明けて翌日。
野営と言ってもいいのかわからない野営が終わる。
魔法で創り出した異次元の豪邸で眠るのは野営と言っていいのか。
ともあれ、体力は充実した状態にまで回復した。
心理面に関しては、とても充実しているとは言えなかったが。
そのあたり、EBTGはまだまだ未熟なチームだとも言えた。
戦闘力に限っては神話の英雄もかくやの領域に至っているが。
その戦闘力を縦横に振るうだけの精神力は十分に備わってはいない。
そもそもの話、EBTGは年季の浅いチームなのだ。
冒険者学園に通っていた時期を含めなければ、活動期間は2年に満たない。
しかも、メンバーは若年の者が多くを占めている。
これで心理面まで充実していてはおかしいので当然と言えばそうだが。
「ん~……」
その点、ハウロはそのあたりこなれている。
と言うより、ハウロは自分を騙したり、問題を棚上げするのが抜群にうまい。
これは『ハンターズ』のモモロウら全員に共通する生来の才能だが。
戦わなくてはならないなら、他のすべてを無視して戦うことができる。
それは転じて、自分の心理的負荷にきわめて敏感だということ。
少しでも負荷を感じたら、それを無視する。
忘れてしまえる敏感さ、繊細さでもある。
ハウロはその鋭敏さでEBTGの心理的負荷を感じ取った。
だから、昨日ちょっとバカをやって気を紛らわせてやったりもしたのだが……。
「やぁっぱ、全員あんまり気乗りしてない感じだよなぁ……」
出発の支度をするEBTGの顔には気負いがある。
いつも通りの自分らしく、いつも通りにやろう。そんな意識がある。
そんなことを考えてる時点でいつも通りの自分ではないのだが。
そのあたりに気付けないから未熟なのだと言えばそう。
やはり、人間同士の戦いと言うのは心理的負荷が激しい。
そもそもの話として、この大陸の冒険者が人間と戦う事態はそう多くない。
冒険者ギルドは人間との戦いが想定される依頼は請け負わない。
その手の依頼は傭兵ギルドの方に行くようになっているのだ。
人間との戦いが想定される場面でしり込みするのは当然だろう。
「……ハウロよ。一応聞くが、あなたは人間との戦いは得意か?」
その中でも1人、あまり気後れしていないのがレウナだ。
レウナ自身も人間との戦いはそれほど経験していないが。
EBTGの他のメンバーに比べればそこそこの経験はある。
少なくとも、手にかけて人数が10を下らない程度ではある。
「俺か。喧嘩なら得意だが、殺し合いっつーとな……」
ボルボレスアスの狩人に施される安全措置、催眠暗示。
それによってハウロは人間同士の戦いはほとんどこなせないようになっている。
やってできないことはないが、その戦闘力はガタ落ちだ。
「まいったな。彼女ならサクッと殺しまくってくれるのだろうが……」
「それはそれでヤベーな」
「あれで人格が破綻しているわけではないのが怖いところだ……いや、破綻しているのか?」
エルグランドでは人が人を殺すのは当たり前のことだ。
ちょっと激しい喧嘩とか、そのくらいの感覚でしかない。
しかし、その感覚をこちらの大陸でも持ち出すのはおかしい。
そこを考えると人格が破綻しているとも言えるが……。
どうにせよ、ここにいない人間のことを考えてもしかたないだろう。
たしかに、あの金髪の女たらしがいればなにも苦労はなかった。
こうなる前にメンタルをケアしてくれていただろうし。
人間同士の戦いであっても、うまいこと鼓舞してくれていたに違いない。
だが、いないのだ。いないなら考慮に入れてもしょうがない。
「逆の意味で厳しい戦いになるだろうな」
「まぁ、最悪は殺さないでも殴り倒しゃいいだろ」
「殴り倒すだけでなんとかなるか?」
「殺さなきゃいいんだ、殺さなきゃ。手足の1本ブチ折るくらいはセーフだ」
「なるほど……その時は頼りにしているぞ」
「ああよ。まぁ、レウナの姉ちゃんもよろしく頼むぜ。いざってときはその弓でブチ抜いてくれや。さすがに武器までは抜けねーからな、俺ぁ……」
「ああ」
気乗りこそしないが、レウナは武器を使って万全に戦える。
それを思えば、この次の階層はレウナが主力になるのかもしれなかった。
魔法によって接続された異次元から脱出し、雪原へ。
『環境耐性』の魔法により寒さへの抵抗を得ているので寒さは感じない。
