雑に処理されたワービーストの男性。
その犠牲を前にして、ジルは戦利品のファルシオンにしか興味を抱いていなかった。
一見した時点では特に何の魔法もかかっていない武器に見えたが。
それは逆に、魔法のオーラを隠蔽していると考える方が自然な相手だ。
そのため、よほど強力なものだろうと推測していたのだが……。
「……チッ。従属神とは言え、アヴァターラが持つだけの武器ですから、それなりのものと思ったら……本当にただの高品質ファルシオンですか」
そう吐き捨てると、ジルはファルシオンを地面に投げ捨てた。
価値が絶無なわけではないが、多少なり金があれば誰でも買えるような装備だ。
そんなものをわざわざ回収して持ち帰る手間をかけたくなかった。
「……ジルくん、剣が欲しくて殺したの?」
「ええ」
「どうかと……思うぞ……」
リゼラがドン引きといった調子でジルを非難する。
しかし、ジルは静かに首を振って答える。
「問題ありません。殺人罪はありますが、殺神罪は存在しませんからね。罪に問われることはありません」
神という存在は法の外にあるものだ。
神々が人々の法になど配慮することはない。
人類の道徳を宗教が乗っ取って久しいのだから。
だがそれは逆に言うとだ。
人々の敷く法は神々を守ろうとはしない。
それを至尊の存在として尊ぶ法はあっても。
その神を弱きものとして守護はしない。
法を無視するなら法に無視されるのは当たり前だ。
ジルはそのような理屈で神を雑に処理った。
「……闖入者よ。戦利品を求めて戦いに臨むことを非難する法はないが……」
そこで、木陰から先ほど雑に処理された男性が再度現れた。
ジルがまた襲い掛かってきやしないかとビクビクしている様子だったが。
ロクなアイテムを持ってないアヴァターラなんか襲う理由がない。
強いて言うなら経験点はもらえるが、そこまでして稼ぐ理由もない。
さきほど殺されたはずの男が現れ、『世界樹の王』たちが驚く。
そりゃまぁそうだろう。ジルと違って、神の分身と言う認知自体ないのだから。
そもそも神の分身を戦利品欲しさにブチ殺すなんて思いもしない。
「そうですね。非難する法はないですね。なので非難も聞きません。何かご用事ですか」
ジルは男の文句を聞く気すらないらしい。
それに男の額がひくひくと震えたが、それ以上にできることはなかった。
残念ながら、この男、アヴァターラはそれほど強くはないのだ。
ジルに実力行使に出ても瞬殺されるだけだ。
「名乗ろう。俺の名はシェバオ。おまえたち人が信仰する神の一柱」
「私はジル・ボレンハイムと言います」
「…………」
「なにか」
名乗られたので名乗り返したジルをシェバオが変なものを見るような目で見る。
一方で『世界樹の王』たちは困惑気味にシェバオを見ている。
具体的に言うと、酔っぱらいのオッサンでも見たような顔だ。
まぁ、自分は神とか言い出すのは酔っ払いか、頭がちょっとアレな人くらいなものだ。
名乗られて、あなたが神か……なんて信じる人の方がよっぽど頭がアレなのでしょうがない。
「神であると名乗られ、おまえは疑問を持たぬのか」
「あなたを見た瞬間から、この大陸の神格であるシェバオだと言うことには気づいていましたので」
「…………そうか」
つまり神だと分かっていてブチ殺しにかかって来たらしい。
あまりにも理解不能な行動原理のジルにシェバオは困惑のし通しだ。
「おまえは……神に対する挑戦行為をどうとも思わぬのか?」
「あんまり考えたことなかったですね」
「おまえは自らの信ずる神にすらも挑むと言うか?」
「特に挑む理由がないので挑まないですね。ブランク様のような最上級神格はフレーバーな存在なので、所有するレリックが設定されてませんしね」
「……どういうことだ?」
「神に挑むとしたら、神の持ち物が欲しいからです。持ち物がない神に挑む理由がどこにあるのですか?」
「…………押し込み強盗?」
「冒険者ですよ。人の家に押しかけて、殺して奪うなどするのが強盗です。そして、それ以外の存在の家に押しかけて、殺して奪うなどしても強盗ではありません。冒険です」
ジルのあまりにも清々しい断言にシェバオが言葉を喪う。
