あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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17-013

 秘境林(ひきょうりん)を超え、到達した先は山肌の中にある洞窟。

 その中へとサシャが先行偵察で入り込み、数秒と経たずに戻って来た。

 

「平原ですね。なんともなさそうです」

 

 とのことで、全員で次の階層へと。

 移動した先は、サシャの言葉通りに穏やかな平原だった。

 ハウロが足元の地面を掬い取り、生えている草を確かめる。

 

「ボルボレスアスの北方領域に近い感じだな……地質が脆弱で、繊維質。泥炭だこりゃ」

 

「泥炭って、乾かすと燃える泥のことよね」

 

「ああ。酒の香りづけなんかにも使うやつだな。しかし、なんとも妙な取り合わせっつーか……密林の次は秘境林で、その次は北方平原? つながりが見えねぇ」

 

「迷宮なんてそんなものよ。深く考えるだけ無駄だと思うわ」

 

「そんなもんか」

 

 ハウロが頷いて立ち上がる。

 

「では、『経路探知』を」

 

 フィリアが経路を探知し、次の階層への入り口を探る。

 方向を確認し、そちらへと向かって移動をはじめた。

 

「涼しくて気持ちいいところだけど、こういうところにも飛竜と言うのはいるのよね?」

 

「そりゃーな。だが、こういう北方平原は比較的安全だな」

 

「そうなの?」

 

「泥炭地は農業にゃ向いてねぇ。すぐ水浸しにもなるしな。それは野生動物にとっても住みにくいっつーことだ」

 

「ああ、そうか。飛竜はもちろん生き物だから、それ相応の食料が必要なのね……」

 

「そう言うことだ。草食性飛竜はこんなシケた土地じゃ生きていけねぇ。大型哺乳類もキツイ。その大型哺乳類がいなけりゃ肉食性飛竜だって生きちゃいけねぇんだ」

 

 結果、こうした枯れた平原と言うのは、ほどよく小さい生物がちょこちょこいるばかりの土地となる。

 こういう枯れた平穏な土地と言うのはボルボレスアスにはわりと珍しい。

 ボルボレスアスは植物でさえも生命力に満ち溢れまくった大陸だ。

 こんなシケた土地でもモリモリ育つ植物が結構あるのだ。

 

 そう言った植物が進化して発生せず、また持ち込まれもしないか。

 あるいはそんな植物ですらも根絶やしにするくらいやべー土地。

 ボルボレスアスにおいて枯れた平原とはそんな条件下でしか発生しないのだ。

 

 泥炭地はひたすら植物が生育しにくい環境だ。

 そして、人が踏み込まないし、野生動物もあまり踏み込まない。

 そう言う意味で、この環境はあまり変化することがない。

 

 ボルボレスアスの飛竜がカジュアルに山火事を起こすのも理由か。

 火とか電気とか熱とかしれっと使い出して来るのが飛竜だ。

 そんなもん泥炭地にぶっ放したら大火事になるのは当たり前だ。

 大火事になって焼け野原になれば、生命も植生も回復に時間がかかる。

 

「だからまぁ、そんなに心配はいらねぇと思うぞ。仮に敵が接近して来ても……な?」

 

「そうですね。これほど視界の効く平原なら、気付かない方がおかしいですもんね」

 

 そう言う理由で、EBTGはリラックスした様子で歩いていた。

 油断していいわけではないが、これなら気を抜いてもいいだろう。

 しかし、そうなるとやはり気になるのがハウロの心情だ。

 

「だがよ、この迷宮って、シェバオっつー神様の挑戦状なんだろ? こんな平穏な平原でいいのか?」

 

「それはたしかに気になるところではありますが……」

 

「平原であっても、一切合切飛竜が居ないと言うわけでもなかろう。遠隔地に移動中の飛竜が襲撃してくるとかそう言うことではないのか?」

 

「その可能性はないとは言わねーが、現実的に考えるとまずありえねー可能性と言うか……」

 

「ここは迷宮だ。現実的な可能性が常に到来するなどという甘えた考えはやめろ」

 

「ぬ、そう言われるとたしかにその通りか……」

 

 レウナの指摘にハウロが眉根を寄せる。

 しかし、移動中の飛竜の遭遇まで考えると襲撃してくる相手の可能性は多岐に渡る。

 

 飛竜の移動能力はもちろん種によってまちまちではあるのだが。

 その驚異的な身体能力とスタミナから、実現できる移動距離は尋常なものではない。

 それこそ1日で何百キロと移動するような真似もするのが飛竜なのだ。

 

 この平原に通りかかるだけの飛竜まで含めれば。

 それこそほとんどの飛竜が該当してしまうだろう。

 

「まぁ……さっきのバビェーダ・スヴィエみてーに、上空からの奇襲を警戒しておくしかねーかな」

 

「現実的な対処法としてはそれしかないわね」

 

 レインが頷き、それにクロモリが申し訳なさそうな顔をする。

 

「申し訳ありません……上空からの奇襲も察知できればよかったのですが……」

 

