その強襲を真っ先に察知したのはレインだった。
生物の限界を超越しているのではないか……。
そう思わされるほどの莫大な属性エネルギーの発露。
魔法使いとしての鋭敏な感知能力がそれを察知したのだ。
「『迅速』! 『反重力』!」
レインがそれを認識し、一瞬後には『迅速』による加速を得る。
これにより、レインは瞬間的に魔法を発動することが可能となる。
そのにわかの高速化による代償は大きく、数秒間の幻惑状態と致命的な隙を晒すことになる。
だが、それをするだけの価値はあるとレインは判断した。
レインが続けざまに放ったのは『反重力』。
これは対象に作用する重力を逆転させ、上空へと向けて“落下”させる魔法だ。
そして、なによりもこの魔法の特筆すべき特徴は。
場に作用する魔法であるため、範囲内の対象はこの呪文に抗うことができない。
レインの展開した反重力場が上空から急降下して来た飛竜を捉えた。
効果範囲内に捉えられた瞬間、その飛竜がもがきながら上空へと落下していく。
その異様な光景にハウロが目を白黒させるが、すぐさまその特徴ある姿から対象の正体を看破した。
「バビェーダ・スヴィエ!?」
叫びながらも、ハウロが手にしていた山刀を放り捨てて背に負っていた
飛竜を前に、躊躇は無用だ。相手は狩人の事情など斟酌してはくれない。
戦わないものに未来はない。ボルボレスアスの根本的な理だった。
「上空からの奇襲……! いったいどれほどの高度から……」
クロモリがあぜんとした様子で言葉を漏らす。
クロモリがEBTGの中では一段腕が劣るのは事実だが。
それでも、一流クラスの冒険者としての力量は当然持っている。
上空の警戒もまったく怠っていたつもりはない。
たしかに、自分はマヌケなマゾ女だと言えと強要されれば喜んで言うが。
間違ってもクロモリがただのマヌケだから奇襲に気付けなかったのではない。
クロモリの感知能力、技術を上回るほどの速度・高度から奇襲して来たのだ。
バビェーダ・スヴィエが魔法の効果時間切れに伴い、通常の重力圏内へと戻る。
空中に翼をはためかせ、その巨躯をホバリングさせている飛竜。
そして、その口腔内に強烈な属性エネルギーの奔流が弾けた。
「ブレスだ! 避けろ!」
飛竜種の多くが主たる攻撃手段として用いるもの、ブレス。
それはこの蒼銀の甲殻を持つ飛竜も例外ではない。
「グォォォォオオオ!」
咆哮と同時、放たれるそれは青白い閃光そのものだ。
紫電を纏う熱エネルギーの奔流。焦熱のフラッシュブレス。
それは最大の脅威と見て取ったハウロ目掛けて放たれている。
ハウロはその軌道を見て取るや、即座に前方へと突出することで回避。
地面へと打ち込まれたフラッシュブレスが弾け、強烈な熱エネルギーが迸る。
さらにバビェーダ・スヴィエが首を振れば、光熱エネルギーが球を成す。
その魔法的なエネルギー運用にEBTGの面々が目を剥く中、形成された都合8発のエネルギーの弾丸が宙を舞う。
それはEBTGたちの立つ地点へと無造作に撃ち込まれる。
着弾したエネルギーの弾丸が弾ければ、熱と雷のエネルギーが迸った。
「ちぃっ!」
ハウロがそのエネルギーの奔流、流れを見極め、その隙間へと体を捻じ込む。
ブレスとして吐き出されたものならばともかく、圧縮されたエネルギーが解放された流れだ。
それはある種の乱流としての性質を持つため、エネルギー密度の低い地点が存在する。
その密度の濃厚を見極め、薄い部分に体を置くことでダメージを軽減する技法である。
ハウロは防具の性能、見極めの精度、気功の運用技術も相まってすべてのダメージを回避してのけた。
EBTGの面々も、魔法による転移で被害範囲内から離脱したり。
その手にした防具の性能でダメージをほとんど無効化まで抑え込んだり。
はたまた気合でがんばって我慢したりなど、種々の手段でその攻撃を乗り越えた。
「まだ来る!」
ハウロの警戒の声。
それと同時、その圧倒する巨翼は舞い降りた。
その太く強靱な脚で、ハウロごと地面を砕かんと着陸。
ハウロはそれを見て取り、体を捻りながら跳躍。
その蹴撃を回避しながらの跳躍、すれ違い様に気を込めた膝蹴りがバビェーダ・スヴィエを襲っていた。
甲殻越しに肉へと打ち込まれる打撃の感触、その質感の異様な硬さにハウロが舌打ちをする。
「禁域級かよ……!」
いかなる人間もその侵入を許可しない。
ボルボレスアスにはそのように定められた領域が存在する。
そこに住まう生物が、あまりにも危険すぎるが故に。
禁域と言われる領域。
そこに住まう生物のすべてが極めて強靱であり。