こいつ倫理観どうなってるんだ。頭おかしいんじゃないのかと。
シェバオは善神であり、勇壮な戦いの神だ。名誉と義をも知っている。
相手の持ち物欲しさに殺しをするのは、そうした行為からはかけ離れている。
「おまえは、神を何だと思っているのだ……?」
「……? 神だと思っていますが?」
なにを言ってるんだこいつは……? みたいな顔で見返すジル。
まさかそんな返事が返ってくるとは思わずシェバオも困惑する。
「わかった、質問を変えよう……おまえは神をどのような存在と思い、自らとのかかわりをどのように考えているのだ」
「神は呪文をくれるやつです。神格が好む武器が得意になりますし。つまり、神格ごとに決められた特殊神聖魔法と、領域、そして好む武器で神格の価値は決まります」
「おまえは神のもたらす利にしか興味がないと言うのか!?」
「はい」
即答で断言され、シェバオが怯む。
こいつマジで神のことなんだと思ってるんだと、そう言う困惑だ。
ジルはそう言う方面ではクソほどに神を舐め腐っている。
力をくれるから、その存在を信じているだけでしかない。
まぁ、ギブアンドテイク的な意味で言えば相応に信仰していると言えばそうだが。
「いや……もう、よい……おまえのことは理解できぬ。だが、そのような強者もいる……そう言うことなのだな」
「はぁ、そうですか」
「こいつほんとに……いや、落ち着け、俺……」
シェバオは額をひくひくさせて我慢する。
それなりに忍耐力があるらしい。
「……ついて来るがいい。おまえたちに見せるべき真実がある」
「ライカンスロピーが迫害されていた時代の真実とかですか?」
「……おまえはもしや、アルトスレアの民か?」
「はい」
「そうか……であれば、いまさら語るまでもなく、知るまでもないのだろうな」
「そうですね」
「おまえは、ライカンスロピーをどう思うのだ」
「敵なら処理っていきます、敵じゃないなら処理っていかない。それだけです」
「フ……それくらいの方が、俺たちには好ましい……だが、人は権威には容易く逆らえぬ。人々の教えが俺たちワービーストを迫害し、王国が俺たちの生きる道を塞いだ」
「そうらしいですね」
「おまえならば、逆らえたか? 抗えたか? 俺たちは隠れ潜むしかできなんだ」
「まぁ、王家に喧嘩売るくらいはわりとやりましたね。神は、蛮神には相当喧嘩売りましたね。
「おまえ頭おかしいのか?」
「正気度のパラメータないので分からないですが、たぶん正気だと思いますよ」
あまりにもアナーキズム溢れるジルにシェバオはたじたじだ。
だが、これはまったく真実なのでジルは嘘は言っていなかった。
彼がオベルビクーンの地を治める貴族になったのは、元を辿れば王家に喧嘩を売ったから。
遠回しな死刑宣告としてオベルビクーンの平定を命じられ、それを実現したからだ。
絶対無理だろ……と思っていた蛮地をマジで平定されて王家は困り果てた。
そりゃそうだ。やろうと思えば真っ正面から王族を皆殺しにできる冒険者が爆誕してしまったのだ。
ご機嫌取りのために、貴族に叙されるのもやむなしと言うべきか。
蛮神王と言うのは、蛮族の神から王権を与えられた蛮族のことだ。
つまり、王権を神授された蛮族であり、人の領域における正当な王に相当する存在。
かつて勃発した星屑戦争、その後に即座に引き起こされた魔神大戦の黒幕だ。
まぁ、ジルがコリントといっしょに乗り込んでいって、秒でボコったのだが。
人と蛮族、双方の王に向かって喧嘩を売りまくっている。
加えて言うなら人の王だって人の神から王権を神授されている。
そう言う意味で言えば、ジルは人の神にも結構な率で喧嘩を売っている。
「一応聞く……ジル・ボレンハイムよ。アルトスレアの地は、いまやおまえのような人間ばかりなのか?」
「いいえ」
「そうか……安心した……」
こんなのが蔓延ってたら嫌だ……。
シェバオのあまりにも切実な想いだった。
「よし……では、今度こそついて来い」
「ついていくと、なにかもらえるんですか」
「いや、アルトスレアの迫害の真実について……」
「もう知ってますけど」
