あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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「はああああぁぁぁぁぁぁ――――ッ!!」

 

 サシャが咆哮を上げ、裂帛の気合と共に走り出す。

 手にした剣、パペテロイのファルシオンに漲る力を注ぎこみ。

 敵を切り裂き、果てはその大地までも切り裂けと祈りを込め。

 サシャの手にした剣は、何よりも、誰よりも速く振り下ろされる。

 

 対する敵、エルグランド最弱生物プリン。

 その半透明の身体に、サシャの剣がめり込んでいく。

 たとえ、鋼の鎧を纏っていようが、それごと切り捨てる剛剣一斬。

 そのぷにぷにのみっともないボディなど容易く切り捨ててのけるだろう。

 

 相手がタルタロスの産み出した守護者でなければだが。

 サシャの剣は、ぷりんっ、と跳ね返された。

 

「ああ……!」

 

 あまりに絶望的な手応えにサシャが嘆きの声を発する。

 あなたはそんなサシャに、生命力はいい感じに減ってるよ! と叫ぶ。

 サシャもそうだが、こちらの大陸の人間は生命力の観察に重きを置かない。

 見た目で致命傷度合が測れるとか、そう言う理由だろう。

 

 エルグランドでは瀕死の状態でも平然と動けるやつが多い。

 瀕死の状態で平然と動けるくらい慣れてるからだ。

 なので、生命力を観察できるようにしておいて、その状態を確認する癖がついている。

 あなたも永続化した生命力探知系統の魔法複数種を用いて生命力を見ているのだ。

 

 サシャの剣戟でプリンの生命力は大幅に削られた。

 具体的に言うと3パーセントくらい。

 やはり、回避不能な勢いで切り込めば、多少の生命力差は覆せるのだ。

 

「こんな頭のおかしな魔法、使いたくはないのだけども……!」

 

 そして、レインが主義を曲げてまでエルグランドの『魔法の矢』を構築。

 貪欲なまでに魔力を吸い上げる『魔法の矢』に魔力をどっぷりと注ぎ込む。

 そうして生成された力場の弾丸は、おぞましい破壊力を帯びてプリンへと飛翔。

 

 一撃で今のサシャすら屠れる威力の『魔法の矢』。

 その直撃を受け、プリンの身体がちょっぴり抉れた。

 

「ぜんっぜん通じやしないじゃないのよ!」

 

 いや、生命力の観点で言えばメチャクチャ効いてる。

 いまので5パーセントくらい削れた。

 

「5パーセント!? 私の魔力の2割注いだのよ!?」

 

 レインの今の力量で2割注いでそれなら、むしろイイくらいでは。

 あのプリン、生命力の観点で言うとノグリアの数百倍くらいの生命力があるので。

 生命力だけなら、今までEBTGで戦ったなによりも優れた最強の存在だ。

 

 しかし、生命力が高いだけではちょっと丈夫なサンドバッグでしかない。

 戦闘力とは、生命力の高さ、攻防の巧みさ、戦術、駆け引き、そして武具の強力さ。

 そう言った総合的な要素が複雑に絡み合うことで成り立つものだ。

 プリンにあるのは、生命力の高さだけ。それで強いわけがない。

 あなたはさきに述べた他の点もちゃんと併せ持っているから強いのだ。

 

 迷宮の守護者はそう言うちぐはぐな強さだったりすることがある。

 特にプリンのように、装備を付けられる余地がなかったり。

 戦術を理解できるほどの基礎知能がない生物ほど、そう言うことになる。

 

「だからと言って、戦術や駆け引きも通じそうにないけれど!」

 

 そうかな? そうかもね。

 あなたはそう思いつつ、特に何も言わないでおいた。

 

 まぁ、たしかにプリンにフェイントとかは通じないし。

 多少の小賢しい工夫や道具などは、その生命力の高さで踏みにじって来るが……。

 生命力しか高くないからこそ、付け入る隙があったりするのだが……。

 

「ぐぅぅっ!」

 

 あなたが考え事をしていると、サシャがプリンの攻撃を必死の形相で受け止めていた。

 剣で迎え撃ちをすることでプリンの肉を切り裂く、攻撃的な防御。

 しかし、プリンの凄まじい身体能力と生命力、その2つがあわさり、効率的な防御を踏み越えられそうになっている。

 

 並の人間が剣の刃を殴りつけてしまったら大怪我だろう。

 剣を持っている側の人間にも、多少なりの衝撃はあるだろうが。

 肉を切り、骨を裂くほどのダメージと、ちょっとの衝撃では釣り合わない。

 

 しかし、あなたなら違う。

 

 あなたが鋼鉄の剣に殴り込んだら、たしかに手は切れるだろう。

 だが、骨が裂けて髄が漏れるほどの大怪我には至らない。

 あなたが本気で身体を締めれば、鉄の刃を弾き返す強度があるからだ。

 そして、あなたの超人的身体能力ならば、剣を握る人間の腕をへし折ることも可能。

 プリンもそれと同じ理屈でサシャに痛打を与えてのけたのだ。

 

