あなたはエルグランドの冒険者だ   作:朱鷺野理桜

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 EBTGはライオンの後を続いて歩いていた。

 ライオンは時折振り返ってはEBTGの歩く様子を見つめる。

 そのあからさまな知性のある様子は、なおさらにハウロらの推理の確信を深める。

 このライオンはやはり、アルトスレアのライカンスロピー罹患者ではないのか……。

 

 しばらく、会話もなく歩き続け、やがてライオンが立ち止まった。

 そこは小高い丘の上で、その向こう側には小さな村落の姿があった。

 森の中にようやく切り開かれたような村では人々の営みがある。

 

「…………幻影ね、あれ」

 

 その光景を見つめたレインが、そのように断じた。

 そのように断定できる要素はどこにもなかったが。

 レインにはそれが幻影であると理解できるものがあったらしい。

 それはおそらく、秘術の使い手たる魔法使いだからこそなのだろうが……。

 

「……たしかに、幻影ですね」

 

 続いて、クロモリがレインの意見に同意した。

 こちらは純然たる技術によってそれを実現していた。

 幻影には当然のことながら、質量が存在していない。

 そのため、足跡も発生しないし、体の動作で発生する風もない。

 クロモリの鋭敏な狩人としての観察力がそれを見て取ったのだ。

 

「じゃあ、人との戦いは無しですか」

 

 サシャがそんな確認をクロモリにすると、クロモリは困った顔をした。

 

「はい。その、残念ながら……先輩にはご不満かもしれませんが……」

 

「え? べつに不満とかはないですが……」

 

「その、人間を痛めつけて殺せないのを残念に思われるでしょうが……」

 

「べつに残念には思ってないですが!?」

 

「そうですか……?」

 

「それじゃまるで私が人を殺すことに悦びを感じる異常な女みたいじゃないですか!」

 

「あっ、はい、あ、そう、ですね。はい、失礼しました、先輩」

 

「あ、いえ、わかっていただければ……声を荒げてしまってすみません……」

 

 クロモリはあんまり分かったような調子ではなかったが。

 そのあたりの微妙な感覚が汲み取れなかったらしく、サシャは納得した。

 

「それで一体これは……こんな幻影の村を見せて、なんのつもりかしら」

 

 レインがライオンへと問う。

 その問いに、巨躯のライオンが音もなく縮んだ。

 それは瞬く間に人型を取り、姿を現したのは、浅黒い肌の壮年男性。

 野生味に溢れた相貌を持った男は静かに頷いて語り出した。

 

「おまえたちは、この世界に戦う価値を感じているか?」

 

 ぼんやりとした概念的な問いだった。

 投げかけられた問いに、EBTGの面々は困惑する。

 そも、突如として変じた姿、この男は一体何者なのか。

 

「……この大陸にて信仰を受ける神、シェバオ神とお見受けするが」

 

 レウナが男へと問いを投げ、男は静かに頷いた。

 

「いかにも。闘神イスタウーフの従属神、その末席(ばっせき)(けが)すものである。かく言うおまえは……如何なる神の神使(しんし)か?」

 

「応えよう。すべての定命(じょうみょう)なる者の行き着く果て、終わりたる死。その破壊のあり方を司る神、《神の鞭》の神使であると」

 

 レウナの答えにシェバオが目を見開く。

 まさかおまえが、と言わんばかりの顔だ。

 

「なんたる、《神の鞭》の神使とは。彼方より来たる巨神を討つべく、善なる神を泣かしむる壮絶な献身を示した者か」

 

「私は成すべきを成しただけだ。それに、結局意味はなかった」

 

「意味はなかったかもしれん。だが、無駄ではなかったろう。おまえの挺身、それそのものの尊さだけはだれにも穢せぬのだ」

 

「そう言ってくれるのはありがたい限りだがな」

 

 レウナが自嘲気味に言い、シェバオがそれを否定する。

 それが名誉を知るものの行いなのだとう。

 

