あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 『世界樹の王(エトラガーモ・タルリス・マギ)』は北方平原を転移魔法で移動していた。

 ジル所有の『ウィザード』の力による無尽蔵の魔力は転移魔法の事前準備としての占術の連発を許す。

 そして、生命力が枯渇して来たら『復元/レストレーション』で回復。

 これでジルは死なない限りいくらでも魔法が連発可能だった。

 

「こんな占術防御も転移妨害もされていない平原の踏破なんて楽勝ですね」

 

「うぅ、なんか具合悪くなってきた……」

 

「私も……なんか、カイラの転移と感触が違う……」

 

「頭の奥がぐるぐるする……」

 

 若干名が乗り物酔いめいた病態を示していた。

 ジルはそれにも『復元/レストレーション』をぶち込んでいった。

 とりあえず最高位の回復魔法を叩き込んでおけばなんとかなるやろ精神だった。

 

「回復してくれたのはありがたいが、魔法の扱い方が雑と言うかなぁ……」

 

 なんて、リゼラが苦言を呈す。

 ジルは一顧だにしなかった。

 回復したならそれでいいじゃん精神だ。

 

 そして『世界樹の王』は瞬く間に平原を突破した。

 EBTGと異なり、魔力を節約する必要すらないのだ。

 その進撃スピードが驚異的なものになるのは当然のことだろう。

 

 そして次なる階層、雪原へ到達。

 この時点で『世界樹の王』はEBTGを追い越した。

 転移魔法の連発による移動速度の恩恵だ。

 『世界樹の王』が北方平原を突破するのに要した時間は20分にも満たなかった。

 

「うぅっ、寒いなぁ……! さすがに寒さが堪える……!」

 

「うへぇ〜……みんな並んで並んで〜、『環境耐性』の魔法かけるよ〜」

 

「助かる……」

 

「これがないと死んでしまうわ……」

 

 『世界樹の王』の面々が『環境耐性』の呪文をかけていく。

 いくら強くなっても環境の変化には無力だ。

 

「ジルくんにもかけたげようか?」

 

「いえ、氷雪無効ですので、お気持ちだけいただきます」

 

 ジルのように、種族すら変えれば話はまた別だが。

 現状のジルは種々の属性エネルギーを無効化できる肉体だ。

 寒さも暑さも、今の彼には堪えるものではなかった。

 

「さて、ではまた次の目的地の調査を」

 

 ジルがまたも占術を用いて次の階層への入り口を調べる。

 まず、目指すべき目的地点を探知する魔法で方角を確定。

 次に遠隔視の魔法で目的の方角を探索し、探知不能な地点を探す。

 

 その探知不能な地点こそが次の階層への入り口だ。

 それを発見したら周辺の光景を確認して転移魔法の準備をする。

 十分に光景を確認したら、あとは転移魔法で飛ぶだけの簡単な作業だ。

 

「……早いけど、早いけどさぁ……!」

 

「何か違う……何かが違うぞ!」

 

「うへぇ……冒険してる感じがしないよねぇ」

 

 なんて、『世界樹の王』の面々がそんな愚痴をこぼす。

 その反応にジルは首を傾げる。

 これが一番早いのに、何が不満なのだろうかと。

 

 いや、冒険小説のようなわかりやすい冒険がないことに苦言を呈しているのはわかる。

 わかる……わかるが……わかるわけにはいかないのがジルだ。

 

「これが一番早いのですが、何か問題が?」

 

 ジルにとって重要なのは、冒険の際の苦難や苦闘ではない。

 その苦難と苦闘の末に手にする戦利品たちであり、身に付いた経験なのだ。

 そのために苦難と苦闘を軽減できる措置は積極的に使っていきたい。

 

 だから『世界樹の王』を変身魔法で醜い化け物の集団に仕立て上げたのだし。

 一応冒険の妙味として、苦難苦闘の末に手にする栄光の美しさ、みたいなものへの理解はあるが。

 その当事者に積極的になろうとはしないのがジルだ。

 

「なんというかそう……ジルくんは……情緒が足りない! ひどいよね! 仮にも女の子をこんな化け物にしてさ!」

 

「ふむ、女の子」

 

「おい、私たちの年齢について文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 全員20代前半の『世界樹の王』は、一般的には年増の集団だ。

 なので、女の子扱いとか年齢の話題には割と敏感だった。

 実際は前世の感覚を引きずっているジルは20代なら楽勝で女の子と思っている。

 

 そのあたりの感覚の差からくる過敏な反応だったのだが。

 ジルはそのあたりには触れずに、別の事例を持ち出した。

 言い繕ってもまともに受け入れてはくれないだろうし。

 

「しかしですね、女の子でも男の子でも、強くなれるならそれでいいではありませんか。ナメクジのバケモノとかにしてなにか悪いですか?」

 

「ナメクジのバケモノにしたことがあるのか、他人を」

 

