墓所内部を進む。
ひっそりとした空気の中、生命の気配は一切ない。
墓所に葬られた亡骸が、邪悪な霊によって動かされているという事態もなく。
EBTGの前に立ちはだかるのは、精巧に整えられたアイアンゴーレムばかりだ。
「しゃあっ! ゴーレム撲殺拳!」
ハウロの繰り出した拳がアイアンゴーレムを一撃でひしゃげさせた。
ボルボレスアスの狩人の無法な身体能力の面目躍如というべきか。
単純な打突だけで5メートルほどの巨大なアイアンゴーレムをあっさりと破壊してのけた。
「強っ……いにしえの帝国の時代のアイアンゴーレムって、現代のゴーレムよりも強いはずなんだけど……」
「サイズが大きいですからね。下手なドラゴンより強いです」
「まぁ、私たちでもそう苦戦しない相手ですから、私たちより強いハウロさんなら一撃って言うのも疑問はないですが……」
にしたって、素手で一撃とは……。
そんな感嘆の念を漏らすEBTGの面々にハウロは気恥ずかしいやらなんやら。
狩人にとって重要なのは、攻撃力よりも防御力と回避力だ。
そのため、攻撃力の高さをほめそやされると不思議な気分になった。
「だがよ、この程度のに、えーと……『
「おっぺぇって……」
「『世界樹の王』はいま、回復役不在だからじゃないかしら。戦闘の連続が予想されるなら、撤退するのは不思議なことではないわ」
「はーん? 薬で済ます俺らにはよくわからん撤退理由だな……まぁ、魔法による回復がスゲェのはわかってるがよ」
装備品に多数の魔法の装備を組み込んだこともあり、ハウロは魔法への理解がそれなりにある。
あの女たらしから、お礼の品としてエルグランドのワンドをもらったりもしていた。
それらを使ったこともあるので、魔法による回復の利便性の凄まじさはよく知っている。
「さて、守護者のゴーレムは他にはいなさそうね……」
「2体セットだったんでしょうね。奥の霊廟部分に繋がる通路に、2体のゴーレムが控えていたらしき台座もありますし」
フィリアの言う通り、墓所の奥部には巨大な台座が2つ存在していた。
その台座に挟まれるようにして扉もあり、それは霊廟部分へと繋がっているのだろう。
さきに威力偵察に来ていた『世界樹の王』が1体を撃破し。
残るもう1体をハウロがいままさに撃破したと、そう言うことだろう。
「先に進みますか? それとも、副葬品をさきに回収しますか?」
「うーん……」
サシャの提示した選択肢にレインが眉根を寄せる。
副葬品の回収はまったくもって魅力的だ。金に目がないレインでなくともそう思う。
だが、副葬品を持ち込むと作動する罠の可能性とかが否定できない。
特に、アイアンゴーレムなんて超絶に高価な代物を守護者として配しているのだ。
そんなものを置けるほどに金満な墓所の主なら、複雑な防衛設備も用意できるだろう。
欲深な侵入者を選別する仕組みがあってもおかしくない。
それを思うと副葬品を回収するのはマズい……のだが。
レインを含め、EBTGのメンバーには『ポケット』の魔法がある。
それのみならず、重量的制約も無視できる『四次元ポケット』もあるのだ。
魔力量の少ないクロモリは『四次元ポケット』が使えないが。
手分けして回収すればすべての副葬品を回収することもできるだろう。
異次元空間に収納すれば罠にも察知されないのでは……そんな予想もある。
「いえ、先に進みましょう。『四次元ポケット』に使う魔力は結構多いもの。うかつに使っていい量じゃないわ」
「ですか。では、先に進みましょう」
レインの魔力量はかなり多いが、それでも『四次元ポケット』の消費は手痛いものだ。
これから先の戦いを思えば、魔力を温存するに越したことはない。
そのように結論付けて、EBTGはさらに前進する。
霊廟に繋がるであろうドアに向かい、肉体強度に秀で、罠探知の技能を持つサシャがドアに手をかける。
そして、罠がないかを丁寧に確認した後、ドアをそっと開ける。
ドア内部からは微かなカビ臭い香り。
それ以外は冷たくひんやりとした気配ばかりがある。
サシャがドアを開け、内部へと入り込む。
「これは……」
そして、内部に広がっていた異様な光景に目を白黒させる。
『光棒』の光によって照らしだされた霊廟内部。
そこは広い空間でありながら、石棺の類はひとつとして存在せず。
中央に置かれた祭壇、その手前の台座には巨大な四足獣の亡骸があった。
その独特な形式の霊廟は、ただ1人の偉大な存在を葬るための空間であり。
しかし、そのただ1人の偉大な存在があるべき場所には四足獣の亡骸。
まさか、時の為政者がペットセメタリーとしてこの墓所を作ったとでも?
