この迷宮の16層目でコボルト。
17層目でハイランダーの少女。
18層目で最弱最強生物プリン。
19層目で普通だけど普通じゃない子猫。
そして、次は20層。
この階層が最後であればいい。
あなたはそんな願いを込めて、次の階層へと足を踏み入れた。
そこは不思議な空間だった。
あなたたちがこの人造迷宮に足を踏み入れた時に見た空間。
礼拝所のような、あるいは何もない博物館のような。
そんながらんとした空間の中に、人影がひとつ。
「『魔法の矢』」
レインがその人影に向かって『魔法の矢』を放つ。
ここにいる以上は敵なので、先手必勝というわけだ。
その人影は慌てて剣を抜き放つと、その『魔法の矢』を迎え撃った。
「お前がこのような手に出ることを、予想していなかったとでも?」
剣で『魔法の矢』を迎え撃っても、ダメージはなくならない。
だが、手で受け止めた時と同じように致命傷を避けることはできる。
その人影は焦りを感じさせながらも涼し気な美声で、レインの魂胆などお見通しだと言わんばかりの発言をした。
そして、剣を通し、純粋魔法属性のダメージが人影に伝播。
「うわらばっ!」
その人影は一撃で爆散した。ざっこ。
人影の手にしていた長剣が落下し、ガランガランと音が響く。
さっきの自信ありげなセリフはいったいなんだったのか。
あなたは微妙な気持ちになった。
「あ、あら? おかしいわね、1発で致命打になるほど簡単なとこじゃないと思ってたんだけど……?」
レインが疑問の声をあげる。あなたも不思議だ。
レインの『魔法の矢』は魔法威力増強のエンチャントのおかげで強大化している。
しかし、タルタロス500層相当の強者を打倒するには不足している。
だが、たしかに妙な人影……たぶん青年だったが。
それがご覧の通りの肉片に成り果ててしまったのはなぜか。
順当に考えると、この青年がタルタロス500層相当に相応しくない雑魚だったか。
あるいは、この階層になにか特殊な作用が働いていて、レインの魔法の威力を劇的に増強したとか……。
じつは守護者だけではなく、他のモンスターも出現するのでそれと殺し合った後で瀕死だったとか……。
しかし、空間に魔法増強作用があるなんて聞いたことがないし。
突如として他のモンスターが出現するなんてのも考えにくいし。
だとすると、やっぱりこの青年が雑魚だっただけなのでは……。
「えっと……そう言えば、戦利品を残すのは初めてじゃないでしょうか。とりあえず、確認してみましょうか」
サシャが気を取り直し、そんな提案をする。
あなたもそれがいいと頷いて、青年の落とした剣を検めることにした。
その剣は奇妙なほどに黒い刀身を持った、幅広の剣身を持つ剣だった。
表面にはおびただしい数の古い力ある言葉が文字として刻み込まれている。
剣身に秘められた恐るべき魔法の力が、表面の古代文字を脈動させているかのように感じさせる。
あなたはその剣を手に取ってみる。
その剣は手に吸い付くかのように不思議な手触りで。
石材とも金属ともつかない不可思議な感触は、エルグランドで広く用いられている魔法素材のひとつ黒曜鉄だろう。
性能そのものはそれほど強力な魔法金属ではないのだが……。
吸い付くような肌触りと、光を吸い込む美しい漆黒で、性能以外の部分で愛される。
剣を手にしたあなたの心にそっと忍び寄って来る気配。
それはあなたの心へと直接声をかけてくる……。
『力が欲しかったら、人を殺してみることをしてみませんか? もしもいまなら1人殺すことで、あなたは強大な力を手にすることができるかもしれないチャンス! 恐るべき力、怖くない! 力はあなたを欲している!』
なんとも言えない独特の語調で語り掛けて来る剣。
まるで、単語を直訳だけして並べたクソみたいな訳本のようだ。
この感覚をあなたは知っている。
