あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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17-015

 北方平原を突破。

 そして、次にEBTGが出現したのは雪原のど真ん中だった。

 慌てて前の階層に引き返し、装備と魔法をかけてから戻って来た。

 

「ふぅ。びっくりした」

 

「突然雪があるとびっくりするわね」

 

「ですね。雪なんてまず降りませんからね……」

 

 レインも、サシャも、フィリアも。

 雪を見たのは以前にソーラスの迷宮で見たのがはじめてだ。

 このきわめて温暖な大陸で雪が降るのはごく稀だ。

 

「これが、雪……」

 

 そして、クロモリに至っては完全に初見だった。

 クロモリが生まれる少し前くらいに、王都で雪が降ったことがある。

 そんな話を聞いたことがあるばかりだ。

 雪とはいったいいかなるものか、クロモリは知らない。

 せいぜい、白く見えるらしい、としか。

 

 マフルージャ王国はきわめて温暖だが、高山は存在する。

 そうした高山の上方部分は真夏であろうと氷点下だ。

 一般的な人間は、そうした山々の白い部分が雪とだけ知っていた。

 

「くそっ、寒いっ。これだから雪は……」

 

 そしてレウナは腹立たし気に雪を蹴散らかしていた。

 アンデッドには氷雪に対する耐性は存在しないし、氷雪によって体が凍れば痛手も負う。

 それでもレウナはかなり寒さに強いが、そうだとしても寒いもんは寒いのである。

 

「にしてもよぉ……」

 

 そして、ハウロは寒さを気にも留めずに考え事をしていた。

 

「最初、密林だろ。で、次は秘境林だろ。その更にお次が北方平原と来て、今度は雪原なわけだ」

 

「? ええ」

 

「環境的に、どんどん北上してる気がするんだよな、これ」

 

「……そう言われるとそうなのかしらね?」

 

 北方に向かえば寒いらしい。それくらいはレインも知っている。

 はじめに密林、次に秘境林、そして北方平原と、どんどん寒くなっていたのはレインも感じていた。

 その上でハウロに北上していると言われれば、そうかもとは思う。

 

「でも、それになにか意味があるのかしら?」

 

「アルトスレアっつー大陸があるだろ。あれな、ボルボレスアスから見ると、北方にあんだよ」

 

「ええ」

 

「するとだが、この調子でいくと、次はアルトスレアに上陸してんじゃねえか?」

 

 なんてハウロの予想にレウナが眉をしかめる。

 

「たしかに、アルトスレアとボルボレスアスの距離感はそれなりに近いが……いや、もしやこれは……」

 

「お、なんかいい感じの予想でも出たか?」

 

「…………あくまでも、私の予想だぞ」

 

 レウナが一言断ってから、自分の予想を提示した。

 

「アルトスレアにおいて、ライカンスロピーは恐るべき死病として知られているが……同時に、理性を残したライカンスロピーの罹患者の存在も知られてはいるのだ」

 

「つーか、アルトスレアで言う蛮族……人間に敵対的な種族のことだったと思うけどよ。そん中に、ワービーストってのが居たよな」

 

「いる。そして、それこそが理性を残したライカンスロピーの罹患者だ」

 

 アルトスレアにおける人族と蛮族の断裂はきわめて根深い。

 だが、人族を人族たらしめる要因はなく、同時に蛮族を蛮族たらしめる要因もまた、ない。

 それゆえに、蛮族に寝返る人族もいれば、人族におもねる蛮族も存在する。

 そして中には種族自体が人族と蛮族の狭間を行き来している種族もいるのだ。

 

 人族の領域で差別されるのに耐えかねて蛮族になった者。

 蛮族領の圧政と苛烈な階級社会に嫌気が差して人族の領域で隠棲する者。

 弱小種族ゆえに蛮族領での搾取に耐えかねた者、人族の秩序だった社会が気に入らなかった者。

 そんなように、アルトスレアの人族と蛮族の境は曖昧である。

 

「ライカンスロピー罹患者……ワービーストは、アルトスレアにおける差別のもっとも重大な被害者だろう。人族の領域から脱し、蛮族に与するのも分かるほどにな」

 

 蛮族の領域に向かう種族の多くは人族の領域で差別を受けている。

 中でも、ワービーストはその筆頭と言えるだろう。

 人族の領域においてはきわめて厳しい偏見の眼に晒され。

 ライカンスロピー罹患者と知られれば、差別されるだけまだマシ。

 ふつうは死病の罹患者として容赦なく拘禁、最悪は殺処分される。

 

「蛮族の領域ならば、なに憚ることなく生きていける。それを救いとする者もいる。隠れ潜むことを嫌ってな」

 

 だが、メアリがそうであるように。

 ライカンスロピーには変身能力がある。

 半獣形態のあからさまな獣の要素がなければ。

 つまり、人形態か、完全獣化形態であれば。

 ライカンスロピーが人の領域に紛れ込むことは容易だ。

 

 人の町に直接住んでいるライカンスロピーは少なからずいるし。

 その住人の多くが、あるいはほとんどすべてがライカンスロピーと言う隠れ里も存在する。

 