「いや、そこらへんはしゃーねーだろ。見た感じ、クロモリの姉ちゃんは追跡の方が得意なタイプだろ? まぁ、あれだ、いわゆるふつうの狩人っつーか?」

 

 ボルボレスアスの対飛竜専門の戦士、狩人。

 そして、別大陸で一般的な、野生の獣を狩猟する職業の狩人。

 クロモリは明白に後者の方の狩人である。

 そして、そう言う狩人は普通、上空からの奇襲を警戒しない。

 

 そりゃもちろん不意打ちで襲われることはあるだろうが。

 狩人が獲物にするのはふつうは陸上で生きる生物たちだ。

 上空からの奇襲と言うのは狩人にとって、そうまで警戒することではないのだ。

 それに適した技能を積んでいないのもしかたないことだろう。

 

「ま、仮に敵が襲って来てもだ。俺に任せとけ、狩人だぜ、俺は」

 

「はい、おまかせいたします」

 

 言って、クロモリは自分の胸元を強調。

 ハウロは首を伸ばしてそれを覗き込む仕草。

 

 金髪の女たらしの友人にがばがば胸元をアピールして誘惑。

 そんな背徳的な遊びにクロモリはゾクゾクとしていた。

 

 ハウロはとにかくでかいおっぱいに夢中だ。

 実際のところバストサイズと言う点だけで言えば、フィリアの方がちょっと大きいのだが。

 クロモリは体格比で大きいので、余計に大きく見える。

 

 2人揃ってどうしようもないやつだった。

 

 

 

 バカがどうしようもない遊びをしている中。

 

 それはこの北方の広大な平原を疾走していた。

 力強い四足が大地を叩き、滑るかのような疾走。

 目指す先は、獲物の居場所。飢えた獣には酷な香り。

 鋭敏な嗅覚が、美味そうな獲物の存在をたしかに捉えていた。

 

 この枯れた平原を生きる生物たちの多くは飢えている。

 他所より流れ込んで来たよそ者は、特に。

 

 なによりもそれは、集団を従えていた。

 配下の者たちを食わせてやらねばならない。

 それができるがゆえのリーダーである。

 先頭を駆けるものは、心底からそのように考えていた。

 

 狩猟本能が語り掛ける生存への欲動。

 より多くを狩り、より多くを喰らう。

 そのシンプルな食欲と言う本能が暴れ狂っている。

 

 飢えた配下たちが限界を迎える前に。

 食わせてやらねばならない。

 腹いっぱいになるまで。

 

 だからめざすのだ。

 この平原をうろつく、うまそうな二足歩行の生き物たちを。

 

 

 

 

 その接近を察知したのはサシャだった。

 ツーンと来るような強烈な獣臭が風に乗ってやってきている。

 思わずそちらへと振り返り、しかし、そこには何も見えない。

 

「どうした? ……いや、臭うな」

 

 ハウロの疑問の声。直後に、ハウロもそれを察知した。

 研ぎ澄まされた狩猟技術と、狩場の環境を五感で感じ取って来た経験が成した技だ。

 ハウロはその獣臭を感じ取り周囲を警戒した。

 

「なにかあったか?」

 

 レウナの疑問の声。クロモリも困惑気味にサシャの見る方向を見ている。

 

「獣臭……肉食獣の臭いです。ツーンと来る感じ……」

 

「やるじゃねえか、サシャの姉ちゃん。そこまで鼻が利くやつは珍しいぜ」

 

「……どちらかと言うと、人間なのにこれを探知してるハウロさんの方がすさまじいと思いますよ」

 

 サシャは獣人だ。生来、耳と鼻が利く。

 サシャがハッキリと感じ取れているあたり、稀薄な臭いと言うわけではないが。

 臭いの感じからして、相当な距離が離れているのは間違いない。

 これをうっすらとでも感じ取れているハウロの方がすさまじい。

 

「いま、風向きが変わった感じがしましたから、感じ取れたのはそのせいでしょうが……複数の臭いを感じますね、大型獣……」

 

「こんな草原でか。複数、それも獣ってぇと、なんかしらの四足剛獣(ごうじゅう)種だろうな……」

 

 剛獣種とは、ボルボレスアスにおける生物の区分だ。

 飛竜以外を区別するために作られたような概念なので、生物学的な意味のある区分ではないが。

 飛行能力を持たない、そして卵生でない生物。

 だいたいはそう言う括りで纏められる区分だ。

 

「四足剛獣種の移動速度はハンパじゃねえ。走って逃げるのは無謀だぜ。迎え撃つしかねーな」

 

「じゃあ、飛んで逃げればどうなの?」

 

「カハハハ! そりゃ飛べれば逃げられるかもしれねぇな! まぁ、それができ……るんだったなぁ、この大陸だと」

 

 うっかりボルボレスアスの感覚で返事をしかけ、ハウロが首をひねる。

 

「四足剛獣種が速いっつっても、地上を蹴って反作用で走る以上は速度限界がある……それを超えられるなら、逃げ切れるかもしれねぇが……どんくらいで飛べる?」

 