これはおそらく、生来的に人格を持っているタイプの剣だ。
後天的に人格が芽生えた剣は、人とのふれあいから生まれた人格を持つ。
そのため、それなりにまともな喋り方をするのだが。
なんらかの自然現象で生まれた特殊な剣が自我を持っていたりすると、こんな感じの珍妙な喋り方をする。
人と長く接すればまともな喋り方になるのだが……。
「ご主人様、微妙な顔をしてどうしたんですか? なにかよくない剣だったとか?」
この剣自我あるわ。
あなたはサシャに端的にそう答えた。
『とてもよい標的。あなたはこの人間を殺すでしょう! そしてあなたは力を手にします! 絶大強力! 力の獲得! 強い男になるよ!』
男になってたまるか。
あなたは剣の柄を掴み、もう片手で剣の切っ先を掴む。
そして、ぐいっと力を込めてひん曲げた。
『ああああああああああああああああああああああああああああ――――!!!』
剣がものすごい絶叫を上げた。うっさ。
あなたはあまりのやかましさにさらに力を込めて剣を曲げた。
剣はますますひん曲がり、ついには剣の半ばでU字型に曲がった。
剣の柄に切っ先が当たるほどひん曲がった剣はさらなる絶叫を上げる。
『あああああああああああああああああああああああああああああ! ああああああああああああああああああああああああああああああ!』
悲鳴のレパートリーこれしかないのかな……。
あなたはそう思いつつ、剣を足元にがらんと投げ捨てた。
剣はみょんみょんと音を立ててゆっくり真っ直ぐ戻っていく……。
「ええ……」
「き、気持ち悪い……!」
「なんだこれは……」
「まぁ、よい剣なのですね」
「これはよほどの名剣……しかし、勝手に戻るのはおかしいのでは……?」
いい剣はよく曲がる。180度曲げてもちゃんともとに戻る。
それこそが名剣の証であり、曲がらない剣は駄作である。
曲がらない方が強そうに感じるが、曲がる剣の方がなぜかよく切れるのだ。
そのあたり、戦いが身近なダイアとウィチヘンはよく把握しているらしい。
いや、名剣の証をよく理解してる元王女ってなんだよとは思うが。
「あの、その剣、そんなにまずいんですか」
まぁ、べつに精神を支配するような類の力はなさそうだが。
剣そのものが相当な力を持っているので、能動的に不味いことをやらかす可能性はありそうだ。
あなたは足元の剣を拾い上げ、再度その剣身を眺める。
『いまこそチャンス! あなたが強力! 未来への投資しなさい。ただ行動ひとつの行動であなたの未来が輝く。あなたの力になる。それが剣の私です』
あなたは剣の切っ先を地面に押し付けて、ごりごりと回した。
ギリギリと音を立てて火花と石屑が飛び散る。
『ああああああ! あああああああああああ! あああああああああああああ!』
悲鳴のレパートリーが本当にこれしかないらしい。
あなたは剣をぐりぐり回し、そのまま柄が地面に触れるまで剣身を埋め込んだ。
この剣は危険なので、ここに置いて行こう。
「ええ……もったいなくないですか? 自分で使わなくても、持ち帰って売り払えば……」
たしかに、そう言われてみるとその方がいいかも。
この剣自体はすばらしい性能であることが伺えるし。
ただちょっと、持ち主に災厄をもたらす感じの剣なだけだ。
「ロクでもないですね……」
あなたは剣を地面から引っこ抜く。
『あなた……あなた』
剣はそれきり静かになった。
どうやら、喋ると暴行を加えられることを学習したらしい。
まだうずうずしている雰囲気を感じるので、ことあらば人を殺せと言い出すのだろうが。
エルグランドならば適当に乞食でも切り捨てるのだが。
さすがにこの大陸ではそんなことしていられない。
そこでふと、あなたの脳裏を過ぎる過去の記憶……。
黒曜鉄の剣、剣身にルーン文字、特殊な自我……。
なんか、該当する剣を持っていたような……?
