明けて翌日のことだ。
EBTGが明け方に遺跡へと出立してから、およそ1時間ほどのこと。
アノール子爵領は領主屋敷の前に、5匹のトロールがいた。
それも、特別に体格がよく、特別に醜く、特別に生命力に満ちたトロル。
その5匹のトロルは全員が瓜二つで。
しかし、全員が全員、異なる武具に身を包んでいた。
相違点は、ただそこだけにある。
そして、そんな5匹のトロールを引き連れるのは、意外にもヒト。
金属光沢のある白髪をなびかせ、その隙間から覗くのは丸くて可愛らしい獣耳。
そして、背に生えた純白の翼をはためかせる人影は、だれあろうジル・ボレンハイムその人だった。
「では、みなさん。冒険に出発しましょうか」
ジルがそのように号令を下し、回れ右。
挑むべき迷宮の存在する岩塩鉱山に進発するのだ。
徒歩で移動しても1時間はかからない距離にある。馬車は不要だった。
「待て。待ってくれ。頼む、待ってくれ」
しかし、そんなジルを引き留めるのは先頭に立っていたトロル。
その神話級にブサイクな顔を歪ませ、口にする言葉は意外にも理知的なもの。
トロルは言語を操れる程度の知能はあるが、あまり賢いとは言えない種族だ。
しかし、そのトロルはあからさまに理知的な光を瞳に宿していた。
「私たちは……なぜ、トロルなんだ……?」
そんなトロルは自分の存在へと根源的な疑問を投げかけた。
自分はなにゆえにトロルなのか。それはひどく哲学的な問いだ。
そんなトロルへと応えるのは、透徹したまなざしのジル。
「強いからです」
非常に端的な返答だった。
強いからそれでいいじゃん。
ジルのシンプルな考えだった。
「強いから……わかる……わかるぞ……トロルは、たしかに強力な種族だ……肉体的に強いし、再生能力まであるし、そこそこ強力な肉体武器もあるし……」
「加えて言えば、非常に強力な亜種のトロルです。ウォー・トロル。なんと魔法への耐性があります。つよい」
「ああ、うん、強いよ。強いのはわかるよ。わかるよ、わかるんだがな?」
「はい」
「なんと言うか、そう、アレだ。私たちも……女なんだよ!」
「存じておりますが」
「それほど自慢にはしていなくても……自分の容貌を気にかけてるし、美容にも気を遣ったりとかしてるわけなんだ……」
「聖騎士と比べれば騎士にとって魅力はそんなに重要ではないですが、ステータスが高くて悪いことはないですからね、それは当然だと思います」
「だから、そこでな? そこで、トロルだぞ? 特別に醜いと言われるモンスターだぞ? なあ?」
「大変に醜いと言われる種族で、実際に醜い種族ですからね。それがどうされましたか」
「どうされましたかと来たか! なんで私たちは全員揃ってウォー・トロルとやらにされたんだ!? なぁ! 見ろ! トキなんか泣いてるぞ!」
そう言って、剣と盾を手にしたトロルが、弓を持ったトロルを示す。
そのトロルは言葉通り、めしょめしょと涙を流していた。
あまりにもつらい現実に打ちのめされ、言葉をなくして泣きはらしていた。
「いい……いいんだ、リゼラ……強いことはわかってる……わかってるが、少し、受け止めきれなかっただけだ……気にするな……弓の腕は鈍らせない……」
「うへぇ……あ、あのさ、さすがにちょーっと……この仕打ちはひどいんじゃない?」
「私も泣きそうよ……」
「うぅ……剣の冴えと威力が抜群なことに満足してる自分が悲しい……」
トロルたちが口々に愚痴をこぼしていく。
その内容は、まるで自分たちが本当はトロルなんかではないと言いたげなもの。
「ですが、『
「だからってトロルにされると思うわけないだろうが!」
先頭のトロル――リゼラがブチキレてジルに掴みかかった。
そう、このトロルたちは『世界樹の王』のメンバーたちだ。
ジルの魔法『自在変身/パーフェクト・ポリモーフ』によってウォー・トロルにされている。
この魔法によって変身すると、姿かたちのみならず、その肉体能力までも模倣することができる。
つまり、『世界樹の王』のメンバーたちは、きわめて強靱なトロルの肉体を得た。
その上で、技能に衰えはなく、再生能力と魔法耐性までも獲得しているのだ。
その強化度合はただごとではない。ジルが選ぶのも納得の行動だ。