「《神の鞭》の神使よ。また、おまえたちすべてに問おう。お前たちは、世界に戦う価値を感じているか?」

 

 シェバオが重ねて問いを投げかける。

 それに戸惑いながらも応えたのはサシャだった。

 

「シェバオ様……戦う価値とは、いかなるものですか?」

 

 サシャの縋るようなまなざしにシェバオはただ頷く。

 その瞳に厳しい光はなく、静かな優しさが満ちている。

 神とはしるべだ。人と神の関係とはそのようなものである。

 暗い夜道にひとつ、淡い光を放つしるべ。信仰とはそれだ。

 

 シェバオもまた、人のしるべである。

 かつて人であった神が、人を導く。

 人と神を遠く分かつ存在の隔たり。

 それを無とするのもまた、神の導きである。

 

 シェバオもまた、信仰と言う道を照らすひとつの星である。

 道に迷い、打ちのめされた時、人はその光に導かれるのだ。

 

「おまえたちが、剣を執るべきと考えるその時。それこそが戦う価値そのものである。おまえたちが、命を賭すだけの価値があると感じられる瞬間だけが真実なのだ」

 

 それがいかなる理由であれ。

 剣を手にし、自らの命を危険にさらけ出すこと。

 それはそのまま、その瞬間の価値を肯定すること。

 己の命がかわいくない者がいるだろうか。

 ならば、命を危険に晒してまでもすべきこと。

 それこそが戦う価値であると、シェバオは言う。

 

「ならば、戦う価値とは常にいずこにも溢れているのではないのですか?」

 

 サシャの困惑気味な問い。

 剣を手にし、戦うこと。

 それそのものが価値の肯定ならば。

 戦うに値する価値は常にあることになる。

 

「そうだ。戦う価値など無限にあるのだ。ゆえに人はいまここにあるのではないか」

 

「人が、いまここに?」

 

「獣人の娘よ。われらライカンスロピーの呪われたる証ならざるヒトよ。おまえの父御(ててご)は戦士か?」

 

「いえ……建築家です。腕は、良いと聞いていますが……」

 

「そうか。ならば、おまえの父御はおまえと(さい)のために、日々その身を粉にして働いていたのではなかったか」

 

「それは、はい」

 

 質問の意図が呑み込めず、サシャは問われるがままに応える。

 サシャの父、ギールはサシャと妻であるブレウのために日々働いていた。

 サシャにもっと良い教育を施してやるために日々働き続けていた。

 その果てに出稼ぎに出向き、紆余曲折の末に一家まとめて女たらしに寝取られた。

 

 あまりにも理解しがたい事情に再度行きついてしまい、サシャはなんとも言えない面持ちになった。

 自分はわかる。年若い、未婚の少女だ。それが恋をし、愛を育むことに何の疑問もない。

 ブレウもまだわかる。年若くはなかったが、間違っても老いたるというほどではない。

 まだその熟れた肢体に、新たな子を宿すことは十分にあり得るような年齢だった。

 そう言う意味では、新たなよい人を見つけて、それと愛を育むのに疑問はない。

 それはさっぱりと明るい愛のカタチではないのだろうが、それもまたひとつの愛のカタチなのだから。

 

 でも、ギールはわからない。

 なんで父親が女になった挙句に寝取られるのだろうか。

 それも、女が、女から、女を寝取っている。

 これのどこかが男ならまだわかるが、ぜんぶ女だ。

 もうなにがなんだかわからない。なにもかもが狂っている。

 

「おまえの父御はおまえと妻のために戦っていた。それは剣を執る戦いではないやもしれぬが、たしかに戦っていたのだ」

 

 シェバオの言葉にサシャの意識が現世に戻る。

 

「おまえの父御も、そのまた父御も。そして、さらなる祖先もまた、そうなのだ。みな、戦っていたのだ。その中には剣を手にしたものもいたろう」

 

「記録に残るものは、なにもありませんが。それはきっと、そうです」

 