そんな疑問がサシャに溢れる中、EBTGの仲間たちも霊廟へと入り込んで来る。
「うわ、なにこれ……ダイアライオンの亡骸?」
「そのようですね……すごく立派な亡骸ですけど、いったいなぜライオンが?」
殉死者として共に葬られたという可能性もなくはないが。
しかし、祭壇前の台座に直接置かれていることを思うに、やはりこの墓所の主はこのライオンなのだろう。
だが、ライオンに手向ける副葬品として、剣や鎧が適切だろうか?
「……世界地図があるな」
そこで、ハウロがこぼした言葉。
それは円形の巨大皮紙に記された世界地図に向けられた言葉だった。
祭壇上部に配置されたその世界地図は、ハウロの眼から見て非常に不正確なもの。
と言うより、遥か過去の時代に作られた世界地図そのものだった。
ハウロが訓練所で学んだ歴史の知識。
その中には世界地図の発展の知識もあった。
その知識から、その飾られた地図の作成年代もわかる。
比較的初期の……竜大戦後に作られた世界地図としては初期のものだ。
ボルボレスアスはこの世界で最も航海技術の発達した大陸だ。
蒸気機関を搭載した船舶を実用化しているのはもちろんのこと。
航海に必須の測量技術や、海図の作成技術も発達していた。
それはひとえにボルボレスアスの民の燃費の悪さに由来したが……。
なんせ誰もがよく食べるので、他大陸の人間の何倍も食料が必要だ。
航海を手早く終わらせないと、食料がどれだけあっても足らない。
あまりにも切実な技術発達の理由だった。
「これが世界地図? 初めて見るタイプの地図ですが……」
「比較的古いもんだがな。南が上として描かれていたり、陸地の形状がまるきり違っていたり、配置も違っていたりするが、大体これで世界の位置関係はわかる」
世界に存在する5大大陸の位置は間違いなくわかる地図だ。
リリコーシャ、ボルボレスアス、エルグランド、アルトスレア、ファートゥム。
その5大大陸の他に、いくつもの巨大島の存在も描かれている。
「……地図の中心がボルボレスアスだな」
そして、その地図の中心として据えられているのは、リリコーシャではなかった。
ボルボレスアスを中心として、世界の位置関係が描かれている。
それはひとえに、この世界地図がボルボレスアスで作られたことを意味していた。
「よう、レウナ。ボルボレスアスにたまにいる獣人ってのが……アルトスレアに由来してるのは知ってっか?」
「ああ。『ハンターズ』のメアリもそうだが……アルトスレアにおける迫害と差別から逃れるため、ボルボレスアスに旅立ったライカンスロピーの罹患者と、その末裔がいるのは間違いない」
「そうかい。ライカンスロピーの罹患者が……人間形態、半獣形態、獣化形態の3形態を取れるのも知ってるな?」
「ああ、それはもちろんだが……まさか、そう言うことか?」
「ああ、そうなんじゃねえか?」
ハウロは半ば核心を持った様子で頷いて、台座の上に鎮座するライオンの亡骸を指差す。
「このライオンの死体、ライカンスロピーの完全獣化形態なんじゃねえのか?」
ハウロが提示した情報は、この墓所の謎をより深めるものだった。
元を辿ればアルトスレアに祖があり、ボルボレスアスから渡って来た何者か。
アルトスレア固有の疫病たるライカンスロピーの罹患者であり、ライオンへの変身能力を持つワーライオン。
その何者かが、このリリコーシャ大陸で絶大な功績を成し遂げ、この墓所を建立するに至った。
ハウロの提示した推理と言うか、予想はそんなところだった。
そして、その予想はサシャにある形の推測をもたらした。
「……シェバオ様は、獣頭の男神です。獅子の頭を持つとされた、獣人の戦士……」
「獣人は普通、顔貌は人間のそれと相違ないわ。それに反してシェバオ神が獅子頭を持ったのは、シェバオ神が特別な力を持つが故と考えられていたけど……」
「アルトスレアのライカンスロピー……メアリさんのような、獣にもなれる変身能力の持ち主……もしかして、シェバオ様は……獣人では、なかった……?」
ライカンスロピーとは病だ。
アルトスレアに蔓延る致死の病。
