あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 猫は強力な動物だろうか。

 多くの人間はそうした疑問に対し、さしたる脅威でなし、と答えるだろう。

 そして、概ねの場合においてそれは事実である。

 

 野生化した狂暴な猫でも、直接的に殺害される危険性は低い。

 人間の肉体を噛み千切る噛みつきはできても、体格が小さすぎる。

 指を食い千切ることはできても、首を噛み千切ることはできない。

 一般的な成猫では、首に食いつくことができても致命傷には至らない。

 そして、仮に食いつけても、体重差から引き剥がすのは容易だ。

 

 まして、あなたたちが対峙している子猫ならばなおさらに。

 こちらから意図的に手や足を突っ込んだとしても、指の1本や2本を食いちぎられるのがせいぜい。

 首や太ももを噛み千切られるような事態にはならない。

 

 そのような単純な理屈のもと、あなたたちは子猫を相手に死にはしない苦戦をしていた。

 

 

 

「いったぁぁぁ!」

 

「むわぁぁぁぁ――――!」

 

「あだだだだ!」

 

 子猫に引っかかれ、指を噛まれ、頭にしがみ付かれ。

 

 しかし、爪に肉を裂くほどの鋭さがあっても、重要な血管を傷つけられるほど爪は長くなく。

 指を噛まれれば食いちぎられることはあっても、体重差から引きずり倒されることはない。

 頭にしがみ付かれても、骨に重大な損傷を与えるような力の込め方はできない。

 

 なので、みんながみんな生傷だらけになりながら悪戦苦闘していた。

 子猫との激戦。これが本当のキャットファイト……泥臭いなぁ。

 そう思いつつも、指を噛み千切られたダイアを治療してやる。

 

「まるで猟奇殺人鬼の部屋みたいになっているぞ。それほど強いのか、あの猫は……」

 

「ひぃぃ……ゆ、指が大量に転がって……」

 

 後方で遠巻きに戦いを見ているクローナとウィチヘンが戦慄している。

 まぁ、たしかに、足元に大量に指が転がっている光景は異様で恐ろしい。

 指に食いつかれたら、確定でそのまま指を噛み千切られるのでしょうがない。

 

 近場でみんなに『軽傷治癒』を叩き込んでは指を生やすあなた。

 そんなあなたに、目についたから思わずと言った調子で飛び掛かって来る子猫。

 あなたはそれをべしんと勢いよく引っ叩いて地面に叩きつける。

 

 子猫はシャカシャカと手足を動かしてあなたから逃げる。

 学習しろよとは思うのだが、本能的に目の前にいると飛び掛かってしまうのだろう。

 

「ねぇ! なにか手とかないの! なにか手!」

 

 ないんじゃないかな?

 気合で攻撃を当てて、生命力を削り切るしかない。

 レインの必死の質問にあなたは答える。

 

 結局のところ、基礎能力が異次元なまでに高いだけなのだ。

 それに見合うだけの身体操作技術なんかもありはするが。

 まぁ、やはりそれだけのことなので、強力な敵とは言い難い。

 

 エルグランドのモンスターはそう言うところが大味だ。

 とにかく異次元に高い身体能力、基礎性能を全力で押し付けて来る。

 特殊な技術を組み合わせたコンビネーションとか、技術と技術の精妙なすり合わせとか。

 あなたも身体能力と魔力任せで押し潰す方がはるかに多い。

 

 時として、別大陸の冒険者が驚くような技術の使い方でそれをひっくり返してみせたりする。

 ジルやコリントがそう言った特殊な使い方、運用に長けていた。

 レインは彼らの運用、技、用法を思い出してやってみてはどうだろうか。

 

「そう言われてすぐ思いつくものじゃ……いだぁぁぁぁあ!」

 

 レインが手の平の肉を食いちぎられて悲鳴を上げる。

 あなたはさっさと『軽傷治癒』をぶち込んで治す。

 

「た、助かった……あなただったらどうするの! あなただって、タルタロスとやらで悪戦苦闘してたことあるんでしょう!」

 

 あなたは魔法威力増強のエンチャントがついた武具を使っていた。

 そして、鍛えに鍛えた魔力任せに『魔力の破砲』とか『大源の波動』をパナしていた。

 基本的に、魔法威力増強のエンチャントはけた外れに強力だ。

 

 敵の猛攻に耐えられるだけの生命力。

 敵に一方的に滅多打ちにされない速度。

 その2つさえ揃えれば、タルタロスはなんとかなる。

 あとは魔法威力増強のエンチャントと。

 魔法の運用技術があれば、1000層くらいまではなんとかなる。

 

「くっ、エルグランドの冒険者ならなんとかなるってことね……! あなたの魔法威力増強の武器とか貸してもらえない!?」

 

 それは……どうだろう。

 本来、武具なんて自分で用立てるものなのだが。

 この状況に突然放り込まれたのでは仕方ないと言えばそうか。

 