 サシャの記憶に祖父母の姿はない。両親から話を漏れ聞くばかりである。

 その中に、剣や槍と言った物騒なものをどうこうの話はなく。

 ただ、日々を特別に書き記すでもない働きに費やしていたとばかり。

 だが、戦争があれば、領主に率いられて赴いたであろう。それは間違いない。

 戦いとはかつて、それほどまでに身近に所在する物騒な隣人だったのだ。

 

「戦う価値があった。ゆえに戦い、生き残った。その果てに、おまえがいるのだ」

 

「戦ったから……」

 

 戦わない者が生き残ることはない。

 ならば、生き残った果てがそこにいるならば。

 そこにはたしかに戦う価値があり。

 その価値の通りに戦った証がある。

 

「獣人の娘よ。われらライカンスロピーの呪われたるを知っているか」

 

「いいえ……私は、シェバオ様が苦しまれたこと、その一片ですらも存じ上げませんでした……」

 

「そうか。ならば、教えてやろう」

 

 そう、シェバオが言って。

 同時に、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。

 

 サシャたちの眼前に存在していた平和な村。

 そこにはいつの間にか、恐るべき暴力の形があったのだ。

 いつの時代にか用いられていた、古臭い形式のプレートメイル。

 それを纏った男たちが、村へと襲撃を仕掛けていた。

 

「見えるか、おまえたち」

 

 シェバオの問いに、応えはない。

 兵士たちが平和な村を蹂躙していく光景だけがそこにあった。

 幻影と分かっていても、思わず目をそむけたくなるほど凄惨な光景があった。

 

 平和な村を襲う、理由のない暴威がそこにあった。

 母が子を庇い、庇われた子が泣き叫び、それも殺され。

 妻子を守るべく、農具を手にした男が飛び出し、それも殺される。

 ある者は獣の姿になって襲い掛かり。

 ある者は獣の特徴を表出させて挑み。

 そのことごとくが跳ね返されて、殺されていく。

 

 ライカンスロピーの罹患者たち。

 ワービーストの村の虐殺が粛々と進められていく。

 そこに、狂騒や嗜虐の喜悦はなく。

 ただ、恐るべきを成しているという怖ればかりが満ちていた。

 

「……浄化か」

 

 レウナがぽつりとこぼした。

 

 その黄金瞳が睨むのは、村人を苛む兵士たちの頭部。

 まるで鳥のくちばしのような異様な造形をしたマスク。

 瞳の部分には薄く磨かれた黒水晶がはめ込まれている。

 その異形は細部の違いはあれど、すべての兵士に共通の装備だった。

 

 シェバオが重々しく頷く。

 レウナの言葉を拾っての首肯だった。

 

「いかにも。現代にも残っているのか、浄化は」

 

「悲しいことにな……」

 

 ライカンスロピーとは病だ。

 その感染拡大を食い止める行為は医療行為だ。

 浄化であり、予防。罪なき者の虐殺と言う真実を否定する詭弁。

 しかし、罪から逃れたい者はその詭弁に喜んで飛びついた。

 ライカンスロピーの殺戮が善行と見なされた元凶。

 罪の意識からの逃避と言う、醜い理由が。

 異形のマスクは、医療行為のためと言う名目のために。

 感染予防のためのマスクとして用いられているものだった。

 

「われらライカンスロピーは戦った。どれほど殺されても、未来を信じた」

 

 虐殺はやがて終わりを遂げて。

 兵士たちが言葉もなく、引き上げていく。

 その歩みは鉛の鎧を纏っているかのように重苦しい。

 彼らも分かってはいるのだろう。

 自分たちのやっていることが、ただの虐殺でしかないと……。

 

「彼らは託した。そして、俺は託された」

 

 ひっそりと、すべてが死んだかのように静かな村。

 油が巻かれ、火が放たれて。すべてがごうごうと燃え盛る。

 その中をひそやかに抜け出していく、小さな影。

 

