あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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16-011

 数時間ほど休憩し、レインの魔力があらかた回復した。

 あなたたちは休憩中に軽食も取り、仮眠も済ませた。

 体調は万端、いつでも出発可能だ。

 一応、問題がないか確認を取る。

 

「私は問題ないです、ご主人様」

 

 サシャはいつも通りだ。

 表面的には理知的な獣人の少女。

 内面は、まぁ、ともかくとして。

 

「完調とはいかないけれど、まぁ、問題ない程度よ」

 

 レインも概ね問題なし。

 魔力は完全回復していないが、8割は回復した。

 身体的な疲労も残っていない。

 すぐにでも戦闘可能な状態だ。

 

「こちらも問題ありません。いつでも戦いに臨むことができます」

 

 ダイアの体力も完調状態のようだ。

 元々、荒々しい戦い方を主体とするため、その体力の消耗は激しい。

 それに見合うだけの基礎体力も持ち合わせてはいるのだが。

 あればあるだけ体力を注ぎ込む荒々しい原始の戦法を使うので、結局消耗は激しい。

 

「僕はもちろん問題ない」

 

 クローナは元々ほとんど戦っていない。

 それで逆に消耗が多かったら何をしていたのだという話になる。

 

「陛下の侍従として恥じぬようお役に立ちます」

 

 最後にウィチヘン。

 彼は特に何もしていない。

 疲れている方がおかしい。

 

 あなたはみんなの様子が問題ないことを確認し、出発を宣言した。

 

 

 

 次の階層への階段を見つけ、移動。

 そして、守護者を探して、戦う。

 かつてタルタロスで行ってきたそれとほぼ同じだ。

 タルタロスが5層に1度の頻度での守護者出現だったのが。

 こちらでは1層に1体と頻繁に出て来るくらいが違いだ。

 

 5層ごとの戦いはまだしも。

 その間にはさまる4層分の探索。

 これがもう本当に面倒で面倒で。

 

 もはや無意識に探索し、無意識に踏破していたレベルだ。

 なんせ1万層までとなると、8000層もメリハリのないフロアがあるのだ。

 もちろん、一般通過迷宮居住モンスターがいたりはするのだが。

 守護者以下の雑魚しかいないので苦戦などまずないし。

 

 そうすると、精神が壊滅的な速度で摩滅するのだ。

 迷宮攻略とは自分自身の心との戦いなのかもしれない。

 

 今回は逆に、毎階層ごとに守護者が出て来る。

 それも、あんまり強くない同行者が5人もいる。

 そんな彼女たちを守るために神経を張り詰めさせる……。

 精神は摩滅しないが、衰弱しそうなくらい疲れる。

 

「申し訳ありません、義兄上(あにうえ)……私が義兄上の心労を取り除く一助になれればよかったのですが……」

 

 そんな精神的疲労に苛まされるあなたを気遣うウィチヘン。

 そんな彼の気遣いは嬉しいが、まぁ、なんと言うか……。

 

 ウィチヘンはエルフらしい細面の美形だ。

 顔立ちはあまり似ていないが、全体的な雰囲気がイミテルに似ている。

 そのため、逆に男性的要素の部分があなたには違和感となる。

 これがイミテル似の義妹だったら最高だったのだが……。

 

 あなたは内心で溜息を吐きつつ、周囲を警戒する。

 そんなあなたの探知範囲に、小さな生命の気配を感じ取る。

 あなたはそちらへと警戒の目線を向ける。

 

「にゃ~」

 

 それはふあふあでふにゃふにゃのかわいい生命体だった。

 しゅるりとした細身の身体、全身に生えたふあふあの毛。

 まんまるな瞳、ピンと立ったお耳、そしてぷにっとしたお鼻。

 

 猫はなぜこんなにかわいいのか……。

 

 あなたは突如として現れた可愛らしい猫に思わず目元が緩む。

 それも、その猫は成猫ではない、まだ小さな子猫だった。

 思わず駆け寄り、あなたはその猫に手を差し伸べる。

 

「にゃ~」

 

 猫の肉球ぱんち。あなたの手が払いのけられた。やや痛い。

 あなたは猫の首元を掴み、それをひょいと持ち上げた。

 猫はぷらーんとなって大人しくなった。

 

 どうやら、この階層の守護者はこの猫らしい。

 あなたはその猫を仲間たちの下へと連れて行った。

 

「うわ、猫ですね。まだ子供みたいですけど」

 

「あら、小さい猫ね。よしよし」

 

 レインが猫の首筋をこしこしとくすぐる。

 猫は安らいだような表情をして目を細める。

 

「迷宮にも猫がいるのですね」

 

「王宮にも猫はいるが、こいつもなかなかの美猫ではないか。愛い奴め」

 

