しばらくして、サシャは気を取り直したのか平常通りになった。
平常通りになったのだが。なったのだが……。
「あの、どうして私は距離を取られているのでしょうか」
あなたたちはなんとなくサシャから若干距離を取っていた。
サシャはまったくいつも通りの朗らかなケモ耳美少女……美女だ。
しかし、先ほどまでの異常な殺意の高ぶりを見ていると……。
こう、先ほどまで哀れな犠牲者を惨殺している殺人鬼が居たとしてだ。
そんな殺人鬼が、朗らかな笑顔で庭木の世話をし、ペットの犬にエサを与えていたら。
そこに不穏な感情を見出さずに見れる者が、どれだけいるだろうか?
もしかしたらやむなく惨殺せざるを得ない事情があっただけで。
その殺人鬼自体は、純粋で優しい好人物だったとしても。
人をむごたらしく殺すような側面もあると知っていたら。
どうあっても心穏やかに接することはできないだろう。
まぁ、つまりはそう言うことだ。
「つまりなんですか。私は突如として激高して殺しに来そうと思われているんですか」
そうだよ。
あなたはサシャの疑問に頷いた。
サシャはグギギィ……と笑顔とも怒りともつかない複雑な表情をした。
怒りたいけども、自分の行動には自覚がある。
なので、客観的に自分を見たらその感想は正当だなと分かる。
しかし、それはそれとして心理的に受け入れがたい……。
そんな心の動きが如実に現れた表情だ。
あなたはそんなサシャを安心させるように笑った。
たとえサシャが殺人鬼でも自分は受け入れるよ、大丈夫。
死体を隠す時は手伝ってあげるから、と。
「まず、私が殺人の罪を犯し、挙句に隠蔽することを前提にするのをやめていただけますか」
あなたはなるほどと頷く。
アノール子爵としての権力を用い、もみ消すとしよう。
「違います、そうじゃないです」
なんと、それでは不足とは。
ではしかたない。あなたは後ろに振り向き、クローナに目線をあわせる。
そして、クローナにもしもの時はどうか女王陛下のご慈悲を……と懇願した。
「ふぅむ。アノール子爵は我が窮地を前に、身命を賭して馳せ参じた烈士ゆえ、その忠義に報いるのはやぶさかではない。なに、私に任せておけ」
ならば、これで安泰だ。
トイネ国内において、トイネ女王の自由にならぬことはそうはない。
さすがに独立領主の地では難しいかもだが……。
あなたの領地で、あなたとクローナが協力すれば、もみ消せない事態などない。
「違うんですよそうじゃないんですよ……! 私が殺人の罪を犯したことがありましたか!」
前に山賊をサクッと殺したことはあった。
「それはそれ! これはこれでしょう! 町中でそんなことをしたことがありましたか! 私が罪もない人を殺めるような外道に見えますか!」
あなたは問われ、考え込む。
サシャが罪もない人を殺める外道に見えるかどうか……。
そもそも、罪もない人を殺めることが外道なのだろうか?
罪があるとかないとか関係ない気がするのだが。
罪に問われるから殺してはいけない。あなたはそう考える。
罪になる人を殺めるから外道で。
罪にならない人を殺めれば正道だろう。
実際、サシャは以前に山賊を3人サクッと殺した。
5年前、あなたたちがレインと出会った時の冒険だ。
しかし、山賊を3人殺したことは罪に問われなかった。
それは、罪にならない人を殺めたから、サシャの行為は正道だったからだ。
「ううっ……!? そ、その論理展開は……いえ、しかし、筋は通ってる……!? あ、で、でも、山賊は罪じゃないですか! 罪人だからですよ!」
なるほど、たしかにそれは頷ける考えだ。
であれば、先だっての巨人帝国との戦いはどうだろうか。
ノグリアは罪人だったろうか? 彼の配下の巨人兵団は罪人だったろうか?
彼らの行いを、誰がどのように罪と定め、裁くのだろうか?
彼らは巨人帝国では疑いようもない勇士たちだったはず。
小癪な奴隷どもの反乱軍を征伐する英雄だったろう。
あなたたち人間の側から見れば、恐るべき圧政者だったろうが。
巨人たちの文明においては、間違いなく英雄だった。
そのノグリアをなんとかかんとか殺したあなたたちは、罪人だろうか?