最も肉体能力に劣っていたチー・ソラ・リグですらもがトロルの身体能力を得たのだ。
それはチームの攻撃の要たるリーゼとリゼラを身体能力で上回るということ。
生命力も劇的に向上し、後衛としての安定度も段違いに上昇した。
まったくいいこと尽くめで、冒険者としてこれほどすばらしい強化もそうはない。
ただ、死ぬほど醜い化け物にされた女性がどう思うかは一切考慮されていないだけだ。
「おまえだって、突然ウォー・トロルなんて化け物にされたらどう思う! なぁ! 言ってみろ!」
「レベル修正+6キッツ、って思いますね」
「わけのわからんことを言うな! 戻せ! 戻してくれ! 頼む! なぁ!」
「いやです。だって、強いですから」
「ふざけるな! ふざけるなバカヤロー! 戻せぇぇぇぇ――――!」
朝のアノール子爵領に、トロルの悲痛な咆哮が響き渡った……。
「うわ、なんだ? ものすげぇ野太い雄叫びが聞こえるんだが……」
「なんだろ……何かのモンスターとか? でもこんな町中にモンスターがいるわけないよね……」
『ハンターズ』は朝の支度をした後、そそくさと人目から逃れるように歩いていた。
モモロウらは人目をはばかるようなことはないのだが。
なんせ、臨時で迎え入れているコリントがヴァンパイアとアンデッドなのだ。
アンデッドの気配は隠蔽しているが、血色の悪い肌や体温のない体は隠せない。
人目を逃れ、人に接触する可能性のない道を選ぶのは自然な発想だろう。
町中にアンデッドが紛れ込んでいると人々を騒がせるのはコリントの本意ではない。
「なんだか、トロルの叫び声のように聞こえたわね……トロルの傭兵が朝ご飯の取り合いでもしているんじゃないかしら」
コリントは聞き取った声からそんな予想を漏らす。
トロルは貪欲な生物だ。食事のことで喧嘩は日常茶飯事。
そんな生態を下敷きにした予想だった。
実態は違うが、トロルの叫び声なのは正解だった。
「へ~、トロルの傭兵なんかいるんだ。まぁ、いるか。戦いは得意だもんな」
「出くわしたりしないといいんだけど。僕、トロルとも実はちょっとキツいんだよね」
「トモちんそこまで暗示キツいんだ」
人型生物と戦うのが困難なのがボルボレスアスの狩人だが。
その困難さの原因、人型生物を前にした時の催眠暗示の効力は個々人で異なる。
トモはどうやらかなり強いタイプらしく、人間の倍はでかいトロルですら厳しいと言う。
「まぁまぁ……その時は私が矢面に立つようにしましょうか。安心してちょうだい、私は人型生物の相手は逆に得意なの」
拳士でもあるコリントにしてみれば、人型生物は得意な相手に入る。
本職は魔法使いな彼女だが、身体能力自体は『ハンターズ』を上回るほど高い。
基礎能力の次元が違うので、肉弾戦でも『ハンターズ』並みの戦闘力はあった。
「ヒュ~、頼れるぅ。魔法も使えて、肉弾戦もできて、しかも顔がいい……最高では?」
「いや、顔は見えんだろ。なんか変な布で目元隠してるし」
「顔が観たいわ! コリントの顔をみせてちょうだい!」
「ござるござる。って言うかなんで眼隠してるでござるか。心眼でも鍛えてるでござるか」
口々に好き勝手言う『ハンターズ』。
そんな『ハンターズ』の言葉に鷹揚に頷くコリント。
「私はね、元は人間なの」
「うん? まぁ、そりゃそうだろうが」
「でもね、ヴァンパイアになったことで暗視能力を得たの」
「? おう、それで?」
「するとね、夜でも明るく見えて、まぶしいの」
「???」
「まぶしいとね、寝れないの」
「つまり、なんだ、アイマスク代わり……?」
「そう言うことね」
あまりにもしょうもない理由による目隠しだった。
まぁ、なんか重大な秘密があるとか言われても反応に困るが……。
「でも、この『剣聖の目隠し布』には擬似視覚能力もあるし、それなりに便利なのよ。クリティカルヒット強化もあるし」
「ああ、なんかジルが自分も欲しいとか言ってたっけ……」
「ええ、それだけの価値がある装備よ」
「魔法の武具ねぇ……俺らはあんまりそのあたりは使ってねぇからな……魔法の武具ってなんかうまく馴染めなくて」
ボルボレスアスの民であるモモロウたちは魔法と縁遠い。