 ダイアとクローナも猫に目じりを下げて構っている。

 まったく猫は可愛らしい。あなたは犬猫どちらかと言えば猫派だった。

 

「小さくてかわいい猫ですね。義兄上も猫がお好きなのですね。うりうり」

 

 ウィチヘンが猫の口元をくすぐってからかう。

 そうすると猫が嫌がり、うにゃうにゃと鳴いて、ウィチヘンの指に噛みついた。

 

「はは……は、はは……?」

 

 ウィチヘンの指が猫に噛み千切られた。

 猫はそのままあむあむとウィチヘンの指を咀嚼している。

 

「うおぉぉぉおおお――――!?」

 

 野太い絶叫を響かせるウィチヘン。

 いったいなにをやってるんだろう……。

 

 この迷宮には守護者以外のモンスターはいない。

 である以上、この猫が迷宮の守護者なのは分かり切ったことだ。

 それを前に、無防備に指を差し出すとか正気だろうか。

 

 あなたはとりあえず、ウィチヘンに『軽傷治癒』をかけてやった。

 ウィチヘンの指が断面からモリモリと盛り上がって復活。

 爪すらも備わった指が瞬く間に再生し、ウィチヘンの手は元通りだ。

 

「た、助かりました……しかし、こんな……なぜ、これほど……」

 

 あなたはウィチヘンに諭すように伝える。

 この猫はこの階層の守護者だよ、と。

 

「……なるほど」

 

「いや、守護者をしれっと捕まえて来て、私たちに見せないでちょうだいよ……てっきりただの猫かと……」

 

 さきほど、猫の首元をこすってあやしていたレインが身震いをする。

 たしかに、先ほど猫に嫌がられて噛まれていたら、レインの指も無くなっていただろう。

 位置によっては手ごといかれていたかもしれない。危ないところだった。

 

「……それで、その猫をどうするのだ?」

 

 クローナの問いに、あなたは難しい問題だと唸る。

 この猫をサシャたちと戦わせるのはかなり危険だ。

 だが、勝てないほど危険な相手かと言うと、やや微妙。

 

 プリンよりは確実に強いが、見ての通り装備品は何もなし。

 高度な身体能力と、肉体に備わった肉体武器……つまり爪と牙が武器。

 俊敏な身のこなし、そして基礎身体能力の高さ、注意点はそこらへんだけだ。

 戦って勝てなくはないが、ふつうに負ける可能性も高い相手。

 

 そんな相手なので、戦わせるべきか迷った。

 なにより、この猫は見た目が可愛すぎる。

 

 猫はなぜこんなにかわいいのか。

 

 それはきっと、人類と猫が存続する限り永遠の命題だろう。

 猫はとにかくかわいい。もうたまらんほどにかわいい。

 そして、そんなかわいすぎる生き物を傷付けるのはむずかしいものだ。

 あなたは躊躇なく捻り殺せるが、それをサシャたちに求めるのはちょっと厳しい気がする。

 

「う、うーん……それは、たしかに……」

 

 汚らしい野犬とか、飢えた熊とかなら躊躇なく殺せても。

 無垢で愛らしい子猫を殺すことはむずかしいものだ。

 それは人として当然の精神の働きなので恥じることはない。

 

 あなただって、こんなに可愛い子猫を殺したくはない。

 あなたは小動物は人並み程度に好きだし、子供の動物は余計に可愛らしいと思う。

 そんな可愛らしい生き物をできれば殺したくないのは当然の心理だろう。

 嗜好がタチなのでネコが大好きとかそう言うことではない。

 

 そんな子猫と戦わせて、油断して死んだらバカらし過ぎるではないか。

 可愛らしさに思わず手が止まってしまって……なんてことになったら洒落にならない。

 その一瞬の油断で命は奪われるのだ。

 

「うう~ん……たしかに、戦いたくはない……それに、油断しそうなのも、わかる……」

 

「そうですね……愛らしい子猫さんを殺すのは、私でもいささか気後れするところがあります」

 

「うむ、む……僕は猫派だからな……王宮に連れ帰りたいほどに可愛らしい子猫を殺すのはな……」

 

「指を噛み千切られたのは恐ろしいですが、たしかに愛らしいのですよね……」

 

 そんな調子で、かなり気後れした様子の面々。

 やはり、彼女たちとこの子猫を戦わせるのはやめるべきか。

 

 しかし、守護者を殺さない限りは次の階層には進めない。

 だからこそ守護者なのだ。エルグランドの迷宮の基本原理でもある。

 そのため、みんなが戦うのが厳しいとなれば、あなたがやる。

 既にとっ捕まえてあるので、ポキッと首の骨を折ってオシマイだ。

 

「戦いましょう」

 