 サシャはガクガクと震えながらも、辛うじてプリンの打撃を受け流す。

 サシャは超人的な身体能力を得てから冒険者になった口だ。

 身体能力で劣るような場面がなく、常に膂力の優位を用いて来た側。

 膂力に勝る相手の打撃を受け流すと言う、弱者の戦術は使ったことがないのだ。

 

「……もしや」

 

 サシャが殴りかかったり、ダイアが殴りかかったり、レインが最大限火力の出る魔法を使ったり。

 そんな繰り返しで、プリンの生命力を1割ほど削り切ったあたり。

 そのあたりで、戦いの推移を見守っていたクローナが呪文回路を構築し始めた。

 

 あなたはその呪文回路の構成を見て、目端が利くなと感心した。

 たしかにその魔法は、この状況では最適解にも等しいものだったからだ。

 

「『物体浮揚』」

 

 クローナがプリンを指し示し、その魔法を起動する。

 その瞬間、プリンがふよふよと宙に浮きだした。

 

「あ、あれ?」

 

「あら?」

 

「え?」

 

 必死こいて戦っていた面々が困惑の声をあげる。

 その最中にも、プリンはふよふよと浮いたままロクに動かない。

 宙に浮いた状態で何かできるような体ではないのでしょうがない。

 人間のように手足があれば、少しくらいは抵抗できたのだろうが……。

 

「あ、あの、これは……」

 

 サシャが困惑したような顔で尋ねて来る。

 あなたはクローナがやったことだからとクローナに説明を求めた。

 

「特にこれと言って珍しい魔法でもないがな……5階梯呪文の『物体浮揚』をかけただけだ」

 

 それは非常に単純な魔法のひとつだ。

 2階梯呪文の『浮揚』の強化版でもある。

 かけた対象を浮かせる。それだけの単純な魔法。

 抵抗するのも容易なので、相手にかけてもほぼ意味はない。

 

 基本的には、足場を浮かせるとか。

 邪魔な障害物を浮かせて通路を確保するとか。

 そう言ったような、道を啓開するためにある魔法なのだが。

 

 この呪文は抵抗こそ容易ではあるのだが。

 抵抗するには抵抗しようと言う自発意思が必要だ。

 2階梯の『浮揚』では肉体の頑強さ次第で容易に抵抗できるが。

 5階梯の『物体浮揚』では、意志の強さで抵抗する必要がある。

 

 そして、プリンはほとんど理性のない生物であり、その抵抗の意思すらない。

 仮にあったところで、その薄弱に過ぎる意思では抵抗不能だろうが……。

 

「……あ、ええと……ああ……? えっと……」

 

 レインが目の前の光景に理解を拒むような仕草をしている。

 なんでこんな単純な方法で無力化できちゃうの? とでも言いたそうな顔だ。

 

「魔法使いとは、クレバーでなければならないもの……そのように僕は教わったが、なるほど、こういうことなのだな……」

 

 クローナがしみじみと言う。

 魔法使いは、たしかに高い火力は出せる。

 だが、それよりもスマートの解法を見出す知性の輝きこそが重要だ。

 

「まぁ、なんだ。ろくに身動きも出来ん相手だ。寄って集って殴り殺してしまえ」

 

 クローナがそのように前衛組に対処を求め。

 前衛組はその通りにした。

 つまり、プリンを散々サンドバッグにした。

 プリンが死ぬまで10分ほどかかった。

 

 

 

 戦いが終わったところで、レインがへたりこんだ。

 最後はもはや緊張感もクソもないような展開だったが。

 レインは戦いのために大量に魔力を消費したのでしょうがない。

 そんなレインに、今回はちょっと鈍かったね、と声をかけた。

 

「ええ……もう……言い訳のしようもないわ……ごめんなさい……」

 

 まぁ、あまりに生命力の高い敵に焦る気持ちは分かる。

 貧すれば鈍ずるとは言うが、焦りが思考の幅を狭めてしまった典型だろう。

 あまりに強過ぎる敵に焦るのはよくあることだ。

 その上でクレバーな思考を維持して欲しいところである。

 

「思えば、私って前衛を突破されるかもとか、自分にまで敵が襲い掛かって来るかもとか……そう言う心配ってあんまり感じたことがなかったのよね……」

 

 そう言われてみると、たしかにそうかもしれない。

 なんたって、EBTGはなんとレイン以外全員が前衛をできる特殊なチームだ。

 あなたとサシャはもちろんのこと、フィリアとレウナも前衛としての力量は高い。

 

 そして、新加入したクロモリは遠距離専門でこそあるが。

 野歩きを専門としていたように、斬伐用の山刀を用いた近接戦の技術もある。

 