「これ超便利だな……トウガラシ汁だの飲んで体温める必要もねぇとは」
「そんなもの飲んでいたのか」
「あれ、飲んだ翌日が地獄なんだよな。ケツまでは鍛えられねえからな……」
ハウロが『環境耐性』のすばらしさを噛み締めている。
極端な環境の中での冒険でこれほど役立つ魔法もそう多くはない。
あまりにも極端な環境ではさすがに効果がないらしいが。
そこまで極端な環境もまずないので、大抵の場面で万能だった。
「うし、いくか」
「待て。その前に、この雪原で予想される敵はなんだ」
「わがんね。雪原っつってもいろいろあるからな……」
そうハウロが言ったところで、雪原に甲高く耳障りな声が響いてきた。
それは
わんわんと響く声が雪原に吸い込まれては消えていく。
「……なんだ、今の声は?」
「ゲルフルか……ちっ、キショいヤツが出て来やがったな」
ハウロが苛立たし気にそう吐き捨てる。
どうやら心当たりのある鳴き声だったらしい。
「ゲルフルは四足剛獣種の中でも、特に知能が優れてる種だ。並の人間よか賢い。寒冷地に適応した、イサ・ゲルフルだろうな。白い体毛で雪原に同化して見える、気を付けろよ」
「危険な種か」
「そうでもない。だが、ゲルフルの強みは集団戦術だ。大型個体であるグルフルに統率されてると、とんでもなく巧みな連携をしてくる。うっかりすれば食われるぞ」
「野犬みたいだな……」
「厄介さで言えばそれが近ぇな」
ハウロが苛立たし気にしたのもそれだ。ゲルフルはとにかく厄介で、性質が悪い。
狩人本体ではなく、ベースキャンプの方を襲って潰そうとしてくる悪辣さがある。
この場面では襲われるベースキャンプこそないが、地形を利用してくる可能性は高い。
イサ・ゲルフルは雪原に適応している種だ。
地の利と言う意味では勝てる余地は一切ないのだ。
「四足獣と雪原で戦うのは厄介だ……どうしたもんかな」
ハウロが舌打ちをする。
それを見て、レインが提案する。
「じゃあ、この雪を、私たちの周りだけでも溶かしたらどうかしら?」
「……そんなこと出来んの?」
「ええ、まぁね。『モンスター召喚レベル9』」
レインが最高位の召喚魔法を発動させる。
それによって召喚されるのは、火の次元世界から招来されたエレメンタルだ。
赤く燃える炎と煙によって構成された、ヘビのような元素生命体。
その生ける巨大な炎がそこにいるだけで雪原の雪が溶けていく……。
「3体も召喚できたわ。ラッキーね」
「なんて熱さだ……このうねってる炎はなんだ?」
「ファイアー・エレメンタルね。それも超大型サイズの。あまり正確に意思疎通はできないのだけど、追随させるくらいはできるわ」
そして、ファイアー・エレメンタルはただそこにいるだけでもいい。
その身体を構成する高温の炎と煙が雪原を溶かしていくからだ。
露わとなった地面には枯れた短い草がまばらに生えていた。
積雪自体は10センチ程度でしかないようだ。それが広域に渡っているだけで。
「この子たちを追随させて、雪原をバンバン溶かす。そして、戦闘となれば、寒冷地に適応したモンスターは火には弱い。そうじゃない?」
「完璧だよ、レインの姉ちゃん。魔法使いっぽさ抜群。いいね」
「あら、お世辞でも嬉しいわよ、ハウロ」
魔法使いっぽさにちょっとこだわりのあるレインは褒められて鼻高々だった。
レインの意思に呼応するように、ファイアー・エレメンタルたちも火をちろちろと瞬かせて自慢げだった。
ファイアー・エレメンタルを引き連れての移動。
それはそこにあるだけで雪原をどんどんと溶かしてしまう。
後ろを振り返れば、一直線に雪の解けた通路が見える。
目印のない雪原では、無意識のうちに曲がってしまい、きわめて大きな円を描いてしまったりするのだが。
この溶けた道筋のおかげで、迷うことなく真っ直ぐに歩けてもいた。
時折、雪原に甲高い笑い声が響いている。
ゲルフルがどこかからEBTGを見つめているのだ。
「襲って来ねぇな……」
「ふつうは襲ってくるものなんですか?」
「ああよ。頃合いと見たら襲ってくる。ゲルフルは雑食性だから人間も美味しく食う。フィリアの姉ちゃんは特に食いでがありそうだから優先的に襲われるぜ」
「うえぇ……あまり楽しくはない予想ですね……」
しかし、いくら進めどもゲルフルが襲ってくる様子はない。