 しかし、唯一レインが戦うことに対して前向きな返事を返して来た。

 さきほど、真っ先に猫を可愛がり出していたにしては随分と前向きだった。

 あなたは本当に大丈夫か? とレインに疑問を投げかける。

 

「以前、言ってたわよね。エルグランドには喋る猫がいるって」

 

 ボルボレスアスを旅行していた時のことだったか。

 たしかにそんな話を少しばかりしたような記憶はある。

 

「そんな猫がいるなら、強い猫もいるんでしょう? エルグランドで冒険をするなら、こんな子猫であっても躊躇なく倒せなきゃいけない……違う?」

 

 レインその考えは正しい。

 エルグランドでは思いもよらぬ強敵が現れることがある。

 

 べらぼうに強いゴブリンとかヤドカリがいたりするし。

 ただの猫とか犬が異常な強さで襲い掛かって来ることもある。

 見た目の可愛らしさで手を止めていてはやっていけないだろう。

 そう言う意味で、この子猫を躊躇なく倒せる神経は必要だ。

 

「だから、私はやるわ。まぁ、他の皆がどうしてもイヤだと言うなら私も諦めるけれど……」

 

 そのようにレインが周囲に疑問を投げかけ、みんなが考え込み始める。

 できるなら戦いたくないな……と言う表情から。

 戦うべき理由があるか? と自分に問うような、そんな表情だ。

 そして、すぐにサシャが答えを出してか精悍な表情を浮かべる。

 

「私もやります。エルグランドでやっていくなら、必要なことなんですよね」

 

 あなたは頷く。

 見た目の可愛らしさに手が止まるのは、人間として大事な感性だ。

 そう言った躊躇がない冷酷さをもてはやす人間もいるにはいるが。

 そう言う感性を完全になくすというのはまず不可能なことだ。

 

 もしも、自分は女子供でも容赦なく殺せる冷血漢だ、と言うやつがいたとして。

 そいつが本当にそう言う異常者でもない限り、それはただの欺瞞だ。

 自分の内面に嫌悪の感情を無理やり押し込め、自分は何も感じていないと自分を騙している。

 そんなことを繰り返していると、やがては精神が破綻してしまう。

 

 自分の内面の欲求、心の悲鳴にちゃんと耳を傾けること。

 可愛らしいと思う考えも、殺したくないと思うのもいい。

 その上でそれを肯定し、必要とあらば手を下せるようにすること。

 

 冒険者に必要な心構えとはそう言うものだ。

 既に超一流の冒険者に達しておいていまさらな教えかもしれないが。

 今の今まで、可愛らしい生物とか、人間の幼子とかと戦う機会がなかったのでしょうがない。

 

「では、私もやらせていただきましょう。強敵とあらば、避けて通るわけにはいきません」

 

 ダイアは参加者が増えたところを見計らってそのように申し出て来た。

 ダイアには可愛らしいから殺さない、みたいな感覚がないのだと思われる。

 敵なら殺さなきゃいけないと言う考えが、闘争心と直結しているところにある。

 こういう躊躇のなさが狂戦士めいているが、まぁそれはいい。

 

「……僕も必要とあらば戦うが、どうせ足手まといだ。子爵の背中に大人しく隠れていることにする」

 

「わ、私はもちろん武官として陛下の手となり足となり戦う所存で……」

 

「無理をするな。僕は魔法使いだからまだいいが、戦士であるおまえは前にでなければいけないのだからな」

 

 ウィチヘンが緊張した面持ちで参戦しようとするが、クローナが止める。

 あなたもクローナに同調し、無理する必要はないと止めた。

 ウィチヘンは冒険者じゃないし、実際に力量不足も厳しいところがある。

 

 出会った当初のイミテルよりちょっと弱いくらいだろうか。

 兵士や騎士たちの平均から見ると、相当な精鋭なのは間違いないが。

 冒険者として見ると、一流一歩手前くらいの力量なのだ。

 この子猫との戦いに参戦するのは厳しいだろう。

 

「じゃあ、私たち3人での戦いね……いざとなれば、助けてくれると思ってもいいの?」

 

 いつもなら助けないが。

 さすがにこの守護者を相手に助けないのはちょっと。

 これと戦う時点で壮絶な無茶なのだ。

 

 まぁ、ギリギリまでは助けないつもりだが。

 もう死ぬ以外ない、と言うところまで来たら助けてあげよう。

 

「そう。なら、やりましょう」

 

「はい。やりましょう」

 

「全力を尽くすとしましょう」

 

 意気込みは十分なようだ。

 あなたは手にしていた子猫を遠くへと放った。

 猫は空中でひゅるりと身を翻し、着地する。

 

 そして、その子猫は弾丸の如き速度であなたたちへと襲い掛かって来た!

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