱり、エルグランドまで行って、手に入れるしかない、のかしらね」
「魔法威力増強の武器って、手に入れるのむずかしいですか?」
そこまでむずかしくはない。
サシャとレインくらいの力量ならば。
エルグランドで活動をすれば、比較的すぐ手に入るのでは。
やはり、そこらへんは環境の差が大きいだろうし。
「エルグランドか……」
「エルグランドかぁ……」
2人ともやや遠い目をしてつぶやいている。
一応、今は迷宮の探索中なので警戒して欲しいのだが……。
それから、あなたたちは迷宮を探索し続けた。
そして、出会う都度にモンスターを雑に処理った。
なにも苦戦する要素はなかった。
多少速度の速い敵もいたが。
5倍速のあなたたちならば特に苦戦するほどでもなく。
ただひたすら雑に処理し続けた。
そうして、階層をおよそ5層ほど降りた。
そして、またもそこでフロアの様子が様変わりした。
「今度はなんだ?」
クローナがぼやくが、あなたは顔色が悪くなった。
周辺の空気感が、なんとなく、そう、なんとなくだが。
あなたの知っている、極めて危険な迷宮に、似ているような……。
いや、まさか、そんなはずはない。
あなたがそのように考えた直後のこと。
あなたの目の前で、クローナの首が突然へし折れた。
同時、クローナが下げていたペンダントから魔法の力が発揮される。
それにより、クローナの首の骨が最低限の保護を受ける。
どうやら致命傷を防ぐ類の装備品だったらしい。
「がふっ」
「え!?」
あなたは咄嗟にレインの前に割り込む。
そして、あなたの顔面に強烈な打撃が捻じ込まれた。
首の骨が軋む壮絶な威力にあなたは状況を把握。
あなたは『時逆の針』の減速を緩め、最大戦闘速度にまで加速した。
そして、あなたはぬめるようなウロコを持った犬頭の異形を見た。
コボルト。
エルグランドにおいても弱小種族として知られる種族。
そして、大陸ごとに外見が大きく異なることで知られる。
コボルトと言う呼び名は同じでも、大陸ごとにべつの種族を指しているのだ。
エルグランドのコボルトは犬っぽい頭をした爬虫類。
アルトスレアのコボルトは二足歩行する犬。
リリコーシャのコボルトは二足歩行するトカゲ。
ファートゥムはウワサを聞いただけだが、ゴブリンの別名らしい。
共通事項は、いずれの大陸でも弱小種族であること。
だが、このコボルトはクローナの首を軽々とへし折って見せ。
さらにはあなたの最大戦闘速度に楽々と追随していた。
つまり、このコボルトは超人級冒険者の領域に手をかける強者である。
「シャアアアァッ!」
鋭い威嚇音と共に、棍棒を振りかぶって襲い掛かってくるコボルト。
そのスイングには恐るべき技量の冴えが伺え、一廉の戦士であることが伺える。
あなたはその打撃を剣で受け止めつつも対話を試みた。
自分の方が強いので、殺されたくなかったら大人しくしろと。
「シャアッ! ギビッ……」
無視された。なので、あなたはコボルトの頭部に拳を炸裂させた。
あなたの剛力が込められた打撃はコボルトの首をへし折った。
だが、コボルトは歯を食い縛り、その生命を現生に繋ぎとめる。
「お、オオッ……神ヨ、救イヲ……」
祈りの言葉が発せられ、暖かな光が注ぐ。
いずれの神に祈ったかまでは分からない。
だが、その祈りのパワーはたしかに効力を発揮した。
コボルトの首が正常な角度に戻り、その生命力が回復。
あなたのグーが再度炸裂。首が異常な角度に戻った。
コボルトの生命力はそのまま枯渇。ふつうに死んだ。
「いったい何が起きたんだ……?」
「まだ動かれないでください、お兄様」
「ああ、分かっている……」
戦闘終了後、手早くクローナの治療を行った。
本当に死ぬ寸前のダメージだったので危ないところだった。
「これ……なんのモンスターなの?」
「ワービーストとか、ラセツとか……でも、爬虫類っぽいですよね……なんでしょう、この種族……」
サシャとレインはコボルトに興味津々の様子だった。
あなたはそれはエルグランドのコボルトだと教えた。
「これがエルグランドの……エルグランドでは強力な種族なのね」
いや、ぜんぜんそんなことはない。
戦闘力で言えば、成体でも人間の子供くらいの強さだ。
まぁ、子供であっても武器を持てば人を殺すくらいは楽勝だ。
そう言う点で言えば、非力でこそあれ危険な種族ではある。
だが、間違っても人間の首を一撃でへし折るような膂力はないし。