 レインにまで攻撃が及ぶことはまずない。

 EBTGはそう言う意味ではぬるいチームだったかも。

 そんなぬるま湯に漬かっていたせいで、胆力が足りなかったと。

 

「はぁ……ごめん……少し、休ませて……」

 

 あなたは頷いた。

 レインには休息が必要だろう。

 魔力がほとんど枯渇しているし。

 精神状態の回復のためにも休息が必要だ。

 

 あなたは号令を発し、休息を取ると宣言した。

 

 

 

 魔力回復には古来から種々の伝承が存在する。

 この大陸で呑まれている、ドえぐい味の壺茶にも魔力回復効果があると言う。

 しかし、お茶をそんなゴボゴボ飲んでもいられない。

 胃の容量には限界があるのだからしょうがないだろう。

 

 ポーションなら飲んだ時点で効果が発揮されるが。

 お茶なんかは薬効成分が体内に吸収されないといけない。

 胃に詰めるだけ詰めたら吐いて、効果だけ甘受すると言うやり方はできない。

 

 そのため、あなたはレインといっしょにお香を焚いていた。

 これは先日共に冒険をした女性、リフラ・ハーベスタル・ルイからもらい受けたものだ。

 かつて、あなたが旅した大陸、アルトスレアにおいて魔力回復に効能があるとされる薬草。

 それを練り固め、お香として扱い易いようにしたものである。

 

「あ……いい香り……気分が落ち着くわ……」

 

 回魔香。そう呼ばれる伝統的な魔力回復のお香だ。

 嗅ぐことで強いリラックス効果が得られ、魔力回復を増進してくれる。

 嗅いだ瞬間に回復と言ったような劇的な効果はないが。

 それでも実感できる程度には魔力が回復する。

 

 それを香りながら、壺茶を回し飲みする。

 2つの魔力回復効果のある薬品で魔力回復を倍プッシュしていく。

 

「ふぅ……ああ、なんだか実感できるくらい魔力が回復してくるわね」

 

 あなたにはちょっとよくわからない。

 あなたはほとんど魔力を消耗していないせいだが。

 レインは実感できる程度に魔力が回復しているようだ。

 

「……それにしても、エルグランドの迷宮って、こんなに危険なところばかりなの?」

 

 レインの疑問にあなたは首を振る。

 ここはタルタロスと言う迷宮に酷似した迷宮だが。

 あそこは飛び切りに危険な迷宮のひとつだ。

 間違っても一般的な迷宮ではない。

 

 そもそもエルグランドの迷宮の多くは過去の遺跡だ。

 なので、安全な迷宮は本当に安全だし、危険な迷宮もここほど凄まじい危険さではない。

 

「なるほどね……タルタロス、ね。あなたも挑んだことのある迷宮なの?」

 

 あなたは頷く。

 こことほとんど同じ様式の迷宮だ。

 ただ、守護者の登場間隔はもっと大きい。

 5階層ごとに1体出て来る感じだ。

 

「ふうん。何層くらいまで攻略したの?」

 

 1万層くらい。

 

「…………すさまじい深さまで潜ってるわね。そんなにいいものが手に入るの?」

 

 そこまで魅力的な品が手に入るわけではないのだが。

 この迷宮には1000層で生命の限界を超えることができる。

 それと同じように、1万層でさらに限界を超えられるのかもと思って挑んでみたのだ。

 

「限界……あなたもそれで、その強さを手にしたってこと?」

 

 その通りだ。

 あなたの超人的な強さは、タルタロスを攻略したからこそだろう。

 

「なるほどね……あなたの最愛のペットとか言う触れ込みの人も、そうなのね?」

 

 あなたは頷く。

 たしかに、あなたの最愛のペットは共にタルタロスに挑んだ。

 そして、あなたと同じく生命の限界を超えた。

 そうすることであなたに並ぶ強さを得ている。

 

「そう……」

 

 レインは難し気な顔で頷く。

 そして、少し考えた後、あなたに尋ねて来た。

 

「ねぇ、いずれ……私がエルグランドで冒険をすることになったとしたら……その迷宮に挑めるくらい、強くなれるかしら?」

 

 なれる。

 諦めなければきっと。

 

「私、見ての通りあまり体が強くないから、魔法剣士は向いてないけど、それでも?」

 

 レインで肉体的才能がないなんてことはあるまい。

 あなたの父はもっとない。肉体が貧弱過ぎてロクな武器が持てないのだ。

 その割にグランドピアノを担いで弾き語りするが、それはそれとして重い武器は持てない。

 

 そんなあなたの父でも魔法剣士として大成した。

 その果てにタルタロスに挑み、生命の限界を超えた。

 諦めなければ強くなれる。エルグランドの基本原則だ。

 

 レインだってそうだ。

 エルグランドに挑み、諦めず挑戦し続ければ。

 

「そう……その時は鍛えてくれるかしら?」

 

 レインが望むなら、そのようにしよう。

 あなたは頷いて、未来の約束をした。

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