サシャの手にする黄金のリング。
それは強烈な魔力の波動を放ち、ひとりでに宙へと浮き上がる。
そこに来てようやくサシャが正気に戻る。
「あっ、わっ、わっ、わっ! ど、どうしよう!?」
慌てて飛びのいて、しかしリングが止まることはなく。
そんなサシャを押しのけ、ハウロが飛び出す。
「ドラァ!」
繰り出される強烈な打突。
さきほどとは違い、愛用の武器たる旋棍を用いての一撃。
並の飛竜ならば、一撃で頭蓋を爆砕するほどの打撃だ。
だが、空中のリングは澄んだ音を立ててハウロの一撃を弾き返す。
宙に静止しているリングは微動だにしていなかった。
「なんだってんだよコレは!」
ハウロの驚愕の声と同時、リングが音を立てて形を返す。
それは元来からして、そのような形状をしていたのだろう。
なんらの無理もない形でリングが次々と複数の輪を展開。
幾重にも輪が連なった、
「
ハウロが疑問の声を発したかと思うと、突如として周囲の景色が切り替わった。
絢爛な墓所の姿はそこにはなく、ぽっかりと開いた闇の空間が広がっている。
さきほどまで目前にあった、ダイアライオンの亡骸も忽然と消え失せている。
ただひとつ残ったもの。
宙に浮く天球儀の指輪がふらりと落下する。
「おっと」
地面に落ちる前にハウロがそれをキャッチ。
手の中でそれを確かめるも、そこにはなんの違和感もない。
「んん……?」
振り返れば、そこには驚き慄くEBTGの面々。
さきほど入って来た霊廟の出入り口の扉もある。
ハウロはとりあえず、手にした指輪をレインへと投げ渡した。
「ひゃあっ! な、投げないでちょうだい! 神の持ち物なのよ!?」
「おー、わりぃわりぃ。で、それが原因か?」
「え、ええと……ううん、これ自体はただの指輪ね。たぶん、力の焦点として用いられていただけだわ」
「ふうん、そんなもんか。まぁ、そうだろうな」
「そうだろうなって……この指輪になにか思い当たるところでもあるの? さっき、星見屋の指輪って言ってたわよね?」
レインの疑問にハウロが頷く。
「そいつはボルボレスアスで天文学者が好んで身に着ける指輪だ。ずいぶんと古式ゆかしいもんだがな。魔法の品ではねえんだろうさ」
「そっか、天測……これ、占星術に使う道具に似てるわ。星の運行を示す道具なのね」
「そうだ。地図の作成にゃ、天文学の知識がなきゃならねぇ。ボルボレスアスじゃ、天文学者ってのは地図を作るもんなんだ」
航海技術において、決して欠かせないものがある。
それは優れた船でも、優れた船乗りでも、恵まれた天候でもない。
往くべき道を記し、辿り着くべき場所を示す、海図だ。
海図がなければ航海は成功し得ない。
世界で最も優れた航海技術を持つボルボレスアスは、そのまま世界で最も優れた天文学の知識があるのだ。
「この墓所が、そのシェバオっつー神のものなのかは分かんねぇが……ボルボレスアスが関与してるもんなのは間違いないな」
「そのようね。それにしても、これはいったい……」
レインは指輪を懐に仕舞い込みつつ、奥に広がった漆黒の闇を見やる。
レインの各種の魔法的知覚能力をも阻むそれは、今までにも経験したことがある。
それは、この大陸に数多存在する迷宮、それに相違ない場所だった。
「迷宮が突然生まれた……いえ、作られた?」
「そんなことが可能なんでしょうか……いえ、神の御力ならば、決して不可能ではないでしょうが……盗掘者を退けるために、そのような迂遠なことをするでしょうか?」
「しないと思うわ。つまり、退けてはいないってこと……そう、盗れるもんなら盗ってみろって、挑発してるんでしょうね」
レインがそのように推察するが、それはおそらく間違いではないのだろう。
盗掘者を防ぐためならば、もっと複雑な罠でも仕掛ければいいのだ。
亡骸と副葬品を見せてからそれを遠ざけるなんてあからさまな挑発だ。
この墓所に葬られた者が本当にシェバオ神であるならば。
自分の残した宝を手にする者に試練を与えようと、そう言った意図だろう。
「ハッ、上等。なら、やってやるとするかよ」
ハウロが挑戦的な笑みを浮かべ、自分の手にパシンと拳を打ち付ける。
ボルボレスアスの特級狩人、人の枠組みを超えた超人を挑発してくれたのだ。
そいつを踏み越えてやらなくては気が済まない。同じボルボレスアスの民であるがゆえに。
「往くんだろ、なぁ、レインの姉ちゃんよ」
ハウロが獰猛な笑みを浮かべ、レインに問う。
今すぐにでも迷宮に挑みかかってやりたいと、そんな意気込みのあらわれ。
開拓村での、平穏だがある種の退屈に満ちた生活とは違う。
自分に対する明白な挑戦に、全力で応えたいと言う想いが溢れていた。
そんなハウロにレインは涼し気な美貌を笑みの形に変えて、答える。
「まずは報告ね。報告、連絡、相談は物事の基本よ?」
そのように、ハウロの意気込みを根元からポッキリとへし折った。
「――――以上が遺跡における報告ね」
レインがつい先ほど、発掘された遺跡で見分したことを報告する。
報告する相手はもちろんのこと、この依頼の依頼主たるハーン・アノール子爵だ。
アノール子爵こと金髪の女たらしは深く頷いて、幼さを残した美貌を笑みの形に変えて言う。