「こう、体感と言うかだな……! 俺の経験を見せるから、それを知っていくことでだな……!」
「なにか、得があるのですか」
「特にないが! ないがな! アルトスレアの地に生きるものとして、おまえはライカンスロピーの迫害をどう思うのだ!」
「あってはならないことだと思いますが、だからと言ってべつに迫害を体験したいわけではないので」
「それはそうなんだが!」
「それで、迫害体験アトラクションをすると、なにかもらえるのですか。お宝があるとか」
「俺の墓に副葬された品を好きなだけ持っていけばいい!」
「さようなら」
「待て! 待てと言うに!」
「しかしですね、今さらお金なんかもらってもしょうがないのです。せめて、レリックとかありませんか」
「そんなものがあると思うのか!」
「まぁ、ないんでしょうね」
レリックと言うのは、いまや人の手では作れないものを総称して言う言葉だ。
まったくの偶然で生み出されたもの、そして失われた叡智で作られたもの。
そうしたものがレリックになるわけだが……なんせシェバオは600年ほど前の人間。
その頃と今では魔法技術に大きな差があるわけではないと言うか。
むしろ、リリコーシャ大陸において、魔法技術は1000年前に巨人族から奪い取って以降、順調に発展し続けている。
残念ながら、レリックになるようなマジックアイテムはひとつもなかった。
「では、さようなら」
「待て! 待てと言うに!」
「さようなら」
「うおおおぉぉ! なんと言う剛力だ!?」
ジルがすたすた歩いていくのを止めようとシェバオが足掻く。
だが、トリケラトプスと真正面から取っ組み合いして勝てるジルの筋力は伊達ではない。
シェバオ神ごとき1人にしがみ付かれても、悠々とそのまま引きずって歩く。
「おまえはなぜ俺をそうまで拒絶する! せめて話くらい聞いてくれてもいいではないか!」
「昇神したならさっさとシナリオ閉じてどうぞ」
「なんだシナリオって!」
「降臨とかしてないで、神々の問題でも片付けてくださいよ。『アルメガ』のこと、なんとかしたらどうなのです」
「我ら神々だって、なんとかするために頑張っているのだ! 頑張っているがな! 我ら神々ですらも『アルメガ』の服従因子が仕込まれているのだ! 根本のところで抗えぬのだ!」
「そんなレベルでヤバいのか、『アルメガ』……」
「そも、この迷宮自体がその頑張りの一環であって……」
「へぇ、そうなんですか。しかし、私になにが出来るのです?」
「べつにおまえのために迷宮を用意したわけではないわ!」
「そうですか。じゃあ、さようなら」
「待てと言うに!」
「私のために用意したわけじゃないのでしょうに」
「そうなんだが! そうなんだがな!」
それからしばらく。
ジルとシェバオは見るの見ないので押し問答をしたが。
最終的にジルがシェバオをまた雑に処理った。
シェバオよ、天に帰る時が来たのだ……。
最速で最深部に辿り着き、そこのボスであるシェバオを雑に処理った。
めぼしいお宝がない以上、ボスを倒したやつこそが迷宮の踏破者だ。
「私の勝利です」
ジルはそのように確信した。
「……結局私たち、醜い化け物にされた挙句、散歩しただけか?」
「なにをしに来たんだ、私たちは……」
「冒険……冒険は……? ねぇ、冒険……」
「うへぇ……私、もうジルくんとは2度といっしょに冒険いかないよ……」
「私もそうするわね……」
『世界樹の王』は超級冒険者の情緒皆無の冒険に打ちのめされていた。
こんなの冒険者の冒険の仕方じゃない……そんな思いが渦巻いている。
ジルに言えば、情緒ある冒険は効率の都合で死にましたとでも帰ってくるだろうが。
ひとつ言えることは。
『世界樹の王』は2度とジルとは冒険を共にしないと言うこと。
アルトスレアでもジルと共に冒険したやつの8割がそうしている。
残る2割は頭のおかしい冒険者を矯正しようとするか。
あるいは、その圧倒的強さに惚れ込んで真似するようになるかだ。
こうして、ジルと『世界樹の王』たちの冒険は終わった。
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