このバビェーダ・スヴィエは、おそらくその禁域の水準にある個体。
大地にバビェーダ・スヴィエの足が叩きつけられる。
瞬間、地面に立つEBTGの面々が超絶の震動に襲われた。
「わああぁぁぁ!?」
「ひゃあ!?」
「うわっ!」
地面から足が浮き上がるほどの凄まじい震動。
それはバビェーダ・スヴィエの脚力の凄まじさを物語っている。
震動に足を取られ、地面に転がるEBTGの面々。
唯一被害を逃れたのは、宙に跳んでいたハウロのみ。
「舐めてンじゃねえ!」
禁域級飛竜。それは生ける災害である。
特級狩人……特例級狩人は、その禁域の存在がゆえに定められた仕組みだ。
特例として禁域に入ることを許可された狩人……ではない。
特例として人であることを認めない。
特級狩人とは、人の域を脱した超人の証明であり。
それに人権の存在は用を成さないと認めた証。
もはやそれは、人の形をした飛竜であるとすら言える。
ハウロはその禁域に生きるモンスターと同類と考えられた特級狩人であり。
すべての竜の祖と謳われる真龍ル・ロを討伐した真の超人だ。
その旋棍による打撃の威力はすさまじく。
禁域級飛竜であろうが、それを受けることは敗北を意味する。
「しゃあっ!」
空中で身を捻り、繰り出される旋棍打突。
その一撃はバビェーダ・スヴィエの甲殻を
蒼銀の甲殻が弾け飛び、肉が裂け、赤い血が飛び散る。
「グオオォォォォォオ!」
しかし、バビェーダ・スヴィエとて、その程度で怯むほど弱くもない。
傷を一顧だにせず、ハウロへと反撃の咬撃を繰り出す。
ハウロはそれへと旋棍打突を合わせ、激突の衝撃で弾かれるように後方へと飛ぶ。
地面に着地したハウロが油断なく旋棍を構え直し、バビェーダ・スヴィエを睨みつける。
バビェーダ・スヴィエもまた、ハウロを油断なく睨みつけていた。
「チッ、鎧袖一触とはいかねぇな……」
禁域級飛竜の驚異的な頑健さには特級狩人ですら手を焼く。
そんじょそこらの飛竜なんぞ秒殺してのけるハウロでも、遠慮なしの殴打ができても5分はかかる。
無防備に滅多打ちにされても5分間は死なないと言うのがどれほど異常な頑健さか。
「てめーら死ぬなよ! 飛竜は強ぇーぞ!」
そのハウロの声と同時、バビェーダ・スヴィエが体を持ち上げる。
そして、ぷくりと喉が膨れ上がったかと思うと、耳をつんざく咆哮を放った。
それはもはや、音波による攻撃と言っても差し支えないほどの威力があった。
EBTGの鼓膜を引き裂きそうなほどの音圧が密林を揺るがす。
ビリビリと弾ける衝撃に、ほぼすべての者が耳を抑えて崩れ落ちる。
聴覚を破壊されたことによる苦痛と、平衡感覚の喪失による転倒。
生物の生理的限界、生きている以上は避けられない苦痛への反応によるものだった。
そして、バビェーダ・スヴィエが翼を掲げる。
そこに溢れ出す光熱エネルギーが、無数の弾丸の形に織り込まれていく。
豪雨のごとく溢れ出す灼熱の弾丸が密林を蹂躙していく。
「しゃらくせぇ!」
それを真っ正面から突破するハウロ。
致命的な部分に当たるものだけを旋棍で弾き、それ以外は防具と肉体性能に任せて突破。
背後の仲間たちが死なないことを心の片隅で祈り、バビェーダ・スヴィエへ肉薄。
「しゃっ!」
旋棍を伴う渾身のアッパーカット。
エネルギー放出の反動も相まって動けなかった無防備な頭部に強烈なインパクト。
バビェーダ・スヴィエが苦悶の声と共に身を翻し、その尾をハウロへと向けて振るう。
刃のように研ぎ澄まされた光熱エネルギーを伴う棘尾の薙ぎ払い。
それを跳躍して躱し、すれ違いざまに叩き込まれる斬撃と言えるほどの蹴撃。
着地と同時、ハウロが腰を落とし、旋棍を引き絞る。
バビェーダ・スヴィエが翼を力強く羽ばたかせた。
それは木々を薙ぎ倒すほどの強烈な風圧を巻き起こす。
その巨躯を宙へと舞い上げる筋力が産み出す風圧は人間1人を吹き飛ばして余りある。
人薙ぎの
「ぜぇあぁっ!」
それをハウロは、その旋棍打突ひとつで真っ向から打ち破った。
渾身の正拳突きと同時に放たれるのは、練り上げた闘気
狩人の底なしの生命力が産み出す高密度のエネルギー衝撃波が風圧を捻じ伏せた。
「やるな……手こずらせてくれる」
ハウロがにやりと笑い、旋棍を構え直す。
戦いの終幕までは、まだ遠い。
「くそっ、あんなバケモノとモモロウたちは戦っていたのか!」
一方、EBTGは聴覚を破壊されたことによる行動不能状態に陥っていた。
唯一、生物ではないレウナが辛うじて聴覚の破壊を免れていた。
アンデッドには、聴覚破壊による平衡感覚の喪失、幻惑状態にすらも耐性がある。