「なるほどね。事態はだいたい理解した。サシャは後で、ベッドの中でおしおきしてあげるね」
「うえっ、お、お手柔らかにおねがいします……」
「冷静に対処してくれたレインは、ベッドの中でごほうびをあげるね」
「……お仕置きにせよご褒美にせよ、ベッドの中なのね」
レインが呆れるが、女たらしは意にも介さずに言葉を続ける。
「さて、それで? レインはこれから、その遺跡をどうしたいのかな?」
サロンのソファに腰掛けた女たらしは、そんな挑発的な問いをレインへと投げかける。
黄金に輝く髪と、勝気そうな吊り目の紅い瞳に射貫かれて、レインは思わず頬を染める。
この女たらし、あいかわらず顔が良すぎる……!
「そうね……叶うことなら、私たちだけで攻略してみせたいところね。あなたの力を借りずに」
金髪の女たらしに対し、レインの抱く思いはなかなか複雑なものがある。
レインが心底から愛する最愛の人であることに違いはない。
だが、同時にあまりにも女心を弄ぶ極悪人と怒りを抱くところもある。
冒険者として尊敬に値する先駆者とも思うが、同時に目の上のたんこぶのようにも感じる。
同じチームにいる限り、絶体絶命の窮地を体感することはなく、精神的に上のステージへといけないのではないかと……。
この女たらしの力抜きで、なにかを成し遂げなくては。
そんな若い焦燥と功名心が相まって、この迷宮の攻略をレインは望んでいた。
それはもちろん、この女たらしの力を借りずにだ。
三度の飯より冒険が大好きな女たらしだ。
冒険に置き去りにされることは、彼女にとって非常な苦痛だろう。
だが、その上で、レインは自分たちだけでの攻略を望んだ。
「そっか、そっか。うん、わかった。レインの選択を尊重するよ」
女たらしは、そんなものわかりのよさげな調子で頷いて。
レイン主導による迷宮の攻略をいともたやすく容認した。
「いいの?」
レインの疑問に、女たらしは頷く。
「うん、いいよ。まぁ、私が仲間外れなのは、ちょーっと寂しいけど……」
少しばかりの寂しさを宿した笑い。
女たらしの美貌に浮かぶ、微かな影。
それはレインの胸をきゅんと締め付けて来る。
この女たらし、普段はリードしてくれる力強さに満ちているのだが。
時として、守ってあげなくては……なんて思いを抱かせて来るのだ。
女たらしは、庇護者と被保護者の性質を併せ持つ……。
「……悪いわね。まぁ、その、土産話はするから……許してもらえないかしら?」
レインの言葉に女たらしは淡い笑みを浮かべる。
女たらしの、どこか儚げな姿がレインを狂わせる。
「うん、がんばっておいで。私はここで応援してるからね」
そう言って微笑む女たらしにレインは完敗だ。
もう煮るも焼くも好きにしろと言った心持である。
「ところでさ、レイン」
「なにかしら?」
「ハウロはどうしたの、これ」
そう言って女たらしが指差す先、それは彼女の膝の上であり。
そこではハウロが酒ビンを片手にだらついていた。人の膝をなんだと思っているのだろうか。
って言うか、意味もわからずにしれっと受け入れる度量はどうなっているのか。
「なんか、こう、墓所が迷宮化したからいったん退いて報告に来たわけなんだけど。ハウロは挑みたかったらしいのよね」
「ははぁ、なるほど。意気込みをへし折られて消沈してると」
「たぶんね」
ハウロは意外と迷宮探索に乗り気だったらしい。
そこで意気込みをくじかれては消沈するのも、まぁわかる。
それで帰ってくるなり酒を呷って、女の膝に甘えるのはどうかと思うが。
まぁ、以前に訓練講師として雇われた際には。
訪ねて来た女たらしのスカートに潜り込むわ。
そのまままたぐらに顔を突っ込むわとロクでもないことばかりしていたので。
それに比べれば、まぁ、だいぶマシな行動と言える。
少なくともスカートに潜り込んではいないので。
「まぁ、今日これから挑むのも遅いわけだし。今日は休んで、明日からまたがんばるといいよ」
「ええ、そうね。サシャ、明日からは冷静に頼むわよ?」
「はい……すみませんでした……」
すっかり消沈しているサシャ。
冷静さを喪っていた自覚はあるのだろう。
「まぁ、戦士なんてそう言うところがあるものだよ。あまり落ち込まないようにね」
「はい……」
「私もむかしは考えなしに動いて、痛い目に遭ったこともあったよ」
「ご主人様にも?」
「うん。盗賊ギルドにおいてあった拷問器具の使い方が気になってね、中に入って起動して見たら串刺しになったよ」
「物理的に痛い目に遭ってる……!」
「いやぁ、あれは痛かった」
なんで拷問器具を試しに自分に使ってるんだコイツ……。
すべての人間にそんな顔で見られつつも、女たらしは意にも介さない。
「そんな風に、だれにだってミスはあるものだから。明日からの攻略で挽回すればいいんだよ」
「はい……」
「そこでも失敗したら、もっと強くなるためにハーブを食べて特訓しようか」
「がんばります! 死ぬ気で名誉挽回します! だからハーブなんて必要ありませんよ! 見ててくださいご主人様!」
「そっかー」
示唆された地獄の訓練にサシャが叫ぶ。
ハーブは……ハーブだけは嫌だ……!