「う、うぅ……!? で、でも、でも……!」
そのように、罪があるとかないとかが問題ではないのだ。
サシャが、いったいどのような行動を取りそうか……。
それこそが問題の焦点である。
サシャは、罪のあるなしではなく、突然人を殺しそうなヤバさがある。
と言うか、率直に言って異常者だし、頭おかしいと思うの。
サシャはあなたのことを頭のおかしい女たらしだと思っているようだが。
あなただってサシャのことを頭のおかしい加虐癖持ちだと思っている。
「あ、頭のおかしい……加虐、癖……」
サシャがくるりと周囲を見渡した。
クローナとダイアは王族らしい如才のなさで、微かな微笑で応じるのみ。
ウィチヘンは武官らしい実直そうな仕草で屹立するのみ。
そして、最後に、レイン。レインはサシャと眼があうと、サッと目を反らした。
なにも口にはしないが、その態度がすべてを物語っていた。
「突然、人を殺しそう……頭のおかしい加虐癖……異常者……」
サシャは気落ちした様子でとぼとぼと歩いていた。
さきほどの猛り狂っていた様子から、一転して平常の状態。
それと比べれば異常性を感じず、なんとなく安心できる姿だった。
ちょっとテンションが下がってしまったが。
まぁ、先ほどの異常な様子よりはまだマシだろう。
さきほどのサシャは平常通りに戻っていたが。
その平常通りに戻ってしまっていることがおかしいのだ。
人間は平常通りが一番実力を発揮できるし、精神状態も良好だ。
そのために、多くの人間は自分自身を平常通りに持って行こうとする。
緊張する場面だからこそ自分を落ち着かせ、リラックスし、実力を引き出そうとする。
その考え方はまったく正しいし、そのためのマインドケアは大事だ。
だが、無理やり自分を平常に持っていくのはよくない。
それで本当に平常になっているのならば、悪いことではないのだが。
自分では平常になったつもりの異常状態なのが怖いのだ。
そう言う時は、平常通りなのにいつも通りの成果が出せないように感じる。
そこで自分は平常通り、自分ならできる……そのように考えて、余計に自分を騙してしまう。
そうなるともうドツボに嵌ってしまって、実力を出すのは無理だ。平常心も取り戻せない。
平常でないならないなりに、自分が異常であることを自覚する必要があるのだ。
まぁ、サシャが表面的に自分を取り繕っていたという可能性はあるが……。
サシャの性格的に、たぶんそう言うことはないと思う。
サシャは理知的でこそあるが、腹芸ができるようなタイプではないので。
さておき、次の階層への移動だ。
推定タルタロスの迷宮の2層目の攻略は完了。
さきほどまでの流れから行くと、最低でも5層目まではあるだろう。
そして、考えたくないが、10層はあるかもしれない。
あと最低3層、最悪は8層、超人級冒険者並みの怪物との戦い……。
無事に乗り切れると、いいのだが……。
考えるだけで気が重くなってくる。
未熟な仲間たちを連れて挑むような迷宮ではないのだ。
タルタロスや、ナラカ、アストラと言った迷宮は、それだけの難所だ。
ただ、タルタロスでまだよかった……と考えるべきか。
タルタロスはたしかに非常に危険な迷宮ではあるが。
ナラカとアストラはそれを遥かに超越するほど危険な迷宮だ。
タルタロスはいまのあなたが本気を出せば、そう苦戦することはない。
500層くらいならば、本当に片手間に攻略できてしまうくらいだ。
もともと、あなたは1000層まで攻略したことで生命の位階を超えた。
それを考えれば、500層くらいが楽勝なのは自然なことだろう。
それに、1万層でもなにかあるかも! と思って1万層まで行ったこともあるし。
だが、そんなあなたでも、ナラカとアストラは1層ですら危険なのだ。
ナラカ10層までは攻略したが、全力で攻略してなんとか、と言ったところなのだ。
それを5層分なんて気が狂ってしまう。
タルタロス並の迷宮ですらサシャたちを連れて冒険するのはつらいのだから。
「あったわ。階段が」
考えながら歩いていると、レインがそんな声をあげた。
レインの示す先を見れば、そこにはたしかに階段があった。
あなたは自分が先導すると口にしつつ、レインを追い越して階段を下りて行った。