「時速100キロくらいかしら。それをざっと半日くらい」

 

「おいおい、楽勝で逃げ切れるぜ……」

 

 短期的にはそれ以上の超スピードで走る剛獣種もいるが。

 それはトップスピードであり、ごく短時間の発揮が限界だ。

 何時間も時速100キロで飛び続ければ、降り切れない剛獣種はいない。

 

「んん~……ブチ殺してなんか得があるわけでもねぇ。進むか」

 

「そうね。じゃ、フィリア。よろしく」

 

「はい。『風渡り』」

 

 フィリアが以前にソーラスでも使った魔法を発動する。

 以前よりも力量が向上しているので、全員を効果の範疇に捉えることが可能だ。

 これにより、EBTGのメンバーが全員ガス状の肉体に変異した。

 

「うおっ、おおっ!? な、なんだあ!?」

 

 ハウロがあわあわと戸惑う。

 自分で空を飛ぶなんて初の体験だ。しょうがない。

 以前に女たらしに抱えられて飛んだことはあったが……。

 

「さ、行くわよ。フィリア、先導をお願いね」

 

「はい。次の階層への入り口はあちらです」

 

 そして、目的地が分かっているフィリアが先導する。

 時速100キロにも及ぶ飛行速度は快適な空の旅を約束してくれる。

 さすがに、あの女たらしほど自由の効く飛行ではないが。

 起伏のある地形でもなければ、外敵が目の前にいるわけでもない。

 この開けた平原を高速で飛翔するのに何の障害もなかった。

 

「お、おお、こんな感じか? おお、おおおー! すげー! おもすれー! 俺、飛んでるぜ!」

 

 ハウロは初体験にはしゃぐ。

 自分の身ひとつで飛んでみたいと言うのは人類共通の夢だろう。

 それを実現する手段はほかの大陸には存在するが。

 ボルボレスアスには存在せず、ただの夢想でしかない。

 それが叶ったのならば、感じる感動は別大陸の人間の比ではない。

 

「やっべー! これめっちゃ楽しい! 俺も魔法覚えてぇー! 覚えられっかなぁ!?」

 

「覚えられると思うわよ。時間はかかると思うけどね」

 

「おお! マジかよ! 魔法使いハウロ、俺もなっちゃうか……?」

 

「ボルボレスアスの人はかなり魔法的素質が低いから、結構苦労はすると思うけど、学ぶ価値ある技術であることは保障するわよ」

 

「モモロウたちは2年かけてようやく1階梯を覚えただけだったようだしな……」

 

「ふつう、2年もかければ3階梯くらいまではいけるんだけどね。でも、1階梯が覚えられたなら、努力さえすれば5階梯までは覚えられるはずよ」

 

「そのレベルでかかるのか……うーん、さすがにそんな何年もかけて勉強してらんねー……ちゃっとやってパッと覚えられる手段とかねーの?」

 

「ないわよ。魔法って言うのは研鑽が重要な……うーん」

 

「お、なんか心当たりある感じか?」

 

「ええ、まぁ……エルグランドの魔法なら、魔法的感覚さえ開けば覚えられる、はず……だから、エルグランドの飛行魔法なら……」

 

「え、でも、ご主人様は飛行魔法なんて……」

 

「そりゃ、彼女にはアレがあるわけだから、自前で飛べるでしょ。飛行魔法を使う理由がないだけだと思うわよ」

 

「ああ、そっか……たしかにそれなら、飛行魔法があってもおかしくないですね」

 

「ええ、そうよ。だから、ハウロに覚悟があるならエルグランドの飛行魔法を教えてもらえば……そうでなくとも、初歩の魔法が1個使えるだけでもずいぶん違うはず」

 

「覚悟って何の覚悟だ? 撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけとかか?」

 

「なんで人を撃つのに撃たれる覚悟が必要なのよ?」

 

「え? いや、え? なんでだろうな? よくわかんねぇ」

 

「なにかの引用? まぁいいわ。必要な覚悟はあれよ、ちょっと魔法を唱えた瞬間に爆散するのを覚悟して欲しいだけで」

 

「待て待て。なんで爆散するんだ」

 

「エルグランドの魔法には標準機能として自爆機能があるからよ」

 

「頭おかしいのか?」

 

「ええ」

 

「うそだろ、あっさり頷きやがった」

 

「魔力量が多ければ平気なのだけどね。ハウロは明らかに少ないから」

 

「でも生命力はたっぷりあるから、命を賭して唱えればいけそうですよね」

 

「飛行魔法の1発2発くらいなら何とかなると思うわ。だから、覚悟があるなら習うといいわ」

 

「空を飛ぶために……自爆……!?」

 

 そんな調子でEBTGは楽しく雑談を交わし。

 自分たちを追いかける四足剛獣種を置き去りにして次の階層へと向かった。

 

 避けられる戦いを避ける。

 冒険者にとって、当然のリスク管理だった。

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