「? はい。私は冒険者学園に通っていましたが、同級生の子を変身させるとかはよくやりましたよ」

 

「まさか女の子にもやったの……?」

 

「はい」

 

「ナメクジのバケモノに?」

 

「ヘビのバケモノとかトカゲのバケモノとかにもしましたね」

 

「……何も言われなかったの?」

 

「泣かれましたけど、強いからいいではありませんか」

 

 などとしれっと答えるジル。

 そのあまりにも情のない考えに『世界樹の王』は戦慄する。

 10代の多感な時期に異形の化け物にされたら人格にどんな影響があることか……。

 

「というか、変身魔法って結構な高位魔法だよね? なんでそんな魔法が使えるのにわざわざ冒険者学園なんかに〜?」

 

 他の生物に変身できる魔法というのは比較的高位の魔法だ。

 見た目や感触だけの変身なら低位の魔法でもなんとかなるが。

 そのモデルにした生物の能力値の再現、特殊能力すらもとなると、かなり高位の魔法が必要だ。

 

 そんな魔法が使えるなら学園に通う必要などないのではないか。

 チーの疑問にジルはまったくそのとおりと言わんばかりに頷いた。

 

「私もそう思います」

 

「じゃあ、なんで〜?」

 

「両親に冒険者になるならせめて学園は卒業しろと懇願されてしまいまして」

 

「あぁ〜……」

 

 ジルは5歳で家出して冒険者になった。

 そのあまりにもアナーキーな行動を食らった両親の心労はいかばかりか。

 しかもジルはロクに連絡もしなかったので、帰省する前は生存すら絶望視されていた。

 

 そこに帰ってきた我が子が「冒険者になる」と言い出したら。

 たとえ冒険者としていままでやってきたと知っても、心配して学園は卒業してくれと言うのは当然の心理だろう。

 

 それがジル11歳の頃の話だ。

 ジルは12歳で学園に入学し、3年かけて卒業した。

 その3年間で、ジルはそれはそれは悪どいマンチ行為を学園に撒き散らした。

 

 金髪の女たらしとほぼ同じことを……あるいは女たらし以上の真似をしている。

 女たらしは性別は変えるが種族は変えないし、処女は奪うが尊厳は奪わなかった。

 ジルは容赦なく種族を変えるし、尊厳も奪った。

 あまりにも人の心がなかった。

 

 まぁ、強いのはたしかなのだ。

 そのため、強さを重視、信奉する層には強く支持されていたりもしたが。

 ……たらされた女に支持される女たらしにますます似ていた。

 

「……と言うか、ジルくんってご両親いるのね……こう、失礼だけど、人間味を感じないから、木の股から生まれてきたって言うほうがまだ納得できるわ」

 

 スアラはそんな辛辣な評価を下した。

 ジルは反論するでもなく、静かに頷くに留めた。

 一応、自分の人間味が薄く見えている自覚はあるのだ。

 改善する気がさらさらないだけであって。

 

「うへぇ〜……しれっと頷くあたりに、改善するつもりのなさが滲み出てるね〜……」

 

「もうちょっとこう……人の心を学んでもバチは当たらんと思うぞ」

 

「結婚できないぞ結婚」

 

「やめてよトキ……それ私たちが言えた道理じゃないんだから……」

 

 全員未婚の『世界樹の王』が結婚についてとやかく言っても説得力は皆無だ。

 リーゼがトキを窘め、とりあえず話を収束させる。

 微妙なお年頃の女性は結婚の話題に弱いのだ。

 

 いや、結婚して欲しいと言う男がいないわけではないのだ。

 ただ、ちょっと、相手がヒモ志望と言うかなんというか。

 少なくとも積極的に結婚したいと思える相手ではないのだ。

 

「……ジルくんはさ、結婚相手とかいるの?」

 

「いないですよ」

 

「いないの? 故郷だと貴族……なんだよね?」

 

「貴族ですよ。成り上がりものですけどね」

 

「成り上がりだから……結婚相手がいない?」

 

「私はいずれ、別次元に旅立つ予定なのです。結婚しているヒマはありません」

 

「別次元……別次元って、本当にあるの?」

 

 別次元の存在の一般認知はかなり薄い。

 別の世界、次元界が存在していると知っている人間ですら限られる。

 その上で、どのような次元界が存在しているかを知っている者は余計に。

 

 腕利きの魔法使い、特に召喚術を得意とする者とか。

 特別に博識な知恵者、次元を股に掛ける冒険をする超次元冒険者とか。

 

 そう言った者たちでなければまず知らないことだ。

 ジルは知っているから知っていただけだ。

 ちなみにカイラは召喚術が得意な魔法使いに相当する。

 

「もちろん、別次元は本当に存在します。その中にはたくさんの世界があります。版上げで世界が変わっても、前の世界がなくなったわけではないのです」

 

「ハンアゲ……?」

 