次の階層へと到達。
迷宮の階層には、重苦しい強者の気配が漂っていた。
あなたは周囲を観察し、感覚を鋭くして周辺を探る。
一瞬でも索敵が遅れれば、仲間が殺されるかもしれないのだ。
速度自体はほぼ互角のはずなので、仲間たちの索敵も頼りにしたいところだ。
あなたはみんなに向けて、警戒を厳にして動くものを見たらすぐに教えるようにと伝える。
「ええ、任せてちょうだい。それくらいはやってみせるわ」
「はい、ご主人様」
EBTGの頼れる仲間たちがすぐに答える。
「微力を尽くしましょう」
「僕の役立てるところはそのくらいだろうな」
「はい、
そして、トイネ王族組も、そのように素直に応じてくれた。
無暗に反抗的な態度を取らないでくれるだけありがたい。
あなたもまた周囲を注意深く観察し、敵の姿を目を皿のようにして探す。
「あっ、あっちになにか!」
サシャの鋭い警戒の声。
あなたは勢いよく振り返り、そちらへと目を向ける。
そして、そこには奇妙な生物の姿があった。
それは桃色の軟体生物だ。
半透明のそれには黒い目が2つあり、大きな口が1つある。
ぽよぽよと弾むように動き回るそれ。
それはエルグランドにおける最弱の生物、プリンだ。
料理と言うか、お菓子のプリンとまったく同じ発音のモンスターだ。
プリンがプリンっぽいからプリンと呼ばれているのか。
それともプリンっぽいからお菓子にプリンと名付けられたのか。
まぁ、どっちが先かは謎だが、とにかくプリンと呼ばれている。
それはぷりんぷりんと弾むように動き、あなたたちへと迫ってくる。
そのあまりにも気の抜けた姿に、みんながなんとも言えない顔をする。
「あの、敵、ですよね」
「敵なのよね……?」
あなたは頷く。あれは敵だ。
エルグランドにおける最弱生物、プリンだ。
「最弱生物なんですか」
まぁ、本当に最弱なのかは所説あるのだが。
最弱モンスター論争において、かならず名が挙がるほど弱いモンスターなのはたしか。
それでも、モンスターではある。一般人を食い殺すくらいは楽々やってのける。
そのため、タルタロスのモンスターであってもプリンはやっぱりクソ弱い。
前の層でハイランダーを倒せたチームなら、苦戦することはまずありえない。
そう言う意味では、手はじめのリベンジにはちょうどいい……かも?
「なるほど……」
サシャが据わった眼で剣をすらりと抜く。
どうやら挑む意気込みは十分なようだ。
油断してはいけないが、速度さえ互角ならば戦い易い相手だ。
弾んで飛び掛かり、ぶつかるか、噛みつくか。それが唯一の戦闘手段だ。
動きさえ見極めていれば、よけるも防ぐもたやすい。
逆を言うと、これにさえ勝てないなら、タルタロスで出来ることはなにもない。
そう言う意味で、これを倒せないなら、もう諦めるべきだ。
「諦める?」
役立とうとか、自分にできることを探すとか。
そんなことを言っていないで、すべてをあなたに委ねることを。
どうにもできない環境で足掻くのは大事なことだが。
絶対に勝てない相手に無謀に挑むのはよくないことだ。
諦めて、分際を弁えて身を縮こまらせているのも、大事なことだ。
「……そうはならないよう、全力でやります」
頑張ってほしい。
あなたはサシャを激励した。
「よし、私もやってやるわ」
「では、私も全力を尽くすと致しましょう」
レインとダイアも意気込みは十分のようだ。
あなたは2人に頷きを返し、危ない時は助けてあげるから全力でいくように、と促した。
必要なことかと言えば、まぁ、違うのだが。
無力感を感じさせられながら、あなたの活躍を延々と見せられるよりはいい。
自分にできることがあると実感できれば、無力感からくる絶望にも負けないはず。
メンタルケアは大事だ。
そのためには危険を冒すことも時として必要だ。
それに、タルタロスの強敵と戦うのはいい経験になる。
基礎生命力量の凄まじさもあって、殺し切るのは無理だとは思うが……。
まぁ、やるだけやって、がんばって欲しいところだ。
あなたはそう考えながら、あなた以外のメンバーの挑戦を見守った……。
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