あなたは『四次元ポケット』からずいぶん久し振りに『呻きの刃』を取り出した。
かつて、あなたがエルグランドの人造迷宮で手にした剣だ。
それは、あなたがさきほどから過酷な暴行を加えている剣にそっくりだった。
「え? それって、あなたの剣と同じ剣じゃないの?」
レインの疑問の声に、そうっぽいねとあなたは頷く。
あなたの『呻きの刃』にも実は自我があり、珍妙な喋り方をした。
長いこと使っているので、もはやまともに喋るとは思うが……。
「その剣、自我あるんですか」
あるけど、まぁ、喋らないので。
「喋らないんですか?」
以前はわりとよく喋っていたのだが。
あまりにもうるさすぎて、あなたの精神面に影響が出た。
なので、次に喋ったら溶かして便所の金具にするぞと脅しつけて黙らせている。
それ以来、大人しく喋らずに黙っている。
「なかなか凶悪な脅しですね」
「そう言えば……あなたの武器って自我のあるものがいくつかあるのよね。あのほら、対抗演習の時に使ってた大鎌……あれも生きてて自我あるんでしょう?」
よく覚えてるなとあなたは驚く。
レインの言う通り、以前にあなたが使った大鎌には自我がある。
そして、いまレインが使っている長剣にも自我がある。
「え゛っ」
レインが驚いてあなたの愛剣を見る。
「しゃ、喋らないけど……この剣にも自我があるの……?」
あるけど、シャイな子なので。
あなたも声を聴いたのはごくわずかだ。
後天的に自我を得たタイプの剣なので、自我があんまり濃厚ではないのもある。
うっすらとした快不快の感情と、成長に対する喜びの感情。
そして、あなたに使われることを喜ぶ道具としての感情。
そう言う稀薄な感情しかないので、喋る動機自体ほとんどないのだろう。
「そ、そうなの……」
まぁ、そのあたりはさておいてだ。
あなたはこの剣をそれなりの回数使っている。
なので、その性能はよく理解している。
剣としての性能は非常に高く。
施されたエンチャントの強度もすばらしいものだ。
少なくとも、常識の範囲では絶世の名剣と言っていい。
これを手にすれば、絶大な力を手にできるのは間違いない。
「そうなのですか。すばらしい剣なのですね」
ダイアがそのように剣の素性を称える。
人格はまったく褒められたものではないが、性能はガチだ。
なので、トイネ王国の王家が所蔵すると言うのはどうだろう。
「王家に買い取れと?」
クローナがむずかしそうな顔をする。
災厄をもたらしそうな感じの剣なのが嫌なのだろう。
じゃあ、マフルージャの王家、ザルクセン家に売りつけようかな。
剣の性能がガチなのは間違いないし、素性から言ってレリックなのは確定だ。
王家が蔵する宝としても相応しい格があるのは間違いない。
形としては献上することになるが。
その褒美として代金が下げ渡されることだろう。
その場合、トイネの貴族たるあなたではまずいので、レインのザーラン伯爵家経由で献上することになるか。
「ちぃっ……ザルクセンのカスどもか……ウルミアの末裔として、やつばらどもに力を付けさせることは許容できん」
ウルミアとはトイネ王家の名前だ。
なので、クローナはクローナ・ウルミア、ダイアはダイア・ウルミアと言うことになるのだろうか。
厳密に言うと、偉大な祖先の名前がウルミアらしいので家名とは言い難いのかもだが……。
「……下げ渡す褒美は後ほど考える。その剣は売約済みとだけしておけ」
あなたは了解したと頷く。
さて、この剣の処分は決まったが……。
あなたは難しい顔をして剣を睨み、肉片の散らばったあたりを見やる。
あなたの手にする『呻きの刃』は、エルグランドの人造迷宮で手に入れたものだ。
厳密に言うと、人造迷宮に安置されていた秘宝、『真実の眼』の守り人が所持していた。
そして、あなたはその剣が欲しかったので、その守り人をぶっ殺して奪った。
きみ、いい武器持ってるね。死ね!
エルグランドにおいてはよくあることだ。
そう言う意図でぶっ殺したわけだが。
今思えば、あの迷宮の守り人ならば、迷宮の再起動の方法……。
つまり、『真実の眼』を再度自動書記の道具とする方法を知っていたのでは。
しかし、殺してしまったものはしょうがない。
蘇る意志がなかったのか蘇ってこなかったし。
だが、今にして思うと。
あの守り人自体、迷宮が産み出したものだったのかもしれない。
だから蘇って来ないのではないだろうか。
さきほど出現したのを思うと、納得いく理由の気がする。
……まぁ、レインがサクッとぶっ殺しちゃったから、どうにもならないんだけども。
せっかくの降って湧いたチャンスをふいにしてしまった。
それを思うと、非常に惜しいような、悔しいような……。
しかしやってしまったものはしょうがないし……。
あなたはなんとかならんかなと『復活』の魔法を起動してみた。
エルグランドにおける蘇生魔法であり、この大陸の最高位の蘇生魔法と同種の効果がある。
蘇ることに同意さえしてくれれば、蘇生は成功するのだが……。
そのような意図のもとに『復活』の力は作用し。
あなたたちの前で、美貌の青年の肉体が再構築され出した。
蘇生は成功した。
これは、もしかするともしかするのでは?
あなたの胸は期待に高鳴った。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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