 ならば、まぁ、貸してもいいけど。

 別大陸の『魔法の矢』は威力に上限がある場合が多い。

 なので、あんまり強力に増幅はされない。それでもいいなら。

 そう言いながら、あなたは愛剣をレインに放った。

 

「ありがとう!」

 

 レインがあなたの愛剣を手に子猫を鋭く睨みつける。

 そして、先ほどのプリン戦と同じようにエルグランドの『魔法の矢』を構築する。

 

 この世界を構築する理。それをつらぬく神秘のエナジー。

 それはまるで、揺れる木漏れ日のささやきのように。

 (きよ)らかなる祈りの詩を詠うかのように。

 レインの意思が、願う祈りが、密やかなるパワーを導き出す。

 そして、魔法使いが念じたのならば。

 それはもはや祈りなどではない。

 なんとなれば、それは現実であった。

 

 渦巻く純粋な神秘のエネルギー。

 純粋魔法属性、こちら風に言うなら力場属性の弾丸。

 それは空を裂いて子猫へと迫り、その肉体を深々と抉り取った。

 

 子猫の悲痛な悲鳴が響く。

 なんか悪い事した気分になる。

 あなたは悲しくなった。

 

「い、いける……! なるほど、郷に入っては郷に従えってことね……『魔法の矢』ァ!」

 

 レインが再度エルグランドの『魔法の矢』を構築する。

 やっぱり、見れば見るほどエルグランドの『魔法の矢』の威力は異常だ。

 命を大事にしない代わりに、威力の伸びは最高なだけはある。

 

 別大陸の『魔法の矢』は総合的には便利なのだが。

 エルグランドではどうしても力不足というか。

 どっちがいいかと言ったら、あなたは別大陸の『魔法の矢』の方がいいと思う。

 昔はなんとも思わなかったが、やっぱり基本攻撃魔法なのに命の危険があるのは異常だ。

 

 剣で例えるとわかりやすいだろうか。

 剣を習いたい人がいたら、まずなんでもいいから剣を手に入れるだろう。

 そこで、武器屋に使用者の生き血を吸う魔剣しかなかったらどうだろうか。

 それこそ練習用の木剣すら生き血を吸う魔剣みたいな感じだ。

 ふつうに考えて異常どころの話ではない。

 

「す、すごい威力……! でも、これは……私たちの出番がなくないですか……?」

 

「魔術師とはこれほど強力だったのですか……」

 

 サシャとダイアが唖然とした顔をしている。

 レインの『魔法の矢』の破格の威力による驚嘆だ。

 魔法は威力を伸ばしやすい。魔法威力増強のエンチャントのおかげだ。

 魔法威力増強のエンチャントがなければ剣士の方が遥かに火力を出せる。

 

 しかし、魔法威力増強のエンチャントがあるとそれは容易に逆転する。

 だからこそ、エルグランドの冒険者の多くが魔法使いに転向する。

 まぁ、実際のところ、それだけが転向理由ではないのだが……。

 

「はっ、いけない!」

 

 レインに子猫が飛び掛かろうとしたところでサシャが割り込む。

 そして、子猫を受け止め、投げ飛ばす。

 冒険者チームの基本のコンビネーション、後衛を守る前衛の形だ。

 

「ナイスアシスト! 『魔法の矢』!」

 

 サシャのカバーで呪文を詠唱し切ったレインが『魔法の矢』を放つ。

 放たれた魔法の弾丸が、遂に子猫の命脈を断ち切った。

 子猫の身体が地面に力なく崩れ落ちる。

 

 あなたたちは勝利した。

 

 

 

 

「はぁ……たった1戦……それも、ただの子猫1匹にここまで苦戦するなんて……」

 

「エルグランドがあまりに異常過ぎて震えてきます」

 

 もちろんだが。

 この子猫以外にも、カエルとかコウモリとかヘビとかも出る。

 普段は歯牙にもかけない小動物が、タルタロスでは異常な強さで出て来るのだ。

 油断すれば、あっさりと負けることだろう。

 

「考えたくもない……!」

 

「カエルとかヘビに負けるのですか……あまりの情けなさに、自裁してしまいそうになりますね……」

 

 全員が暗い顔で落ち込んでしまう。

 まぁ、もっとがんばって鍛えればなんとかなるなる。

 だれであっても、がんばればあなたくらい強くなれる。

 

「そうよね……このくらいの魔力消費じゃへこたれない日がいつか来るのよね」

 

 レインは8割近くの魔力を消耗し切ってしまった。

 だが、その魔力量はあなたからするとほんのごく僅か。

 鍛えていけば、いずれ楽々捻出できるようになるだろう。

 

「道は遠いわね。何年くらい鍛える必要があるのかしら……」

 

 あなたがタルタロスに挑むようになったのは、冒険者になってから10年は経った後だ。

 そして、タルタロス500層あたりまで到達したのは、鍛えながらやって5年ほどだろうか。

 タルタロスに挑みはじめのあなたは、今のレインより幾分か強かった。

 そのあたりの差を踏まえても、5~6年鍛えればなんとかなるのでは。

 