そんな心の声が聞こえて来そうなほどの宣言だ。
「さぁ、こうしてはいられません! 明日のために英気を養い、すぐさま休まなくては! では、失礼します!」
サシャは部屋から飛び出していった。
「あの調子なら明日からの探索は問題なさそうだね」
「そうね。それじゃ、私たちも休むけれど……」
「うん。他の子たちにも、迷宮化してしまったことは伝えておくから。だれが最初に攻略するか、楽しみだね?」
「ええ、私たちが勝って見せるわ。楽しみにしていてちょうだいな」
「期待してるよ」
レインがEBTGのメンバーを引き連れて出て行ったのを見送り、女たらしは内心で笑う。
すでに、女たらしの下には臨時メンバーを迎え入れた各チームがあいさつに来ていた。
この屋敷に滞在するチームに加入する以上、あいさつが必要なのは当然だろう。
「ふふふ、結果がわからなくなってきたね、楽しみだ」
純然たる戦闘力と言う点に関しては、『ハンターズ』が有利だ。
コリントと言う超一流の魔法使いを迎え入れた上に、『ハンターズ』全員が超一流の戦士。
以前はアトリやキヨ、リンはやや見劣りするところもあったのだが。
この大陸で活動した、およそ5年の間に十分に鍛え上がった。
いまやアトリですら、この大陸に来た当初のモモロウを上回る水準に達している。
『ハンターズ』の平均戦闘力は、3チームの中でブッチギリで高い。
そして、『
『世界樹の王』そのものは、特筆することのないオーソドックスな冒険者チームだ。
迷宮攻略に特化したチーム編成、個人技量を積んでいるという優位性はあるが。
力量と言う意味でも、装備品の質と言う意味でも、『ハンターズ』にも『EBTG』にも劣る。
だが、臨時で加入しているジル・ボレンハイムがなにをやらかすか分かったものではない。
特殊過ぎる魔法の運用をするので、魔法による強化で戦闘力の差をあっさり覆して来るかも……。
『EBTG』はハウロを迎え入れたことで多少なり強化された。
そして、個々人の戦闘力、応用力、汎用性の高さがもっとも高い。
全員がまんべんなく技量を積む方針だったからこそだ。
「戦闘では楽ができるけど、この大陸における知識面に不安がある『ハンターズ』。知識面も戦闘力も申し分ないけど、ソーラスしか攻略したことのない『世界樹の王』。そして、迷宮攻略も外での冒険も経験がある『EBTG』……さてさて、どうなるかな?」
笑って、女たらしは膝に寝ているハウロを見下ろす。
「ハウロ、がんばってね? 期待してるよ」
「おう、迷宮ってのは初めてだからな。俺も楽しみだ」
「楽しいよ、迷宮は。そこには、私の知らない何かがあるからね」
「へへへ、そうか。じゃ、俺の知らねぇ女体の神秘ってぇやつを堪能させてもらうとするか……」
「やっぱりそれ期待して居残ってたんだ?」
「おうよ!」
「いいお返事だね~。ふふ、じゃあ、ベッドにいこうか?」
「むほほほ、景気づけのために美少女とえっちなことするのは冒険者の嗜みだよなぁ……!」
なんて、ハウロはなったこともない冒険者の嗜みとやらを口にし。
女たらしは嫣然と微笑んでハウロを受け入れる。
どうやら2人とも今夜は眠れそうにないようだ。
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