 それはまるで小さな子猫のような姿をした生き物で。

 けれど、まるい耳は猫のそれとは違う。

 その小さくつぶらな瞳から滔々と涙を流しながら、その生き物は駆ける。

 一度でも止まれば炎に追いつかれてしまうと思っているかのように。

 その足は一度ととして止まることはなく、ただ駆け続けた。

 

 やがてその生き物は、小さな木の根元に倒れ込み。

 その姿が、浅黒い肌をした少年へと変じる。

 遠くで、かつて幸せの形だったものが燃えている。

 もうそこにはなにもない。だれも、なにも、少年を慰めるものはない。

 

 涙は既に枯れていた。ただ、心が赤い涙を流し続けていた。

 癒えることのない心の傷が、しくしくと泣き続けていた。

 

「俺は戦った。戦い続けた」

 

 光景が突然次々と切り替わっていく。

 少年が青年となり、どこともわからない場所で戦っている。

 人同士との戦いもあれば、モンスターとの戦いもある。

 その中に、ボルボレスアスの飛竜の姿もあった。

 

「やがて俺は、この地に辿り着いた。そして、なおも戦い続けた」

 

 光景に移る青年の姿は、やがて壮年のものとなっていく。

 戦いに赴く際は、その頭部は獅子の頭部となっていて、年齢を窺い知ることは難しかったが……。

 男の身に刻まれた傷が増え、手にする宝もまた増えていく。

 

「俺は子を為さなかった。呪われた血脈を繋ぐべきでないと考えたからだ」

 

「そんな……」

 

「だから、俺はイスタウーフ様の誘いに応じたのだ」

 

 光景の中で、壮年の男は死に瀕していた。

 原因のわからない病……現代ならば、渇水病と名付けられる病。

 それによって種々の病を併発した男を待ち受ける運命は死以外になく。

 巨躯のライオンが墓所に身を横たえて、その魂は天へ昇った。

 

 戦神シェバオの誕生だ。

 

「なにゆえか、わかるか。獣人の娘よ」

 

「……わかりません。復讐、ですか?」

 

「ふふふ……かつて俺を苛んだ者らを見返すためか。そのような想いがなかったとは言わぬ。だが、それだけではないぞ」

 

「それは、いったい?」

 

 サシャの問いに、シェバオは鷹揚に頷いた。

 

「われらライカンスロピーは生きることすら許されなかった。だが、それでもなお、俺たちは生き延び、未来をめざした」

 

 シェバオもまた、大陸脱出(エクソダス)をしてまでも生き延びた。

 自分の生きる未来を求め、戦い続けて来た。

 

「なぜか?」

 

 問うような言葉。

 だが、それは答えを求めてのものではない。

 

「愛する者がいる限り、そのためにだけでも戦い続けるのがヒトだからだ」

 

「愛する、者……」

 

「そうだ。ヒトはそのように命を繋いできた。未来を紡いできた。だから戦うのだ。だから尊いのだ」

 

 シェバオの瞳がレウナを射抜き、レウナは苦笑する。

 たしかにレウナは友のためにその身を擲った。

 だが、それを人にことさら誉めたてられると、気恥ずかしかった。

 

「おまえには、未来を共に歩みたい者がいるか? 後世に残したいものがあり、託したい何かがあるか?」

 

 シェバオの問いに、サシャは微かに頬を染めて、頷く。

 未来を共に歩みたい女性がいる。

 後世に残したい自著がある。

 そして、託したいものがあり、託したい人がいる。

 

 妹のイロイもそう。

 そして、いつかその腕に抱くことになる、新たな命。

 ブレウのように、イミテルのように。

 いつか、新たな命を授かる時が来れば……。

 

「ならば、戦うしかない。未来に掴むためにだ。違うか?」

 

「いいえ。違いません」

 

 サシャの言葉にシェバオは満足げに頷いた。

 そして、表情を変えると、言葉をつづけた。

 

「……ならば、託そう。未来と、命運を。『アルメガ』との戦いに赴く、運命の戦士たちへの手向けを」

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