「そのくらいでなんとかなるの……?」

 

「これからさらに5年で、あれを楽々倒せるレベルになるんですか」

 

 ぜんぜんなる。

 と言うか、あなただから5~6年だったのであって。

 あなたのサポートもあるレインとサシャなら1年くらいでいけるかも。

 

「意外と手軽なの?」

 

 装備品のエンチャントと、速度を補うのがむずかしいが。

 そのあたりも時間をかけて集めたり、鍛えればなんとかなるだろう。

 

「なるほどね……」

 

「でも、剣士としてやっていくのは、厳しいですよね……」

 

 まぁ、正直を言えばふつうに厳しい。

 さきほどのあなたとハイランダーの少女の戦いでもわかっただろうが。

 あのあたりまで行くと、もう近接ではどちらも有効打にならないのだ。

 

 武具に特別なエンチャントをかければまた別だが。

 そうなると相手に『魔法解体』に類する魔法で武具を破壊されてしまう。

 エンチャント無しの武具だけで純粋な殴り合いをすると、千日手(せんにちて)になって有効打が入らない。

 延々と戦って生命力を削っても、『ジュステアトのまなざし』あたりで回復されてしまう。

 まぁ、そんなのタルタロスに挑みでもしないとまず起きない状況だが……。

 

「なるほど……だから、魔法剣士だらけになるのね……魔法なら当たるから」

 

 その通りだ。

 あなたもタルタロスに挑み始めたあたりで剣の限界をハッキリと感じた。

 それ以前から魔法は習ってはいたが、あなたが本格的に魔法剣士になったのはその辺りだ。

 

 エルグランドの魔法の基礎部分に組み込まれている要素、『直撃』。

 この『直撃』の呪文修正が組み込まれた魔法は対象にかならず当たる。

 当たり方の指定はないのでうまくダメージを削ぐ技法こそあるが。

 それでも魔法はかならず命中する。

 

 まぁ、もちろん圧倒的に強くなれば話はまた別。

 さきほどのハイランダーの少女との戦いでもそう。

 あなたは少女相手に組打ちを成功させたように。

 力量で大幅に上回れば近接戦闘もできなくはない。

 やろうと思えば愛剣で捻じ伏せることもできなくはなかったし。忙しくて大変だからやらないけど。

 

「格下殺し用になるんですか、剣が」

 

 まぁ、そうとも言う。

 ただ、サシャが『幽鬼の一撃』で攻撃を通したように。

 近接戦闘用の特別な魔法をうまく使えば話はまた別かも……。

 

「なるほど……魔法剣士の可能性かぁ……」

 

 他にもいくつか近接戦闘でやっていく方法はなくはない。

 以前、あなたが冒険者学園で使った大量のエンチャントが付与された大鎌もそう。

 あれならば属性ダメージのバラマキで有効打を実現可能だ。

 

 どうにせよ厳しい道ではある。

 しかし、やっぱり剣も使えるとなんだかんだ便利だ。

 そう言う意味で、エルグランドは魔法剣士が主流なのだ。

 

「あら? でも、そうだとすると、専業魔法使いが魔法剣士になるのはどういう理屈なのよ?」

 

 それはとても単純な話だ。

 エルグランドでは魔法威力増強の武器がそれなりに流通しているが。

 魔法剣士の方が母数が遥かに多いので、そうした武器の多くが剣なのだ。

 

「ああ、なるほど……当人がべつに剣士やるつもりがなくても、剣が手に入るわけね……」

 

 まぁ、剣を手にしていても実質的に専業魔法使いみたいなのもいる。

 あなたの父とかその典型だ。剣で戦うことはまずない。

 体を鍛えるために、剣を手に戦っていたこともあるので剣で戦う技術自体はあるはずだが。

 

「まるで剣が健康法かなにかみたいね……」

 

「体を鍛えるために剣で戦うって……無茶過ぎません?」

 

 たしかに言われてみるとそうかも。

 エルグランドだと死んでも蘇るので、面白半分で戦ったりする奴も多いが。

 別大陸だと体を鍛えるために魔法使いが剣で戦い出すのは割と正気じゃない。

 

 文化の断絶はなかなか激しい。

 いずれ、エルグランドに来ることがあったら苦労しそうだ。

 

「でも、まぁ、近いうちにエルグランドにはいきたいわ。本格的な冒険はできなくても、魔法威力増強の武器が欲しいもの」

 

「私も欲しいです!」

 

 その時は案内しよう。

 そして、常識も教えてあげよう。

 エルグランドのいろいろヤバい常識を。

 

「……ご主人様がヤバイと言うほどの常識……!?」

 

「き、聞くのが怖くなってきたわ……」

 

 戦慄する2人。まぁ、がんばってほしい。

 エルグランドでは常識に囚われてはいけないと言うことを覚えればそれでいい。

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