稀に生き延びても、知性と理性を失う恐るべき死病。
生き延びた稀なる存在が子を成した時。
その子は当然のことながら、母子感染によりライカンスロピーである。
生まれながらにライカンスロピーであったものは、知性と理性を保つ。
このリリコーシャ大陸で、獣人に広く信奉される戦神シェバオ。
その正体とは、獣人ではない、母子感染によるライカンスロピーの罹患者。
すなわち、獣に変身できるだけの人間だったのではないか……。
サシャにとり、物心つく以前から信奉して来た神への疑念。
それは獣人と、獣人の神たるシェバオ神への不信であり。
獣人たるアイデンディティーを忽せにするものであった。
「もしかして、この墓所って……」
一方でレインは墓所を再度眺めて年代を推察する。
そして同時に、サシャの疑念の中心、シェバオ神の来歴について想いを馳せる。
「シェバオ神が歴史に姿を現すのは、いまから600年前。元は奴隷の産んだ浮浪児であったと伝わるシェバオ神は、冒険者となるやメキメキと頭角を現し、15年の冒険の末に昇神し人の巷を去ったと言われるわね」
「まさか」
「ええ、そのまさかよ、フィリア。この墓所は、シェバオ神を葬った霊廟である可能性が高いわ!」
その驚愕の情報に、フィリアとサシャが目を見開く。
「この墓所が、シェバオ様の……」
サシャが思わずと言った様子でライオンの亡骸を見やる。
その傍らに置かれた副葬品の数々に、シェバオ神の真実が眠っているのでは……。
サシャが妖しい目で亡骸を見る中、レウナが血相を変える。
「お、おい、つまり、それは、私たちは神の
「うっ……! た、たしかに、それはその通りだわ……!」
神となった者が生前の肉体を葬った墓所を暴く集団。
それは神をも恐れぬ悪行に手を染める愚者たちでしかない。
思いっ切り神への挑戦行為である。神の嚇怒を招いてもおかしくはない。
しかもシェバオ神は闘神イスタウーフの従属神ではあるが。
信仰の規模から考えて下級神格相当の力は持っている可能性が高い。
そんなのと戦ったら、さすがのEBTGも敗色濃厚だろう。
下級神格くらいまでならなんとか
シェバオ神は、戦神の名の通りに戦いの神だ。もちろんめちゃくちゃ強い。
いまは金髪の女たらしもいないことを思うと、勝ち目は薄かった。
「は、早く撤退しましょう。そして、シェバオ神に『贖罪』を乞いましょう。フィリア、お願いできるわね?」
「え、ええ、もちろんです……でも、信ずる神以外に『贖罪』ってできるものなんでしょうか?」
「できる、できないじゃないわよ! やらなきゃまずいでしょ!」
神の怒りを買うとはそれほどまでに危険なことだ。
人の世にある社会の仕組み、その頂点たる王ですらも神により王権を賜って王となるのだ。
神の怒りを買えば、王ですらもが奴隷に身を落とす。
それほどまでに神と言う存在は重く、人から遠い。
EBTGも、レウナも、焦りに焦っている。
その一方でハウロは平然としていた。
人と神の距離があまりにも遠いボルボレスアスの民だからしょうがないだろう。
神の怒りを買ったところで、大抵の人間が「神なんかいねーよ」としか思っていない。
神を信じていない者が大半の中で、神が使命を下しても従う人間がどれだけいるやら。
そんなハウロだからこそ、それに気づくことができた。
「シェバオ様の……真実……獣人の……獣頭の男神……」
亡骸の傍らに安置されていたもの。
黄金で作られたリングに名の刻印がないか。
それを確かめようと、リングを手に取ろうとするサシャの姿を。
「なあ、おい。あれはいいのか?」
「あれ? あれってな――――」
ハウロの指差す先には、副葬品に手にしたサシャの姿があり。
「ちょっ、なっ」
「サシャちゃん!?」
「それはまずい!」
「先輩!? まずいですよ!?」
EBTGメンバーの焦った制止の声がむなしく響き渡り。
サシャの手にした黄金のリングが、強烈な魔力の波動を放ち始めた。
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