どこか遠巻きにEBTGを見つめ、時折威嚇するように鳴き声を響かせるばかり。
「……やっぱ、このデカブツたちのおかげか?」
「可能性は高いですね」
EBTGを三角の形で囲って移動しているファイアー・エレメンタル。
超大型サイズ、体長5メートルを超える火の元素の塊は雪原において恐るべき脅威だ。
見るからに高温を発しているエレメンタルはそれだけで生物の恐怖を煽る。
動物が火を見た時の行動パターンは種々様々だ。
火を恐れて近寄って来ないと言うこともあるが。
火に興味を抱いて近寄ってくる動物もいるし。
火の近くには人間がいるからエサにちょうどいいと積極的の寄ることもある。
そして、この雪原のゲルフルは、恐怖を抱いていた。
ほんの小さな火、ただの焚火ならば怖れはしなかった。
だが、これほどまでに巨大な火を恐れるのは当然の本能だ。
巻かれてしまえば一瞬で死に至る高温の炎。
ゲルフルにはそれを理解できるだけの高等な知能があった。
高い知能を持つがゆえに、ゲルフルは仕掛けられなかった。
ファイアー・エレメンタルがいる限り、EBTGは安全だった……。
それから、特に苦労することはなく雪原を横断した。
EBTGは次の階層に進むための石窟の入り口に到達したのだ。
「覚悟はいいか?」
ハウロが問いかける。
それに、まずレインが硬い表情で頷いた。
次にフィリアが意思を宿した瞳で頷き。
サシャはなんかすごい楽しそうにニヤニヤしていた。
クロモリはいつも通りと言った感じで。
レウナはあいかわらずの仏頂面だった。
「……サシャの姉ちゃんはなんでニヤニヤしてんだ?」
「えっ? あ、私、笑ってました?」
「ああ、めっちゃ笑ってた。帰ったら何で1発抜くか考えてるオスガキみたいな顔でニヤついてた」
「1発抜く!? オスガキ!?」
「青空ニーはやめた方がいいと思うぜ。代わりと言っちゃなんだが……俺とイイコトするか? ん?」
「おねしょする人はちょっと……」
「しねぇわ!」
「でも、昨日するって言ってたじゃないですか」
「ンだよ、逆にして欲しいってのか!? だったら大サービスで寝グソもしてやらぁ! ストロングなのを覚悟しとけよ!」
「嫌ですよ!」
しょうもない下ネタでの言い合いになり、ハウロが笑い、サシャが笑う。
それにつられるように、レインやレウナ、クロモリも笑った。
少しばっかり、緊張がほぐれるようだった。
次の階層へと足を踏み入れる。
暗い洞窟を抜けて、すぐに草原の感触が足裏に伝わってくる。
そして開けた視界には、平和な草原が広がっていた。
「ここが……アルトスレア?」
「さすがにそれは分からんが……」
レインが思わずと言った調子でこぼした言葉に、レウナが答える。
さすがにただの草原を見ただけではどこなのかはわからない。
そこで、ふとハウロが背中に括りつけていた旋棍を手に取る。
その動きに呼応するように、それぞれが武器を手にした。
ハウロが見つめる先、木々の林立する林。
そこから、するりと姿を現したのは、大型のライオンだった。
その姿にハウロが拍子抜けしたような顔をした。
ライオンはたしかに強力な動物だ。
だが、ボルボレスアスの狩人を脅かせるほどではない。
そしてそれは、この大陸の冒険者も同じこと。
駆け出し冒険者ならばともかく。
EBTGほどの腕利きが苦戦する余地は一切ない。
襲って来れば、鎧袖一触と蹴散らすだけだ。
「なんだ、ずいぶんと平和的なのが出て来たな。どうするよ」
「ライオンを平和的とは吹いてくれるわね。いえ、言いたいことはわかるけれど……」
レインが呆れた顔で言う中、ライオンがふいと振り返り、森の中へと足を進める。
数本歩いたところで、EBTGへと向かって振り返る。
まるで、ついて来いと言っているかのようだった。
「……ついてってみるか?」
「そう、ね……あのライオン、ふつうのライオンではなさそうだものね」
あるいはそれは。
昨日話したように、ライカンスロピーの獣化形態なのかもしれない。
ならば、あのライオンの本質は人間と言うことになる。
見境なく人を襲わないあたり、理性を保ったワービースト。
それぞれがそれぞれの顔を見渡して。
誰ともなく頷くと、ライオンを追って歩き出した。
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