音の壁に迫る、音速間際の速度で戦闘をする速度もない。
このコボルトが超人級冒険者の領域に足を踏み入れようとしている可能性こそ否定できないが。
対話が成立しなかったことや、あの異常なまでの攻撃性。
それを考えるに、これは迷宮が産み出した階層の守護者だろう。
「階層の守護者?」
エルグランドの迷宮の多くは過去の遺跡だ。
だが、リリコーシャのように、魔法的な迷いの宮として生まれたものもある。
その数はあまり多くはないのだが……。
あなたがこの大陸に来る直前まで冒険していたナラカ。
遥かな地下世界に続くと言われるタルタロス。
天上世界に続くと言われる永遠の塔アストラ。
そう言った著名な迷宮が存在し、そのどれもが極めて危険な迷宮である。
さきほど戦ったコボルトは、肌感で言うとタルタロス500層以上と言ったところか。
そして、いずれの迷宮も各階層ごとに守護者が存在し、次の階層への移動を妨げて来る。
あのコボルトの強さからして、おそらくその守護者だ。
「……どれくらい強いの?」
さきほどの戦闘時の様子から見て。
おそらく魔法の使えない純戦士だったと思われるが。
速度はおよそ30倍速ほどに達していたと思われる。
つまり、先ほどのあなたたち6倍もの猛スピードで活動している。
その猛スピードで接近し、クローナを殴りつけたのだ。
まさに目にも留まらぬスピードで殴られたわけだ。
身体能力はうまく表現できないが。
おそらく、純粋な膂力でドラゴンを殴り殺せるとか、そのくらいはあった。
水準で言うと、30倍速の冒険者として妥当なくらいと言うべきか。
「うそでしょ……どうやって戦えって言うの……」
「さ、30倍速……その上で、私よりも身体能力が上……」
「何か……打開策がある……のだと言ってくれ」
「一生懸命すばやく動くのではだめでしょうか?」
絶望的な表情をする中、1人あまりにも努力の直線運動な発想をするダイア。
あなたはそんなダイアの言葉に、やはり一生懸命早くなるしかないと答える。
実際、速度差があると、それだけで大幅に不利なのだ。
多少の身体能力の差、魔法威力の差、それらを容易く覆す。
それほどまでに速度と言うのは強力な要素なのだ。
ならばやはり、その速度差を埋める以外に手立てはない。
あなたはやむを得ないとして、『加速の雨』を本気で発動した。
その瞬間、あなたたちの世界から音が消えた。
「え」
「なんですか、これ……耳が痛くなりそうな……」
「恐ろしく静かだな……これは、早くなり過ぎた……からか?」
クローナがさすがの慧眼を発揮する。
あなたたちは30倍速にまで達した。
この速度にまで達すると、音があなたたちについてこれないのだ。
「30倍速で確定なの?」
レインの疑問にあなたは頷いた。
30倍速を超えるには、ある一定の経験が必要なのだ。
本来、生物の限界点はその30倍速前後であり。
それを乗り越えるには生命の限界を超える必要がある。
その限界を超えるための場所こそが、タルタロス。
タルタロス1000層を超えることで、生命の位階を超えることができる。
逆を言うと、そこを探索しない限り、30倍速以上の速度にはなれない。
レインやサシャたちが到達できる限界速度。
そこに達しているのは間違いない。
だって本来なら50倍速以上になれる威力の魔法だし。
「なるほどね……」
本当ならこんなことはしたくないのだが。
こうでもしないともはや戦いの領域にすら立てないし。
EBTGメンバーはともかく、他の面々を放置するのは可哀想だ。
あなたのせいで巻き込まれた被害者なのだから、ちゃんと慮ってあげないと。
それに、みんなは生物の限界を超えていないので30倍速が限界だ。
それはつまり、今まで5倍速で戦えるイージーモードだったのが。
敵もこちらも同じ速度で行動する、いつも通りの戦闘になっている。
今までと同じようにはいかない。
気を引き締めてかかってほしい。
「ええ、もちろんよ」
「いつも通りに戻っただけですからね。がんばります!」
「ええ、もちろん油断なく務めましょう。
「僕は非力なのだからちゃんと守ってくれ。魔法で援護はする」
「陛下の守護はお任せください、
全員、意気込みはバッチリのようだ。では、行くとしよう。
一筋縄ではいかない、エルグランドの迷宮の攻略に……。
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