 そのように隠れ住むことが気に食わない者が蛮族に与するのだ。

 ライカンスロピーを神の祝福と考え、積極的に伝染させて回る異常者も。

 そうでなくとも、ライカンスロピーによる高い身体能力を強みと考える者もいる。

 

 ある者は人族の領域で隠れ潜み。

 ある者は蛮族の領域で栄達を望み。

 ライカンスロピーたちの道先は複雑だ。

 

「そして、その上でだ。差別に晒されず、人と戦う必要もなく、それでいて堂々と自らの姿をさらけ出せる地があればと、そこを目指す者もいる」

 

 そして中には、第3の選択肢を取る者もいる。

 つまりはそう、隠れ潜む必要も、暴虐に身を浸す必要もない。

 ただ1人の人間として生きていける場所を目指すこと。

 すなわち、ボルボレスアスへと旅立った者たち。

 

「ボルボレスアスへと旅立ったライカンスロピー罹患者……ワービーストは少なくない。具体的な数はわからないが、相当な数がボルボレスアスを理想郷と定めて旅立ったはずだ。それも、数百年……いや、下手をすれば、数千年……」

 

「ああ。ひとつの種族と認知されるほど数がいるわけじゃねえが、知ってるやつは知ってるって程度に知名度のある種族だ。なんかの祝福を受けると獣の耳が生えるとか、そんな迷信めいた言い伝えが多いがな」

 

「ならば、ここ数百年の間に、ボルボレスアスを目指した者がいないと言い切れるか?」

 

「あー、やっぱり、レウナの姉ちゃんもそう思う?」

 

「ああ。アルトスレアを旅立った者が500~600年前にいて……それが、シェバオと言うワーライオンであった可能性を否定する要素はなにもない」

 

「だよなぁ」

 

 レウナの推理はどうやらハウロの推理とほぼ同じ内容だったらしい。

 同意見の者があらわれて嬉しそうな顔をしていた。

 

「なるほど……たしかに、アルトスレアがライカンスロピーなる病の発生源であるなら、そこから来たという可能性は否定できないわね」

 

「そして、それを遡るように北へと向かい、アルトスレアに向かっている……つまり、これは……」

 

「シェバオ様の旅路を、逆順に辿っている……ってことですか?」

 

 サシャの言葉にハウロがその通りだと言わんばかりに頷く。

 

「正直、500~600年前の歴史なんざ知らねぇから断言は出来ねぇけど、たしかその頃にはもう各大陸の認知はあった……ハズだ」

 

 ボルボレスアスとアルトスレアは古くからお互いの認知があった。

 それはあくまでも知識層、為政者クラスなら知っているとかそのくらいではあるが。

 そして、ボルボレスアスとリリコーシャは、さらに古くから認知があった。

 

 ボルボレスアスとリリコーシャは、ある地点でごくか細くだが繋がっている。

 その地峡(ちきょう)部分には砂漠がまたがるため、わざわざ徒歩で横断した者もそうはいないが……。

 遥かいにしえの時代には、そこを通って貿易が行われていたこともあった。

 

 そのため、シェバオ神がアルトスレアから来たとしても。

 リリコーシャも既に知っていてそこを目指していても。

 あるいはボルボレスアスでリリコーシャの存在を知って、それから目指しても。

 なんら矛盾する点はなく、それを否定する要素もまた、なかった。

 

「ハウロ。おまえはこう言いたいのだな? この次の階層はアルトスレアであり……そこで起きる、戦い、は……」

 

 そこで、レウナが眉をしかめて、口ごもるようなしぐさを見せる。

 そして、ひとつ、ふたつと口をパクパクと動かしてから、重苦しい声で、言った。

 

「500~600年前のアルトスレアでは、ライカンスロピーは見つけ次第殺されていた……」

 

 重大な差別と偏見の眼に晒される種族、ライカンスロピー。

 それは遥か古くから変わらず、そして、これからも変わらないだろう。

 人類の医学、技術が発達し、ライカンスロピーをも根治可能にならない限り。

 ……いや、たとえ根治可能になったとしても、なくなりはすまい。

 ライカンスロピーのように、ひどく目立つ症状の出る病気は、それだけで差別の原因になりうる。

 

 それほどライカンスロピーは手酷い差別に晒されており。

 現代ですらも、罹患者が殺害されるほどである。

 それが、500年、600年もの昔であるならば、なおさらに……。

 

 ライカンスロピー狩りが行われていた時代すらもあり。

 悪しき種族と名指しで断言され、国家ぐるみで弾圧され。

 果ては特定の神のしもべたちが、神敵と定めて掃討戦を行ったほど。

 

「そして、シェバオ神は、2つの大陸を経るほどに強く、国外脱出(エクソダス)をした。それが必要に駆られてか、そうしたいほどの強い感情があったのかは、謎だが……」

 

 シェバオ神の時代。

 命からがら逃げだし、別大陸にまで逃避しなくてはいけなかった時代。

 その故郷で、シェバオ神がいったいどんな目に遭って来たのか。

 それは想像を絶するほどに悲惨なものだったのだろう。

 その中に、人間と戦わなければならなかったことが、どれほどあったのだろう。

 