不可思議な効果を発揮する武器を忌避するところがあった。
魔法の道具なら、まだしもなじみがあるのだが。
身に着けるものとなると、慣れ親しんだものを使いたいのが本音だった。
「便利なのだけどね。今度使ってみるといいわ」
「うーん……金はあるけど、なに買っていいやら……」
「下着とか。魔法の装備は自動調節機能があるから、いつどんな時でもジャストフィットするわよ」
「ほ~ん?」
「リンちゃんの爆乳もあっさり収まるし」
「なんだと、それは本当か」
「ええ、本当よ。よければ今度、魔法の下着をプレゼントするわ」
「それは助かる。もちろん、ちゃんとやるので安心してくれ」
「? ちゃんとやるって、なにを?」
「それは当然、ナニだろうが」
「……??? ナニってなに?」
「下着をプレゼントすると言うことは、脱がせたいと言うことなのだろうが。しかたのないやつだ、相手をしてやろう」
「違うから。純粋な善意だから」
性欲がほとんど存在しないコリントは苦笑して遠慮をする。
まったく存在しないと言うわけではなく、人の美醜に好悪を感じる程度の性欲はあるのだが。
たとえるなら、天気は雨よりも晴れの方がいいとか、その程度の感覚でしかない。
「なぁ、コリントよ。もしや、魔法のコスメティックなんてものもあったりするのか?」
そこでアトリがインターセプト。
コリントにそんな疑問を投げかける。
「え、ええ、もちろんあるわよ。変装用のものもあれば、美容用のものもあるし、声を変える特別なリップとかもあるわ」
「ほう、もしや、コリントのそれもそうか?」
「ええ、私の化粧は魔法のコスメティックを使っているわ。変装用のものに近いわね」
コリントはアンデッドだ。
本来の肌は死人のそれに等しい蒼褪めたものだ。
それを隠すためには化粧は必須の道具だった。
それが変装用のそれに類したものになるのは自然なことだろう。
「いい発色のリップだと思っていたんだが、やはり魔法だったのか。うらやましいものだ」
「アトリちゃんは少し化粧っ気があるものね。もしよければ、使っていないものがあるの。どうかしら?」
言って、コリントが取り出したのはスティック型の口紅。
金属製のケースに収められたそれはあからさまな魔法の気配が宿っている。
そのあたりにうといアトリはあっさりとそれを受け取った。
「いいのか、催促をしたようで悪いな。もちろん、少しずつ返させてもらおう」
「いいのよ、お金なんて」
「いや、口紅そのものを少しずつ返す」
「口紅の分割返済ってはじめた聞いたわ……」
「口紅を贈ると言うことは、キスをして返してほしいのだろう? まったく、すけべなやつだ。相手をしてやろう」
「違うから……純粋な善意だから……」
またもセクシーなジョークを言われ、コリントは苦笑する。
コリントは『ハンターズ』のこういうところが好きだった。
アルトスレアでの冒険において、コリントは『トンネルワーカーズ』に一時身を置いた。
『トンネルワーカーズ』には木っ端冒険者も無数にいたし、浮浪児すらもいた。
総勢で言えば2000人近いと言う、冒険者の徒党としては歴史上最大クラスの規模だった。
そうした木っ端冒険者たちには、あまりにも高級な装いと強さに遠巻きにされ。
ある程度以上に腕がある冒険者たちには、その隔絶した強さから倦厭された。
そして、アンデッドと言う素性に気付かれれば、余計に距離は遠くなった。
徒党の長たるリフラはそのあたりをさっぱり気にしなかったし。
「まぁ、うまくやれば倒せるな」と言う目で見て来るジルも気安かった。
そして、チーム全員が気安く相手をしてくれる『ハンターズ』もいた。
コリントに気安いジョークや下ネタを飛ばしてくれる相手はとても希少だった。
まぁ、その実態はと言えば。
コリントにはワンチャン押せば行けそうな雰囲気がある。
しかし、戦闘力があまりに高過ぎるので強引に迫るのは無理だ。
だから、セクシーなジョークから始めてなし崩しにベッドに連れ込もうとしているだけだったりするのだが……。
まぁ、気安く接していることに違いはないだろう。
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