「冒険は無限です、私たちの冒険心が尽きない限り。立ち止まっているヒマなどないのですよ」

 

 ジルはいつもと変わらない虚ろな瞳で静かに語った。

 会得してから一度足りとも切らしたことのない精神耐性系魔法の種々がジルの情動をほぼ皆無にしているのだ。

 その上でなお、ジルの心には尽きない冒険心があった。

 彼もまた、生粋の冒険馬鹿なのだった。

 

「そうなんだ……なるほどね……私たちもいつか、別次元に冒険にいってみたいな……!」

 

 リーゼがその瞳にきらきらとした輝きを宿して意気込む。

 今自分たちのいる国、マフルージャも冒険し切れていないと言うのに。

 別の国があり、別大陸があり、別次元がある。冒険は果てがない。

 

「その時は歓迎しますよ……っと。見つけました。行きましょうか」

 

 そこでジルが次の階層の入り口を発見。

 そして、そのまま転移をして次の入口へと向かった。

 相変わらず情緒もへったくれもない冒険だった。

 

 

 

 雪原を突破し、次の平原に。

 ジルはそこがアルトスレアっぽいと気付くこともなく。

 目の前に現れたダイアライオンを雑に処理ろうとした。

 

 つまり、『レイザーエッジ』を抜いてのフルアタック。

 しかし、ダイアライオンは即座に姿を変え、それを受け止めた。

 

 浅黒い肌をした、厳つい顔つきの壮年男性だった。

 手にしたファルシオンがジルの『レイザーエッジ』を受け止めている。

 

「ふむ」

 

「手荒いな、闖入者よ」

 

「ワービーストでしたか。では『時の砂時計』」

 

「あっ、ちょっと待ってっ」

 

 ジルが懐から取り出したのは『時の砂時計』。

 かつて、アルトスレアで栄えた強大な魔法文明が創り出した至宝のひとつ。

 

 内部に込められた魔法自体は、それほど強力とは言えないものだ。

 この大陸における『迅速』。つまり、一瞬の加速を得て、もう1度行動できるようになる魔法。

 だが、それが道具に込められていて、魔法以外にも使えると言うのがこの道具の強み。

 

 1日に1度しか使えないが、無条件でもう1度動ける。

 それだけで強烈なアドバンテージを産む道具だ。

 ジルはこれによって、もう1回ダイアライオンだったワービーストに切りかかった。

 

「ぐわあああああ――――ッ!」

 

「おや」

 

 ジルの手にした『レイザーエッジ』による強撃。

 それはワービーストを深々と切り裂くも、奇妙な力に阻まれ致命傷に至らない。

 ワービーストが震える吐息を漏らしつつ、袈裟懸けに刻まれた傷を手で押さえる。

 

「ぐ、ぐう……すさまじいキレの剣戟だ……だが、待て……」

 

「ではもう1度」

 

「えっ、なんで2個持って……」

 

 ジルはもう1個『時の砂時計』を取り出して、それを使った。

 無条件で相手より有利になれる道具なんてあれば、財産が許す限り買うのは当たり前だ。

 ジルは『時の砂時計』を5個も保有していた。

 

「『マルチアクション』もかけて、2倍打撃でいきます」

 

「待て! 待てぇぇぇえ! 頼む闖入者! 待て! 待ってくれ!」

 

「待ちません」

 

「ぐわあああああぁぁぁ――――ッ!!」

 

 ワービーストはジルに切り伏せられた。

 さすがに2回目のフルアタックは耐えられなかったらしい。

 胴体が泣き別れになった壮年の男が地面にぐちゃりと崩れ落ちた。

 

「……なぁ、ジルよ」

 

「なんですか」

 

「これは……よかったのか……?」

 

 リゼラがそのように問いかけるが、ジルは首を傾げる。

 

「迷宮にいる以上は敵でしょう。話すだけ無駄です。ただの惑わしにすぎません」

 

「それは、そうかもだが……」

 

「止めなかったGMが悪いんですよこんなの」

 

「ジーエムってなんだ……」

 

「なんでしょうね。敵とも言えますが、味方とも言えます。言うなれば天というべきか」

 

 なんてことを言いつつ、ジルが敵の戦利品を漁る。

 人間にしか見えない相手を平然と切り殺し、容赦なく戦利品を漁る。

 そのあまりにも非人間めいた動きに『世界樹の王』たちは戦慄していた。

 

 ジルに切り殺されてしまったので、新たに派遣されたアヴァターラ……。

 いわゆる壮年の男の分身が木陰からジルたちの動きを見ていた。

 聞く耳を一切持たずに殺しにかかってくるのヤバ過ぎだろと。

 出て行ったら、また殺されかねない。だが、出て行かなくてはならない。

 

 もちろんジルはそんな動きには気づいていたが。

 気付かないふりをして戦利品を漁っていた。

 殺されるのが悪いのだと彼は本気で考えていたのだ。

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