「……次の階層の、敵は……アルトスレアの、人間だろう……」

 

 レウナが絞り出すようにそう言い。

 EBTGの中に、重苦しい沈黙が立ち込めた。

 その予想が彼女たちの心に、重く鋭い杭を打ち込んでいた。

 

 だれもが言葉を喪って、しばらく、立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 あたたかな空気に満ちた豪邸の中でEBTGは言葉少なにくつろいでいた。

 探索がそれなりに長時間に渡ったことと、心理的負担から、野営に入ったのだ。

 ここはレインの魔法『魔法使いの豪邸』によって作られた異次元空間の豪邸だ。

 

 調度品が完備された、さほど広くもない部屋だが。

 術者の力量に応じ、部屋数はかなり増やせるので不自由はない。

 そして、術者の力量に応じた数の、ほとんど透明の召使すらもいる。

 以前、レインが使った『安全なシェルター』の高位版と言えるだろう。

 

「うん、うん! こらうめぇな! こりゃうめぇな! たまんねーなうめぇ! こりゃうめぇな!」

 

 その中で唯一、元気に大飯をかっ喰らっているのがハウロ。

 それ以外の面々は静かに食事を少しずつ食べているばかりだ。

 この魔法には食料品すらもセットなのだ。数百人分のコース料理が用意できるほど莫大な食料がある。

 

 ハウロはそれを1人で30人前くらい消費していた。

 ついでに酒もガバガバ飲んでいた。

 明日も冒険があるので、ビールだけと言う自重はしていた。

 

「ガシャガシャ! ぐァつぐァつ!」

 

「…………」

 

「ぐァつぐァつぐァつ!」

 

「……おい、なんでこいつはさっきから口でガシャガシャガツガツ言ってるんだ?」

 

 レウナが思わずと言った調子でぼやいた。

 ハウロは先ほどから口やかましく喋っていた。

 なんだって食べる時の擬音を口に出しているのか。

 

「あれぇ……おまえら食わねえの? うまいぞ、この魔法サンマ」

 

「ブルーイでしょ……魔法サンマってなによ……」

 

 レインが思わずと言った調子でツッコミを入れる。

 それに対し、ハウロがにやっと笑った。

 

「おまえら、ちょっとばっかり衝撃的なことがあったくらいでメシを食わないのはよくねえぞ。とにかくメシ食え、メシ」

 

「気が重いのよ……ちょっと喉を通りそうにないって言うか……」

 

 レインを筆頭に、EBTGのメンバーは小なりと思い悩んで食は進んでいなかった。

 レインとフィリアは人間と戦わなくてはいけないという状況に気が重く。

 サシャは人間を殺すことになんら疑問は抱いていなかったが、シェバオ神の真実に思い悩み。

 クロモリは元々あまり食が太くないので、申し訳程度に食べている。

 

「ダメだダメだ。とにかくメシ食えメシ。人間と戦わなきゃいけねぇにしろ、なんにしろな。メシ食わない奴から負けるんだ。だからメシ食え」

 

「ハウロさんって……ご主人様みたいなこと言うんですね」

 

「ある程度場慣れしてこなれたやつなら、みんなメシの大切さを知ってる。あと、睡眠の大切さもな」

 

「そう言うものですか?」

 

「そう言うものだ。あの激エロ姉ちゃんがケアしてくれてたから気付いてないのかもしれねーが、食事は大事だぜ。食わねぇと力が出ねぇ。食うんだ、ひたすらにな」

 

 いつもEBTGの食事を世話していたのは金髪の女たらしだ。

 そのため、EBTGのメンバーは食事をおろそかにしたことがない。

 逆を言えば、それは飢えた時のパフォーマンスをよく知らないと言うこと。

 

 サシャはまだしも飢えたことがあるが。

 それはあくまでも、貧しいがゆえに食事量が満足いかなかったというだけ。

 体力が衰え、体が動かなくなるほどの飢餓に苛まされたわけではない。

 

「しっかりと食っとけよぉ。じゃねえとなぁ……」

 

「じゃないと……?」

 

「俺が寝てるお前らのベッドに忍び込んで……」

 

「忍び込んで……?」

 

「おねしょしてやる」

 

「ええっ……!?」

 

 あまりに意味不明な行動にサシャが困惑する。

 だが、おねしょはいやだ。それはさすがにちょっと。

 あの女たらしなら特殊プレイとして喜ぶかもしれないが。

 サシャたちにそんな性癖はなかった。

 

「いや、おねしょって……そんな、ね」

 

「俺は本気だぜ」

 

「…………」

 

 レインが苦笑気味に冗談と笑い飛ばそうとし。

 ハウロがすぐに澄んだ瞳で念押しをした。

 そのあまりにも澄んだ瞳にレインはなにも言えなくなった。

 こいつならマジでやりそうな気がしてならなかった。

 

 EBTGのメンバーはそろそろと食事に手を付けだした……。

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