そのレウナが仲間たちを回復魔法で治療して回る。
鼓膜を破壊され、三半規管まで音波でかき回されたのだ。
回復魔法による治療がなければ聴覚の回復はありえない。
「う、うぅ、すみません、レウナさん……」
「礼はいい! 戦闘に復帰するぞ! 急げ! 私はクロモリを!」
「は、はい! では、私はサシャちゃんを!」
回復魔法の使える人手を優先的に回復。
そのような優先順位の下、まずフィリアが回復させられる。
そして、4階梯程度までだが魔法の使えるクロモリが。
そこまで来れば、あとはどうやっても変わらない。
サシャとレインも続々復帰し、戦闘に復帰できる状態へと。
EBTGのメンバーは即座に行動を再開する。
「まともな手立てじゃ通じないわね。ハウロを援護する方が賢いわ。『復讐の風』」
レインが自身を対象とした強化魔法を起動する。
それはレインへと暴風の鎧を纏わせ、自由な飛翔能力を与えた。
9階梯と言う最高位の魔法なだけあり、遠隔攻撃へのほぼ完全な耐性すら得られる。
レインはその魔法によって宙へと舞い上がり、直後に姿を消す。
『時間停止』の呪文により、ハウロの下へと一気に移動したのだ。
「手数を増やして、少しでも援護の効率を高めなくては……『弓矢の精霊』」
クロモリが魔法により、弓矢の精霊を召喚する。
それはクロモリの有する矢を、まるでクロモリが放ったかのように放ってくれる不可視の力場だ。
持続時間こそ短いものの、純粋に手数が倍になると言う驚異的な性能の魔法だ。
その精霊を引き連れ、クロモリは矢を一気に4本手に取る。
指の間に複数の矢を挟み込み、それを一息に連射すると言う弓使いの絶技。
クロモリはそれを同時に4本放つことができるほどの技量を有している。
専門の弓使いだからこそできる技だった。
「どこまでやれるやらな……足には自信があるんだが」
レウナは弓の弦を少し確かめて、走り出す。
クロモリほどの弓術の冴えはないが、足の速さでは負けない。
その機動力を用いて、かなう限りの援護攪乱をするしかない。
「仲間を守る盾として、ハウロさんをお助けしなくては」
「ハウロさんから狙いを反らしてあげるだけでもずいぶん違うはずです」
そして、フィリアとサシャは、魔法による防護を得ての攻勢にでる。
対飛竜との戦い方は心得ていないが、手も足も出ないほど弱くはない。
さきほどの初見の超震動や超咆哮には初見殺しをされかけたが。
1度見た攻撃ならば、2度目はそう無防備に喰らうことはない。
ハウロのように無効化するとまではいかないが、無様は晒さないだろう。
バビェーダ・スヴィエの生命力を削り切るほどの攻撃力。
これをサシャとフィリアが捻出できるかは微妙だが……。
少なくとも、手傷は与えられるだろうし。
そうなれば、バビェーダ・スヴィエの注意をハウロから外すことができる。
そうなれば、ハウロはきっと決めてくれる。
まだ戦いを共にしてごくわずかの間柄ではあったが。
2人はハウロが戦士として、どれだけの高みにいるかを知っている。
自分たちが隙を作ってやれば、きっと見逃さない。
戦士としての嗅覚を持つが故に、2人はそう確信していた。
EBTGが戦線へと復帰する。
ただ1人、孤拳を振るい奮闘するハウロと共に戦うために。
文字数はどの程度が好ましいですか?
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2000文字前後
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3000文字前後
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4000文字前後
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5000文字前後
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6000文字前後
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7000文字前後
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8000文字前後
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9000文字前後
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1万字前後